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05,後悔してももう遅い。

明日の12:10に第6話更新します。よろしくお願いいたします。

 夕暮れが近づくある日のこと、私は重たいドレスを持ち上げて皇宮の庭園を走り回った。

 飄然(ひょうぜん)と真っ赤な夕日を眺めている彼を見つけて駆け寄った。


 真っ白な薄手の手袋を嵌めた空っぽの手を握った。


 《ねえ、どうして行ってしまうの? どうして隠していたの? 戦争なんて、下民を行かせればいいじゃない》


 彼が戦争に行ってしまうことを、私は前日になってようやく知った。明日には早々に出発してしまうと聞く。振り向いた彼は朗らかに笑った。

 

 《――皇女殿下、僕は皇室騎士団の団長ですよ。現地で騎士団の指揮を執らねばなりません。それに、殿下が欲しいと仰ったものは、たとえ伝説の宝物でもなんでも、自分の手で勝ち取り、自分の手で差し上げたいのです。殿下のためなら、命も惜しくありません》

 《あっ……》


 彼は私の手の甲に口づけした。

 

 《では、また逢える日まで》

 

 そう言って彼は翌日大勢の騎士を率いて隣国へ出征した。

 半年経ってもヘデラたちは帰ってこなかった。


 

 

 ぱしっ!


 ペリウィンクルが侍従長の頬を叩く。

 侍従長は怒り狂うペリウィンクルの機嫌を伺いながら何度も何度も謝罪した。


 なぜペリウィンクルは侍従長の頬を叩いたのか? 侍従長はなぜ謝っているのか? クグロフのアーモンドが美味しくない、掃除が遅い、出掛けたいのに雨が降っていてむしゃくしゃするなど、その理由はさまざまである。元々沸点は低かったが、最近は捷報(しょうほう)が届いたにも関わらずあんまりヘデラが帰ってこないため、特に怒りっぽいと聞く。


 「皇女殿下! 騎士団が帝都に到着したようです!」

 

 ペリウィンクルのヒールの先が侍従長のつま先に触れた時、突然上記のことが伝えられた。

 顔を上げ瞳をきらきらと輝かせたペリウィンクルは侍従長や雨のことなど忘れ皇宮の正門へ駆けて行った。


 

 

 しかし、ヘデラは自分の魂の居場所を忘れて帰ってきた。

 

 「団長は、武勇に優れた者との闘いの末に戦死しました」


 団員が俯いて言う。棺の中にいる美人で有名だった彼の顔には、白い布が敷かれていた。報告が遅れたのは、私の逆鱗を恐れてのことだったらしい。

 雨に濡れて薄く顔が見える。鎧は茶色く汚れ、綺麗だった青髪は白く濁っていた。

 

 言葉がでなかった。何を言おうにも、喉が締め付けられて、頭の中がごちゃまぜで、上手く声を出すことができない。いつ死んだの? 何時何分何秒? 太陽が何回まわった時に彼は過去の人になってしまったの?

 白い布越しに彼の頬を触った。冷たい。雨に濡れて冷えたのか、時間の経過で冷えたのか、どっちなのだろう。

 悲しいのか悲しくないのか分からないけれど、視界は鮮明に彼の亡骸を捉えていた。

 

 

 曇り空のもと行われる葬式の日、やっと1粒だけ涙が流れた。

 1粒流れれば、2粒3粒と次から次へ温かい涙が頬を伝った。

 4、5、6、7、、溢れるばかりで止まらなかった。

 

 土を被せられる彼の姿から目を背けた。不意にヘデラの部下と目が合い、 薄く血で汚れた白い遺言書を手渡された。

 

 「皇女殿下、皇室騎士団員のコーダと申します。団長から遺書を預かっております。お渡しするのが遅くなり申し訳ございません」


 コーダから手紙を受け取り、震える手で封を開ける。

 

 『僕のことは忘れて、僕ではない誰かと新たに恋をして、僕とは違って優しくて素敵な皇婿(こうせい)殿下と、どうか幸せになってください。』

 

 子供みたいな拙い字でそう書かれていた。

 地面に両膝と両手を付ける。嗚咽した。

 

 「どうすれば忘れることができるの? 私、毎日ヘデラのこと考えてたのよ? 「今日こそ帰ってくる」、「明日こそ帰ってくる」って。手紙が届かなくなってもずっと待ってたんだよ? どうせ死ぬなら命も神じゃなく私に捧げなさいよ。どうしてたかが王国如きに命を投げ打つの? 私はこれからどうすればいいの! プロポーズは誰にされればいいの? 皇婿は誰にすればいいの? また逢おうって言ったじゃない……約束も守れないなら、もう1度初等教育からやり直しなさいよ。馬鹿」

 

 周りからの冷たい視線が全身に突き刺さって痛い。それでもお構いなしに泣いた。

 周りがひそひそ陰口を叩き始める。


 「懸命に戦った恋人に対しあの物言いか。皇女は卿を愛していたと聞いていたが」

 「皇女にとって愛人とはお遊び程度の存在なのだろう」

 「そういえば今まで愛人を幾人も死なせてきたけれど、皇女殿下がお葬式に参列したのは今回が初めてだそうですね」

 「みんな心から愛していたのに、本人は見向きもしなかったものね。ヘデラ卿の死は、死んでいった愛人の恨みが募った結果じゃないかしら」

 「正に天罰ですね」



 

 『天罰』




 その言葉が、頭の中で何回も繰り返される。

 

 白かった雲が黒く変色してきた。

 雨がざあざあ降ってくる。雷鳴が轟く。幾多の悲鳴が響き渡る。

 それらに負けないくらい大きな声で泣き叫んだ。

 

 ヘデラは私の所為で死んだんだ。私が、私を愛してくれる殿方を死なせたから。


 私の所為だ。私の所為だ。


 私が殺したんだ。ヘデラを、私を愛してくれた貴公子方を。

 これは報いなんだ。当然の末路なんだ。

 

 地面に頭をこすりつける。泥が口の中に入った。

 

 ごめんなさい。ヘデラ。ごめんなさい。ごめんなさい。……ごめんなさい。


 「ねぇ、私の為ならなんでもしてくれるのでしょ? じゃあ、私はあなたが私にプロポーズする姿が見たい。ねぇ、今までに比べればずっと簡単なことじゃない?」


 ヘデラの遺体が埋められた地面に話しかける。煩い雨の所為で音1つ聞こえない。

 後悔の数々が脳裏を駆け巡る。


 あの日、権力を振りかざしてでも、彼を止めていればよかった。

 もっと、周りの人を大切にしていればよかった。

 そもそも、戦争をしなければよかった。

 私が欲張らなければ、こんなことにはならなかった。


 でも、後悔してももう遅い。

天動説の世界です。



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