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アフェクト・ブレイカー ―感情が力になる世界で、たった一秒の能力を持つ少年の物語―  作者: paguzon
未来救出編

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44/48

第44話 1秒の亀裂

第44話をお読みいただきありがとうございます。


救出作戦は終わりに近づきますが、未来の中には新たな異変が残り始めます。


今回は、救出後の会話、管理局との合流、そして物語の裏側で動くものを描きました。


最後まで読んでいただけると嬉しいです。

亀裂は、音もなく閉じた。


 そこにあったはずの裂け目は、最初から存在しなかったみたいに消えている。けれど、未来の肌にはまだ残っていた。


 見られていた。


 あの向こう側から。


 誰かに。


「……なんだよ」


 吐き出した声は、自分でも驚くほど低かった。


 レグルスはもういない。


 足音も、気配も、あの静かな圧も消えている。ただ、最後に残した言葉だけが、耳の奥にしつこく残っていた。


 ――お前は、まだ間に合う。


 敵の言葉だ。


 信じる理由なんてない。


 それなのに、どうしてか引っかかる。


 未来は右手を見た。


 あの男の肩に触れた感触が、まだ指先に残っている。ほんの一瞬、掠めただけだった。勝ったわけではない。届いたと胸を張れるほどでもない。


 けれど、確かに触れた。


 その事実だけが、今の未来を立たせていた。


 遠くで、空気が裂けるような音がした。


 続いて、足音。


 複数。


 未来は反射的に構える。


 だが、通路の奥から現れた影を見て、肩の力が抜けた。


「……黒崎」


 黒崎怜は、いつも通りの無駄のない足取りで近づいてきた。


「動けるか」


 第一声がそれだった。


「いきなりそこかよ」


「今必要なのはそこだ」


「もうちょっと、他にあるだろ」


「ある。だが後でいい」


 黒崎は未来の顔色、足元、右手を順に見た。


 心配していないわけじゃない。


 ただ、表に出す順番が違うだけだ。


 未来はそれに気づいて、息を吐く。


「……動ける」


「ならいい」


 黒崎の後ろから、レンが顔を出す。


 手の中で、青白いエネルギーが形を変えていた。

槍、剣、短剣、また槍。握っているというより、思考に合わせて武器が生まれているように見える。


「こいつが未来?」


「そうだけど、なんだよその言い方」


「いや、もっと目つき悪いと思ってた」


「俺、今かなり悪いと思うけど」


「まだ会話できるレベルだな。安心した」


「安心の基準がおかしい」


 レンは軽く笑った。


 軽口のわりに、視線は鋭い。周囲の警戒を緩めていない。


 カエデが一歩前へ出る。


 未来の呼吸と姿勢を見ただけで、淡々と言った。


「立ててるなら、大きな骨折はなさそうね」


「初対面で骨の話??」


「倒れたら運ぶ手間が増えるもの」


「合理的すぎる」


「褒めてないわよね」


「まったく褒めてない」


 アオイは少し離れた位置から、じっと未来を見ていた。


「……思ったより、残ってる」


「何が」


「形?」


「言い方が怖いんですけど」


「壊れてるかと思ったから」


「なんか失礼だな」


 その時、後ろから荒い声が飛ぶ。


「無事ならさっさと動け」


 ゆうがだった。


 目つきが鋭い。声にも苛立ちが混じっている。けれどそれは、未来に怒っているというより、この状況そのものに腹を立てているようだった。


「立ってるだろ」


「見りゃ分かる。でも遅え」


「えぇ...」


「てゆうか、この人たち誰だよ」

未来は黒崎を見て言った。


「学園の序列上位の連中だ。」


「全員、お前を助けに来た。」


黒崎が答えると、ゆうがが急かすように言った。


「助けに来てやったんだから急げよ。ここでぼさっとしてたら、また飲まれるぞ」


 乱暴だが、正しい。


 未来は言い返しかけて、やめた。


「……分かった」


「分かればいい。足止めんな」


「ほんとゆうがは口悪いな」


レンが呆れたように言った。


「丁寧に言ったら早く走んのか?」


「いや、たぶん走らない」


「じゃあこれでいいだろ」


 レンが横で肩をすくめる。


「まあ、言い方はアレだけど、急いだ方がいいのは確かだな」


「アレって何だよ」


「アレはアレだよ。なんつうか、聞いた人間の血圧が上がる感じ?みたいな」


「上がった方が走れるだろ」


「理屈が怒りアフェクトすぎる」


 未来は思わず少しだけ笑った。


 こんな状況で笑う余裕があることに、自分で驚く。


 黒崎が空気を切るように言う。


「移動する。ここはまだ安定していない」


「安定してないって、何が起きてるんだよ」


 未来が問うと、レンが手元の槍を肩に担ぐように構えた。


「通路が輪みたいになってたんだ。進んでも進んでも同じ場所に戻る」


「まったく厄介なアフェクトだよ」


「……は?」


「俺も最初そう言った」


「どうやって抜けたんだよ」


「綻びを見つけて、そこを叩いた」


 ゆうがが吐き捨てる。


「要するにぶっ壊した」


「言い方は雑だが、だいたい合ってる」


 黒崎が否定しない。


 未来は少しだけ顔を引きつらせた。


「壊す時は壊す。走る時は走る。細かいことは生きて出てから考える」


レンは軽い口調で言った。


「妙に説得力があるな...」


「いいこと言っただろ」


「自分で言うな」


 前方の空間が、ぐにゃりと歪んだ。


 水面に石を落としたような波紋が、空中に広がる。


 黒崎の目が細くなる。


「来る」


 レンが前に出た。


 手元の槍が、厚みのある斧へ変わる。


「はいはい、二回目の仕事だ」


 黒崎の影が床を走り、歪みの周囲へ伸びる。


「一瞬押さえる」


「一瞬あれば十分さ」


 レンが踏み込む。


 青白い斧が、空間の歪みを叩いた。


 音はなかった。


 けれど、空気が割れた。


 裂け目の向こうに、本来の通路が見える。


「走れ!」


 ゆうがが怒鳴る。


「遅えやつから置いてくぞ!」


「救出対象にもそれ言うか普通!」


「走れるならもう対象じゃねえ!」


「理屈が雑なんだよ!」


 言いながらも、未来は走った。


 背後で空間が閉じていく。


 圧が迫る。


 肺が痛む。


 腹の奥に残った衝撃が、走るたびに響いた。


 それでも足は止めない。


 横を、黒崎の影が走る。


 前方ではレンが武器を切り替えながら道を開く。


 カエデは周囲の壁に手を触れ、崩れそうな箇所だけを先に崩壊させて落石を防いでいる。


 アオイは何もしていないように見えて、未来のすぐ背後を一定の距離でついてきていた。静かな足取りだったが、妙に安心感があった。


 ゆうがは最後尾で、閉じかけた通路を睨みつけている。


「潰れたらぶっ飛ばす」


「やめろ、余計崩れる」


 黒崎が即座に言う。


「じゃあどうすんだよ!」


「走れ」


「結局それか!」


 全員が裂け目を抜けた瞬間、背後の空間が潰れるように閉じた。


 鈍い圧が背中を押す。


 未来は膝をつきかけ、どうにか踏みとどまった。


「……抜けた、のか」


「ああ」


 黒崎が周囲を確認しながら答える。


「少なくとも、輪の中ではないことだけは確かだ」


 冷たい空気が頬に触れた。


 坑道の奥にあった重く湿った空気とは違う。


 外へ近づいている。


 未来は息を吐いた。


 その瞬間だった。


 世界が、沈んだ。


「……っ」


 音が遠ざかる。


 自分の呼吸だけが、妙にはっきりと聞こえる。


 視界の端で、レンの動きがゆっくりになる。黒崎の影の揺れも、カエデの髪が揺れる速度も、全部が一拍遅く見えた。


 だが、未来は何もしていない。


 1秒を切っていない。


 使おうとしていない。


 なのに――入っている。


 次の瞬間、世界は元に戻った。


 音が戻る。


 空気が動く。


 未来は右手を見た。


「……今の」


 黒崎がすぐに視線を向ける。


「何かしたか」


「してない...と思う」


 未来はすぐに答えた。


「使ったつもりはない。でも……一瞬、入った」


 レンの表情から軽さが消える。


「暴発か?」


「分からない」


「別に責めてるわけじゃない。言葉を探してるだけだ」


 レンは少しだけ声を落とした。


 カエデが未来の手元を見つめる。


「もしかして、怖い?」


 唐突な問いだった。


 未来は答えに詰まる。


 怖い。


 たぶん、それはある。


 でも、それだけでは足りない。


「……気持ち悪い」


 未来は拳を握る。


「自分の中にあるのに、自分で触れない感じがする」


 カエデは静かに頷いた。


「その感覚、忘れないで」


「忘れた頃に、飲まれるから」


 淡々とした言い方だった。


 なのに、妙に重い。


 アオイが横から覗き込むように言う。


「でも、綺麗だったよ」


「え、何が」


「今の一瞬」


 アオイは未来の手を見る。


「壊れる前って、だいたい綺麗なんだよね」


「縁起でもねえこと言うな」


 ゆうがが低く吐き捨てる。


 アオイは少しだけ首を傾けた。


「怒った?」


「怒るだろ、普通」


「普通かあ」


「そこに引っかかるな」


 ゆうがはため息をついた。


 黒崎が前を見る。


「管理局と合流する。神城ミサキが待っているはずだ」


「ミサキさんが?」


「ああ」


 その名前を聞いた瞬間、未来の胸の奥が少しだけ緩んだ。


 戻ったのだと、遅れて実感する。


 坑道の出口が見えた。


 空気の匂いが変わる。


 湿った岩の匂いが薄れ、金属と薬品が混ざったような匂いが鼻に入る。白い仮設照明が坑道の闇を押し返し、管理局の職員たちが出口周辺に展開していた。


 端末を持つ者。


 担架を準備する者。


 周囲を警戒する者。


 その中から、一人が歩いてくる。


 神城ミサキだった。


「……未来くん」


 声を聞いた瞬間、未来は少しだけ立ち止まった。


「……ミサキさん」


 自然とそう呼んでいた。


 ミサキは一瞬だけ眉を上げたが、何も言わない。


「意識ははっきりしていますか」


「しています」


「めまい、吐き気、手足の痺れは」


「ありません。。……ただ、さっき変な感じみたいなのはありました。」


 ミサキの目が細くなる。


「詳しく聞きます」


「この後、検査とかされるんですか俺」


「当然です」


 即答だった。


 未来は息を吐く。


「わかりました」


 ミサキは端末に何かを入力しながら、もう一度未来を見る。


 ほんの一瞬だけ、その表情が緩んだ。


「……戻ってこれて、よかったですね」


 事務的な声ではなかった。


 未来は少しだけ視線を逸らす。


「ありがとうございます」


 それ以上、うまい返事は出てこない。


 戻ってきた。


 助かった。


 その実感が、ようやく少しだけ胸に落ちてきた。


 レンが横から軽く手を上げる。


「で、俺たちはすぐ移動?」


「その前に簡易検査です。あなたたちも対象です」


「俺たちもか。まあ、だよなあ」


 レンは苦笑する。


 ゆうがは露骨に舌打ちした。


「面倒くせえ」


「面倒でもやります」


 ミサキは即答する。


「文句は」


「……ねえよ」


 ゆうがは吐き捨てるように言った。


 アオイが小さく笑う。


「珍しいね、引くんだ」


「引いてねえ。今は噛みつく相手じゃねえだけだ」


「そういうところはちゃんとしてるんだ」


「うるせえ」


 黒崎がミサキを見る。


「時間はどれくらいかかる」


「最低限で数分。詳細検査は戻ってからです」


「可能な限り短くしろ」


「安全確認を削るつもりはありません」


「……分かった」


 黒崎はそれ以上言わなかった。


 未来は右手をもう一度見た。


 さっきの感覚が、まだ残っている。


 自分の中にあるはずなのに、自分のものではないような、不気味な沈み。


「未来くん」


 ミサキの声。


「その“変な感じ”について、あとで詳しく話してください」


「……はい」


 誤魔化せない。


 そして、誤魔化していいことでもない。


 未来はそう思った。


 自分は救出された。


 だが、自分の中ではなにも終わっていない。


 むしろ、何かが始まってしまった。


 そんな気がしていた。



 同じ頃。


 地下深く。


 光の届かない部屋に、レグルスは一人立っていた。


 壁も床も黒に近く、どこまでが部屋で、どこからが闇なのか分からない。天井の細い照明だけが、レグルスの足元をかろうじて照らしている。


 人の姿はない。


 だが、声だけがあった。


『どうだった』


 低く、静かな声が響いた。


 だか、その姿は見えない。


 だが、声が響いた瞬間、部屋の空気そのものが沈んだ。


 レグルスは顔を上げない。


「反応はあった」


『予定通りか』


「半分はな」


『半分?』


「まだ未完成だ。だが、確実に進行している。」


 短い沈黙。


『当初の計画とは違うようだが』


「問題ない」


『情が移ったか』


「違う」


 レグルスの返答は早かった。


『ならいい』


 その時、扉が静かに開いた。


「失礼します」


 柔らかな声だった。


 そこに立っていたのは、死んだはずの蒼真白だった。


 学園にいた時と同じ穏やかな表情。


 けれど、身にまとっているものは違う。白ではなく、深い黒を基調にした装束。その姿だけで、彼女が今どちら側に立っているのかは明らかだった。


「現場の空気は、確認してきました」


 蒼は自然に部屋へ入ってくる。


 まるで、ここが最初から自分の居場所だったかのように。


『彼は?』


 姿なき声が問う。


 蒼は少しだけ目を伏せた。


「戻りました。周囲も、彼を守る方向へ動いています」


『それは問題か』


「いいえ」


 蒼は微笑む。


「むしろ、必要です。支えがある方が、あの子は伸びます」


 その言葉は、教師のように優しかった。


 だが、立っている場所は完全に敵側だった。


 レグルスが蒼を見る。


「まだ折れていない」


「でしょうね」


 蒼は即答した。


「未来くんは、そういう子です」


『詳しいな』


 オルフェウスの声が、闇の奥から落ちる。


 蒼は笑みを崩さない。


「担任でしたから」


 あまりにも自然な一言だった。


 その自然さが、かえって不気味だった。


『では、しばらく様子を見る』


 オルフェウスが結論を出す。


『無理に引き戻す必要はない。学園に戻った方が、感情は動く』


「ええ」


 蒼は頷く。


「大切なものがある場所ほど、亀裂は広がりやすい」


 レグルスは何も言わなかった。


 ただ、静かに目を伏せる。


 蒼は、穏やかに微笑む。


「楽しみですね」


 その笑顔は、かつて未来たちに向けていたものと、ほとんど同じだった。


 だからこそ、ひどく冷たかった。


 そして――


 その笑顔の意味を、未来はまだ知らない。


第45話 

1秒の再会

第44話をお読みいただきありがとうございました。


未来は無事に戻りましたが、レグルスとの接触によって“1秒”に明らかな変化が生まれ始めています。


そして最後に登場した蒼真白。

彼女がなぜそこにいるのか、何を考えているのかは、今後の物語で大きな意味を持ってきます。


続きが気になる方は、ぜひブックマークして追っていただけると嬉しいです。


次回、第45話「1秒の再会」。

戻ってきた未来を待っているのは、安堵だけではありません。

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