第一章 村で一番の怠け者
母の叫び声で、フィンは目を覚ました。
「フィン! もう朝の仕事が始まってるわよ!」
まだ半分眠ったまま、フィンは窓からこっそり抜け出そうとした。誰にも気づかれず、あと少しだけ布団に戻るつもりだった。
ところが、窓の下には昨夜のうちに祖母がバケツを置いていた。
「――っ、うわあああ!」
盛大な水音とともに、フィンはバケツの中に頭から突っ込んだ。
村の朝は、そこから始まる。
通りを歩いていた大人たちが振り返り、笑い声が響いた。びしょ濡れのまま、フィンはその日最初の仕事を言い渡される。小麦の袋を店まで運ぶこと、それだけだ。単純な仕事のはずだった。
「よし、行くぞ」
そう言ったはずなのに、フィンは途中でパン屋の匂いに足を止め、次は大道芸人の笛の音に足を止め、最後は井戸まで一番に走れるかを賭ける子供たちの喧嘩に足を止めた。
結局、店に着いたのは村中で一番遅かった。
「お前、荷物ひとつ運ぶのに、どれだけ寄り道すれば気が済むんだ」
店主にそう叱られても、フィンはけろりとしていた。
夕食の席で、母がため息まじりに言う。
「フィンは、いつか立派な旅人になるかもね。まず言われた場所に行って、それから好きなところに寄り道することを覚えたらだけど」
「旅人ってのは、そうやって生きるものなんだよ」
フィンが真顔でそう答えると、食卓中がまた笑いに包まれた。
その笑い声は、まだ何も知らない、ただの村の一日の音だった。




