第46話 1秒の火種
第46話を開いていただきありがとうございます。
未来たちは、新入生選抜試験に向けて動き始めます。
今回は試験の内容、仲間たちの反応、そして新たなライバルの登場を描きました。
ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
教室のざわめきは、レイナの一言で一度収まった。
けれど、それは静かになっただけで、消えたわけじゃない。
空気の奥に、ざらついたものが残っている。
再会の余韻と、蒼の不在と、これから始まる試験。
どれも整理しきれていないまま、同じ場所に積み重なっていた。
「……で」
レイナが軽く机に腰を預ける。
「選抜の話はさっき言った通り。来週から三日間かけて行う」
教室の空気が、また少しだけ引き締まる。
「細かいルールはあとで配る。今日はざっくりだけ頭に入れとけ」
そう言って、視線を一巡させる。
「まず、これは“勝ち抜き戦”じゃない」
ガイが眉をひそめる。
「は?」
「つまり、トーナメントじゃないってこと」
レイナは肩をすくめた。
「落ちたら終わり、じゃなくて全部見て、総合で決める」
「じゃあ負けても関係ねえのか?」
「関係はある」
あっさり返す。
「でも一回負けたら終わり、ってわけじゃない」
少し間を置いてから続ける。
「極端な話、三戦全部負けても、内容が良ければ残る可能性はある」
教室がざわつく。
その反応を見て、レイナが軽く笑った。
「逆に言えば、勝っても内容が悪ければ落ちる」
ハヤトが腕を組む。
「評価軸が多い、ということですね」
「そういうこと」
レイナは頷く。
「だから、ただ殴って勝てばいい試験じゃない」
未来はその言葉を聞きながら、自分の右手を見る。
あの時の感覚。
まだ、完全には消えていない。
「個人戦は一対一。複数戦はチーム戦。状況戦は――」
少しだけ言葉を選ぶ。
「まあ、嫌がらせみたいなルールになる」
何人かが顔をしかめる。
レイナは気にせず続けた。
「視界制限とか、時間制限とか、能力制限とか。普通に戦わせてくれないと思っとけ」
「……面倒くせえな」
ガイがぼそっと言う。
「だから言ってるだろ。面倒くさいって」
レイナは笑う。
「でも、実戦はもっと面倒くさい」
その一言で、誰もそれ以上文句を言わなくなった。
「質問は?」
しばらく間があって、ゆいが手を上げる。
「選抜の順位は公開されるの?」
「される」
即答だった。
「上位十名はそのまま発表。順位も出る」
教室の空気が少し変わる。
“見られる”という実感が、一段階強くなる。
「下は?」
「出ない」
レイナはあっさり言った。
「ただ、通ったか落ちたかは当然分かる」
ゆいはそれ以上は聞かなかった。
必要な情報は揃っている。
「他に?」
今度は誰も手を上げない。
「よし」
レイナは手を叩く。
「じゃあ今日はここまで」
え、と何人かが声を漏らす。
「終わり?」
「終わり」
レイナは出席簿を閉じる。
「今詰め込んでも意味ない。考える時間も試験のうち」
そう言って、扉の方へ歩く。
そこで一度だけ振り返った。
「無理すんな、とは言わない」
教室が静まる。
「ただ、自分でどこまでやるかは決めとけ」
それだけ言って、教室を出ていった。
⸻
しばらく誰も動かなかった。
空気が完全に止まるわけではない。
でも、次の一言を誰が言うか、少しだけ迷っているような沈黙。
「……面白くなってきたじゃねえか」
最初に口を開いたのはガイだった。
椅子に深く座り直し、にやりと笑う。
「十人だろ? 分かりやすくていい」
「簡単に言うな」
ハヤトがすぐに返す。
「そんな単純な話じゃない」
「分かってるって。だから面白いんだろ」
ガイは肩を回す。
「全員で殴り合って、上に残るやつが決まる。いいじゃねえか」
「“殴り合い”で済めばいいけどな」
未来が小さく言う。
ガイがちらっと見る。
「なんだよ、弱気か?」
「いや」
未来は首を振る。
「そういう試験じゃないって、相沢先生がさっき言ってただろ」
ガイは一瞬だけ黙って、それから笑った。
「……確かにな」
「面倒くせえな」
同じ言葉を、今度は少し楽しそうに言う。
ひかりが小さく息を吐く。
「わたし、ちょっと怖いかも」
正直な言葉だった。
「ちゃんと戦えるか、分からない」
「お前がそれ言うのか」
ガイが少し驚いた顔をする。
「言うよ」
ひかりは苦笑する。
「だって、さっき言ってたでしょ。見られるって」
自分の手を見る。
「うまくできるかどうかじゃなくて、どう戦うかを」
「……ああ」
未来が頷く。
ひかりの言っていることはよく分かる。
勝ち負けだけなら、まだ割り切れる。
でも、“中身”を見られるとなると話は違う。
隠せない。
誤魔化せない。
そのまま出る。
「まあ、やるしかないけどね」
ひかりは顔を上げた。
さっきより、少しだけ強い目になっている。
「逃げる気はないし」
ゆいが静かに言う。
「条件は悪くない」
「どういう意味だ?」
ガイが聞く。
「勝ち負けだけじゃないなら、試せることが増える」
ゆいは淡々と答える。
「自分のやり方が通じるかどうか、はっきりする」
「……なるほどな」
ハヤトが頷く。
「検証には最適だ」
「実験じゃねえんだぞ」
「実戦に近いなら、なおさらだ」
ハヤトの声は落ち着いている。
「ここで曖昧なまま進む方がこの先、危険だ」
未来はそのやり取りを聞きながら、少しだけ視線を落とした。
自分の中にある違和感。
まだ、はっきりとは掴めていない。
でも
「……ちょうどいいかもな」
ぽつりと呟く。
ひかりが顔を上げる。
「未来くん?」
「さっき言っただろ」
未来は右手を軽く握る。
「まだ形が分からないって」
「うん」
「だったら、ここで試すしかない」
自分で言って、少しだけ納得する。
無理に整理しようとしても、たぶん無理だ。
なら、動いてみるしかない。
「未来くんらしいね」
ひかりが少しだけ笑う。
「そうかな」
「うん。考えるより先に進む感じ」
「ちゃんと考えてるつもりなんだけどな」
「結果がそう見えるだけ」
少しだけ軽い空気が戻る。
その中で、ガイが立ち上がった。
「よし」
伸びをする。
「とりあえず動くか」
「どこに?」
未来が聞く。
「決まってんだろ」
ガイはにやっと笑った。
「訓練場だよ」
ハヤトがすぐに続く。
「ガイにしては、理にかなっている」
「今の状態を確認する必要がある」
ゆいも立ち上がる。
「付き合う」
短く言う。
ひかりが少し迷ったあと、頷いた。
「私も行く」
未来はその流れを見て、少しだけ息を吐いた。
「……休ませる気ないな」
「言ったろ」
ガイが振り返る。
「待たせた分、動けって」
「理不尽だな」
「理不尽なのが今の状況だろ」
その言葉に、未来は小さく笑った。
「……まあ、そうだな」
教室を出る。
廊下の空気は、さっきと同じはずなのに、少しだけ違って感じた。
やることが決まったからかもしれない。
考えるだけじゃなくて、動く。
それだけで、少しだけ楽になる。
未来は右手を見た。
まだ、分からない。
でも――
このまま終わるつもりはなかった。
選ぶ。
もう一度。
何度でも。
そのための一歩を、今、踏み出す。
⸻
訓練場は静かだった。
広い空間に、足音だけが響く。
床や壁には無数の傷が残っている。
戦いの痕跡。
ここでは、それが当たり前だ。
「……なんか、この場所落ち着くな」
ガイが肩を回す。
未来は中央まで歩く。
立ち止まる。
息を整える。
右手を握る。
――まだ、掴めない。
「未来くん、無理しないでね」
「分かってる」
そう答えた、その時だった。
「へえ」
入口の方から男の声がした。
全員が振り返ったさきに、
同じ一年の制服を来た3人組が立っていた。
だが、その中の一人だけ、空気が違った。
ゆっくりと歩いてくる。
視線は最初から未来に向いている。
「もう動けんだな」
軽く言う。
「……誰だ」
ガイが前に出る。
男は気にしない。
未来の少し手前で止まる。
「お前が未来か」
「そうだけど」
男は一瞬だけ見て、笑った。
「思ってたより普通だな」
「何がだよ」
「まぁ、そうカッカすんなって。」
「敵にまんまと連れさられて帰ってきたやつにしては、って意味だよ」
ひかりが反応しかける。
「いい」
未来が止める。
視線を外さない。
「それで?」
短く返す。
男は少しだけ楽しそうに言う。
「別に。ただ見に来ただけだ」
一歩、距離を詰める。
「どの程度かをな」
次の瞬間。
男が軽く手を振った。
――音が遅れて来る。
床に、一直線の亀裂が走った。
そのラインだけが、正確に削り取られている。
「……っ」
ひかりが息を呑む。
未来は黙って見ていた。
理解する。
それで十分だった。
「選抜、出るんだろ」
「ああ」
未来は答える。
迷いはない。
「そうか」
男は笑う。
「楽しみにしてるよ」
ガイが笑う。
「上等じゃねえか」
「お前は後でいい」
男は一瞬だけガイに視線を向けて言った。
そして、もう一度未来を見る。
「先にこいつだ」
未来は一歩も引かない。
「名前は」
男は振り返りながら言った。
「霧島リオ」
一拍。
「……霧島レンの弟だ」
空気が変わる。
ひかりが小さく息を呑む。
ハヤトが静かに言う。
「序列上位の……」
ガイが笑う。
「なるほどな」
リオはそれ以上何も言わず、歩き去る。
残ったのは、床に刻まれた一直線の傷。
未来はそれを見つめる。
シンプルで、無駄がなく、自分のアフェクトを完全に掌握しているのがわかる。
強さが、そのまま形になっていた。
「……分かりやすいな」
小さく呟く。
ガイが笑う。
「だな」
未来は右手を握る。
自分の中の違和感。
そして、あの“まっすぐな力”。
対照的だった。
だからこそ
「やるしかないな」
静かに言う。
視線は前へ。
選抜試験は、もう始まっている。
次回
第47話 1秒の開幕
第46話をお読みいただきありがとうございました。
新入生選抜試験、そして霧島リオの登場。
未来にとって、同世代の中でも明確に意識する相手が現れた回になりました。
ここから選抜試験編が本格的に動き出します。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
次回、第47話「1秒の開幕」。
選抜に向けて、それぞれの思いと力がぶつかり始めます。




