第36話 1秒の突入
アフェクトブレイカーを読んでいただきありがとうございます。
第36話は、連れ去られた未来が目を覚ますところから始まります。
そして、もう一人の希望アフェクト――レグルスとの対話。
これまでの戦闘とは少し違い、「力」そのものに踏み込む回になっています。
静かなシーンですが、ここから物語は一気に動き出します。
ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
意識は、沈んでいた。
どこまで落ちていたのかは分からない。ただ、底に触れたような感覚だけが残っている。水の底に置き去りにされたみたいに、身体の輪郭だけが遠くにあった。
そこから、ゆっくりと浮かび上がる。
最初に戻ってきたのは、音だった。
ぽたり、と水が落ちる。
一定のようでいて、わずかにずれる間隔。その一滴だけが、この空間で生きているように感じられた。
次に、身体の感覚が戻る。
指先。腕。足。
動かせる。だが重い。自分のものなのに、どこか噛み合っていない。
未来は、浅く息を吸った。
冷たい空気が肺に入り、その冷たさで意識が一気にこちら側へ引き戻される。
目を開けた。
暗い。
完全な闇ではない。だが、何かをはっきり見るには足りない光しかない。
石の床。湿った匂い。重たい空気。
地下だ、と直感する。
「……どこだよ、ここ」
声に出すと、思ったよりも響いた。
身体を起こす。
拘束はない。痛みもない。
なのに、逃げ場がない。
出口が見えないからじゃない。空間そのものが閉じている。外から切り離されているような、そんな感覚があった。
記憶を辿る。
戦っていた。
獅堂レオンと。
そこまでははっきりしている。
だが、その先がない。
勝ったのか、負けたのか、どう終わったのか。
そこだけが、綺麗に抜け落ちている。
「……は?」
小さく漏れた声が、やけに軽かった。
おかしい。
ここにいる理由が繋がらない。
普通なら、戦って、負けて、連れてこられた。
なら――
「……レオンはどこだ」
自然に口に出ていた。
確認だった。
「いない」
背後から声が返る。
未来は反射的に振り向く。
そこに、男が立っていた。
最初からそこにいたように、何の違和感もなく。
黒いコート。無駄のない立ち姿。
レグルス。
「……お前か」
未来は低く言う。
敵だと分かる。だが同時に、ここで動くのは違うと分かる。
「じゃあ誰が俺を連れてきた」
苛立ちを隠さずに問う。
レグルスはすぐには答えない。
ほんのわずかに視線を外し、言葉を選ぶ。
「順番に話す」
落ち着いた声だった。
「いきなり全部は繋がらない」
「回りくどいのは嫌いなんだよ」
「まぁ、そうだろうな」
あっさり返す。
「だが今回は付き合え。お前のためでもある」
未来は舌打ちを飲み込む。
「……いいから話せ」
レグルスは頷いた。
「まず、お前は最初から狙われていた」
「ただの戦闘の結果じゃない」
一拍。
「回収だ」
未来の目が細くなる。
「……レオンは?」
「ただ役割をこなした、それだけだ」
「もうやつに用はない」
淡々と言う。
「お前を止めて、意識を切る。それまでだ」
未来は黙る。
完全には納得できない。だが筋は通る。
「じゃあここはいったい何だ」
レグルスはわずかに間を置く。
「お前をそのまま先に通すつもりはない」
「先?」
「会わせる相手がいる」
未来の眉が動く。
「……誰にだ」
「今は知らなくていい」
切る。
そして続ける。
「その前に」
視線が戻る。
「お前がそれに見合うかどうかを見る」
未来の空気が変わる。
「……は?」
「そのままの意味だ」
レグルスは淡々と続ける。
「連れてきた理由は一つじゃない」
「回収もその一つだが、それだけじゃない」
一歩だけ近づく。
「お前の力を確認する必要がある」
「確認って……テストかよ」
「それに近い」
否定しない。
「だが形式はない」
一拍。
「ここから出てみろ」
未来の思考が止まる。
「……は?」
「閉じている」
短く言う。
「外とは切り離されている」
「出られるなら、それでいい」
未来は数秒黙る。
理解はできる。
単純な話だ。
「……出られなかったら?」
「会わせる価値はない」
即答だった。
未来は歯を食いしばる。
「……気に食わねぇな」
「だろうな」
レグルスはわずかに肩をすくめる。
「だが、条件はそれだけだ」
未来は空間を見渡す。
出口は見えない。
だが――
「……壊す」
低く言う。
「見えないなら、見えるまでぶっ壊す」
レグルスはそれを見て、わずかに目を細める。
「そう来るか」
「他にねぇだろ」
短い沈黙。
そして、
「嫌いじゃない」
静かに言う。
未来は舌打ちしそうになる。
「ずいぶん上からだな」
「そう見えるなら、それでいい」
だがレグルスは揺れない。
そこで、未来の中に別の違和感が残る。
「……なあ」
「何だ」
「お前さ」
一度言葉を切る。
「なんでそんなに全部分かったような顔してんだよ」
レグルスはわずかに目を細める。
「分かった顔?」
「してるだろ」
未来は視線を外さない。
「最初から、全部見えてるみたいな言い方してる」
レグルスは少しだけ考える。
否定しない。
「全部ではない」
静かに言う。
「分かる範囲で話しているだけだ」
「その範囲が広すぎんだよ」
未来は吐き捨てる。
レグルスはその言葉を受け止める。
「……お前、ここまで何を見てきた」
唐突な問いだった。
「は?」
「いいから答えろ」
短く言われる。
未来は一度だけ息を吐く。
「……発現してからだろ」
一拍。
「戦いだよ」
それだけ言う。
「模擬戦もあったし、実戦もあった」
言葉はぶっきらぼうだった。
「同じアフェクトでも、能力が全然違うアフェクターたちをみてきた」
レグルスは頷く。
「なら分かるはずだ」
「恐怖は恐怖のままじゃない」
黒崎の姿がよぎる。
立っているだけで空気を支配する、あの圧。
「喜びも、ただ明るいだけじゃない」
ひかりの光。
前に進ませる、あの強さ。
「怒りも同じだ」
ガイの一撃。
直線的で、だが迷いのない力。
未来はわずかに目を細める。
「……ああ」
レグルスは続ける。
「同じアフェクトでも、形は一つじゃない」
「性格や経験で変わる」
一拍。
「同じ力でもな」
未来の喉が詰まる。
「……だから何だよ」
低く言う。
レグルスは、そこで言った。
「俺も同じだ」
静かに。
「希望アフェクト」
一拍。
「お前とは違う形で、そこにいる」
未来の呼吸が止まる。
「……ふざけんな」
「お前のどこが希望だ」
レグルスは否定しない。
「そう見えないなら」
「お前はまだ、その形を保っている」
未来の拳がわずかに震える。
その時だった。
レグルスの視線が、わずかに外れる。
未来ではなく、外側へ。
「……来たか」
「は?」
未来には何も分からない。
だがレグルスは把握している。
「数は多い」
一拍。
「厄介なのは五つ」
空間が歪む。
複数の影が現れる。
「第一層で止めろ」
「流れを崩せ」
「抜けた場合は内側で処理する」
「――行け」
影は消える。
未来は何も言えない。
何も聞こえない。
だが確実に――
外では、戦いが始まっている。
そして、
ここには、まだ届いていない。
第37話
1秒の交錯
第36話を読んでいただきありがとうございました。
ついに、未来とレグルス――
「希望アフェクト同士」の対面を書けました。
同じ力を持ちながら、まったく違う在り方をしている二人。
この対比は、この作品の核になる部分でもあります。
そしてラスト、救出部隊の突入が始まりました。
次話からはいよいよ本格的な戦闘に入っていきます。
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次話もぜひお付き合いください。




