#10-8 憂鬱の波にのまれて
「海美ちゃんのとこ行くかぁ」
負け惜しみじゃないけど、少し大きめの独り言を呟いて歩を進めた。自室をスルーして、突き当たりの階段を1階分あがり、その先にある部屋の1つのインターホンを鳴らす。
「海美ちゃん〜!俺だよ、龍斗。起きてる?」
数秒後、ガチャ、と控え目にドアが開いた。
「龍斗さん」
「元気?お菓子持ってきたよ。一緒に食べない?」
「……ありがとう。ちょっと待ってて」
バタン、と閉じられて数分待つ。急に訪ねちゃって悪いことしたかな。てか待って、長官に俺が海美ちゃんの部屋の行ったこと知られたら殺されるんじゃ……?かと言って俺の部屋に連れ込むのはもっとやばいし。どうしよう……
嫌な予感が頭を掠めているとタイムアップ。ガチャ、と再びドアが開く。
「どうぞ入って」
「あー、うん。外とかどう?急にお邪魔しちゃったし」
「ごめん。今はここが1番落ち着くの」
「そうなのね、ごめん。じゃお言葉に甘えて」
どうか長官に『アラサーがJKの部屋に入った』とバレませんように。
心ばかりの後悔を残し海美ちゃんに続いて部屋に入る。中はさっきの片付けで一見綺麗に見えるが、よく見るとおそらく床に散乱していたであろう家電やらゴミが隅に寄せられているだけで、荒れた日々が窺える。……元からこうって線は一旦無しで。
手に取った紙袋を手渡すと、きょとんとした顔で見つめられる。
「これ、狛華ちゃんからのプレゼント。早く元気になってねだってさ」
「わぁ嬉しい、ありがとう」
「夜ご飯は食べた?」
「ううん。今日は何も食べないでってお医者さんに言われちゃった。また吐いちゃうかもだし、栄養?の点滴は打ってもらってるから大丈夫。でもお水はしっかり飲んでだって」
「そっかそっか。じゃ紅茶のパック持ってきたから、淹れてもいいかな」
「うん。お湯沸かすね」
海美ちゃんはキッチンに入りカチッと電気ケトルの電源をつけたみたいだ。顔色も悪くない。体の方は無理してるわけじゃなさそう。2つのカップを持って海美ちゃんがリビングに戻ってくる。
「そこらへん適当に座ってもらっていい?ごめんね、クッションとかなくて」
「いいのいいの、気にしないで。むしろ優也の部屋が異常だからね、あれ」
俺の部屋なんてもっと殺風景だし。そう言うと確かになんかそんなイメージかも!と笑われた。あんまり部屋に物をたくさん置くのが嫌いなんだよね。最低限の荷物でいい。何が起こる身か分かったもんじゃないしね。
「体の方は大丈夫?」
「うん。もう全然平気。あんな状況であんなことになってごめんなさい。次からは気をつけるから」
「……次、ねぇ」
えっ、と驚く海美ちゃんにいやいや違うよ、次はないからとかそんな脅しじゃないよ、と慌てて訂正する。いつもの口癖が出てしまった。本当に違うの?と疑い深い海美ちゃん。まぁ、うん。そうなるよね。いきなり入ってきてこの話するのは気が引けるけど、別に時間かけてじっくり話しても結果は変わらないでしょ。
両手を組む。緊張がバレませんように。
「海美ちゃん。まだメンタルキツイよね」
「……うん」
「そんなわけで、長めのお休み取ってみるのはどうかなって話が出たんだよね。やめるのは難しいかもしれないけど。あと高校に戻ることもできる」
「………」
「役立たずとかそういう話じゃないんだ。そもそも高校生の海美ちゃんにこんな危険なことして欲しくないんだよみんな。SCRのみんなが、海美ちゃんを心配した結果だ。もちろんお休みしてメンタルが戻ったら戻って来られるし」
絶対自尊心を傷つけないように、されど事実は事実として伝える。前線でやらかしたからお前は休んでいろなんて聞こえても仕方ないしショックに違いないのは確かなんだけど、別に誰も役立たずだなんて思ってるわけじゃないこと伝わるかな。
「最終決定は長官が海美ちゃん本人に委ねるって。あとは海美ちゃんが決め──」
「戦いたいよ」
「───っ、」
思った以上に速い返答。けれど俯いたその表情に影が差している。
「戦いたい。優也と、龍斗さんと、みんなと」
「そうだね」
「てか何?高校生だから戦わせたくないって。優也だってそうじゃん。優也なんてまだ10歳のころから戦ってきたんでしょ?じゃあ何で私はダメなの?ねぇ、何で私はダメなの!?」
「落ち着いて海美ちゃん。深呼吸して」
机の上に乗った拳は力がこもって震えている。動いてもないのに息は大きく荒れている。何を思っているのか、その悔しげな表情に答えが全てある。
「弱いから?女だから?鮫島財閥の生き残りの令嬢だから!?どうせみんな私のこと、厄介な腫れ物とでも思って!!優也だって私のこと嫌いじゃ──」
「海美ちゃん!!」
「!!」
海美ちゃんの両肩を両手で掴む。驚いて大きく開かれる海美ちゃんの瞳に映る俺は、今にも怒鳴りつけてきそうな怖い顔だった。いけない。こんな感情的に怒っても怯えさせるだけだ。深呼吸は俺がしないと。
息を深く吸って鼻からゆっくり出す。落ち着け。冷静でいろ。大人だろ?
「海美ちゃん。本当にそんなこと思ってるの?」
「……だってそうじゃん。どうせ丁度良い機会だって思ってるんじゃないの!?私がやらかしたから、それを利用しちゃえって!」
「SCRの誰かにそう言われたの?」
「言われては、ないけど」
「じゃあ優也に『お前なんか嫌いだ』って言われたの?」
「……」
少し俯いて口角を横に引き、唇を噛む。わかってるはずなんだよね。ちょっと冷静さを失って周りの声が聞こえなくなっちゃってるだけで。
「でも血にびっくりした時、優也私に背中向けたもん。使えないやつだってきっと思われたんだ!」
「そんなの誰でもびっくりするよ。別に優也は」
「優也は私のこともう戦えない使えないやつだって思ってるんでしょ!!」
「落ち着いて、お願い聞いて海美ちゃ」
「休み取ったらなんて龍斗さん使って回りくどく言わないで、真正面からはっきり言いに来れば!?私なんて……私なんてもう要らないってハッキリそう言えばいいじゃん!!」
肩に置いた手を乱暴に振り払われる。
「優也のそういう中途半端な優しさがいっっちばん嫌い!龍斗さんももう私に優しくなんてしないで、もう……もう!!私なんてほっといてよ!!」
ぷちっと何かが切れる音がした。
肩じゃ視線が合わない。少々手荒だが頬を両手でパチンッ、と叩くようにして無理やり顔を上げさせた。頬の痛みに驚いた後眉が下がり肩が少し上がって、まるで恐ろしいものを見たような様子。そんな俺怖い顔してる?あぁ、してるかもね。でもそんなこと言わせられないよ。
アイツの不器用だけど真っ直ぐな優しさが、例え海美ちゃんでもこんなに踏み躙られていいわけがない。




