この星に仇なす者(2)
ヤポニアではこれまで、ワルキューレについて良く理解してこなかった。魔女であろうがワルキューレであろうが、その本質は基本的には同じである。魔女を異物として排除する論理で生きてきたヤポニア人にとっては、両者は等しく『魔女』でしかあり得なかった。
魔女とワルキューレを区別する最大のポイントは、人類に対する考え方であると筆者は捉えている。魔女たちは人類を自分たちの仲間として扱い、母星の上で共存することを望んでいる。対してワルキューレたちは自らを人類の上位存在とみなしており、支配的な立場にあることを主張している。
ワルプルギスに在住している間、筆者は監獄衛星に収監されているワルキューレたちとコンタクトを取ろうと試みた。国際高空迎撃センターの手助けもあって、手紙のやり取りのみという条件で取材活動が許可された。
幾つかあるうちの一つの監獄衛星で、インタビューに応えてくれるボランティアを募ることになった。こちらから出せる謝礼など限られているし、そもそも監獄衛星の囚人に送れるものがどの程度なのかは想像もつけられない。この辺りは、現場の職員たちの裁量にお任せするという形を取らざるを得なかった。
結果として、筆者は三通の返信を受け取った。これが多いのか少ないのかは、前例がないため判断のしようがない。一通は文章の体を成していないスラングの集合体であり、もう一通は恩赦を求める命乞いの言葉で便箋が埋め尽くされていた。残された一通の内容に、筆者は目を奪われた。
ヤポニアの英雄サトミ・フジサキの名前を語る上で、我々は同時にこの人物の名前を恐怖と共に想起することになる。今では世紀の悪人としてヤポニア中にその名が知れ渡っているワルキューレ――イスナ・アシャラだ。筆者にワルキューレについての知見を与えてくれたのは、何を隠そうそのイスナ・アシャラ本人であった。
イスナ・アシャラの書いた文は、理知的で理路整然としており、非常にしっかりとしたものだった。イスナは潜在的魔女の男性を父に持ち、テロリストに売買される兵器として育成された。そしてそこで年老いたワルキューレから、『世界の真実』を学んだと記していた。
曰く、魔女とは本来人類を裁くものであり、母星を守護、管理する役割を担っている。母星を発展させる良い人類を導き、破滅に誘う悪い人類には罰を与える。極大期に襲来する隕石はワルキューレによってコントロールされ、罪深き者たちの頭上に大いなる罰として落とされるものである。
今の魔女たちは、国際同盟という悪しき人類の組織に従い、母星の上で起きている戦いを間接的に肯定する結果を産み出している。これはあるべき姿からは大きく逸脱したものだ。ワルキューレはこの状態を是とはしない。魔女と魔女友好国に対して、然るべき罰を与える。人類と魔女は、真に母星を想う者たちによって統治されなければならない。
――ワルキューレの教義には、正直心魅かれるものがある。降臨歴の研究者からすれば、色々と興味深い歴史的な知見が得られるだろう。魔女がかつての母星において、人類とどのような関係性を持っていたのかを垣間見ることが出来る、貴重な証言だ。
しかし今日において、ワルキューレの持っている考え方、そしてその取っている手段については疑問がある。
まず第一に、魔女が人類を支配する者という前提である。筆者はこれは、たとえ過去においては事実であったのだとしても、現代の世界では既に変質してしまったものだと考えている。
ワルプルギスの魔女たちは、人類と寄り添って生きることを選択した。その意味では、最早魔女とワルキューレは袂を分かったということになる。魔女と人類は支配者と被支配者の関係ではなく、母星に生きる同列の存在となったのだ。
力を持つ以外に、魔女と人類の間に違いはない。そうであるのならば、魔女が人類の善悪を判断するなど、おこがましいことではなかろうか。
ワルキューレは絶対善ではない。彼女たちもまた人であり、間違いを犯す者なのだ。二者の関係はどちらが上ということは一旦なくしてしまって、共に肩を並べて未来について思考を巡らすべきではないのか。ワルプルギスの魔女たちは、恐らくそのような決断を過去にしてきたのだと推察する。
そして第二に、ワルキューレたちのやっていることはテロリズムでしかないということだ。魔女友好国というだけで、戦争に関係しない一般市民たちまでもがその攻撃対象とされ、犠牲になっている。ワルキューレにとって人類は自分たちよりも下位の存在でしかないのだろうが、そんな無慈悲な支配者の在り方を認める訳にはいかない。
人類は国際同盟という組織の下、百年以上もの間世界大戦を起こすことなくここまで歩んできている。なるほど、確かに国際同盟が母星全体の繁栄を願う、善意の組織であるなどとは口が裂けても言えないであろう。魔女の傘の下で、列強諸国は自らの撒いた紛争の火種をいくつも抱えたままだ。
だがそれに対抗するワルキューレたちが与しているのは、同じく力で世界の秩序を乱すテロ組織たちばかりだ。今のワルプルギスが国際同盟の枠内にあるからと言って、国際的犯罪者集団と共にあるワルキューレたちに非難される謂れはない。そんな彼女たちに、この母星を幸せに統治出来るなどとは到底考えられないだろう。
ワルキューレについて知って、筆者には思うところがあった。魔女たちにせよ、ワルキューレたちにせよ、目指しているのは同じ場所なのだ。
母星が平和に繁栄していくこと。
国際同盟が正常に機能し、人々が争いに傾倒することなく毎日を過ごすことが出来るのならば。ワルキューレたちに、テロリズムを起こさせる大義名分はなくなる。人として生きると決めた魔女たちは、間違えていない。そのことを示すことが出来るのは、他でもない我々人類だけなのだ。
今のままでは、人類は自らの手で母星を滅亡に追いやってしまう。ワルプルギスの魔女たちの想いを踏みにじり、積み上げてきた歴史を否定することに繋がってしまう。
魔女友好国として、ヤポニアが成すべきこと――それはこの母星から、少しでも争いをなくしていくことだ。
一口で片付けられるような、簡単なことではないとは重々承知している。それでも、いや、それだからこそ。
筆者はあの、イスナ・アシャラのような悲劇を繰り返してほしくはない。そう、切に願うのである。
降臨歴一〇二六年、一〇月一日
フミオ・サクラヅカ
ワルプルギスの風を肩で切りながら、イスナは無言で湖の方に歩を進めていた。少し離れたその後ろに、フミオとサトミが続く。きらきらと輝く水面が近付いてきたところで、イスナは振り返った。
「ありがとう。妹が眠っている場所で、騒動は起こしたくなかったんだ」
慰霊碑に向かい合っていたのは、ワルキューレである前に、妹を亡くした一人の女性だった。フミオにもサトミにも、その祈りを妨げることなんて出来なかった。人として生きることに、どんな幸せも見出すことなく死んでしまったサラサ。イスナの悲しみは、痛いほどに伝わってきた。
「サクラヅカさんと、それからあんたは、星を追う者候補生のサトミ・フジサキさんか。ヤポニア人は礼儀を重んじるというからな。改めて礼を言わせてくれ」
イスナは深々と頭を下げた。これが、国際指名手配されているテロリスト、ワルキューレの姿なのか。フミオには自分の中の認識が追いついてこなかった。
『ブロンテス』の事故で双子の片割れを失い、魔女に見捨てられた生存者。そこには狂気なんて、微塵も感じられない。今フミオの目の前にいるイスナが、多くの人間や魔女を傷付けてきた凶悪なテロリストなどとは。フミオには俄かには信じがたかった。
「――とは言っても、サラサはここにはいないんだ。十年前に、アタシが母星に弔ってやった。偶然、ここに似た湖のほとりでさ。片手だけでも、母星の大地に埋めてやりたかったんだ」
サラサ・アシャラがどのような最期を迎えたのか。イスナはフミオに宛てた手紙の中で、詳細に綴っていた。どんな想いを込めて、それを言葉にしたのだろうか。サトミはいたたまれなくなってうつむいた。
魔女たちの罪。母星を生かすための犠牲。同じ『ブロンテス』の被害者でありながら、二人はまるで異なる道を選んだ。
星を追う者として、無条件に人を守る者と。
ワルキューレとして、魔女の在り方に疑問を呈する者。
「悪いけど、アタシは魔女を許すつもりはないよ。戦争を起こす人間の下について、ただ唯々諾々と言いなりになって隕石を追っかけているような奴らは、母星に毒を撒いているのとおんなじだ」
イスナの声は、冷たくて硬かった。サトミが顔を上げて、イスナを強く睨み付けた。その表情はワルプルギスの魔女、星を追う者のものだった。
「それでやることが人殺しや、隕石迎撃の妨害だって言うの? 貴女たちのやっていることこそ、母星を滅びに導くものだわ」
「そうでもしなけりゃ、人間は判りゃしないんだ。力で争う奴らは、より強い力でねじ伏せる。それ以外に、お前たちにあいつらを止める手立てなんかあるのか?」
「それは」と口ごもったサトミを退けて、フミオが前に出た。イスナがぴくん、と眉根を動かす。槍玉に上がっているのは、魔女ではない普通の人間のことだ。それを受け止めるのは、人間であるフミオの役割だった。
「人類が愚かなのは、残念ながら事実だ。認めるしかない」
魔女に守られていることなんかまるで意識もしていない、『排魔女』であったヤポニア。自分たちの利益ばかりを追いかけている国際同盟の列強諸国。ワルプルギスの魔女たちが守っているのは、そんなどうしようもない者たちばかりだ。そこに、否定できる材料なんてどこにもなかった。
「でも、無理矢理に殴りつける以外にも、判ってもらえる方法はあると思う。現に俺はここに来て、魔女のこともワルキューレのことも理解出来たつもりだ。それを母星の皆に伝えれば、もっと――」
「無駄だよ、サクラヅカさん」
フミオは思わず息を飲んだ。イスナを取り巻く空気が一変していた。妹の死を悼み、優しい言葉を発していたイスナはもういない。
そこにいるのは、魔女と人類の敵。ワルキューレだった。
「誰でも彼でも、サクラヅカさんみたいに考えられる訳じゃない。その証拠に、アタシはひとつ、あんたに対して頼まれごとをされているんだ」
ヤポニア人の新聞記者、フミオ・サクラヅカ。ヤポニアは『ブロンテス』の被害を受けてから魔女友好国に変わりつつあったが、ここ最近はその流れが加速してきている。
その理由の一つは、星を追う者候補生サトミ・フジサキの存在。
そしてもう一つは、その姿をヤポニア本国に伝えているフミオの存在だった。
「サクラヅカさんはやりすぎたんだろうね。アタシはあんたのことは嫌いじゃないけど、プライベートとビジネスはしっかりと分けて考える必要がある」
ヤポニアが魔女友好国になるだけなら、ここまでされることはなかっただろうに。よりによって、マチャイオ紛争にまで首を突っ込んできたのはいただけなかった。人間は争いを望む。国際同盟が善意の集まりだなんて、誰一人信じてはいない。
少数勢力であるワルキューレが活動するのに、支援者がいない訳がない。そいつらは母星のどこかで、常に戦争が起きていてくれないと困る連中だ。なにしろそうであってくれなければ、他の誰よりも強い武器を保持している意味がなくなってしまう。
「アタシはワルキューレの秘術を婆さんに色々と教わった。でも、ひとつだけ使ったことのない魔術があるんだ。触媒がどうにも希少品でね。なかなか機会に恵まれなかった」
ワルキューレにとっては、手を組む相手が誰かなんて関係がなかった。人類は皆平等に、ワルキューレに傅く者だからだ。後々にその報いが己に跳ね返ってきたところで、人間たちはただ自己を省みれば良いだけ。ワルキューレはきっちりと、区別なく全員に死の罰を与えてやる。
「母星の上――ヤポニアでそれを使うところを、サクラヅカさんには是非見せてあげたかった。本当に残念だよ」
イスナが、懐に手を差し込んだ。サトミが素早く反応する。マナの動きが感じられない。どんな魔術を使うつもりかは判らないが、星を追う者の反射神経ならば見てからでも充分に対処可能な間合いだった。
右掌が抜かれて、鉄色の金属塊がフミオに向けられた。しまった。サトミは顔をしかめた。マナが感知出来ないはずだ。魔術ではなかった。
黒光りする拳銃の銃口が、真っ直ぐにフミオを捉えていた。
「止めてみな」
銃声が鳴り響く。まだだ。サトミは最速で防御壁を展開した。塵対策で、星を追う者にとっても防御壁は基本魔術の一つとなっている。本職のトンランには及ばないが、銃弾程度ならこれだけでなんとか防ぎきれる。
――はずだった。
サトミの動体視力は、銃弾が防御壁を突き抜けるのを目撃した。まさか。通常の飛翔体では、こんなことは起こりえない。サトミの脳裏に、一つの可能性が思い浮かんだ。
抗魔術加工!
ごく最近開発された、列強諸国でもほとんど出回っていない最新技術だった。実験のために戦闘士が派遣されて、怪我人が出たと聞いている。それほどまでに強力な新兵器だ。
それが、なんで、ワルキューレの手に?
その答えを考えている刹那の瞬間に。
最早サトミには、フミオ目がけて飛ぶ銃弾を見つめていることしか出来なかった。




