36ラスト・バトル!
鎮魂の洞穴はカーミラ城の裏手にある小さな洞窟である。ただし、小さいのは入り口だけ。中に入ると、何に使うかもわからない広大な空間が連続している。ベータ版では何か曰く有り気に見せかけて、その実何の仕掛けもない、という拍子抜けのダンジョンだった。
最終決戦に選ぶとしたら、なかなかよろしいロケーションに思える。
――ピィーーーッ!!
足元からセンサーの作動した警告音。飛び退ると同時に、小規模の爆発が起こる。真下で直撃を食らえば、流石にタダではすまないだろう。
「しかし、次から次へと。よくキャパシティが保つな」
「兄貴……。だから言ったじゃありませんか。どうせ、罠張ってるのは、あのいけ好かないメイドでしょう?神殿で異常な数の仕掛け罠を同時運用していたじゃあ有りませんか。あいつに準備できる時間を与えたら、際限なく罠を仕掛けますよ。きっと」
レンの後方を歩くゾディアックが呆れ声を漏らす。
確かに彼の言うことも尤もである。そもそも、罠を正面から踏み潰す事を決めたレンには、愚痴る資格はありはしない。
レンの異常発達した敏捷でもって、「地雷を踏んで、避ける」という意味の分からない方法によって罠を解除して進むことが決定。実行しているためレンたちにとって、出迎えの炸裂罠は全く脅威ではなく、単なる障害物に過ぎなかった。
レンを先頭に、後ろからレンの歩いた道をヤマメとゾディアックが付いて来る。
彼ら二人の仲はあまり良くない。それでも、今が正念場だと分かっているのか、レンの目の前で諍いは起こさなかった。
再び踏みしめた地面が、赤く光る。魔法陣が周囲に浮かび上がり、獲物を喰らおうと、アギトを開いた。対処法はただひとつ。爆発までの一瞬のラグ。その瞬間に距離を取ること。エフェクトだけはやたら派手な炸裂罠だが、案外と射程は短い。すでに何十もの罠を無理やりこじ開けてきたレンにとって、行く手を遮る生垣ほどの効力も発揮していなかった。
「呆れた。解除しつつ進んでいるかと思えば……」
「まあ、ここに来て、そんな地味なことをしていてもな」
レンは洞窟の闇から響く何者かの声に、間髪入れずに返答していた。気配察知でその存在を予め察知していたからこそ出来た芸当である。
「……バルサ。あいつに会わせてはくれないか?」
「返事は分かっているでしょうに……。亜貴様は奥でお待ちです。私はレンさんを歓迎するように申しつかりました」
拒絶の気配を纏っているのだが、その一見強固な外殻の内側には、明らかな諦観が秘められていた。ここでレンを遮ることが、どれだけの徒労なのか、理解できているのか。
バルサの足元に無数の召喚陣が形成されていく。テイミングで手懐けたモンスターを一気に放出しようというのだろう。
「切り札は殺られちゃいましたからね」
バルサが苦笑する。次々と彼女を守るために配置につく異形の者たち。蟻の子一匹通さない、という構えだったが、その布陣の指揮官であるバルサからはやる気が感じられなかった。
食い止めようという強い人の意志が、目に見えない防壁を生むのだとしたら。彼女の心中には迷いや、戸惑い。ありとあらゆる雑念が混入しているのだろう。彼女の作る見えない防壁は酷く虚ろだった。
抜ける、と。そう思った時には、すでにレンの体は、魔獣の織りなす防壁の向こう側に立っていた。行き掛けの駄賃とばかりに、二、三の魔獣の首を斬り落としてさえいる。
「兄貴!」
そして壁の向こうからは、ここまで付き合ってくれた従者たちの叫びが届く。
分断されてしまった。いや、分断させてくれたのか。
「ありがとう、バルサ。そいつらの面倒は頼む」
対立者として戦う相手に、親しげに頼み込む。何故だか、レンには今のバルサならたいていの頼みごとを聞いてくれる予感があった。
案の定であり、
「あり得ないですよね。その頼み。まあ、仕方有りませんか。レンさんの命をお代にして、最期の頼み――遺言として聞いてあげますよ」
「レンさん、何を言って……っ!」「え!?兄貴ッッ!?」
自分がひとりよがりであることは、自覚していた。だが、それを自覚した上で、なお死出の旅路に他人を巻き添えにすることは躊躇われたのだ。
死にゆく情けない姿を見られたくない、という矮小な気持ちもあった。もしこの世界で散々暴れてきた自分の最期を看取るに相応しいプレイヤーが居るとすれば、亜貴以外には思いつかない。
彼女が待つという洞窟の深部へ足を向ける。後ろのほうで、バルサの操る魔獣の軍勢と、ヤマメとゾディアックがぶつかる戦いの音が聞こえてくる。
寂寥感を覚えながらも、その場を後にする。
――追ってくる反応は、皆無だった。
「これほどの空間が……」
深部に至る道筋のモンスターは排除されていた。お陰で随分スイスイとここまで来ることが出来た。
レンを出迎えたのは、ひときわ巨大な広間。特筆すべきは、岩盤に浮き出た水晶のような透明な結晶塊。幻想的な光景に、しばし息を忘れる。
ぼんやりと光り輝く結晶体が反射した光が、広いホールを隈なく照らす。そうやって消えて行く暗がりに、彼女は居た。
どこから持ち込んだのか、異常に装飾過多の玉座をデンと鎮座させ、優雅にもたれ掛かっている。黒鎧の影になって顔は隠れているが、あの鎧は間違いなく彼女のものだ。
レンの接近に気づき、ふわりと音も立てずに人影が立ち上がった。
「ようこそ。最後の舞台へ」
「……終わらせてくれ。何もかもを」
ここで死ぬのだと理解したから。
最高の敵役を演じきる。
武器を構える。
確かに自分の物語が終わるのだとしたら、幕引きに相応しい人間は彼女以外には居ない。
新たに得た力。ファイターの脚力でもってして、強引に距離を詰める。蹴りつけられた足場が陥没し、碎けた石片や瓦礫が量産される。風と音を置き去りにして、レンは跳んだ。
人間の知覚限界に限りなく迫る速度で、亜貴にぶつかりに行ったレンは、しかし当然のように迎撃を受ける。
「自殺の手伝いなら、お断りよ?」
「もちろん、違うさ」
一瞬にして眼前に迫る白刃を紙一重で躱す。ねじり込むように空間を蹴り、さらなる跳躍を果たし、カウンターによる一撃死は免れた。
すれ違いざま斬撃を浴びせる。顔色も変えずに、亜貴は正面からそれを受け止めている。鎧に付属する鉄甲は、真正面からの斬撃であっても、受け流せる造りになっている。激しく擦過しながら、逸れた真剣は、彼女の腕の鱗を削り取る。
鮮血が飛び散るが、彼女の方から当たりに来たせいで、芯を外され、致命傷には至らない。
「”ヒール”」
淡い癒しの光が亜貴を包み込み、全ては振り出しに戻る。
再度駆ける。今度は先程よりも遅く、緩急を効かせて。変幻自在のステップは、しかし戦い慣れた相手には通用しなかった。
突き出した腕は、触手に掴まれたかのように、絡み取られ、関節を取られる。そしてテコの原理で加えられた力は、右肘関節を一瞬にして粉砕した。
声も出ないほどの痛みが、腕に生じる。自分の迂闊さを呪う。
死にたくなるほどの苦しみは、しかし、生への根源的な欲求を呼び覚ます。
右腕を捨てる判断を瞬時に下し、頭突きの要領で頭部を相手にぶつける。まさか関節を取った相手から、そんな捨て身の攻撃を受けるとは思っていなかったらしく、頭蓋が衝突する一撃が綺麗に炸裂する。
「くっ!」
視界に火花が散るが、躊躇はしない。緩んだ拘束を全力で振り払い、短剣を振り回す。
破れかぶれの攻撃はうまく決まらなかったが、投擲に必要なスペースは確保する。
スリングに装填した弾丸を間髪入れずに斉射。撃ち込んだ無数の炸裂弾が、誘爆を起こし、視界を紅蓮で埋める。迫り来る爆風を蹴りつけ、さらなる加速でもって、爆圧から逃れる。
自分の炎で焼かれる、という間抜けは回避する。
一瞬の気の緩み。未だ燃え盛る劫火の傘蓋の中から、亜貴が飛び出してくる。龍鱗は爛れ、ところどころ剥がれ落ちている部分もある。それでも進んでくる。痛みなど感じないかのように。
「”グラップ”」
肘関節が粉砕され、満足に動かせない右手を掴まれた。そのまま遠心力で投げ飛ばされる。肘どころか、肩も完全に脱臼してしまった。岩壁に激しく叩きつけられ、無理やり肺の空気が排出される。咳込む暇もなく、亜貴は再び突進してくる。
構えることも、出来はしなかった。
腹部に赤い貫通創が刻み込まれる。血肉と苦痛が腹の中で荒れ狂い、体の中で高速稼働するミキサーが暴れているかのようだった。
腹の穴からズルリと引き抜かれる彼女の腕は赤く染まり、パクパクと拳は名残惜しそうに開閉する。
喉からせり上がった血の混じった痰は、口の端から意図せずしてこぼれ落ちる。
「無様ね。この程度なの?」
亜貴が嘲笑う。レンの攻撃によって幾ばくかのダメージは与えたはずだが、回復魔法によって完治しているらしく、負傷の跡さえ見つからない。
足りない。この程度で彼女と並び立とうなど、甘すぎる。
彼女に比べ、遥かに足りない自分が、彼女に幕引いてもらおうとするならば、リュウの言っていたように、限界を越えたその先。未知の領域の力を引き出さなければ、到底足りないのだ。
「っ……!」
放出されるアドレナリンは、痛みをしばし忘れさせる。それでも耐え切れない苦痛があった。
気力だけで立ち上がる。
けれどまっすぐ立っていられない。それは痛みなどではなく、予感のせい。屈めた腹をもしピンと伸ばしてしまえば、風穴から腸の中身が落ちてしまいそうだったのだ。
「……そう、足掻くのね。ならトドメをさしてあげるわ」
振りかぶられた手刀が、薄れ行く意識に焼き付く。ここが終わりなのか。終着点か。
滝のように流れ落ちる嫌な汗を拭いもせず、ただ踏ん張る。迫る死をこれでもか、と睨みつける。
眼力に怯えたわけでもあるまいが、振り下ろされる鉄槌が一瞬震えた。その瞬間首をひねり、頭部への直撃を避ける。不可避かと思われた絶対の死の運命。
右肩に落とされた手刀打ちは、そのままバターでも切り取るように、使い物にならなくなった右腕をも巻き込み、切断していく。けれどそれは、不要なパーツをパージして、体が軽くなったとも言える。焼き焦がすような激痛に耐え抜き、首を伸ばす。
頭突きはもう通用しないだろう。
だから――
「なっ……!!」
白く透き通るような首筋に、思い切り噛み付く。顎の力は思った以上に強い。流石に噛みちぎるには至らないが、皮膚を食い破ることには成功する。耳元に聞こえる彼女の驚愕の声を聞けただけで、この蛮行には価値があった。
すかさず残った左手で、彼女の頭をぐいと押しのけ、広大な空間へと飛び出す。
右腕と一緒に短剣は失われる所だったが、なんとか回収が間に合った。とはいえ、片腕では投擲さえも満足にできない。身体の一部を切り捨てるというのは、それだけ重い事であり、重心の変化した肉体のバランスさえ満足に保てない。
それに気づいたのか、桃色の噛み跡の残る首筋を抑えながら亜貴は笑った。
「どうやら、もう詰みのようね」
腹の大穴と、肩口から流出する血液。長くは持たないことを悟りながら、レンは無言でアイテムストレージから炸裂弾をばらまく。当てることなど考えない、弾幕のような面攻撃。
彼女が一瞬でも怯むなど、楽観はしていない。あの爆炎の中、平然と突っ込んできたくらいだ。受ける軽微な損害は、”ヒール”による回復で全て補填できているのだろう。
だからこれは、目眩まし。彼女の視界から自分を隠すためだけの爆発。
演じきれている。彼女に釣り合うだけの、最高の好敵手を今、演じられている。そのことを彼女が分かってくれているのなら、次の自分の行動さえも――。
期待は裏切られなかった。
目隠しにまぎれて、レンが逃走するなど彼女は微塵も考えなかったらしい。
この爆煙の中でも、なお貪欲に彼女の首を狙い続ける、と期待されていた。そしてその迎撃のために彼女は、構えてくれていた。
彼女の信頼に応えるため、炎の中に身を投げる。
すぐに焼かれる訳ではない。炎の熱は全体で均一で有ることの方が稀なくらいで、必ず何処かに温度の低い箇所が存在する。更に高温で一気に気化した汗の作り出す薄い水蒸気層は、あたかも熱を遮断する皮膜のような働きをする。一瞬で消えてしまう幻の鎧とはいえ、流体なだけにその耐久性は折り紙つき。決して破壊されない不可視の鎧となる。
だから、刹那の鎧が消え去るまでの短い時間で、炎の中を自在に動き回れる存在が居るのだとすれば、彼にとって最早、炎というものは視界を塞ぐ邪魔っけな煙幕でしかない。
そして今のレンにとって、炎とはそのような存在だった。熱の伝導よりも速く走り、火の手が追ってきても、悠々逃げ切れるだけの走力を持った常識外の存在。
音すらも置き去りにして、火焔を吹き飛ばしながらレンは、炎獄を突っ切る。
視界は閉ざされていて。それでもレンには、亜貴の居場所が見えていた。
レンと同じように炎の海に飛び込み、しかし視界を得る手段を持たない亜貴は、ただ紅蓮の森の中で、棒立ちしているように見えた。
天の眼で以って、位置を把握し、槍のように一直線に彼女を貫く。
というより、突き以外に左腕一本で繰り出せる有効打は少ないのだ。
振り下ろして、撫で斬り。そういう動作には、意外に体重移動が重要である。今のレンに取れる最善は、疾さを極めた突きだけだったのだ。
通り魔のように、すれ違いざま短剣の刺突を浴びせる。どうやら亜貴は炎の中で身を焼かれながら、同時に回復し続けることで、その体力を維持していたらしい。
切りつけた端から、傷口が治癒されていく。
構いやしない。これは一つの戦劇の序章なのだから。
一瞬で火焔から離脱し、勢いのまま岩盤を思い切り蹴りつけ、ベクトルを正反対の方向に捻じ曲げる。なるべく力のロスを抑え、先程よりも更に速く、炎の渦へと飛び込む。
彼女は未だ動かない。いや、動けないのだ。
そもそもが、一瞬での出来事。秒を無限回刻み続けたような刹那の世界。その世界で動く資格を持つのは、レンのように並外れた速さを己が物にしたスピードジャンキーのみ。
二度目の刺突は、腕に浅く。
けれども人体を剛体として捉えた場合、物体の端に突然加わる膨大な運動エネルギーは、容易く回転運動に転ずる。コマのように亜貴の細い体が、高速回転する。風車がからから回るように炎がかき回され、正真正銘の渦を作り出す。
流れを持った炎を切り抜け、反転。再び火中に突撃。
渦を巻く紅蓮は、竜巻のようにうねり、他者を拒絶する。鋭利なナイフを突破口にして、強引にその固く閉じられた紅蓮腕をこじ開ける。
成す術無く亜貴は振り回されているようでいて、そうではない。ただひたすらに回復魔法を唱え続け、自身の体力を回復させ続けている。
穴の開いたバケツに水を注ぐ行為は確かに徒労に見える。けれど、降り注ぐ水が滝だとすれば、バケツから水が無くなることは永遠に無いだろう。
滝のように注入される回復魔法。
炎熱ダメージと、レンの斬撃は蓄積すれど、まるで何もなかったかのように、慈愛の水が全てを癒す。
レンの脚の限界と、亜貴のMPの限界。どちらが先に尽きるのか、容易には見通せない。
それは亜貴も同じなのだろうか。
刻みに刻まれた刹那の時間間隔で、そうレンは独りごちた。
先の見えない真っ暗闇を、ただひたすらに疾走する。レンの感覚では不安な道筋だが、あの亜貴の明晰な思考ではこの不毛な未来の結末が見えているのではないか、と疑心に駆られる。
見えているのだとすれば、このイタチごっこを続ける意図は。
自分が勝つという結末が、分かっているのか。
胸中を埋め尽くしそうなほど、後から後から際限なく湧き出る疑問を封殺する。
疑念を抱いたまま、勝てる相手ではなく、また無心で勝てる相手でもない。
疑問、思考を巡らせ続けながら、けれど決断には寸暇の迷いなく。
震えかける脚を叱咤して、再度突貫する。回転速度を増した炎の渦は、酸素を供給され、ますます燃え盛り、とても中に生きた人間がいるとは信じられないほどだ。
度重なる加熱に耐え切れなくなったかのように、徐々に皮膚が焼け焦げていく不気味な感覚。
剥がれ落ちる自分の手の甲の皮膚を眼にしながら、亜貴を貫く。無防備に見えてその実、被害を最小限に留めるように攻撃を受け流す亜貴の手腕に、ほとほと呆れてしまう。
斬って、走って、また斬って。
何度も何度も。壊れた玩具のように、単純な動作を反復する。
刻んだ刺創の数は、すでに両の指では足らない。
切り刻んだ鎧の欠片は、熱波に呑み込まれ、跡形も残らない。
それでも、なお本体は無傷。無限に湧出する”ヒール”は単純な魔法ながら、まるで難攻不落の理不尽な鉄壁を築いているかのよう。
そんな不毛な争いを何回続けただろうか。
限界など、とうに越えた。
精神は摩耗して、寝入る直前のように視界は暗い。
体はそれに輪を掛けて酷い有様だ。
崩れかかる身体は、幾度の火焔の海の加熱に耐えかねて、黒焦げになっている。
そして、とうとう脚にがたが来て、レンの体は唐突に崩れ落ちた。
切り返そうとする、その瞬間。
踏ん張り、豪速の切り込みの姿勢を反転しようと、脚に負担を掛けたその瞬間。
操り糸の切れた人形のように、倒れる。
その衝撃で、なんとかへばりついていた全身の炭化した皮膚が、ボロボロを剥がれ落ちる。地面の微かな凹凸さえも、全身を貫く鈍い痛みに変わる。
衝撃に打ち据えられて、内蔵が一辺に破裂したように錯覚する。
「足りな、かったのか……」
つぶやこうとしても、水分を失って萎びた舌は、痙攣を繰り返すばかりで声を成さない。
悔しさと同時に、達成感も感じる。道半ばで倒れたとしても、例え望みが果たせなかったとしても。出せる全てを絞り出し、敗れた。だったら、もう――
「……こっちもそれほど余裕はないのだけれど」
見飽きた癒しの輝きに包まれながら、劫火の竜巻を全身の律動で吹き飛ばした亜貴が、地に降り立った。MPの貯蔵がどれほど消耗しているのか、外からでは分からない。外見の傷は少なくとも見える限りが治療され、余裕綽々の姿だった。
戦いの前と変わらぬ艶姿。
ただ”ヒール”の復元力を受けない黒鎧の生々しい傷跡だけが、レンの猛攻が決して夢幻ではなかったことを、証明している。
垣間見える白い素肌。熱で溶けかけた鱗さえも完治して、人体の黄金比のような美しい肢体を覆っている。
全身が重度の火傷で、破壊され尽くした無残なレンと、対照的な立ち姿。
地に伏すレンとそれを睥睨する亜貴の姿は、まさに両者の立場を如実に表していた。
勝者と敗者。それが決まる。
「……けど、諦めた訳じゃないさ」
舌をもつれさせながら、限界を超えて肉体を酷使する。魔王四天王の一人、リュウの言葉が思い出される。限界を出しきり、それでもなお搾りかす以上のものを無から生み出させる存在こそが、彼女の好敵手としての最低条件。
そんな身勝手な彼の理論を、鵜呑みにしたわけではないが、男として少しは共感できるところもあった。
大切に思う存在。尊敬する存在。崇高する存在。敬慕する存在。
そんな相手に並び立つパートナーに、高いスペックを要求するのはそんなに可笑しいことだろうか。
相手を大切に思うからこそ、その相手のパートナーには、相応しい人物であって欲しい。自身の事を棚上げした一人よがりな勝手な期待、願望。
それはレンがゾディアックに対して、彼の持つレンのイメージ、英雄像を壊さないように振る舞うのと同じ事。相手の事情を少しも斟酌しない、本当に身勝手な期待だが、それが人の性というものだろう。
ピクリ、と。レンの意思に応えた指の先が、本当に微かに震えた。そのままコンソールを叩き、アイテムストレージからありったけの秘薬を放出させる。
まるで生まれたての子鹿のように、レンの動きは弱々しいものだったが、亜貴はそれを止めようともせず、ただ黙って見ていた。
降り注ぐ癒しの光は、まるで言祝ぎの呪いのよう。消えかけ、感覚さえ薄れていた意識は強制的に揺り戻され、同時に耐え難い激痛が再び体内で暴れ始める。
失われた腕が、再び蘇る。
ありったけのリソースを放出するレンをただ、亜貴は見ているだけだった。阻止に動こうとする気配さえない。
「……座視しても、良かったのか?」
うつ伏せに倒れた状態から、なんとか四つん這いにまで持ち直したレンが、下を向いたまま、そう呟く。
尋ねたわけでもない、ただの独り言。
「絶望なんてものは、希望を知る人間にしか抱けない概念だから。持ち上げて落とすのは基本。……最高の絶望をプレイヤーに与えるのは、人を超えた魔王として、期待される役割でしょう?」
亜貴は傲然と笑う。レンに回復の余裕を与えても、自分は負けないと。何度かかってこようが、同じように叩き潰すのみ、と。
「純度培養の絶望の味は如何かしら?」
「知らん。……まだ負けてないからな」
「重畳。……珍味を味わうといいわ」
立ち上がり、戦闘態勢を取った瞬間、風の様に亜貴が斬り込んできた。
先程までとは、立場の逆転。速さで上回るレンを相手に、カウンター狙いではなく、果敢な攻勢。
突き出される外連味のない正拳突きを、上半身を逸らして、回避する。
確かに高レベルであり、ファイターとしての身体補正を併せ持つ彼女は、カーズドワールドで、最高クラスの拳打を放つことが出来るだろう。
……だが、それだけ。最高クラスの攻撃など、事此処に至って通用しない。
ここは、最高を超えた至高のみが、存在を許された最後の舞台なのだから。
銃弾のように速く、重い一撃を避け、そのまま摺り足で、亜貴の首を狙う。
些細な一撃を積み重ねたところで、あの膨大なMPに物を言わせた無限”ヒール”に対抗できるとは思えない。
だったら、道は二つ。
HPを全損させるほどの至高の火力を、重ね合わせ、焼き切り、回復さえさせずに撃殺するか。
あるいは、そも回復の道筋の根本を断つか。
首を刎ねれば、頑丈なアバターの肉体でも、流石に即死は免れない。けれど、レンの狙いは、そこではなかった。
首狩りの短剣の斬撃は、当然のように避けられてしまう。
速さだけで見れば、間違いなく至高。だが、彼女はきっと予想しうる剣閃、その全てに対策を打ち、先読みした上で回避を行なっている。
アバターの稼働速度が、いくら人類の限界を超越していたとしても、それを操る人間の思考速度には自ずと限りがある。変幻自在の斬撃と、謳ったところで、それは無数にも見えるN種類の手筋を、読まれぬように使い分けているに過ぎない。
短剣の扱いに関しては、ゲームシステムのバックアップを受けていないレンの変幻の剣も、結局突き詰めればそこに集約する。
格闘ゲームなら、全てのキャラクターの技性能を把握するのは当たり前。出の速さも、当たり判定も。フレーム単位、ドット単位で把握することで、戦いは結局のところ、N択に帰着する。有り体に言えば、認識できないほどの高速で試行されるじゃんけんを繰り返しているにすぎないのだ。
そして、仮想世界の格闘だって、手筋の幅が少しばかり広がったくらいで。
いくら圧倒的自由度を標榜したところで、結局は同じ所に行き着くのだ。人間に手が二本、足が二本。この原則を崩さない限り、どんな技も、どんな体捌きも。研究を尽くせばいずれ底が見える。
全ては手筋の読み合い、N択に帰着するのだ。
当然、聡い彼女は、幾度にも渡るレンとの交戦のデータの集積によって、予想される攻撃をあらかた分析しているはずだ。あるいは、現実世界でのじゃれあいからも、レンの癖のような物を分析しているのかもしれない。
読まれるわけだ。
結果、攻撃は当たらない。当たっても芯を外れた一撃ばかり。
斬首の必殺は通じない。致命の一撃は、事前に読まれ、ただの凡撃に貶められる。
彼女の計算速度は、電光のような思考速度の限界に限りなく近づいている。
人としての性能が違いすぎる。
それは、ゲーム的に言うならば、アバター性能を超えたプレイヤースキルとでも言うべきものなのかもしれなかった。
仮想世界での戦闘経験なら、レンも万を越える。逆にゲームなど殆どしないであろう彼女に、経験は少なかったはずだ。それなのに、この絶対的な差。
ヒーラーとレンジャーの一騎打ちは、致命打を回避し続け、雨のように回復を浴びる殴りヒーラーと、至高の疾さで、雷光のように駆ける神速の争いとなった。
レベルは、59対100。純粋なアバターの身体能力で優るは、敏捷ビルドのレンだったが、どうにもならぬ人間本体――蓮と亜貴の性能差が、勝負の天秤を互角どころか、向こうの方に振り切れさせている。
――ならば、出来る事はひとつだろう。
本体で勝てないのならば、本体で勝てるようにすればいい。
躱された刃先。
首筋を狙った斬撃は、予知されていたように綺麗に避けられてしまう。
だけど、それは想定している。彼女が無限の可能性から未来を読み取るというのなら、自分はたった一つの未来を現実に変えて見せよう。
それは、予想とも言えない、ただの願望。ある状況を導くために、明確な意図を持って動くこと。すなわち作為。
普通であれば、無我の境地で、自分の意図を悟らせないように戦うことは、最低条件。けれど、この限界を超えた、鬼気迫るレンから溢れ出る、闘志ともいえないぐちゃぐちゃの何かは、目線や手の動き、柄の握りでその意図を見破るような、表層を観察するだけの、瑣末な読心を超越していた。
「え……」
戦いの火蓋が切って落とされてから、これで二度目。亜貴が驚きの声を上げた。
空を切ったレンの短剣。そのまま滑るようにグリップが緩められ――スッポ抜けた。
それも投擲のように亜貴に向かった方向ではない。てんで明後日の方向である。そもそも、斬撃をフェイクにした投げナイフなど、読まれていただろう。けれど、起こった現象は真逆。
相手の手筋を読むというのは、基本的に最善手の打ち合いである。予測を外すために敢えて次善策を取ることもあるだろうが、限度がある。全くの悪手を敢えて取る天邪鬼が相手となると、想定できる手筋には、限界が来る。計算に狂いが生じる。
人類を超越した計算力を誇る、電算機の予測を覆すものは、いつも偶然と人間の気まぐれと相場が決まっている。
無手となったレンは、この光景を幻視していた。いや、この瞬間を作り出すために、作為を全身から溢れ出させて、こう動いたのだ。そしてその強い願望は、現実へと変じた。
「ヨルムンガンドに襲われた時だったな。オレたちを嵌めたゴンを倒すときに、あいつの喉は潰されていた。亜貴。発声器官を真っ先に殺るのが、この世界の鉄則なんだ……!」
抉るように掌底が、亜貴の細い喉に撃ち込まれる。
彼女も死に物狂いで、衝撃を和らげようと後ろに飛ぶのだが、いかんせんレンの狙いに気づくのが遅すぎた。
「ぅぐっ……!」
悲鳴も上げない。いや、声が出ない。潰れたカエルのようなレンでも聞いたことのない苦鳴を上げて、亜貴は吹き飛ばされた。
蹴鞠のようにぽーんと飛んでいった細い体は、しかし、空中で一回転。ズザザと、足の裏で地面を擦りながら、勢いを殺し、軟着陸を果たす。レンの一撃の威力、というよりも自分で跳んだ側面が強いのだろう。
唇の端から、糸のように一筋の血を流しがらも、未だ健在。倒すには至らない。
「……!」
回復の暇は与えない。いや、与えてはいけない。
既に亜貴が飛ばされた瞬間から、知覚速度の限界を超えて、レンは走っていた。自分で殴り飛ばした相手に、追いつくという漫画のような暴挙。それを絵空事ではなく、可能にする力がレンには有った。
「っ!!」
魔法を唱えられるだけ喉が回復すれば、それでオシマイ。回復魔法との不毛ないたちごっこが再開され、そうなれば備蓄する全ての回復薬を失ったレンに後はない。
声が出せない間に――
「時間との戦いだ」
「!!」
武器はもう棄てた。
拳を握りしめて、目にも留まらぬ速度で殴りつける。単純明快な、これ以上ないほど直線的な一撃。読み切ることは簡単すぎて、彼女でなくともレンにだって可能だろう。だが、彼女は躱せなかった。レンに意表を突かれた動揺が残っていたのか、回避の動きは見えたが、それは酷く緩慢で。
容赦なく豪速の拳撃が、鳩尾に撃ち込まれる。
――しかも、それで終わらない。
通常の肉弾戦によるダメージは、流石に刃物を利用した攻撃に劣る。短剣を放り捨てたレンは、圧倒的に火力が不足している。拾いに行くというのは、論外。狭くもないこの戦場。どこに投げたかもわからない位の暴投。そうでもしなければ、彼女も意表を突くことは出来なかった事を考えると、武器を失った事に対する悔いはない。
ただ、過去は過去として、現実問題、今レンの火力不足は深刻。敏捷による手数で補うといっても、事態は一刻を争う状態。最大の火力で以って、最速の連撃を浴びせなければ、安心できない。
火力と、手数の両取り。
レンが選んだのは、暴挙というには慣れてしまった、お馴染みの戦法だった。
「……一緒に燃えよう」
握りしめた拳の内に秘めたるは、炸裂弾。レンの窮地を幾度も救い、投擲武器の中で最高火力を誇るレンの最も信頼する弾薬。フレンドリーファイアーの可能性こそ高いものの、爆風を移動に利用するなど、今までポジティブにその効果を利用することが多かった。
けれど、これは違う。爆発は完全なデメリット。自らの身を苛む茨として扱う。
拳が文字通り、爆ぜる。
一気に削られたHPを傍目に、確かな手応えをレンは感じていた。
「っ……!!」
目蓋は閉じている。いくら捨て身、自爆攻撃とはいえ、最も脆弱な器官を爆風に晒せば、一瞬で失明し、視界は奪われる。
どうせ消える視界ならば、最初からなくてもいい。
気配察知のレーダーと、感じる圧倒的な爆発の熱の中に交じる彼女の息遣い。
常人ならば決して読み取れないであろう、気配。他の誰でもない。この世界のプレイヤーの中で最も、彼女と過ごした時間の長い、腐れ縁の自分だけが分かる。
眼を閉じていても伝わる彼女の居場所を手がかりに、連続して拳を振るう。その手にも炸裂弾は握られている。
二度目の爆発。ガリガリとHPは溶けていくが、命中した。痛み分け。ならばそれでいい。
回復量が零の彼女ならば、同程度の爆発で削られあったとしても、先に音を上げるのは彼女の方だから。
神速で以ってして、爆風すら凌駕する敏捷で、近寄り、殴りつける。一瞬の間に連続する爆音。物理法則を完全に無視した最速で、攻撃に攻撃を重ねる。
前は見えない。けれど、確かに彼女は目の前に居る。そこにいるのだ、と。
確信を持って、ただ爆発をぶつける。手を伸ばす。
爆発の度に、彼女の消え入るような、小さな苦悶の声が脳裏に残響する。
彼女を傷つけている。でも、それが彼女と自分を繋ぐ絆のような気がして。
爆発の度に、二人のHPゲージには、お揃いの傷跡が刻まれる。
以心伝心というように、示し合わせることもなく、二人の体は、優雅なステップを踊る。共に視界は無い。耳元で繰り返される轟音は、既に両者の耳の鼓膜を打ち破って余りある。
至近距離の衝撃は、脳を振動させ、三半規管すらまともに機能していないはずだ。
高温で皮膚は焼け焦げ、膨大な熱の波動は、触覚すら塗りつぶしている。
五感を失い、世界との繋がりさえ絶たれた二人は、ただ両者の存在だけを頼りに個我を保ち続ける。
自分が何処に居るのかも分からない。
どれだけ時間が経ったのかも分からない。
何が起こっているのかさえももう分からない。
ただお互いの位置、ぬくもり、息遣い。それだけは伝わる。逆に言えば、それだけしかない。一切の余計な外界の刺激は消え去り、相手の存在が、世界の全てになる。
色とりどりの世界は、無の白に塗りつぶされ、そして、お互いの色に染まる。
レンには亜貴しか見えていない。
亜貴にはレンしか見えていない。
二人の世界は、独立していて、それだけで完結していた。
自分というアイデンティティを認めるのに必要な要素は、畢竟ただひとつ。自分との違いを認められる他者の存在。相方がいれば、それで世界は完結しても構わないのだ。
もちろん、登場人物は多ければ多いほどいい。それだけで世界は華やかに変わり、彩りを増すに違いない。
けれど、世界を構成する最小数は、二。自分とそれ以外の何か。それだけで閉じていても世界は認識される。
互いの存在を寄る辺に、ただただ二人は高まり合う。
第三者がこの舞踏を見れば、ある種、異様とも呼べる光景を目にする事だろう。
秒にも満たぬ、瞬きの間に数十を越える爆発があちこちで起こり、しかもその全てに偶然、居合わせた一組の男女が居る。刹那に咲き誇る紅蓮の花々の美しさを、まるで二人で占有しようかという、驕慢。けれど、その驕りに相応しいだけの華を持った二人組だった。
容姿の美醜ではない。存在としての輝き、生命というものを燃やし尽くして、なお生み出さるか定かではないほどの、圧倒的な熱量。
それは、この無間爆発の燃えるような熱と比べても、決して見劣りしない。
破滅の階段を駆け足で駆け下りる男女の姿は、喩えようもなく美しい。それは砂の城の崩れる様であったり、形あるものが消え去るときに残す余韻のような、儚い美しさであるけれど。
二人がこの一瞬、輝いていたのは紛れも無い事実だった。
命の火を燃やし尽くす。その覚悟で、死の舞踏に亜貴を誘ったレンは、ついにその激しいダンスを終えた。眼を閉じていても、鼓膜が破れていても、伝わってきた彼女の生命の波動が消え去ろうとしていることを察したからである。
既に自身のHPも風前の灯火。これ以上の舞踏は、やろうと思っても、不可能だった。痛いくらいの熱さを感じる目蓋を、そっと開く。
レンの腕の内側には、力なく撓垂れ掛かる彼女の身体があった。意外なことに、あれだけの爆圧、爆撃を間近で浴びても、その美しさに陰りは見えなかった。むしろ、ボロボロに千切れた衣から垣間見える肌と、シミひとつ無い柔肌に、黒い煤が付着している様子は、背徳的であり独特の魅力があった。
何もない場所だが、とにかく平地に彼女をそっと横たえる。これから殺そうという相手に対して、気遣いをしていることが、無性に可笑しい。
腕を振り上げる。その下には彼女の白い首がある。腕を振り下ろせば、彼女は死ぬ。
勝敗は逆転した。今や彼女の生殺与奪権を握るのはレンの方であり、すべてを終わらせられるのもレンだけだった。
「ありがとう……」
爆炎で火照った頬に、冷たい感触が生まれる。滂沱たる涙。彼女にトドメを刺すことを躊躇っているわけではない。だが、思うところはある。
何か他の方法は無かったのか。
彼女も世界も。両方共が救われる理想は存在しなかったのかと。
「馬鹿……。さっさと、やれ……」
零れ落ちた雫は、亜貴の端正な目蓋に降りかかり、それをキッカケに意識を取り戻した彼女が、苦しげにそう、絞り出した。
完全に喉を潰したと思い込んでいたレンは、彼女の声がやけにはっきりとしているのに驚く。鼓膜は再生しつつあるため、音が聞こえるのは、不自然ではない。問題は彼女のまるで鈴を鳴らすような美声。苦しさこそ滲ませているものの、これは殺されようとする人間の発する声ではない。
「ラスボスを倒して、終わらせるんだろうっ……?」
彼女の切羽詰まった声は、レンに決断を促す。ろくに思考は働いていない。ただ思いついた疑問を反射的に口にする。
「どうしてっ、声が?」
彼女が疑問に答えることはなく、ただ薄く笑みを浮かべる。いつもの強気な彼女は息を潜め、今にも消え入りそうな儚げな笑顔。
――それで、レンは全てを悟った。
「……似合わない」
「演技は、どうだった……かしら」
レンが最後のトドメを刺すまでもなく。出血により彼女の命は自然に失われていく。全てを気づいたとしても、もう手遅れだった。いや、手遅れにさせられたのだろう。
満足気な彼女の顔は、雄弁にその作為を物語っていた。
消えていく。別れも告げられないまま。光へと。
「待っ……」
話したいことはあった。あの夕暮れの逢瀬の時間に語り足りなかったこと、そのすべて。
けれど、呪われた世界の法則はどこまでも無情で。薄れゆく彼女の姿を留める方法など、何処にもありはしない。
「生……、……て」
彼女の唇が最後に震え、それで終わりだった。洞窟内を一杯に照らす死の光は、水晶に乱反射して、この世のものとは思えない光景を作り上げている。
むせ返るような膨大な光子に包まれながら、世界は浄化されていく。
――貴方は”三人”のPKを達成しました。
オメデトウございます!!セカンドジョブが開放されます。
今となっては無意味なファンファーレ。茫然自失のレンには、意味のない単音の羅列にしか聞こえていなかった。
――オメデトウございます!!!
あなたは魔王と認められたプレイヤーを撃破しました!
勝者の資格を得ました!
ゲームクリア条件1が達成されました!!
エンディングを迎えますか?
Yes/No
……これより世界は浄化されます。




