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06,敗者と勝者

 弔辞を終えた後、私は自室に籠りきりで外に出なかった。もうあれから何日経ったのか。たった1枚のヘデラの肖像画は涙で歪み、頭の中は過去に犯した罪と私の所為で死んでいった人たちのことでいっぱいになった。


 ヘデラを殺してしまった。私を愛してくれた貴公子をぞんざいに扱ってしまった。ヘデラ以外から貰った贈り物の殆どを捨ててしまった。ヘデラ、アニータ、マイン、……えっと、あと名前すら忘れてしまった人たち。全部ぜんぶ、私が犯した罪だ。

 

 私の所為で死んでいった愛人たちは、私が憎くて仕方ないはず。一時は愛していたかもしれないが、最期は私への恨み辛みを吐いていたかもしれない。

 

 死んで詫びれば、許してもらえるだろうか。

 いや、ヘデラの遺言に幸せになってほしいと書かれてた。死んだらヘデラの願いを踏みにじることになる。……なら、どうすればいい? 愛人とヘデラ、私はどちらを優先させればいいの?

 

 そもそも、あの人たちはどうしてこんな屑の私を愛してくれたの?


 ねえ、教えて。ヘデラ。ヘデラでなくてもいいから、だれか、私を愛した理由を教えてよ。

 ヘデラの肖像画をくしゃっと、強く握った。

 

 新米の給仕係の侍女が温かいスープを持って部屋に入った。


 「殿下、スープだけでも――「何度も言わせないで! 私は食欲がないの! 早く出て行って!」


 怒鳴ろうがなかなか食い下がらない侍女をみて意味もなく腹が立ち、物を投げて追い出した。少し怒っただけでもう息が切れた。

 今はなにも食べたり飲んだりしたくない。お腹は空いているのに、食欲だけは全く湧かない。ハピネスを亡くしたお母様も、私と似た気持ちだったのだろうか。こんな泣けば泣くほど心に穴が開くような気持ちに独りで耐えていたのですね。

 

 《生きる理由がないなら作ればいい》


 不意に初めて会った時のヘデラの言葉を思い出した。そういうあなたの生きる理由はなんだったの? お先真っ暗な奴隷生活の何が生き甲斐だったの?

 何度も問いかけたが、ヘデラから返事が返ってくることはなかった。


 いつだって私は私中心の世界を歩んできた。私が今日まで生きていた理由は、お父様が悲しむだとか、そんな他人の気持ちを知ったかぶったようなものではない。

 ヘデラ、気恥ずかしくて伝えられたことはなかったけれど、あなたにもう1度逢いたいを幾度となく繰り返してきたから、ただそれだけの理由で私は生き永らえたのよ。奴隷に対する恋心が私を生かしたの。だから、あなたが死んでは元も子もなかった。どうして私を置いて命をどぶに捨てて帰って来たのよ。

 

 気づけばヘデラの肖像画は涙に反応して絵の具が滲み、ぐしゃぐしゃになっていた。原型がなくなりそうだったので、綺麗に整えて額縁に仕舞った。

 


 

 皇后が自殺した場所として知られる今は亡き皇宮の大木の地中には、多くの政治犯が収容された地下牢獄が広がっている。

 罪の重さによってそれぞれ割り当てられる部屋が異なり、特に重い罪を犯したとされる者には2坪の独房が与えられる。

 

 ユディト・アルデバラン。今回の戦争で敗れたアルデバラン王国第3王子の名前である。捕虜となった彼も地下牢の狭い独房に閉じ込められていた。

 ランタンを手にした中年の男が彼が入った檻の前で立ち止まった。彼と目を合わせる。


 「おはようございます。王子殿下」

 「おや、侍従長殿。21、いや、それ以上でしょうか? 久しぶりですね。どうされました? 俺のところになんて来て」

 

 彼は言葉に詰まる侍従長を見上げてにやにや笑っている。

 居心地の悪さを覚えた侍従長は簡潔にペリウィンクルが悲しみに暮れる近況を説明した。頬杖を突いて流し聞いていたユディトがまたもや不気味に笑う。

 

 ネズミが壁の隙間を抜けた。天井の水滴が水たまりに落下する。


 「――それで?」

 「ヘデラ様の代わりになっていただけませんでしょうか」

 「リーウィンの愛人になれ、とかではなく?」

 「皇女殿下のご事情に部外者の私が口を挟む権利はございませんので」

 

 リーウィンとはペリウィンクルの愛称である。数年前にヘデラが名付け、それを気に入ったペリウィンクルが好んで使うようになった。今はユディトとペリウィンクルの幼馴染のみが使用している。

 

 「俺に拒否権はあるのですか?」


 侍従長はユディトの問いには答えず手当たり次第に話を逸らした。

 空気が揺らいだ。ユディトの舌打ちとため息の音が檻中に響き渡る。侍従長が焦り気味に付け加える。

 

 「リラ様からのお願いでもあります」

 「まあ、そうだろうとは思いましたよ。でもなぁ……」

 「今なら、ヘデラ様の代わりに皇女殿下を独り占めできますよ。10を超える愛人の方々は訳あって1人残らず亡くなりましたから」

 「知ってますよ。それくらい」


 大きなため息を吐いた。侍従長も続く言葉を切らして黙るようになった。

 空の風が一通り吹いたのち、ユディトが頭を抱えた。

 

 「はあ、どうして俺はいつもなんでもかんでも後回しなのかな。つまり、リーウィンを慰めればそれでいいのですか?」

 「はい。あなた様ならできると信じています」


 互いに握手を交わした。ユディトはやっと出られると言いたげな安堵の表情を浮かべた。

 が、侍従長に牢獄の鍵を開ける気配は見られなかった。

 

 「? 早く出してください」

 「いいえ、今お出しするわけにはいきません。今日は許可を取りに来ただけですので」

 「は!?」

 「ひとまず、戦勝パーティーにご出席ください」

 「はぁぁ!!!?? 珍しく嫌な皮肉言いますね!? すべってますよ――「またお呼びします。それでは」


 侍従長は肝心なところの許可を得ずに地下牢から出て行ってしまった。背中からユディトの怒声が響いた。

明日の12:10に第7話更新します。よろしくお願いいたします。

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