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アフェクト・ブレイカー ―感情が力になる世界で、たった一秒の能力を持つ少年の物語―  作者: paguzon
選抜試験編

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第45話 1秒の再会

第45話を開いていただきありがとうございます。


前話から続く救出のあと、物語は「再会」の場面へと移ります。

戦いの直後だからこそ生まれる空気や、言葉にしきれない感情を大切に描いています。


そして同時に、次の戦いへの流れも動き始めます。


ぜひ最後までお楽しみください。

 白い天井が、視界の中にぼんやりと浮かんでいた。


 均一な色。規則正しく並ぶ照明。消毒液の匂い。


 未来はゆっくりと瞬きをした。


 意識ははっきりしている。けれど、体のほうが少し遅れて現実に追いついてくるような感覚があった。


 指先を動かす。


 問題ない。


 腕を持ち上げる。


 重さも、痛みもない。


 肩を回し、軽く息を吐く。


「……目が覚めましたか」


 横から声がした。


 視線を向けると、神城ミサキが立っていた。

端末を片手に、いつも通り落ち着いた表情でこちらを見ている。


「……はい」


 未来は少し遅れて答えた。


「ここは、管理局で間違いないですか?」


「はい。管理局の医療区画です。坑道から救出されたあと、意識を失ったあなたを、こちらで検査と経過観察を行っていました」


「そうですか……」


 未来は上体を起こす。


 体のどこかが痛むかと思ったが、不思議なほど何もない。あれだけ叩きつけられたはずなのに、今は普通に動ける。


「気分はどうですか。めまい、吐き気、手足の痺れはありませんか?」


「大丈夫です。思ったより普通に動けます」


「それはよかったです」


 ミサキの表情が、ほんの少しだけ緩む。


 ただ、それは一瞬だけだった。すぐに管理局員としての顔に戻り、端末へ視線を落とす。


「外傷、内部損傷ともに大きな問題は確認されていません。ただし、アフェクト波形については通常と異なる反応がいくつか出ています」


 未来は自分の右手を見る。


 握る。


 開く。


「……やっぱり、何かありますよね」


「自覚はありますか?」


「あります。ただ、うまく言えません」


 未来は少しだけ言葉を探した。


「自分の力のはずなのに、自分の手の届かないところにあるような感じです。使えるとか使えないとかじゃなくて……まだ形が分からない、というか」


 言いながら、自分でも曖昧だと思った。


 けれど、ミサキは途中で遮らなかった。未来の言葉が途切れるまで待ってから、静かに頷く。


「記録された反応とも一致します。今は無理に言葉にしなくて構いません。むしろ、焦って使おうとしないでください」


「はい」


「日常生活に支障が出る段階ではありません。学園への復帰も可能です。ただし、しばらくは経過観察になります」


「分かりました」


 未来はベッドから足を下ろす。


 床に足裏が触れた瞬間、ようやく“戻る”という実感が少しだけ湧いてきた。


「俺が救出されてから、どれくらい経っていますか?」


「三日です」


「三日……」


 思っていたより長い。


 けれど、納得できない長さではなかった。検査。経過観察。能力の異常反応。自分が寝ている間にも、周りは動いていたのだろう。


「ひかりたちは?」


「寮で待機していただいていました。外出制限付きです。本日、未来くんの復帰に合わせて解除されます」


「そうですか……」


 未来は小さく息を吐いた。


 待たされる側の気持ち、

それがどれほど長かったか、考えるだけで胸が少し重くなる。


「謝る必要はありません」


 未来の表情を見たのか、ミサキが先に言った。


「未来くんは被害者です。責任を感じるところではありません」


「……でも、心配はかけましたよね」


「それは、そうですね」


 ミサキはそこで少しだけ言葉を切った。


「ですが、戻ってきたことの方が大事です」


 その一言は、淡々としているのに、妙に温かかった。


 未来は短く頷く。


「はい」


 扉の前まで歩く。


 取っ手に手をかけたところで、ミサキがもう一度声をかけた。


「未来くん」


 振り返る。


「無理はなさらないでください」


 いつもの事務的な確認ではなかった。


 少しだけ、人としての心配が混じっていた。


 未来は小さく笑う。


「……努力します」


「そこは『分かりました』と言ってほしかったですね」


「すみません。たぶん、完全には守れないと思ったので」


 ミサキは小さく息を吐く。


「正直なのは結構です。ですが、危ないと思ったら必ず報告してください」


「はい」


 未来は今度こそ頷き、扉を開けた。


 外の光が差し込む。


 学園へ戻るための一歩を、踏み出した。



 校門をくぐった瞬間、未来は足を止めそうになった。


 見慣れた景色だった。


 白い校舎。整えられた植え込み。窓ガラスに反射する光。廊下から聞こえる声。


 何も変わっていない。


 なのに、少しだけ違って見える。


 自分がここにいなかった間、この場所は自分抜きで進んでいた。その当たり前のことが、今になって胸に落ちてくる。


 廊下を歩くと、視線が集まった。


 露骨に見てくる者もいれば、気づかないふりをする者もいる。小さな声も聞こえる。


「戻ってきたんだ……」


「あれが希望アフェクトの……」


 未来は聞こえないふりをした。


 今は、いちいち反応している余裕がない。


 教室の前で足を止める。


 取っ手に手をかける。


 少しだけ息を吸った。


 そして、開ける。


 教室の空気が止まった。


 ざわめきが消え、全員の視線が未来へ向く。


 その中で、最初に動いたのはひかりだった。


「未来くん」


 椅子を引く音が響く。


 ひかりはまっすぐに歩いてくる。途中で止まらない。迷わない。


「未来くん……!」


 そのまま、抱きつかれた。


 思ったより強い力だった。


 腕が震えている。声も少し震えていた。


「よかった……ほんとに、戻ってきてくれてよかった」


 未来は一瞬だけ戸惑い、それからそっと背中に手を回した。


「ただいま。心配かけてごめん」


 ひかりは小さく首を横に振る。


「ううん。戻ってきてくれたから、いい」


 離れたあとも、ひかりは未来の顔をじっと見ていた。


「大丈夫?」


「うん。検査も終わったし、大丈夫」


「ほんとに?」


「ほんと」


「……なら、よかった」


 ひかりはようやく少しだけ笑った。


 横から、ガイの声が飛んでくる。


「遅えよ」


 ガイは椅子に座ったまま、腕を組んでいた。


 視線は少し逸れている。けれど、完全には外していない。


「待たせんな」


「悪かった」


 未来が素直に言うと、ガイは少しだけ顔をしかめた。


「そこで素直に謝るなよ。調子狂うだろ」


「じゃあ、何て言えばいいんだよ」


「知らねえよ。とにかく遅えって言ってんだ」


 言い方は乱暴だった。


 でも、その乱暴さの奥にあるものは分かる。


 未来は小さく笑う。


「待っててくれたんだな」


「……別にそういう言い方すんな」


 ガイは照れくさそうにそっぽを向いた。


「戻ってきたなら、それでいい」


 それだけで十分だった。


 ハヤトが立ち上がる。


 未来の前まで来て、じっと見る。


「怪我はなさそうだな」


「見ただけで分かるのか?」


「ある程度は。」


「医者か、お前は」


「必要だから見ているだけだ」


 淡々としているが、その目はちゃんと心配している目だった。


「検査はどうだった?」


「大きな問題はないって言われた。ただ、しばらくは経過観察だって」


「なら、無理はしない方がいい」


「ああ。分かってる」


「分かっていてもやるタイプに見えるから言っている」


 未来は返す言葉に詰まった。


 ガイが横から笑う。


「言われてんぞ」


「うるさい」


 少しだけ空気が軽くなる。


 その後ろで、ゆいが静かに口を開いた。


「戻ってきたんだね」


 ゆいはひかりのように駆け寄ってくることはなかった。


 けれど、未来の全身を一度だけ確認するように見て、それから短く頷いた。


「その様子なら、倒れる心配はなさそう」


「そんなに危なそうに見えたか?」


「敵に連れさられたんだから、普通は見るでしょ」


「それはそうだな」


「無事ならいいわ。余計なことを言う必要はないし」


 言葉はクールだった。


 でも、冷たくはなかった。


 未来は小さく頷く。


「ありがとう」


 ゆいは少しだけ目を逸らした。


「別に。確認しただけ」


 その距離感が、ゆいらしかった。


 教室の空気が少しずつ戻りかけた、その時だった。


 ひかりが、ゆっくり口を開く。


「未来くん」


 声の色が変わった。


 さっきまでの安堵とは違う、重さを含んだ声。


 未来はその変化に気づく。


「蒼先生のこと、聞いてる?」


「いや」


 未来は首を横に振る。


「何も」


 ひかりは一度だけ目を伏せた。


 言葉を探している。


 それが分かる。


「私たち、現場で見たんだ」


 ゆっくりと、言葉を繋げる。


「あの場所で倒れていて、呼んでも返事がなくて……すぐに処置は入ったけど、もう、助かるような状態には見えなかった」


 未来の呼吸が浅くなる。


 ゆいが静かに続ける。


「私も見ていた。詳しい判断は管理局がすることだけど、少なくともあの場にいた私たちは、もう戻らないと思うしかなかった」


 感情を強く出す言い方ではない。


 でも、言葉の一つひとつが重い。


 ガイが低く言った。


「……あの人、きっと最後まで前に出てたんだよ」


 未来は視線を落とした。


 蒼の顔が浮かぶ。


 軽い口調で、適当そうに笑う顔。


 けれど、肝心なところではちゃんと見ていた人。


「……そうか」


 やっと、それだけ言えた。


 すぐに泣けるわけでもない。


 怒れるわけでもない。


 まだ実感が追いついていない。


 ただ、胸の奥に重いものが落ちた。


「……あの人らしいな」


 ぽつりと呟く。


「無茶しそうだもんな」


 誰も否定しなかった。


 沈黙が落ちる。


 その沈黙を破るように、教室の扉が開いた。


「はい、席ついて」


 軽い声だった。


 けれど、不思議とよく通る声だった。


 全員が反射的に席へ戻る。


 教壇に立ったのは、見慣れない女性だった。


 肩までの髪を無造作にまとめ、片手に出席簿を持っている。表情は柔らかいが、目だけは教室全体をしっかり見ていた。


「今日からこのクラスを見ることになった、相沢レイナだ。よろしく」


 短い自己紹介だった。


 レイナは教室を見回し、未来の方にも一度だけ視線を向けた。


 けれど、特別扱いするようなことは言わない。


「まず、今の話を止めた形になったことは悪かった」


 軽い口調だったが、その声にはちゃんと重さがあった。


「ただ、今日はこのまま話さなきゃいけないことがある」


 空気が静まる。


 レイナは出席簿を机に置いた。


「今回みたいなことがあった後で、すぐ試験の話かよって思うやつもいると思う」


 何人かが顔を上げる。


「その感覚は間違ってない。普通は落ち着く時間がほしい。戻ってきたやつに声かけたいし、いなくなった人のことも考える」


 未来は少しだけ目を伏せた。


 レイナは続ける。


「でも、学園は止まらない」


 静かな声だった。


「止まったら、次に同じことが起きた時、もっと何もできなくなる」


 その言葉は、教室の奥まで届いた。


 誰も茶化さない。


 レイナは少しだけ肩の力を抜く。


「だから、予定通りやる」


 間を置く。


「新入生選抜試験」


 ざわめきが広がった。


 レイナはそれを止めない。


 少しだけ待ってから、話を続ける。


「これは、学園全体の序列戦に出るための選抜だ。まあ、予選みたいなもんだ。全員がいきなり本戦に出られるわけじゃない。一年はまず、この選抜を通る必要がある」


 未来は真っ直ぐ前を見る。


 レイナの言葉は説明ではある。


 でも、ただの説明ではなかった。


 今この教室にいる全員へ向けた、次へ進むための現実だった。


「選抜で選ばれるのは上位十名」


 教室のざわめきが、少し変わる。


「その十人だけが、本戦に進める。本戦は学園全体。上級生も混ざる。学年の壁はない」


 ガイが口を開く。


「つまり、一年で十人に入れなきゃ、上とやる権利もねえってことか」


「そういうこと」


 レイナは頷く。


「上を見たいなら、まず同じ学年の中で残れ」


 ハヤトが手を上げる。


「評価は勝敗のみですか?」


「違う」


 レイナは即答した。


「もちろん勝敗は見る。でも、それだけじゃない」


 指を一本立てる。


「どう動くか」


 二本目。


「どう判断するか」


 三本目。


「自分の能力を、どこまで理解して使っているか」


 さらに続ける。


「相手との相性が悪い時にどうするか。仲間と組んだ時、どう合わせるか。予定外の状況で、感情に飲まれないか」


 その言葉に、教室の空気がまた引き締まった。


「三日間でやる。個人戦、複数戦、状況戦。勝っても内容が悪ければ評価は下がる。負けても、見るべきものがあれば評価される」


 レイナは軽く笑う。


「要するに、ただ殴って勝てばいい試験じゃないってこと」


 ガイが少しだけ舌打ちする。


「面倒くせえな」


「そう。面倒くさい」


 レイナはあっさり認めた。


「でも実戦はもっと面倒くさい。だから練習で済むうちに、ちゃんと面倒くさいことをやる」


 その言い方に、教室の何人かが黙り込んだ。


 ひかりが小さく言う。


「……ちゃんと見られるんだね」


「見るよ」


 レイナはひかりに視線を向ける。


「頑張ってるかどうかじゃなくて、戦えているかどうかをね」


「ただ、出場は強制ではない。まだ、心の整理がつかない者もいるだろう。」


 ひかりは少しだけ緊張した顔で頷く。


 未来は机の上で拳を握った。


 蒼のことは、まだ胸の奥に残っている。


 受け止めたわけじゃない。


 整理できたわけでもない。


 でも、止まってはいられない。


 レグルスとの差。


 届かなかった距離。


 何もできなかった時間。


 全部が、未来の中に残っている。


「……出ます」


 気づけば、口にしていた。


 声は大きくない。


 けれど、はっきりしていた。


 ひかりがこちらを見る。


「未来くん」


「今のままじゃ、足りないと思うから」


 未来は言った。


「だから、出る」


 ひかりは少しだけ目を伏せ、それから頷いた。


「私も出る」


「無理はするなよ」


「未来くんにだけは言われたくないよ」


 即答だった。


 未来は少しだけ苦笑する。


「それはそうかもな」


 ガイが口の端を上げる。


「いいじゃねえか。やるなら全力で行く」


 ハヤトも静かに頷く。


「現状を知るには最適だ。逃げる理由はない」


 ゆいは短く言う。


「私も出る。確認したいことがある」


 その言葉に、ひかりが少しだけ笑った。


「みんな出るんだね」


「出ない理由がないだろ」


 ガイが言う。


 レイナが手を叩いた。


「はい、いい空気になったところで言っとく」


 全員の視線が戻る。


「中途半端で来ると、怪我じゃ済まないこともある」


 軽い口調。


 でも、嘘ではない。


「本番は、来週からだ。それまでに、自分が何をできて、何ができないのか、ちゃんと見ときな」


 未来は前を見た。


 教室の空気は、もうさっきまでとは違っていた。


 再会の安堵。


 蒼の喪失。


 そして、次の戦い。


 全部が混ざっている。


 きれいに整理なんてできない。


 でも、それでいいのだと思った。


 未来は拳を握る。


 静かに。


 ここから先は、自分で進む。


 誰かに助けられるだけではなく。


 自分の足で。


 前へ。


次回

第46話 1秒の火種

第45話をお読みいただきありがとうございました。


未来の帰還と仲間たちとの再会、そして蒼の出来事。

それぞれの感情が交差する回になっています。


ここから物語は、新入生選抜試験へと進んでいきます。

「守るために戦う」という未来の選択が、どう変わっていくのかにも注目していただけると嬉しいです。


面白いと感じていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次回もよろしくお願いします。

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