#9-18 Burst up the mutation
《それ》 は苦しみもがくネピアなど見えていないようにスルーして、真っ直ぐゆっくりとザセルに近づく。離れたここからでもわかる威圧感。高鳴る心臓の音ですら許されないような緊張感。震える呼吸はきっと海美ちゃんも同じだろう。
そんな中、ザセルが笑い始めた。
「ふっふっふっアハハハハハハハハハ! 本当に、真に覚醒した! 『融合』と『進化』の力、偽りない本物の力! 神が世界を救う私のために贈った“ギフト”!!」
「…………」
「さぁさぁ優也くん、その力と私の『変異』の力で共に全てを覆しましょう!『融合』し、人間どもを『変異』させ、『進化』を促すのです! かつて鳥たちが翼を得たように!」
「……おい」
「これで全てが救われる!さぁ私の手を取って──」
その瞬間、興奮した様子のザセルはその場から消え、衝突音とともに離れた建物の壁へと、くの字に折れたフェンスとともに姿を現した。
「ゴハッッゲホゲホッ!?」
「ギャアギャア騒ぐな。うるせぇんだよ」
《それ》 はただ軽く腕を振るって当たっただけ。だけなのに、あのザセルをあそこまで追い詰めている。
「ザセル様っ!? お前っ!」
「……」
背中から襲いかかる激昂したネピアを後ろに足蹴りしただけで宙に浮かし、そのまま回し蹴りで地面に叩きつけ動けないように踏みつけたまま、つま先でギリギリと喉元を圧迫する。息ができず苦しむネピアを《それ》は鼻で笑った。
「ほらほら、さっきまでの余裕はどうした」
「っ……!!……!!」
「あぁ?聞こえねぇよ。ちゃんと口開いて言え!!」
踏みつけていたつま先を上げて顎を蹴り飛ばし、その衝撃でネピアの体が浮いたところに顔面を右方向に殴りつける。怖くなるほどネピアの体は地面を跳ねて転がり、かなり離れたところでようやく止まって動かなくなった。燃えつきてはいないけど、ほぼ丸焦げの状態だ。動けるわけがない。
「おねえ、ちゃ、」
「ふ、ふふ、素晴らしい。素晴らしいですよ優也くん。完璧です。先ほどの笑えない冗談がどれほど馬鹿らしかったか、痛感していただけましたよね」
「そうだな。この身を持って痛感したよありがとう。それじゃ」
《それ》 がまた新たなシリンジを取り出し、同じ方法で針を出して首に刺す。すると
Burst up the mutation!
と音声が鳴り響き、同時に体を覆っていた炎が止んでかわりにゴォオオオっと言う音と体の内部に熱を溜め込んで黒く厚い皮膚の身体中に入った亀裂から赤い光が漏れ出る。
優也は姿勢を低くして
「消えろ」
そう呟き、ザセルに向かって一気に突進した。
「アハハハ、アハハハハハハハハハ!!素晴らしい!素晴らしい!!流石は原始の細胞!神が私に与えた“ギフト”!!!」
「───ファイナルタイガーバースト」
ザセルと 《それ》が衝突して一瞬の静寂。次の瞬間には2体を中心に大きな爆発が連続していくつも起こる。
『ストーム!!的戸を回収しろ!!』
「〜っ了解!海美ちゃんは逃げて!」
「了解!」
大分回復した海美ちゃんを放して俺は爆風の影響で遠くに転がって気絶していた的戸を回収し、そのまま高く跳んで全速力で爆発から逃げ出す。足が、背中が、焼けるように熱い。いや実際に焼けているんだ。この爆発に巻き込まれたら、俺だってタダじゃ済まないのに的戸は確実に死ぬ!!それだけはダメだ!!
何とか走り切って爆発に巻き込まれないよう逃げ切る。途中爆風に煽られて足がもつれて何度ダメかと思ったことか。本当に死を背に感じた感じた。
振り返ると後ろにはあったはずの建物や設備、鉄骨などは一切ない。焼けて焦げた大地がそこにはあるだけだ──唯一、一つの影を除いて。
「優也……」
そこには1人佇む 《それ》……否、優也がいる。あれをフレイムと呼ぶべきなのか、そもそも生物の括りで囲んでいいものなのか。自信がない。ただ優也が変身したことに間違いはないし、優也の覚悟を否定したくもない。
少し離れて的戸を近くの物陰に降ろしていると近くから海美ちゃんが近づいてくる。少し左腕の上部が焼けた跡があるけど、それ以外は特に問題なさそう
「龍斗さん!無事だったんだ。よかった」
「的戸も大丈夫。問題ない」
「そっか。良かった」
『ストーム、スパーク!至急フレイムの元に戻ってください!』
「「了解」」
狛坂の焦った声に急かされて物陰から出る。視界に広がるのは正真正銘教科書に凡例として載せたいぐらいの焼け野原。そこの中心に……
「っ優也!!」
中心に立っていたはずの影はなく、その代わりに倒れた1人の男がいる。ピクリとも動かず、真っ黒な大地に伏せているその姿に反射で足が動いた。黒い大地は死ぬほど熱い。靴なんてほぼ無いようなもので足の裏は既にボロボロだけど、そんなのは足を止める理由にはならなかった。
優也の元まで走って、しゃがんで優也の肩を揺する。
「優也、おい優也しっかりしろ!!」
『脈拍弱いですがあります!ドクターと共に救援部隊を送りました!12分後到着!!』
「優也、優也!!!」
何度も揺するが反応はない。脈があるなら死んでいないはずだけど、それでも怖くて。
いつものburn upだってあんなに体に負荷がかかっていたのにあれ以上の火力を素で出していたんだ。それに加えて新しいburn up、burst upって言ってたか、それだって体の中に過剰な熱を溜め込んでいた。
もしも、もしも万が一があったら。
「優也、起きろバカ!!!」
「龍斗さん待って、一回ここから出て優也を冷やさないと!」
後ろから声がかかる。振り返ると海美ちゃんが俺の後ろに立っていた。
「もう龍斗さん話聞いてってば!!こんなところにいたら私たちだって無事じゃないし、人間の体なら優也だって一緒でしょ!!!」
「っ!」
そうだ。そうだよ。頭を冷やせ。冷静になれ。こんな熱いところに居続けたら俺たちまで燃えてしまう。それに優也の体に熱が溜まってしまっているなら冷やさないと。落ち着け。
「そうだね。ごめんありがとう。そうしたら──」
カシャッ
「え」「ん?」
カシャッッカシャカシャッッ
何度も連続するシャッター音。何の音だ?このあたりは全て避難勧告が降りているしそれに従わないってやつはとことんバカなのか命知らずぐらいだ。それも発見次第警察が確保して強制的に逃げさせているし。
カシャッ
「何だ……?どこだ」
「あ、あそこだ!」
海美ちゃんが指差す先。そこはこの黒い大地の対岸。ちょうど俺たちが走って来た方向とは真反対だ。そこにカメラを構えた誰かがいる。何でこんなところに、規制に従う従わない以前にこんな状況で怖くて逃げ出してないんだ?
「司令部、状況は」
『現在確認中。おそらく前回の記者と同じです』
「またアイツか……」
「アイツ?」
「俺たちを嗅ぎ回ってるやつ。狛坂、対応頼めるな?」
『お任せください。ストームとスパークはフレイムを連れてすぐにその場を離れ、ドクターの車でそのまま帰投してください』
「「了解」」
怖いぐらいにぴくりとも動かない優也を抱えて走り出す。後ろからのシャッター音に後ろ髪を引かれながらも黒い大地を走り抜けて、そのまま的戸も回収し、柏木先生の乗る車が到着するポイントまでまた走った。
海美ちゃんは1番大きな傷である胸を押さえ、時々苦しげな呼吸が聞こえてくる。大丈夫?と時折スピードを落とすが負けん気で平気!と強い返事が返って来た。気にしつつポイントに到着する。
「ここだね」
「はぁ、はぁ、あの記者?ここまで来ないよね?」
「うん。流石にあの焼け野原を越えては来れないでしょ」
ふぅーと大きく息をつく。流石に優也と的戸を持って走るのは堪えるな。
「優也、目覚まさないね」
「……大丈夫。コイツは寝起きが悪いだけだから、きっと目を覚ます」
苦し紛れの言い訳に、少しの後悔を込めて。
柏木先生が乗っている車を待った。ただ数分待つだけなのに、優也が目覚めることを待ち続けるこの時間が永遠に続くように感じていた。




