ワルキューレはかく語りき(5)
国際高空迎撃センターの高層部にある会議室で、フミオは円卓を囲む面々の顔をぐるりと眺め回した。錚々たるメンバーたちだ。もしこの場で自由にインタビューをしても構わないと言われたなら、誰のところに行くべきなのかまるで判断が付けられそうになかった。
かつての星を追う者ゲイボルグ隊隊長にして、現在の国際高空迎撃センターの迎撃司令官、ノエラ・ピケット。
星を追う者ゲイボルグ隊隊長、ルシエンヌ・メル・ギノー。
同じくカラドボルグ隊隊長、シャウナ・ヤテス。
同じくフラガラハ隊隊長、ニニィ・チャウキ。
戦闘士作戦総指揮官、ユジ・メンシャン。
国際高空迎撃センターでも、最高幹部クラスの魔女たちだ。それに混じって、ヤポニア大使ヨシハル・オコウと星を追う者候補生サトミ・フジサキ。そして最後にこの顔ぶれの中では最も肩書に権威が少ない、ヤポニア特派員フミオ・サクラヅカが席に着いていた。
「各自、目を通してはいただけたでしょうか?」
手に持った資料の束を、ノエラは溜め息交じりに卓の上に降ろした。同じもののコピーが、会議参加者の手元に配られている。ざっと内容を理解するだけでも、それなりに時間がかかりそうな分量だ。
ただし書かれていることそのものは、非常に興味深いものだった。好奇心をそそって、それ以上に危険な香りが漂ってくる。迂闊に触れれば火傷を負うに違いない。フミオは見事に、虎の尾を踏み付けたのだ。
この場に参集した重鎮たちが読み合せたのは、ヤポニアの新聞記者フミオと、フレゲトンの囚人イスナとの間で交わされた書簡だった。
「サクラヅカさんが疑問に思っていることに、先に答えておきましょうか。このイスナ・アシャラというワルキューレの語っていることには――多数の真実が含まれています」
手紙の他に、幾つかの古い書類の写しが配られていた。機密レベルAに属する、極秘情報だ。そこには現在では失われている監獄衛星、コキュトスの消滅に関する報告が記述されていた。
十年前の極大期の折、当時のゲイボルグ隊が破砕に失敗した隕石『ブロンテス』は、隕石破砕の衝撃で大きく進行方向を変えた。その先にあったのが、監獄衛星コキュトスだった。
コキュトスでは職員が緊急脱出を試みたが、半数が死亡。囚人に関しては絶望と見なされた。『ブロンテスB』落着によるヤポニア救済にワルプルギスの全てのリソースが割かれたため、探索活動は最小限しか実施されなかった。
「現在追跡調査をおこなわせてはいますが……まさか、生存者がいたとは」
監獄衛星との手紙のやり取りは、セキュリティ上の理由から内容の検閲を通す必要がある。イスナからフミオに送られた文書は、驚くべきものだった。十三年前の降下作戦についても、コキュトスの事故についても。これらの情報は国際高空迎撃センターの中では、詳細を知る者はごく限られている。
イスナはそれをまるで、さも自分の眼で見てきたかのように記述していた。
いや、実際にその場にいたのだ。
イスナは降下作戦で姉妹を殺され、暴力的な『保護』を受けた後、コキュトスに収監された。
子供にはあまりにも過酷なコキュトスでの生活を経て、『ブロンテス』の事故によって何もかもを失った。
その怒りと、悲しみを。
魔女という存在そのものに対してぶつけてきていた。
「降下作戦に参加していた戦闘士に、サクラヅカ氏のインタビューを受けていただきました。資料にも書き起こしたものを含めてあります。そこに出てきた『最後まで抵抗していた双子』というのが、イスナ・アシャラとサラサ・アシャラのことだと推測されます」
作戦総指揮官ユジの声は、淡々としていた。ワルキューレと直接に戦うことを目的とした、戦闘士たちのリーダーだ。フミオは筋骨隆々とした姿を想像していたが、意外にも細身のすらりとした美人だった。ただし、その一挙手一投足にはまるで無駄が感じられず、細い目の向こうには見ただけで相手をすくませる強烈な殺気が秘められていた。
「コキュトスの収監者リストにもイスナ・アシャラとサラサ・アシャラの名前が確認出来ました。彼女たちを直接担当していた者は、残念ながら『ブロンテス』の事故で行方不明となっています」
監獄衛星に関する情報は、Sランクの極秘扱いだ。その辺りの調査はユジに一任されていた。ユジの報告を受けて、ノエラは苦しそうに目を閉じた。また、『ブロンテス』だ。その心痛は、察するに余りあった。
かつて、ゲイボルグ隊の隊長であった時に使用した隕石破砕。あれが難なく『ブロンテス』を打ち砕いていれば、こんなことにはならなかった。そのことが、もう十年もの歳月に渡ってノエラを苛み続けている。
苦悩するノエラの様子を見て、ヨシハルは複雑な表情を浮かべた。
「イスナ・アシャラが今回収監されたのは、母星での隕石破砕触媒強奪未遂事件です」
ワルキューレの力は、ここ数年だいぶ弱まりつつあった。国際同盟の影響力増大に伴って、戦闘士が速やかに派遣されるようになってきたからだ。テロ組織に対する摘発も増えてきている。一般には報道されてないが、列強諸国との共同作戦も幾つかおこなわれているとのことだった。
そんな中、イスナ率いる一党は起死回生の手段として隕石破砕に目を付けた。隕石破砕の触媒は母星の上で発掘、精錬されてワルプルギスに輸送される。目立つことを避けて、なるべく秘密裏に運ばれる手はずとなっていた。イスナはその隙を突いてきた。
「まあ、輸送情報自体は偽だったのですが」
架空の情報に踊らされて、イスナとその手下はまんまと魔女たちに捕縛された。星を追う者の最終試験で隕石破砕が使用されるのは本当だが、そんな簡単に漏れるような経路ではない。魔女たちは千年に渡って隕石破砕を用いてきたのだ。そこに手抜かりは一切なかった。
「それがまさか――」
ユジは腕を組むと、不機嫌そうに中空を仰いだ。この会議室には、記録再現室と同じ仕組みが導入されている。会議参加者が囲んでいる円卓の真ん中には、パトロールが撮影していた映像が浮かんでいた。
「こんなことを企んでいたとは、ね」
ニニィがユジの言葉を継いで、ふん、と鼻を鳴らした。ユジが舌打ちする。これは監獄衛星の管理を手掛ける、戦闘士のミスだ。長く続く平和のせいでボケていると、星を追う者のことばかりを責められない。
表示されているのは八時間前のフレゲトンの様子だった。突如現れた空船が外殻に対して突撃を敢行、同時に内部では暴動が発生して、四十人以上の囚人が脱獄を図った。
脱獄者は空船共々、現在所在を捜索中。そのリストの中には、イスナ・アシャラの名前も含まれていた。
計画は周到に練られたものだった。恐らくは補給船の動きを監視して、フレゲトンの位置を割り出したのだと思われる。イスナ・アシャラが囚人として運び込まれた、二ヶ月前辺りからが濃厚だった。
最初はフミオも、容疑者の一人として疑われることになった。フレゲトンの囚人と頻繁に手紙のやり取りをしていたのだ。どうにも言い繕うことは出来ない。しかもその内容は、魔女たちの間でもほとんど知られていない過去の醜聞に関するものだった。
「サクラヅカ氏の手紙程度では、大した情報のやり取りにはならない。内容的に興味深くはあるが、それを手掛かりとしてフレゲトンの位置が割れたのではない」
ユジは冷静にそう分析して、フミオを罪に問うことはしなかった。強い力を預かる者が、結果を急いで判断を誤ってはならない。戦闘士はワルプルギスにおける軍隊だ。そこには確固たる意思と規律が存在していた。
「これはもう、最初から監獄衛星をターゲットにしていたとみなすべきだ。イスナ・アシャラはわざと逮捕されて、仲間たちにフレゲトンの位置を教える役割を担っていた」
今のワルキューレには、小規模なテロ行為をおこなうぐらいしか戦力が残されてない。
それならば、捕まっている同志を取り戻せば良い。
単純な作戦だったが、それにまんまと引っかかってしまった魔女の側には立つ瀬がなかった。逮捕したワルキューレの監視体制について、面目は丸つぶれだ。国際社会からの非難は避けられそうになかった。
「コキュトスとフレゲトンは構造的にも似ている。イスナ・アシャラは自身のコキュトスでの経験を生かして本作戦を立案し、自ら実行してみせたのだろう。とんでもない奴だ」
フミオに手紙を送りつけてきたのも、郵便船を無理にでも動かすための算段だったのかもしれない。なんとも狡猾で、かつ大胆な手口だ。更に加えて今回の事件で注目するべきなのは、ワルキューレたちが高度な技術を駆使している、と思われる点だった。
「魔女に悟られずに監獄衛星との行き来を監視したり、改造した空船を用いたりと、明らかに個人のレベルを超えた科学技術や資金の供与がおこなわれている節があります。これは由々しき事態です」
「それに関しては国際同盟に報告しましょう。魔女に限らない話になるかもしれません」
テロ組織を支援する国は、少なからず存在している。母星は未だひとつではない。国際同盟の中であってもそうだ。権力闘争の道具として、時にはワルキューレですらも利用される。ワルプルギスの魔女たちにとって、それはあまりにもつらい現実だった。
「さて……サクラヅカさん」
ノエラの呼びかけに、その場にいる全員の視線がフミオに注がれた。戦闘士のトップに、星を追う者の隊長たちに、国際高空迎撃センターの迎撃司令官だ。このワルプルギスを支配する魔女たちの、総元締めといっても良い。その面々に囲まれて、フミオは思わず唾を飲み込んだ。
「これから、どうなさいますか?」
「どう、とは?」
フミオは問い返した。フミオに出来ることなんて、記事を書くことぐらいだ。ノエラが微笑んで、肩を落とした。そうだ。そのことについて、ノエラは尋ねてきていた。
「魔女には魔女の、ワルキューレにはワルキューレの言い分があります。魔女だって完璧ではありません。幾つもの落ち度がありますでしょう。貴方はそれを、記事にしてヤポニアに伝えますか?」
降下作戦で起きた、無残な殺戮。国際同盟の兵士も、ワルプルギスの戦闘士も、小さな子供をワルキューレという理由で殺害した。自分の命を、そして将来的にテロで失われるかもしれなかった人々を守るためだ。それはそんな理屈が付けられれば、正当化され得ることなのだろうか。
『ブロンテスB』の被害からヤポニアを救うため、魔女たちはコキュトスを見捨てた。万に一つの可能性で、そこにはイスナという生存者がいたというのに。母星を守ることが魔女たちの使命であり、ワルキューレたちは罪人だったから。それで、助けられるはずの命から手を引いても良かったのだろうか。
それに何より、国際高空迎撃センターは国際同盟の下部組織だ。国際同盟自体が、世界の全てを代表している正義の組織なんかではない。列強諸国が中心となり、自分たちにとって都合の良い世界を紡ぎ出そうとしている。この会議室の外でフミオを待っている、トンランの祖国マチャイオだってそうだ。列強たちの都合によって、小さな国々は声を上げることすら出来ずに喘いでいた。魔女たちの活動は、その頭を飛び越えたところにある。
ワルプルギスの魔女は、籠の鳥。いつだったか、トンランがそう言っていた。人間に母星から追いやられて、良い様に扱われて。隕石を防ぐことだけに、目を向けさせられている。
ワルキューレとは、魔女の本来あるべき姿。イスナは手紙でそう書いていた。罰を受けるべき人間の頭上に、裁きの隕石を落とす。この母星には、守るべき価値のある者とない者がいる。今の魔女たちは人間同士の殺し合いを助長しているだけの、母星に害を成すものだ。
そういった幾つもの現実を目の前に突き付けられて――
フミオは、どうするべきだろうか?
「俺は――記事を書きます。書かせてほしいです。ここで見たこと、聞いたこと、知ったことを、記事にしてヤポニアに伝えなければいけません」
魔女は人間だ。万能の存在でもない。全知全能でもない。
失敗して、苦しんで。それでも歯を食いしばって立ち上がって、答えに辿り着こうと努力している。
「魔女にだって、色んな事情があると思います。でもワルプルギスの魔女たちは、いつだって人類と母星の未来について考えている。全てはそうやって行動してくれた結果なんだって、俺にはそう感じられました」
戦闘士がワルキューレと戦うのも。
星を追う者が隕石を追いかけるのも。
全ては、母星に暮らす命を平等に守るため。
「大切なのは、守られている俺たち人間の側が、しっかりとその意味を考えることです。だから、俺は記事を書きます。魔女の真実をヤポニアに伝えて、皆にも考えてもらいたい。魔女に守られている自分のことを。そして――」
魔女と手を取り合って生きる。
それは、魔女に守られるだけじゃない。
「こんなにも母星を想ってくれている、魔女のことを」
魔女を魔女と認めて――支え合っていくということだ。
「ではオコウ大使、サクラヅカ氏については現状のままということで」
ヨシハルは無言でうなずいて、ユジがつまらなさそうに片眉を上げた。戦闘士としては、面倒な記者などワルプルギスからいなくなってくれた方が心配事は少なくて済むのだろう。とはいえ、決定されたことには従順だ。自分の意見をべらべらと述べ立てて、勝手に動き回る武器ほど厄介なものはない。軍人であるユジは、その辺りはきちんと弁えていた。
対して星を追う者の隊長たちはちらちらと目配せをし合って、それぞれ、にやりと含み笑いを浮かべていた。こちらの方はいかにも魔女らしい。普段からあちこちを飛び回る星を追う者は、より自由で奔放な性格をしているのかもしれなかった。
「サトミ・フジサキ候補生、現状では我々はワルキューレに対してある程度の警戒をしておく必要がある。星を追う者の訓練課程について、若干の遅延が発生することを許してほしい。この変更は、君の成績に由来するものではない」
サトミがこの場に呼ばれていたのは、これを告げられるためだった。破壊されたフレゲトン周辺は、厳重な警備態勢の真っ最中だ。訓練区域からは外す必要がある。
それに何より、フレゲトンからはかなりの人数のワルキューレが逃げ出していた。訓練飛行中に、貴重な星を追う者候補生に何かがあっては一大事だ。訓練の計画に遅れが生じるのは、致し方ないものだった。
「了解いたしました」
指先まできちっと揃えて、サトミは敬礼した。
その視線が一瞬だけフミオの方に向けられて。またすぐに、真正面へと戻された。
第4章 ワルキューレはかく語りき -了-




