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07,世界一の人

 小麦のパンに甘いジャムと溶かしバターを塗って口に運び、あとから紅茶を流し込む。そこまで食べていないのに、もうお腹いっぱいになってしまった。さんざん泣き喚いていたくせにどうして朝食を摂っているのか?

 経緯は単純。「皇女殿下、もう本当にお願いですからスープだけでいいのでなにか口にしてください」と何度も何十人もの使用人に哀願されたからだ。初めのうちは抵抗の意を示したが、あまりのしつこさについに根負けした。まったく、過保護にもほどがある。

 

 食べ終わった後は、久しぶりにお父様に朝のご挨拶をしに行く。

 

 お父様が住まう皇帝宮は皇女宮のすぐ隣にある。隣とはいえ皇女宮だけで伯爵家程度の邸宅4つがすっぽり入ってしまう広さをしている為、私は片道歩くだけで息が切れる。皇宮は古来よりパールパレスの繁栄を象徴とされている。

 

 赤のカーペットが敷かれた廊下を歩くと見えてくるのは、一見使用人部屋のようにも見える小さな古いドア。ノックして中に入れば、見間違うほど煌びやかな景色が広がっている――ことはなく、そこにあるのは残念ながら広いだけの民家と見間違うほど質素なお父様のお部屋だった。

 お父様のお部屋は生活感を感じられない。綺麗に掃除され、目に悪いキラキラしたものは私の命で全て回収されたからだ。全く皇帝には似つかわしくない民家のようなお部屋。

 

 その最奥、日中の日当たりがとても良い場所にベッドがあり、そこでお父様が眠っている。


 ふかふかの布団と大きな枕、その上で横になっているお父様は、すっかり衰弱して手も足も小枝みたいに細くなってしまわれている。どうやら日に日に食べる量も減ってきているらしい。


 「おはようございます。お父様。私です。ペリウィンクルです」

 「うぅ……ペリウィンクル……か……おはよう……」


 か細い声でお父様が息を漏らす。掠れて聞き取るのがやっとだが、相変わらず優しい声色をしていることは変わらない。

 ヘデラの言う通り、お父様はずっと私を愛してくれている。私だけでなくお母様も。家臣と私がいくら進言しようと今日に至るまでお父様が再婚することはなかった。


 長い間ストレスをため込みすぎた結果か、3年前からお父様は体調を崩しがちになってしまわれた。最近では公務も碌にできなくなり、唯一の後継者である私に任せて寝たきりになっている。優秀な医師でも治せないらしく、死期までそう長くはないのだとか。

 子どもはともかく私の結婚式だけは崩御前に見せたかったのだけど、もう無理そうね。

 私が戦争を仕掛けなければ、花嫁衣装を見せられたかもしれないのに。


 「ごはんは何か食べましたか?」

 「チキン……スープ……」

 「スープですか。良いですね。美味しかったですか?」


 お父様は首を縦に振った。侍従が用意した椅子に座った。

 

 「美味しかったのなら良かったです。元気になったら、お父様のお好きなバウムクーヘンを一緒に食べましょう。私が手作りしますので」

 「ああ……」


 嬉しそうな声で言った。お父様は今どのようなお顔をしているのだろう。笑ってくれているかな。目は開けてるのかな、閉じてるのかな。


 「そういえば……戦勝パーティーは……いつ開くんだ?」

 「あぁっと……」


 皇室主催の戦勝パーティー。伯爵家以上の貴族と今期で特に戦果を挙げた上位30名の騎士を招き入れて快勝を祝福する不定期開催の重要行事。貴族にとっては招待されること自体が名誉であり、騎士は私の目に留まれば更なる昇進にも期待できる。過去には活躍を評価されて男爵位を叙爵した騎士もいたそうな。


 「今回は開かないつもりです」

 「なぜ……?」

 「ヘデラが……」

 

 いざ口を開けても言葉が喉に突っかかって出てこない。諦めがいい良い子を振舞って言おうと口角を上げた。でもすぐに落ちていく。前も見えづらい。

 

 「泣くな……」


 呟くようにお父様が言った。手を伸ばして小指で私の涙を拭きとる。もう片方の手の親指で擦って馴染ませる。優しい父親の手つきだった。

 深呼吸をして気を改めた。


 「ヘデラが、戦死してしまって、例外を作ろうと思いまして」


 お父様はしばらく喋らなくなった。男1人失ってめそめそしてる情けない私に失望してしまったのだろうか。そう思うと急に恥ずかしくなって、私もお父様から目を逸らし遠くの花瓶を見つめた。


 待つこと数分。漸くお父様が口を開いた。

 

 「騎士の中にも……アガペー卿を慕っていた者はいる……悲しいのはお前だけではない……」

 「分かってます! ――「だから……」

 「?」

 「その人たちをパーティーに呼んで……慰めてもらえ」

 「! ……そうすることにします。ありがとうございます」

 

 ヘデラの訃報を聞いてから掛かっていた心のモヤが少しだけ晴れた気がする。ヘデラに全部話してしまったあの時のような居心地の良さを覚えた。

 お父様はいつも私が無意識に欲しいと望んでいた言葉を探してくれて、それを口に出してくださる。


 「パーティーの準備があるので、今日はもう失礼しますね」

 「ああ……」


 お父様に向かってカーテシーをし、部屋を後にした。

明日の12:10に第8話更新します。よろしくお願いいたします。

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