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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第5章 この星に仇なす者
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この星に仇なす者(1)

 そよ風が吹き抜けて、青々と茂った芝生がざわざわと揺らめいた。心地好い温かさは、まるで母星ははぼしの大地と瓜二つだった。ワルプルギスの中でもここは特に緑が多くて静かな場所、自然再現地区だ。母星ははぼし水面みなもうつした湖を見下ろす小高い丘の上に、フミオは一人で立っていた。


 かつて、自分が潜在的魔女であることを知っていた男がいた。男は自分の価値を理解し、それを利用しようとたくらんだ。


 兵器としての、魔女の量産。


 産み落とされた子供たちはワルキューレとして教育され、世界中のテロ組織に買い取られていった。女の子の場合は、そうやって生き残ることが出来た。では男の子だったらどうなったのか。考えるまでもなく、そこには悲惨な運命しか待ち受けてはいなかった。


 ワルキューレとして成長した子供たちは、それを正義として信じて疑わなかった。魔女と敵対し、戦争を引き起こす人間を悪と断じた。国際同盟に従う魔女友好国を攻撃して、沢山の罪のない人命までをもその手にかけていった。

 結果として、ワルキューレたちは魔女に殺されるか、あるいは監獄衛星へと捕らえられた。監獄衛星は出口のない流刑地だ。魔力の基となるマナを奪われてしまえば、隕石からロクに身を守ることも出来ずに命を落としてしまう。


 フミオの前にあるのは、そんなはかない魂たちのために建てられた慰霊碑だった。


 美しい女性をした、白い石像だ。母星ははぼしを見上げて、両手を広げている。全ての罪をゆるして、再びあの母星ははぼし相見あいまみえよう。魔女たちは、死者にまで罰を与えようとはしない。それが例え何者であったとしても、同じ母星ははぼしの上で生きる仲間だ。

 ここにとむらわれた者たちは、新たな命となって母星ははぼしの上に再び産まれくる。その時には、手を取り合える友人であってほしい。この慰霊碑に込められた想いを聞いて、フミオは改めてこの場所を訪れてみたいと思っていた。


「サクラヅカさん、ダメですよ一人でこんなところをふらふらしてたら」


 後ろから声をかけられて、フミオは振り返った。長い黒髪が、風にもてあそばれて踊る。力強い真紅の瞳が、フミオの心を釘付けにしてきた。少しは慣れてきたと思っていたが、どうやらまだまだのようだ。胸の奥で動悸が激しくなるのを、フミオは全力でこらえなければならなかった。


「サトミさん」


 ホウキを片手にゆっくりと歩み寄ってきたのは、ヤポニアの魔女。星を追う者(スターチェイサー)候補生、サトミ・フジサキだった。


「今日は、訓練はないんですか?」

「色々とスケジュールが変更になって、急にぽっかりとオフになってしまいました。ニニィ教官は忙しそうなんですけど、私にお手伝い出来ることはあまりなさそうで」


 本当なら、サトミは星を追う者(スターチェイサー)の最終試験を受けている時期だった。その結果を待って、フミオはサトミへの正式なインタビューをおこなう予定となっていた。優等生のサトミなら、まず合格するのは間違いない。フラガラハ隊の隊長であるニニィに太鼓判を押されていたので、フミオの方もすっかりそのつもりでいた。

 だが現状は、監獄衛星フレゲトンから脱走したワルキューレたちの行方がようとして知れないままだった。国際高空迎撃センターはその説明や事後策のために、毎日上から下への大騒ぎだ。


 四十人以上のワルキューレたちが徒党を組むとなると、今までにない攻撃を仕掛けてくる可能性もある。星を追う者(スターチェイサー)の人員補充も大事なこととはいえ、そこに変なちょっかいをかけられても困ったことになる。サトミの訓練も、いわんやフミオの取材活動も、現在ではすっかり放置されている状態だった。


「トンランが怒ってましたよ? 勝手に一人で行かないでほしいって」

「ひょっとして、トンランに頼まれて俺を探してました?」


 普通の人間であるフミオは、一人でワルプルギスの中をうろうろしてはいけない決まりになっている。これはフミオの生命の安全を考慮した上での規則だ。

 ただ毎日当たり前のように呼吸をして地面の上を歩いていると、どうにもここが宇宙の石くれの上だという現実が意識から外れてしまう。デブリによる事故も、実際にはほとんど起きていない希少レアな出来事であることも判ってきた。


 それに何より、ほんのわずかの間でも良いから、フミオは一人きりになりたかった。


「そんなところです。お邪魔かもしれませんけど、トンランがここを見つけるまではご一緒させてもらいます」


 連絡する、とは言わないのか。きょとんとしたフミオに向かって、サトミは微笑んでみせた。何だか不思議な気分だった。あこがれていたヤポニアの魔女と、こうして二人だけでいるなんて。もっと嬉しくて、喜んで飛び上がるくらいの事態であるはずなのに……


 フミオの気持ちは、今一つ晴れてくれなかった。


「ワルキューレたちの慰霊碑、ですね」

「うん」


 サトミはフミオの脇を抜けて前に出ると、慰霊碑に向かって手を合わせた。

 フミオがここに来るのは、今日で二回目だった。イスナが保護された突入作戦に参加した戦闘士グラディエーターに話を聞いて、フミオはいても立ってもいられなくなった。日暮れが近い時間帯に訪れたこの場所は、フミオが今までワルプルギスで見てきた中で最もとうとい景色であると感じられた。



「イスナという人が、ワルプルギスの魔女を恨む気持ちは判ります」


 まだ幼少の頃、サトミは魔女が嫌いだった。魔女である自分は、もっと嫌いだった。

 遠い空の彼方で、母星ははぼしを隕石から守っていると言われてもピンとこなかった。サトミの周囲では、魔女とはただひそひそと陰口を叩かれるだけの存在だった。魔女であることをひた隠しにして、ひっそりと息を潜めて暮らしている。魔女だということが知られれば、その土地で生活していくことはもう不可能だった。


母星ははぼしを守っているなんて偉そうなことを言って、自分たちの足元なんか見向きもしない」


 魔女という理由で、サトミの母は死んだ。そんな理不尽なことがあるのか。父と弟とその町を離れる時、サトミは追い出されるような気分だった。そして父と弟が、自分がいる限りこの逃亡を続けるのだと思って悲しくなった。

 魔女であることは、やめることが出来ない。そしてサトミが魔女であることを、誰も助けてはくれなかった。


「姉妹を殺されて、本人も見捨てられて。そんな相手を信じるなんて、簡単なことじゃないです」


 ヒナカタの郊外を守ったサトミに、国際高空迎撃センターはずっと注目してきた。中等学校を卒業する辺りになって、星を追う者(スターチェイサー)にならないかと声をかけてきた。大抜擢、なのは確かだ。

 だが、サトミにそれだけの力がなかったのだとしたら、どうなのだろうか。

 星を追う者(スターチェイサー)候補生にならなかったのならば。サトミは今でもヒナカタで、魔女ではない一人の女性として自分をいつわって暮らしていたはずだった。


「ワルプルギスの魔女は、隕石のことしか考えていない。後は母星ははぼしの上で何が起ころうが、知ったことではないのかもしれませんね」


 国際同盟の下部組織であるのは、その方がやりやすいからだ。後は人間同士で、戦争でも何でも勝手にやっていてくれれば良い。魔女たちは、迫りくる隕石だけに備えている。そのための障害を取り除き、より効率的に、正確に母星ははぼしへの落着を防ぐ。


 それが――魔女の使命。



「それはちょっと、違うかな」



 サトミの言っていることに、間違いはない。ただ、フミオの考えというか、物の見方は少しだけ異なっていた。


「魔女の力はそもそも、母星ははぼしを隕石から守るためにあるんだ。ワルプルギスの魔女たちがそれを第一に行動するのは、それはそれで正しいことなんだと思う」


 普通の人間には到底及ぶことの出来ない、マナを操って強大な魔力を得る能力。一歩間違えば、母星ははぼしそのものを滅ぼしかねないその力を、魔女たちは千年以上に渡って繋いできた。それは魔女たちが、自分たちのやるべきことをしっかりと見据えてきた結果だと言えるだろう。


「後は、人間の側の問題だ。魔女に守られていることを、人間がどう受け止め、どう考えるか。魔女に守られた母星ははぼしに生きる価値を作り出すのは――人間自身なんだ」


 魔女たちが母星ははぼしを守るのは、戦争をする人間をかばうためである――当然ながら、そんな事実は存在しない。ではそのそしりをまぬがれようとするのに、人間はどうあるべきなのか。

 単純なことだ。武器を捨てて、くだらない資源競争なんてやめてしまえば良い。母星ははぼしの資源が足りないというのなら、フダラクにそれを求めることだって出来る。戦争のための財力を全て魔女たちとの開発資金に回せば、すぐにだってその事業は始められるはずだった。


「イスナに謝罪しなければいけないのは、魔女じゃない。人間だ。人間の勝手がイスナみたいなワルキューレを産み出して、不幸の連鎖を作り上げた。それを止めるためにも、人間の方が意識を変えて、母星ははぼしの上で争うことをやめないといけない」


 国際同盟という仕組み自体は、間違ってはいない。世の中から全てのいさかいをなくせると思うほど、フミオも青くはなかった。国家間の主義主張を取りまとめるのには、強い調停機関が必要になることだってあるだろう。

 問題はそこに、一切の正しさが存在しないということだった。母星ははぼしの平和を、切実に望む意思が不在なことだ。私利私欲に走った、力の強い声の大きな者だけが得をする世界。まずはその在り方から考え直していかなければ。


 この世界は、いつまでだってこのままだ。


「サトミさんは、どうして魔女が女だけなのか、とか考えたことはあるかな?」


 サトミはふるふると首を横に振った。魔女とは、そういうものだ。産まれた時からそうだったし、そのはるか昔からそうだった。きっと降臨歴の始まった時からだ。魔女がこの母星ははぼしに降り立った時、既に『魔女』は『女性』であった。


「魔女は魔女だけでは、母星ははぼしの上で栄えていくことが出来ない」


 女だけでは、魔女はその人口を増やしていけない。強い魔力を持つ以外に、魔女には普通の人間と何ら違いはなかった。魔女は自らの血と意志を繋げていくのに、人間の男性と結ばれて、新たな子を宿す必要があった。



「それは多分、魔女と人間が協力して生きていくためなんだ」



 人間は魔女がいなければ、隕石によって滅びてしまう。

 魔女は人間がいなければ、その血筋を絶やして滅びてしまう。


 兄弟星が崩壊して、母星ははぼしに隕石が降り注ぐようになった時から、その運命は形作られた。母星ははぼしで生きるために、人間と魔女はお互いの存在を必要としたのだ。


 魔女が傘となって母星ははぼしを隕石から守るのなら。

 人間は魔女の背中を支えてやらなければならない。


 そこに求められているのは、差別をすることでも、殺し合いをすることでもないはずだ。


「そのことを、俺はヤポニアに伝えたい。サトミさんが星を追う者(スターチェイサー)となって守るヤポニアの皆が、ワルプルギスの魔女たちに感謝の気持ちを持てるように。サトミさんを支えられるように」


 だから、サトミにはそんな悲しい顔をしてもらいたくなかった。ヤポニアで過去に受けた、つらい仕打ちの記憶に囚われてほしくなかった。

 新しい星を追う者(スターチェイサー)の誕生を、母星ははぼしの皆が心待ちにしている。極大期に空を駆ける魔女たちを、母星ははぼしに住む者は頼もしく思っているのだ。


 隕石ばかりを見ている。


 それで良いじゃないか。どうしてそれ以上の何かを、ワルプルギスの魔女たちに求めるのか。魔女は神様でも何でもない。


 ただ、隕石から母星ははぼしを守る力を持っただけの――人間の女性なんだ。


「サトミさん、君はヤポニアの誇りだ。自信を持って星を追う者(スターチェイサー)になってほしい。母星ははぼしのことは、俺たちが変えていくことだからさ」

「サクラヅカさん……」


 などといきがってみせても、フミオに出来るのはせいぜい記事を書くことだけだった。サトミのように、隕石を砕くほどの力は持ち合わせていない。

 ただ、一つの言葉が世界を駆け巡って、その在り様を一変させてしまうことはあり得るだろう。それがフミオに可能かどうかは置いておいて。

 試してみる価値くらいは、あるのではなかろうか。


「なんか、また新米記者が口だけ達者とか、編集長にどやされそうだ」


 マチャイオ解放キャンペーンの時もそうだった。ついつい先走って、色々と飛躍したことまで語ってしまう。手紙を書いたら最低三度は見直せと、編集長には厳命されていた。しかしその場で口をいて出る台詞せりふについては、推敲すいこうをしている余裕がない。ちょっと恥ずかしい内容だったかと、フミオは赤面した。


「――いいえ、素敵でした」


 サトミが、一歩前に踏み出した。フミオのすぐ目の前、呼吸が届きそうなくらいなまでに、身体が近付く。フミオの心臓が跳ね上がった。赤い目が、真っ直ぐにフミオを見つめている。後ずさろうにも、脚が動かなかった。どうすれば良いのか判らない。ただおろおろとするフミオの胸板に。


「ありがとう、サクラヅカさん」


 サトミの額が、とん、と触れてきた。




「ちょいと邪魔してゴメンよ」



 辺りの静けさを引き裂く、乱暴な声だった。フミオは思わずびくん、と全身を震わせた。なんだ、今のは。一瞬で、空気が張り詰めている。フミオはまるで、無理矢理に夢から醒まされた気分だった。

 サトミがゆっくりと顔を上げる。夢じゃない。そして同時に、これから起こることも現実だ。フミオはサトミが見ている先に視線を向けた。


 漆黒の長衣をまとった、魔女がいた。

 いつからそこにいたのだろうか。背が高くて、三角の大きな魔女帽子をかぶって。まるで陽炎かげろうのように立ち尽くしている。その手には、白い花束が握られていた。


「フミオ・サクラヅカさんだね。あんたに教わったんだ。ここにあるって」


 ぎらり、と赤い瞳が光を放った。帽子の下の顔に、フミオは見覚えがあった。サトミも知っているはずだ。この魔女の顔写真を見せられたのは、お互いに同じ時間、同じ場所だった。


「野暮だとは思ったんだけどさ、アタシの方にも余裕がないんだ。ほんの少しでいい、そこを空けてくれるかい?」


 魔女が言っているのは、慰霊碑のことだ。フミオとサトミは、脇に退いて魔女に道を譲った。魔女は帽子のつばを持って軽く会釈すると、慰霊碑の前へと進み出た。


「綺麗な場所だ。ワルプルギスにも、こんな風景があるんだな」


 そこにいない誰かに向かって、魔女は語りかけた。花束を置いて、静かに手を合わせる。その横顔を、フミオは黙って見つめた。まだ若い。フミオより年下、サトミと同じくらいか。

 それなのに、その胸中に渦巻く悲しみの闇は、ワルプルギスにいるどの魔女よりも暗くて深かった。



「サラサ、ここがワルプルギスだ。生きている内に、見せてやりたかった」



 一人ワルプルギスの空に優しい言葉を投げかけているのは、イスナ・アシャラ。

 監獄衛星フレゲトンを脱走し、今や国際指名手配中のワルキューレだった。


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