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03,もう2度と諦められない

 初恋から数年。私は18歳の誕生日を迎えた。が、あの日以降ヘデラが私の前に現れることはなかった。過労で死んだか、処分されたか。奴隷の命は限りなく軽い。自分が人類にとって有益だと証明できなければ、簡単に殺されてしまう。私とは比べ物にならないほど過酷な世界。


 ヘデラはもう死んだ。大した思い出もなかったし、簡単に初恋を諦められてよかった。

 ――よかった、はずなのに……どうして私はヘデラの代替品となり得る者を探しているのだろう。


 

 茶髪の柑橘系の爽やかな香りがする貴公子が私に声をかける。胸元にはエメラルドのブローチを付けていた。

 

 「皇女殿下、ワインをお持ちしました」

 「気が利くのね。ありがとう。アニータ」


 貴公子からワインのグラスを渡される。軽く手と手が触れた。

 アニータ。私がプレゼントしたエメラルドのブローチを肌身離さず身に着けてくれている私の愛人の1人。

 私はデビュタントを迎えた日から私を愛してくれる貴公子を興味は無くとも愛人として迎え入れるようになった。

 

 そして愛人になった記念という口実で貴公子全員にエメラルドのブローチと香水をプレゼントしている。色々噂されているがそこに石言葉やスピリチュアル的要素は一切関係していない。ただ識別できないから与えているだけ。巷では香水の種類によって皇女の中でランクがどうとか言われているが、実際のところみんな五分五分だ。年月の美化も相まって、誰もヘデラには遠く及ばない。

 

 今日は皇室騎士団の新しい団長が指名された。式中は話を聞いていなかったから、どんな名前をしているのか分からない。噂好きの侍女いわく、新しい団長は平民出身なのだとか。

 ――で、今は団長の任命記念パーティーの真っ最中なのだが、いくら見回しても騎士の制服を着た人物が見えない。


 ワインを少しだけ飲んだ。フルーティー。まろやかで飲みやすい。

 もう1口飲もうとしたその時だった。

 

 ドスッ、パリン!

 

 人とぶつかり、咄嗟にワイングラスを放してしまい割れてしまった。運よく短いスカートを履いてきたため染みはしなかったが、お気に入りだったヒールが汚れてしまった。


 「大丈夫ですか!? 皇女殿下!」

 

 アニータがそう叫ぶと、一瞬にして広間がしーんと静まり返り、一斉に私たちに注目した。状況を理解したのか、一部の者は顔を青褪め、その他は小さな声でひそひそ話している。

 私が首を振ると、アニータがホッと一息吐く。

 

 私とぶつかった令嬢は私をみてぶるぶる震えている。人も多いし、暴れるわけにはいかないわね。面倒なことを。

 

 「驚かせてごめんなさいね?貴女、お名前は?」

 「ろ、ローゼリア子爵家のダイアナ・ローゼリアです」

 「ダイアナちゃん。ああ、お父さんとは顔見知りよ」


 見えないけど。

 

 「そうだ。お父さんに伝えたいことがあったの。代わりに伝えてくれるかしら?」

 「なんなりと……」

 「じゃあ、お願いね」


 誰にも聞こえないようにダイアナちゃんの耳元で囁いた。

 

 「異動が決まったって、ちゃんと伝えてね」

 

 顔面蒼白になりながら私に頭を下げて去って行った。すっかりパーティーの雰囲気が暗くなってしまった。代表して場の空気を和ませる。あっという間に元通りになってくれた。

 

 「皇女殿下」


 誰かが私を呼ぶ声が聞こえ、振り向きざまに服装に焦点を向けた。白い制服に皇室騎士団の紋章が刻まれている。ということは、この人が新任の騎士団長か。思ったよりも小柄な人だ。

 

 「……探しましたことよ。騎士団長殿。パーティーの主役がどこ――「脚を怪我しています。手当しなくては」


 騎士団長は許可もなく私を持ち上げ、医務室に連れて行った。お姫様抱っこは初めてされた。

 


 

 消毒液に浸した消毒綿球を傷口に当てた。傷口に沁みてヒリヒリする。騎士団長の手のひらに奴隷の焼き印が見えた。どうやら平民出身と偽っているらしい。

 

 

 清潔な布で傷口を覆う。

 

 「終わりました」

 「……どうして手当してくれるの? 誰もしたがらないのに」

 「皇女殿下にはずっと綺麗でいてもらいたいので」

 「どうして?」


 騎士団長は頬を紅潮させて言った。

 

 「皇女殿下は泣いたり怒ったりするよりも笑顔がなにより可愛いお方だからです」


 聞き覚えのある台詞がじーんと頭に響いた。名前を聞くと、「ヘデラ・アガペー」という答えが返ってきた。目を丸くする間にヘデラが続けて言った。


 「お久しぶりです。皇女殿下」と。疑惑が確信に変わり、涙がこみあげて止まらない。昔と違って敬語だったから気づかなかった。涙を隠すかの如くヘデラを抱きしめた。

 

 「会いたかった。ずっとずっと待ってた。約束破ってもう死んでるのかと思った」


 ヘデラは思った反応と違うと言わんばかりに戸惑っている。まあ、あの時は恋心を露わにはしなかったし、当然と言えば当然か。


 「私、まだ生きてるわよ。この通り。あなたのおかげで」

 「畏れ多いです」


 ……ヘデラ、いっそ、本当に死んでくれていればよかったのに。騎士団に入ったって、奴隷と同じく死と隣り合わせであることに変わりはない。死なない保証はどこにもない。仮に生きられたとして、騎士団長になったとて引退後の生活は保障されないし、まだ私の身分とは程遠い。

 どうしてくれるのよ。1度諦めた後に再会してしまっては、もう2度と諦められなくなるじゃない。

明日の12:10に第4話更新します。よろしくお願いいたします。

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