#10-9 龍の逆鱗
「優也のそういう中途半端な優しさがいっっちばん嫌い!!龍斗さんももう私に優しくなんてしないで、もう……もう!!私なんてほっといてよ!!!」
ぷちっと何かが切れる音がした。
肩じゃ視線が合わない。少々手荒だが頬を両手でパチンッ、と叩くようにして無理やり顔を上げさせた。頬の痛みに驚いた後眉が下がり肩が少し上がって、まるで恐ろしいものを見たような様子。そんな俺怖い顔してる?あぁ、してるかもね。でもそんなこと言わせられないよ。
アイツの不器用だけど真っ直ぐな優しさが、例え海美ちゃんでもこんなに踏み躙られていいわけがない。
「本当に優也がそんなこと思ってると思う?自分のことそっちのけで海美ちゃんの心配ばっかするやつが、そんなこと思ってると本気で思ってんのか?」
「……えっ、と…」
「優也が今までどれだけ海美ちゃんを想ってきたのか知らないわけねぇよな?なぁ、おい。戦闘でも生活でも散々守られてきたんだよな?これのどこが中途半端な優しさなんだよ。言ってみろよ、なぁ!!」
「〜っ!!」
海美ちゃんはぎゅっと眉を寄せ歯を食い縛る。わかってるんだろ?なぁ、ならなんでそんな酷いことを言う。
「わかって、るけど……でも、私なんか嫌いじゃ……」
「海美ちゃんが自分をどう思おうが勝手だ。差し伸べてくれた手を取らないのだって好きにすればいい。けど海美ちゃんを大切に想ってくれる優也のことを、SCRのみんなのことを悪く言うのは違うだろ!?」
「わ、わかってるよ!!そんなこと……そんなことぐらい!!」
怒鳴る俺に負けじと返す海美ちゃんを見てハッと我にかえる。いけない、落ち着け。このままじゃちゃんと伝わらない。頭に上る血をおさめないと。
ふぅぅ、と荒れた息を顔を下に向けて大きく吐いた。なるべく落ち着いた、優しい声で語りかける。
伝わってほしいんだ、少しでも。だから落ち着いて話さないと。
「優也は誰よりも海美ちゃんのことを心配してる。大事な仲間に避けられて怖がられて、自分が役に立てないってわかって辛い思いしても大切に想ってる。海美ちゃん、それだけは忘れないで、お願い」
最後にかけて海美ちゃんの頬を挟んだ手を肩にずるずるとおろし、ほぼ俺の願いを縋って押し付けるような有様だった。
優也も俺も誰のことも敵のように思えて仕方ないのなら、俺の言葉じゃ伝えきれないかもしれない。多感な時期だ。こんな日の光すら入らない環境と辛く苦しい戦いの日々がそうさせてしまったんだろう。けれど、そうだったとしても覚えていてほしい。忘れないでほしい。そうでなきゃアイツの優しさが報われないし、海美ちゃんのためにもならない。
「君は強くてかっこよくて、みんな大好きなかわいい女の子。いつか、そう思えた時に後悔してほしくないんだ。あの時に酷いことを言ってしまった、とか」
「…………ひっく、」
「今はそう思えなくてもいい。わからなくてもいいから。忘れないであげて。俺からのお願い、聞いてくれないかな」
「…ぅ、ぐすっ……」
すると海美ちゃんの大きな瞳からぽろっと一筋の涙が流れる。加えて堪えようとしてもれた嗚咽。大きな声出しちゃってごめんね、と眉を下げると堰を切ったように泣き始めてしまった。
「ごめ、ん……ひっく、ぐすっ、ごめんなさい。ごめんなさい……違うの。みんなのこと敵だなんて、私のこと嫌いで虐めてるなんて本当は思ってなくて。つい、八つ当たりしちゃっひっく」
「いいよ。海美ちゃんが優しい素敵な女の子だってわかってるからね。若いからだなんて言い出した俺が悪いだけで、海美ちゃんは何も悪くない。暗い気分で、この環境がそうさせただけなんだよ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。怖くて。いつか、ひっく、いつか取り返しの付かないところまで、本当に怪物になって人間に戻れなくなるんじゃないかって怖くなって」
「うん」
わぁあああっ、と声をあげて泣き始めてしまった。怖い顔で問い詰めるなんて大人気ないことをしたんだ。申し訳なく嗚咽で揺れる背中をさする。
覚悟が甘かった訳じゃない。だけど若さ故の楽観視と言うか、姿も人間のままで、どこかまだ自分は人間だと思ってしまうのも無理はない。そんな中mortal evolutionを見て怖くなってしまったんだよね。だから変身するってなったあの時吐いて動けなくなった。それぐらいショックだったんだ。
「変身が怖くなって、そのうち全部が怖くなっちゃって敵だって頭がなっちゃって。違うってわかってるのに龍斗さんにわけわかんない八つ当たりなんかして、ごめん、ごめんなさい!!」
「いいのいいの。年長者を頼りなさいな。伊達に海美ちゃんより干支一回り以上長く生きてないのよ?」
ポン、と震える肩に手を置く。するとさらに海美ちゃんの瞳から大きな涙がポロポロと溢れていく。
「ひっく、初めから変身が怖いって言えばよかった。頼っておけばよかった。部屋で1人でずっと苦しくって。どんどんみんなのこと怖くなっちゃって。部屋から出て来ない役立たずだって言われてるんじゃないかとか不安にひっく、ぐす……」
「そんなわけないよ。ほらティッシュで涙拭きな、擦らない擦らない」
近くにあったティッシュ箱を手渡す。涙を拭いてチーン!と鼻をかんで、泣いて腫れてしまった目は俯いている。
似ているな、と思った。
『アンタもどうせ俺のこと信じてないんだろ!孤虎の血が流れた化け物だって!!もう……もう来んなよ!!』
自分の世界と外の世界のピントがうまく合わせられなくて全部が敵に見えてしまうところとか、鼻をかむと真っ赤になるところとか。どうにも頼る背がないと人は簡単に崩れてしまう。
「ほんと、兄妹みたいにそっくり」
「え?」
「ん?あーいや、ね。優也も……初めて変身した時、今日の海美ちゃんみたいに吐いてたなーって。それにさ、ディスティニーランドのジェットコースター覚えてる?優也が叫びまくってたの。優也は本当はさ、きっと怖がりなんだよな」
「……優也、も?」
「そう。できるなら戦いたくない。オルガーになってしまった人を殺すのだって辛いし、どんどん人間を捨てて化け物になっていく自分が、本当はとても怖いはず。mortal evolutionだって相当恐怖を感じていたはずだよ」
『何かを無くしたみたいですけど、初めから持っていなかったような気もして……ってすみません。変なこと言って』
怖いって感情を押し殺していたら何もわからなくなって、元々無いのかあったものを無くしたのかすらもわからない。きっと怖いはずなんだ。それでも
「それでも未来を変えるために戦ってる」
「未来…」
「コトラ事件で捻じ曲がった運命を正しく戻して父親に謝るため。そして一緒に生きるため。恐怖が心を蝕んだとしても絶対に諦めない、所謂戦う理由ってやつ?」
「………………」
海美ちゃんの顔が俯く。暗い表情で、ポツリとつぶやいた。
「もう私に戦う理由なんてない、の」




