04,ネモフィラの運命の人
その後ヘデラは正式に私の愛人になった。現存する愛人の中では8番もしくは11番目、今までを含めると15、いや、19だっただろうか?あんまり覚えていないけど、関心なかったし、ざっとそのくらいだったという軽い認識でいい。
ヘデラにはブレスレットをプレゼントした。スペード型のダイヤモンドのチャームをぶら下げた特注品、私とおそろいにした。利き手の関係でヘデラは左手首に、私は右手首にそれぞれ着けた。
既製品ばかり渡していたから、このことはかなり噂になってしまった。婚約者に度を越しすぎだと怒られた。今まで野放しだったくせに、腹が立ったから婚約を破棄した。
「ブレスレットなんて初めて目にしました。スペード……僕の旧姓を意識してのことでしょうか?」
「私は愛人になった記念という口実で識別素材が欲しかっただけよ。少しは意識したかもだけど」
「……まだ、あの病はお治りになっていないと?」
「えぇ。多分もう一生治らないでしょうね」
口の堅い医者にお父様と同時並行で調べてもらっているけれど、なにしろ患者が私しかいないため、未だ原因は見つからないままだ。
「皇女としてはできなくとも、天寿を全うできたらきっと神様が治してくれますよ」
「そう? じゃあ、あと数十年といったところかしら、長いわね」
「殿下はまだ21になったばかりですからね」
「同い年でしょう?」
ヘデラの言葉を信じ、私は西に向かってお願い事をした。翌日、ヘデラは皇宮の画家が描いた自分の肖像画を私に渡した。実物のように繊細で、でも表情は丁寧かつ荒っぽくて、佇まいや雰囲気がとにかくかっこよかった。
「今度、城下街へ行きませんか?良いお店を見つけたんです」
「時間があればね」
ヘデラは時々私を街へ連れ出しては私が知らない楽しいものをたくさん見せてくれた。手品、演劇、露店、外食、買い物。どれも安いものばかり。私が1秒の間に稼ぐ金額より何倍も安かった。
食べ歩きは断ったけど、代わりにヘデラは私に髪留めなどの贈り物をしてくれた。騎士団長のお給料は皇女と比べそこまで高くないのに。どれもかけがえのない思い出になった。
ある時の春ごろ、引きこもり気味だった私にヘデラはネモフィラを見に行こうと提案した。ヘデラが行ったのあるネモフィラ畑は帝都を出てすぐの場所にあるらしく、その気になれば日帰りでも行けるそう。
お父様への朝のご挨拶もあるし、私たちは日帰りで行くことにした。
馬車に揺られること2時間、ほとんど公務疲れで眠っていた私を優しい口調でヘデラが起こす。
外に出てみると、下民のあばら家1つ見えなかった。帝都から随分離れた田舎に間違えて来てしまったのか聞いてみると、帝都周辺と一部地域が栄えているだけで、こういう超が付く田舎はパールパレスでも珍しくないのだそう。
ヘデラ曰く、この先は馬車が入れないから少々歩く羽目になるらしい。
「道が荒くなりますが、おぶっていきましょうか?」
「ヘデラに言われた通りズボンで来たから大丈夫よ」
1歩進むたびにヘデラの提案を断ったことを後悔した。プライドで突っ走ることにしたけれど、道は歩きなれないし粗末だし、雑草が頻繁に服に引っかかるし、馬車が入れない理由もなんとなくわかった。
ネモフィラ畑には圧巻という言葉が似合う。まるで地上に青空が現れたみたいに、地平線まで青い花の空が広がっていた。
皇宮の庭園で広い花畑自体は見たことがあるから驚かない自信があったけれど、想像以上の広さに思わず驚いた。
目を丸くして見惚れていると、ヘデラがこう質問してきた。
「どうですか?来た甲斐はありますか?」
にぱっと微笑んで答えた。
「もちろんよ。こんなにも壮大なお花畑は初めて来たわ。連れてきてくれてありがとう、ヘデラ」
「喜んでいただけたのなら光栄です」
「――でも! 帰りはおんぶして……。あっ歩き疲れたからよ!」
ヘデラも笑った。
ネモフィラ畑の上に寝転がった。今日は雲1つ見えない晴天の日。ヘデラは奇襲に備えて寝転がらずその場に座った。
「殿下、地面に寝転がるのは皇族としてあまり宜しくないのでは……」
「ふたりしかいないならマナーなんて守る意味ないのよ」
青いネモフィラ畑と青い空、太陽がなければ、どちらが地面かわからなかったかもしれない。
目を瞑ってみた。赤い瞼が見える。
「ねえ、ヘデラ」
「はい」
ぱっと思ったことを口に出した。
「どうして身分を偽ってまで騎士団に入ったの?」
すぐに返事をするヘデラが珍しく沈黙した。しばらく経っても何もしゃべらなかったから、何か事情があるのだと思った。
「私にも言えない深い事情があるなら言わなくていいわ。思い出してごめんなさい」
「……」
誤解を解くようにヘデラが言った。
「さあ、どうしてでしょう……。当時のことはあまり詳しく覚えていませんが、もしかすると、殿下との『また会おう』という約束を果たすためだったのかもしれません」
突然の臭い台詞に顔がボウッと熱くなった。咄嗟に手で顔を覆った。
「殿下?」
心配そうな口ぶりで近づいてくるヘデラの頬に口を付けた。
ヘデラは私に口づけされた自分の頬を触った。よく見ると、第三関節を曲げて浮かせて触っている。なんだか可愛く思えてきた。
「できることならもっと早く果たしに来なさいよ。、どんな姿でもヘデラだと証明できるなら城門でも皇婿でもなんでも開けさせるから」
「そうします」
恋愛小説で私と同じ病気を患ったヒロインの物語を見たことがある。そのヒロインは最後に結ばれるヒーローの顔だけはハッキリ見えたらしい。最終話で彼女は言った「この人が私の運命の人に違いない」。
もしもヒロインの運命の人の基準が『唯一顔を視認できる人』ならば、ヘデラは私の運命の人ではない。
でも、誰がなんと言おうと、顔が見えなくとも私にとってヘデラは運命の人だった。
明日の12:10に第5話更新します。よろしくお願いいたします。




