#10-7 痛みを自覚して
同日夜──SCR本部司令室にて
「特異生物アースダンゴームはロスト。現在その足取りを追っているのと、確保した記者たちに事情聴取を行っています。撮ったデータなどは提出させて確認中です」
「了解。……ったく、ガチで殴ることねーんじゃねぇの?」
「すみません。つい日頃の鬱憤で手が滑って」
「えっ」
頬に当てていた氷はだいぶ溶けて腫れもだいぶ引いた。咄嗟に出たナイスアイデアではあったがガチで殴ることないだろ。引っ掻き傷は浅い……というか、切り裂かれた服と優也の服についていた血で偽装できたから良かったものを。てか鬱憤て?……まぁ一回置いておくとして。
「それで?あの記者たちはどうなるの」
「避難命令に従わなかったことで相応の罰金と拘留兼検査、特異生物との交渉については前代未聞なので法務部の対応待ち、それと変身解除を見られたかもしれない優也くんのことについては戒厳令が布かれるはずです。でも……全員が全員守る、とは思えそうにないメンツでしたね」
「あーどうしたもんかねぇ。データは事故に見せかけて消せるけど、見た本人の記憶までは消せないからなぁ。それも揃いも揃って記者って。影響力が大きすぎるよな」
「頭叩けば忘れないかな……」
「優也?」
「冗談ですよ。データさえ奪っとけば根拠もないし、その人達が何を言おうと別に誰も信じないでしょ。いつもの都市伝説だ陰謀論だで済むんじゃ無いですか。それに今後はこんなことがないようにしておけばいいでしょ」
細かな処理は司令部と情報統制部が話し合い、法務部を交えて最終決定が降りるそうな。記者たちは人間だ。何も殺されるようなことはないし、大丈夫だろ。
狛坂さんが目に見えて肩を落とす。
「ごめんね優也くん。僕が見落としたばかりに」
「問題ないです。それに特異生物と交渉だってやってのける異常者達の行動なんて誰も読みきれませんよ。気にしないでください」
「……ありがとう。後処理は狛華さんと一緒に完璧にやっておくから。本当にごめんね」
長官が別の話題に移る。
「鮫島海美の経過は」
「現在医療部の方で経過観察後、自室でおやすみしています。怪我などは無く、症状も全て落ち着いているとのことです。……その、本当にメンタルからくる不調だそうで」
気まずそうに狛坂が報告する。そりゃそうだよな。それってつまりフレイムが海美ちゃんに恐怖を与えてるってことだもん。優也の目の前でそれをはっきり言うやつなんて……あぁいたわ。
「mortal evolutionどころか、フレイム自体がトラウマとなっていそうな反応だったな」
長官の惚れ惚れするストレートシュート。俺じゃ無くとも見逃せないね。
「……そうですね。俺が血を被ったところを見て一気に崩れたところを見るに、フレイムを連想させるものがよくないんでしょうね」
「てことは優也が嫌われてるわけじゃ無いってことだ。フレイムじゃ無くて」
「フレイムは俺ですよ?」
「あーうん。オッケー。後で話そう」
フォローは虚しく空振っていく。ここで話を拗らせたく無いし、後で話したい。
「このままでは今後の任務に差し支えるだろう。どうすべきか」
「あぁそうだ、その件で1つ提案なんですけど」
優也がひょい、と手を挙げた。
「SCRからの退職、あるいは長期休養って名目でもいいです。海美を高校生に戻すってことできませんか?」
「何?」
あ、と止める間もなく優也はさらっと提案してしまう。やられた。
「今の状態じゃ到底戦えるとは思えません。前線に出てこられてもカバーに入り切れるかわからない。ならいっそ、これを機に一度メンタルケアのためにも高校に戻るのはどうかと」
「なるほどな。だがそれに関しては本人の希望との擦り合わせが必要だろう。私たちが強制するものじゃない」
確かにそうだな。俺も同意見。
意外にもこの白夜狼牙という人間は個人の判断を重んじる。それが例え俺や優也でもだ。昔、俺や優也が自分の意思を持ってSCRに入れたのもこの人が俺たちに最終的な判断を委ねたからだった。そういうとこはしっかりしてんだけどなぁ、なんせ特異生物嫌いが効いちゃっててあんまり仲良くはできていない。
「そうですね。本人に聞いてみます」
「お前は聞くな近づくな。ストーム、お前に任せた。場合によっては狛華もフォローに入れ」
「はいはい」 「了解しました」
「………」
こっちの寂しがりのフォローもしてやって欲しいけどね。
「他に報告は無いな。では特異生物が発見されるまで待機。場合によっては偵察に出ろ」
「「了解」」
「解散」
その一声で狛坂も狛華ちゃんも席に戻り仕事を始めた。邪魔することもないし時間も遅いしで俺たちも部屋へと戻ろうと司令室を出る。居住区に戻る道すがら、狛華ちゃんから教えてもらった海美ちゃんの好きなクッキーを手土産にしばらく雑談して優也の部屋の前に着いた。今かな、とコツンと優也の肩を肩で小突く。
「何ですか」
「そういや夜メシどうする。まだでしょ?」
「あぁ……適当に食べます。まだ色々冷蔵庫にあるし」
「食堂行かない?」
「俺やることあるんで」
俺の手を払って部屋のドアノブに手をかける優也。その背中に何かを言おうとして言えなくなる。ええっと、何を言おうとしたんだっけ。あぁそうだ。優也の本心を自分で気づかせたいんだ。
でも、具体的に何を言えばよかったんだっけ。頭に浮かんでいたはずの言葉たちは消え失せ肩を掴もうとした手は宙を掴んで落ちていく。
何をどう言えば伝わる?何もどうしようもないことを、俺はどうしたいんだ?
「あの、なんですか?」
「え?」
少し驚きながら顔を上げると優也が立ち止まり振り返って眉を寄せながら俺の目を真っ直ぐ見ている。
「さっきから何か言いたげなんで。配慮とかいいですから、はっきり言ってくださいよ」
「……海美ちゃんに避けられて、どうなんだよ」
これが最大限できる譲歩、かな。
俺が全部言うのはダメ。何をどう言えばちゃんと伝わるのかわかりゃしないけど、唯一わかるのは自分で自分の痛みに気が付かないとダメってこと。
「どう?どうって何ですか」
「自分の気持ちはどうなんだって聞いてんの。海美ちゃんのことばっかり考えて、自分のこと置き去りにしちゃダメだろ?」
ゆっくり、優しく諭すように。けれどそれが逆効果だったか優也はめんどくさそうに後頭部をかき、大きくため息をついた。
「俺のこと心配してる場合ですか。相変わらず……ほら、さっさと海美のところに行った行った。何かあったら連絡してください。それじゃ」
「ちょ、優也!」
バタン、と逃げるように扉が閉じられた。ダメだったかぁ。ピクリとも動かないあの鉄仮面、どうやって剥がすかね。それこそ優也の意思が大事なんだし俺がどうこう言うものじゃないかもしれないけどさ、言わないと何も気づかないまま死んでしまいそうで。
「海美ちゃんのとこ行くかぁ」
負け惜しみじゃないけど、少し大きめの独り言を呟いて歩を進めた。自室をスルーして、突き当たりの階段を1階分あがり、その先にある部屋の1つのインターホンを鳴らす。
「海美ちゃん〜!俺だよ、龍斗。起きてる?」
数秒後、ガチャ、と控え目にドアが開いた。
「龍斗さん」




