#9-13 想定外の事態
キシャァァアアア!と金切り声をあげて倒れ塵になっていくオルガー達。さてさて第一フェーズは終了だ。海美ちゃんと肩を並べて第二フェーズを見つめる。
視線の先、すこし離れた先に立つネピアは左手の親指をガリっと噛む。ぽた、と血を滴らせながらその親指で口角を持ち上げ可愛らしくニコッと笑って見せ、
「変身」
そう宣言すると彼女の体はどんどん変異していく。頭と体はシャチの体と色合い、四肢は茶色のクマのもの。爪は長く鋭くギラリと俺たちの首を狙う。
「セリー、風トカゲの方は私がやるんだから手ぇ出さないでよ?」
「あ、はい。もちろん。ネピアさんの仰せのままに」
「風トカゲって……心外だな。ドラゴンって呼んでよ」
「じゃあ厨二ヘビトカゲな!!」
「っ!!」
瞬く間に眼前に近づいてきたネピアの拳をスレスレで頭を左に避ける。顔の頬に当たる部分の表皮ががネピアの熊の爪に裂かれ鮮血が飛んだ。
伸びたネピアの右肘を関節とは逆方向に折るように殴るとバキッと骨の割れる音が鳴る。にもかかわらず素早い左足の蹴りが俺の腹に入り、少しでもダメージを減らすためにと、咄嗟に後ろに跳んだことで互いの間に距離ができた。
あーあ、結構まともに食らっちゃったなぁ肋が何本か逝った。でもネピアも右肘を押さえてこっちを睨みつけてくるし、一回おあいこかな?
「痛い……レディの腕を折るなんてさいて〜!」
「まぁまぁ、お互いバケモンなんだし。おあいこってことで」
「同じ?アンタと同じにしないでよ!!聞いたけどアンタはフレイムやスパークと違って私達を直接襲撃する手段がないんでしょ?ただ風を吹かせるだけのチキンが、私と同じなんて口叩くなよ!!」
左腕を振りかぶりこちらに向かってくるネピア。風を吹かせるだけしか能がない?酷いこと言うなぁ。
でもさぁよく考えてよ、俺は10年前からずっと戦ってんのよ?そんな弱点、
「対策してないわけないじゃん」
「死ね!」
振りかぶられる左手の鋭い切り裂きをひょいひょいと避けて足元を払ってくるのをちょっと跳ねて問題なく避けていく。当たりそうで当たらない。その連続にネピアの顔は苛立ちで歪んでいく。
後ろに下がりながらフェンスを飛び越え、ネピアは苛立ったまま突進してフェンスがガシャン!と大きな音を立てながら俺をまっすぐ追ってきた。そのまま建物の奥へ奥へと入っていき、入り組んだ工場地帯は配管や廃棄材が多く上手く避けて走り抜ける。後ろからはネピアがガタンガシャンと物を荒す音と苛立ちの声。思わず口角が上がってしまったのに気づかれなくてよかった。
配管を少し開けたスペースに出てクルッと振り返る。ネピアは息を切らしながら俺を見てにやっと笑う。
「行き止まり……ちょこまか逃げるのもここまでみたいね!」
「そうねぇ。絶体絶命ってやつ?」
「そのふざけた口も今に塞いでやる!!今度こそ!!」
左手と回復した右手の爪を向けられる。うん。順調に準備は終わったみたいだね。
「まぁまぁ落ち着いて。そんなに焦ると滑って転んじゃうよ?」
「はぁ!?何舐めたこと言ってんの!?」
「いやいやよーく見てごらんよ、足元悪いでしょ?」
「何言って……え?」
足元を見るネピア。熊のような四肢は濃い茶色の毛で覆われているが変身したての頃の柔らかさは見る影もなく、油でべっとりと固まってしまっている。日の光を反射して輝いていた爪も油汚れが目立ちその輝きは鈍くなってしまっている。
「なにこれ……!?」
「走ってる最中の《向かい風》、気にならなかった?」
「何……!?なんなのアンタ何したのよ!」
「ま、俺も全部教えてあげるほど優しくないんでね。ちゃちゃっと終わらせてスパークのところに戻らせてもらうよ」
小さな空き瓶をその辺に捨て、袋を取り出すとジャラリと特製の火薬玉同士がぶつかって音を鳴らす。袋を引き裂いて手に乗せ思いっきり空へ向けてぶん投げた。
「なっ……!?」
ネピアが驚く間に地面を蹴り空へ高く跳び、空中で身をひねれば俺を中心に風の渦が発生して火薬玉はそれに絡め取られる。そのまま困惑したままの棒立ちネピアに向かって、火薬玉と共に一気に滑空し突進!
両足の鷹のような鉤爪を剥き出す。
「能ある鷹は爪を隠すってね!!」
「っぐ!?」
ネピアの体を足で切り裂き流れで壁宙のようにくるっと回転し着地する。切り裂いた摩擦でネピアの体に撒いておいた特製の油が火をあげ火薬玉がその火に触れた瞬間、
「ぎゃあああああああああぁああっっ!?あつ、痛い!熱い!!熱い!!!」
火薬玉が一気に弾け、ネピアの体を抉り燃やしていく。その激痛に耐えられないのかネピアはその場に転がり回っていた。あーあー痛そうだ。でも風を起こすしか能がないなんてもう言わせないからね。
ピ、とインカムが音を立てる。
『ストーム、スパークが新種に手こずっている。至急元の位置に戻り援護しろ』
「まだネピア完全に仕留めてないですけど?」
『まずは新種からだ。組織の全容が見えていないからこそ情報をポロポロ溢すソイツは後でいい』
「了解。じゃあ」
確かあっちの方向から走ってきたよな。腕を振るって強風を起こす。次第にそれは小さな竜巻となってネピアを持ち上げる。あーあ、せっかく付いた火が消えちゃうか、まぁ後でフレイムに燃やして貰えばいいや。
「なにっ!?なんなのよおおお!?」
「放置プレイもアレだし、一緒に戻ろっかなって!!」
自分の体も風に乗せ、身動きの取れないネピアを蹴り飛ばしそのまま俺自身も風で吹っ飛ばして元いたところへ弧を描いて飛んで行く。お、いたいたスパーク
「こら待てええええ!!」
「ひぃいいいい怖いです!怖いです!恐怖を感じます!!」
セリーが逃げ足早く逃げ回るのをスパークが後の道筋を素直に真っ直ぐに追いかける。相変わらず元気そうだね。
「スパークストップ!」
「え」
「おりゃ!!」
「きゃあぁあぁっ!?」「ウワァアァァアアア!?」
ネピアの首根っこを掴みセリーに向かって滑空しながらネピアをセリーに狙いを定めてぶん投げる!よっしゃストライク!
途中クルッと宙返りでゆっくりスパークの隣に着地する。ざっくり見た感じ怪我とかなさそうだね、よかった。
「ストーム!ありがとう!」
「大丈夫そうだね。司令は聞いた?」
「うん。まずはあの鹿から!」
「……牛じゃなかったっけ」
「もおぉおお!セリー邪魔!!どいて!!」
「も、申し訳ありません!」
セリーの下で左手をバンバンと叩いて叫んでいるネピア。あらま面白いことなってるね。今のうちに──
ガラガラガラッッガシャンッッ!!
「っ!!」
突然鳴り響く轟音。上からだ。上から鉄骨や配管が落ちてきた。スパークを庇いながら後ろに飛んで避ける。視線は一点の揺らぎもなく瓦礫に紛れるその赤を捉えた。あそこだ、あそこに我らがリーダー!
「フレイム!」
右手に握り込んでいるのはザセルの頭か?ザセルの頭を地面に押し付けるように突っ込んできたのか。フレイムは俺の声に反応して顔を動かし、空いた左手を人差し指だけ伸ばして左から右へと大きく素早く振る。
合図だ。
「了解」
背中のスパークに向けて同じ動作をするとスパークは小さく頷く。指示は伝わったね。
スパークは俺の背中から一気に飛び出し腕を掲げ、腕いっぱいに電気を溜め込むと未だなだれ込む瓦礫へと向かって振るえばいくつもの雷撃が瓦礫を突き刺し、更にあたりは帯電していく。
そうなったら俺の番。
Blow away the mutation!
シリンジを腕に直接突き立てれば、背中に強い痛み。皮膚を突き破って大きな翼が広がる。膝を屈めて勢いつけて跳ねれば空は俺のもの。大きく大きく口を開けてあたりの空気を飲み込み、放つ!
「ファイナルドラゴンブレス!!」
体を絞り切るように全てを吐き出して、風は渦を巻き和龍のような巨大な竜巻が起こる。吐ききった後その中へ突っ込み翼でバランスをとりながら抜け目なく見渡すと、巻き込まれバタバタと忙しなく腕を振るうスパークを見つけた。翼をはためかせすぐに近づいて片腕で回収しそのまま竜巻から飛び抜けザザっと地面に足でブレーキをかける。
危ない危ない。回収完了だね。
「ブハッ、はぁ、はあっ……ありがとストーム……」
「ううん。あとはアイツに任せよう」
フレイムみたいに動体視力がいいわけじゃないけど、でも見える。竜巻に巻き込まれたザセルとネピア、それとセリー。そして、
Burn up the mutation !
風の竜の姿を変える、絶えることを知らない炎
「──ファイナルフレイムアタック」
全てを焼き塵すら残さないその獄炎で俺の竜巻は炎龍に姿を変え、酸素を一瞬で吸い尽くして火柱はゴフッという音と共に消えていった。その中から出てきたのはフレイムだけ。竜巻に巻き込まれたせいで色々と怪我してるけど、どれもそんなに深くはなさそうだ。いつも通り音もなく着地する。
「おつかれさま、フレイム」
「いえ、まだです。ザセルはまだ生きている」
「あーそっか、そうだよねぇ」
ギッと音がしそうな目つきでフレイムが睨む先に動く陰。まぁ、ちょっと期待しちゃったけど、多分ザセルは焼けてないだろうなぁとは思ってたよ。あいつにはフレイムの熱に耐性があるから。
煙の向こうには影が一つ。ザセルは植物を鞭のように鋭く速く操るから、いつでも動けるようにしておかな────
「────え?」
なんで?
「あ、どうも。セリーこと、セリヌンティクスです」




