第35話 1秒の作戦
第35話を読んでいただきありがとうございます。
未来が連れ去られた直後――残された側が現実を受け止めながら、次に何をするべきかが決まる回になります。
戦いの“その後”に残るもの、そしてそこから動き出すための判断。
今回は大きなアクションよりも、静かな緊張と決断を意識して描いています。
ここから物語は、救出へ向けて大きく動き始めます。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
森は、まだ戦いの途中みたいな顔をしていた。
折れた枝が散らばり、抉れた地面には新しい土の色がむき出しになっている。吹き飛ばされた下草は無残に倒れ、あちこちに残る衝撃の跡が、ついさっきまでここで何が起きていたのかを嫌でも思い出させた。
それでも、もう未来はいない。
蒼も、いない。
さっきまで確かにそこにあったものだけが消えて、残ったのは匂いと痕だけだった。
ひかりは未来が消えた場所を見つめたまま、唇を噛んでいた。
泣きたいわけじゃない。けれど、胸の奥のどこかがずっと痛い。苦しいのに、涙にしてしまうと何かがほどけてしまいそうで、うまく息が吸えなかった。
少し離れた場所では、管理局の人間たちが現場を整理していた。
手際がいい、という一言で片づけるには冷静すぎる動きだった。誰も慌てていない。かといって、遅くもない。必要なことだけを、必要な順番で片づけていく。
「……すげぇな」
ぽつりと、ハヤトが言った。
ひかりはそちらを見る。ハヤトは腕をだらりと下げたまま、管理局の人間たちを眺めていた。いつものような反発心を表に出していないのが、逆に珍しい。
「何が?」
ひかりが聞くと、ハヤトは顎をしゃくった。
「いや。ああいうの。なんつーか……もう“慣れてる”感じするだろ」
「……うん」
「嫌な慣れ方だけどな」
言って、ハヤトは自分の髪を乱暴にかき上げた。
ガイが短く鼻を鳴らす。
「現場処理だろ。あいつらにとっては戦闘の後まで込みで仕事なんだよ」
その口調はいつも通りぶっきらぼうだったが、どこか疲れていた。五影との戦闘だけじゃない。未来を失った空気そのものが、みんなの身体に重くのしかかっている。
ゆいは何も言わなかった。
少し離れた場所でしゃがみ込み、未来が消えた地面を見ている。指先で触れるわけでもなく、ただ、目で追っていた。ひかりには、それがゆいなりの“考えている顔”だとわかる。
そこへ、ミサキが歩いてくる。
静かな足取りだった。
黒崎も後ろからついてくる。さっきからほとんど口を開かないが、その沈黙は重かった。苛立ちでも焦りでもなく、もっと鋭い何かを内側に押し込めているような静けさだ。
「現場の検証に入ります」
ミサキが言った。
柔らかい声だ。命令口調ではない。けれど、不思議とそこへ逆らう気にはなれない。
「少しだけ、場所を借りますね」
ひかりたちは自然と道を開けた。
ミサキは未来が消えた場所の前で足を止める。地面はひび割れ、土がえぐれ、戦闘の激しさをそのまま残している。けれど、それだけじゃないことを、彼女は最初から知っているようだった。
しゃがみ込む。
白い手袋をつけた指先で、土の割れ目にそっと触れる。
沈黙。
風が吹いた。頭上で枝葉が揺れる。けれど、誰もその音に意識を向けなかった。
「……変ですね」
ミサキが、小さく呟いた。
黒崎がすぐ隣で足を止める。
「何がだ」
黒崎の声は短い。
それでも、続きを促している。
「割れ方です。戦闘の衝撃だけなら、もう少し散るはずなんですが……」
言いながら、ひび割れをなぞる。
「揃いすぎている」
ハヤトが顔をしかめる。
「いや、俺には普通にぐちゃぐちゃにしか見えねぇけど」
「そう見えますよね。でも、違う」
その時だった。
「……確かに」
ゆいの声がする。
いつの間にか、すぐ後ろに来ていた。
「見てもいいですか」
「どうぞ」
ゆいがしゃがみ込む。
手は出さない。ただ、じっと見る。
しばらく動かない。
風が吹く音だけが続く。
やがて、
「……歪みじゃないです」
小さく言う。
「無理やり開いた感じじゃなくて……繋いでる」
少し間を置いて、
「ドア、みたいな」
と付け加えた。
ミサキが、わずかに頷く。
「ええ。その認識で問題ありません」
ゆっくり立ち上がる。
「アフェクトには、使用後に微弱な残留反応が残ります」
言葉を選びながら続ける。
「完全に消えることはありません。強い力ほど、痕跡は薄くても必ず残る」
地面を見下ろす。
「拳銃でいう硝煙反応のようなものです」
「硝煙……あの、撃ったあとに残るやつか?」
「ええ。それに近い」
ハヤトが納得したように頷く。
「じゃあ今回のも、それで追えるのか?」
「いいえ」
ミサキは首を振る。
「今回のは、少し性質が違います」
一拍置く。
「これは“移動”ではなく、“接続”です」
黒崎が言う。
「……別の場所に繋いだ、か」
「はい」
ミサキが頷く。
「そして接続が起きた場合、反応は一点で消えません。微弱ですが、“どこへ繋がったか”という流れが残る」
ゆいが小さく息を呑む。
「……だから、消えてない」
「はい」
「その流れを波形として拾えば、接続先の方向を絞り込めます」
端末が展開される。
波形が浮かび、一本の流れへと収束していく。
その中に、三つの点が浮かぶ。
「旧東部研究棟跡地」
一つ目。
「北西封鎖区域」
二つ目。
「第七隔離坑道」
三つ目。
どれも名前からして、まともな場所ではない。
「管理局の記録上、この周辺で似た接続波形が残った例はこの三箇所だけです」
「だけ、ねぇ」
ハヤトが眉をひそめる。
「三つもあるのに?」
「もっと多い可能性もありました」
ミサキが淡々と返す。
「今回はむしろ絞れている方です」
一つ目。旧東部研究棟跡地。
二つ目。北西封鎖区域。
三つ目。第七隔離坑道。
「この中で最も接続波形の圧縮率が高いのはここです」
「第七隔離坑道」
「ミサキさん」
ひかりは気づけば口を開いていた。
「その……その場所に、未来くんがいる可能性は高いんですよね」
「はい」
「助けられますか」
ミサキは、すぐには答えなかった。
嘘をつかない人なのだと、その一瞬でわかる。
「簡単ではありません」
それが答えだった。
「ですが、行く価値はあります」
価値。
その言葉は冷たくもあったが、逆に信用できた。
「……行くぞ」
黒崎の声が落ちる。
それと同時に、空間が再び揺れた。
「……へぇ」
横から、声が割り込む。
ひかりたちが振り向くより早く、赤みがかった短髪の男子生徒が黒崎を見て、露骨に口元を歪めた。
「お前がついていながら、このザマかよ」
「……」
「黒崎怜も落ちたもんだな」
ひかりの背筋がぴんと張る。
空気が、一瞬で変わった。
けれど黒崎は、怒鳴らなかった。
「黙れ」
低く、ただそれだけ言う。
「今はそれを言ってる場合じゃない」
「はっ。図星突かれて機嫌悪ぃな」
赤髪の男子は肩をすくめる。
その横から、別の声が割って入った。
「まぁまぁ、悠牙。着いて早々それはないって」
軽い声だった。
細身の男子生徒が、ポケットに手を突っ込んだまま現れる。どこか気怠げで、制服の着方も少し崩れている。だが、目だけは笑っていない。
「現場、最悪じゃん」
そう言いながら、辺りを一瞥する。
「蒼先生までやられてるし。……いや、笑えないけど」
赤髪――悠牙が鼻を鳴らす。
「お前は何でも軽く言いすぎなんだよ」
「重く言ったら状況がマシになる?」
「ならねぇよ」
「じゃあ同じだろ」
そのやり取りを断ち切るように、長身の女子生徒が一歩前へ出た。
黒髪を後ろでまとめ、表情は薄い。けれど、その一歩だけで場の空気が変わった。
「……時間がない」
低く、よく通る声だった。
それだけで二人が黙る。
ひかりは思う。
この人が一番怖そうだ。
大声を出すわけでも、煽るわけでもないのに、たった一言で空気を支配してしまう。
そこへ、もう一人が遅れて姿を現した。
派手な動きはないのに、なぜかその存在だけが妙に目につく。静かに立っているだけなのに、戦場の空気と少しだけ温度が違うように感じられた。
ひかりが一瞬だけ視線を止める。
その少女もまた、何も言わない。ただ、こちらを見ていた。
「序列上位の連中だ」
黒崎が言う。
「そういうこと」
軽い方の男子が笑う。
「呼ばれたってことは、いよいよ本格的にヤバいんだろ?」
ミサキが前へ出る。
「紹介だけしておきます」
一度、全員を見渡してから続けた。
「――学園の5大アフェクト、その頂点です」
ひかりが息を呑む。
空気が、また少し変わる。
「怒りアフェクト、九条悠牙」
「悪いかよ」
「喜びアフェクト、霧島レン」
「雑だなぁ」
「悲しみアフェクト、水無瀬カナデ」
無言のまま、視線だけが向けられる。
「愛情アフェクト、白鷺アオイ」
ミサキは、それ以上を続けなかった。
わずかな間。
「……それだけ?」
静かな声で、本人が言う。
誰も答えない。
そして、
「――恐怖アフェクト」
視線が集まる。
「黒崎怜」
「今回の天城未来くん救出作戦の主戦力です」
その一言で、すべてが揃う。
黒崎が、未来の消えた地点を一度だけ見る。
その横顔は変わらない。
けれど、ひかりにはわかった。
あの人も怒っている。
あの人も、未来を取り戻す気でいる。
「……必ず取り戻す」
短く、低く。
それだけを言う。
その一言に、迷いはなかった。
ひかりは拳を握る。
未来はいない。
奪われた。
でも。
終わっていない。
今はまだ、自分では届かない。
それでも、このままで終わるつもりはなかった。
ミサキが最後に言う。
「三十分後、出発します」
「各自、準備を」
その言葉を合図に、空気が動き出す。
管理局の職員たち。
序列上位。
黒崎。
みんなが、それぞれの速度で持ち場へ散っていく。
ひかりは、その背中を見送った。
胸の奥の喪失感は、まだ消えない。
消えるわけがない。
けれど、その喪失の先に、ようやく形を持ったものがある。
未来を取り戻す。
そのための作戦が、今、始まろうとしていた。
次回
第36話 1秒の突入
第35話、読んでいただきありがとうございます。
今回の話では、未来救出に向けた作戦と戦力が明確になりました。
それぞれの立場や実力がはっきりと分かれることで、次に進むための土台が整った形になります。
次話からはいよいよ敵地への突入が始まります。
ここからはテンポも一気に上がり、戦闘と展開が大きく動いていきます。
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引き続き読んでいただけると嬉しいです。




