02,生きる理由
「こんなところに奴隷がなにしにきたのよ」
「昼飯を食べるだけだけど」
彼は木に凭れて座った。周りをキョロキョロ見回したが、お弁当らしきものは見当たらない。
「これだよ。ロブスターってやつ」
目線を下に向けると、彼が変な色の柔らかいものを1欠片だけ手に持っていた。これでお腹が満たされるとは思えない。普段私が食べる軽食よりもずっと少なかった。よくみると栄養失調故か全体的に小柄で腕も小枝みたいに細い。
ポケットから3時のおやつを取り出し、彼の隣に座った。
「奪って食べてやるみたいな顔してたけど、取らないの?」
「下民の食べ物なんて触りたくもないわ!」
「そっか。勝手に思い込んでごめん」
安心したように彼はロブスタアを貪った。見るからに美味しくなさそう。
汁すら残さず舐める彼を哀れに思い、彼の口に持ってきた無数のお菓子をねじ込んだ。困惑しながらもじっくりと味わうと、甘い美味しいとか言いながら頬に手を当てて被りを振っていた。おかしくて思わず笑ってしまった。
「……かわいい」
「え?」
「辛気臭い顔しててもきれいだったけど、笑うと更にかわいくなったなって」
そこで初めて私は自分が美形であることを知った。彼が続ける。
「なにがあったのか分からないけど、笑った方がいいと思うよ。かわいいもん」
「嫌よ」
「なんで?」
「可愛いからって私になんの得があるというのよ!」
頭に思い浮かぶ言葉を並べて彼に思いの丈を話した。感情が優先されて考えるよりも先に口が動いた。生まれたばかりの妹が死んだこと、母が後を追ってこの場所で自殺したこと、大好きだった使用人が自分から離れて行ったこと。私は本当の主ではなかったこと。勢い余って私の眼のことも彼に話してしまった。
しかし、話したことで蝕んでいた心のモヤモヤが晴れた気分になれた。
「お父さんが悲しむよ」
私の小さな過去を彼に話すと、彼は静かにそう言った。慰めの言葉が来ると思ったのに。言われてみれば、私は今まで私とお母様たちのことばかり考えてお父様のことは頭の片隅にも置いていなかった。そっか、悲しいのは私だけじゃなかったんだ。
「君の話を聞く限り、お父さんは君のことを誰よりも愛していると思う。君も2人の後を追えば、お父さんに君以上に辛い思いをさせてしまう。生きる理由がないなら、作ればいいよ。父を悲しませたくない、それでいいじゃん」
呟くように彼が言った。視界から流れ出た雫がスカートを濡らした。
「君はお母さんとは……え!? 大丈夫!?」
「うるさい」
「ごめん……ぜんぶ僕の綺麗事に過ぎないから、真に受けないでね」
「受けるわけないでしょ。馬鹿」
たかが奴隷の戯言にどうして私は靡いているのだろう。というか、どうして私は泣いているの?
彼が指で私の涙を拭いた。
「な、なにするのよ!! 下民が許可なくこの私に触れていいと思ってるわけ!?」
「癪に触ったなら謝るよ。ごめんね。……ずっと綺麗な顔でいてほしいなって思っただけで、悪気はないんだ……だから僕が言いたいのは……たくさん泣いたあとは、どうか笑ってね」
彼は随分と謝り慣れていた。強張った首を縦に振った。
遠くから男の野太い声が響いてきた。「休憩時間はもう終わった」と。相当怒っているようにも聞こえる。
「飼い主様が呼んでいるからもう行くね。お菓子ありがとう!」
「待って、まだ名前聞いてない」
私に背を向ける彼の服の裾を掴んだ。はらりはらりと破けそうなほど脆かった。
「僕はヘデラ・スペード。君は?」
「ペリウィンクル・パールパレス。パールパレスの第1皇女」
「リーウィン、良い名前だね。じゃあ、いつかまた会おうね!」
彼は――ヘデラは駆け足で持ち場に戻っていった。リーウィン、アダナというものだろうか。馴れ馴れしかったが、なぜかキャサリンたちよりも親しみやすく感じた。
たった一瞬の出逢いが、私の記憶に強く焼き付いた。
彼のことを思い出すたび胸が締め付けられる感覚を覚えた。心の器に甘い蜜を注がれたみたいに顔がかあっと熱くなった。本能が初恋だと訴えてくる。そのくらい私にもわかってる。だから腹が立つのよ。この私が些細な理由で奴隷如きを好きになっちゃって、婚約者がいるのに違う未来を想像して、同時に初恋が叶うことはないことも理解してしまったから。一介の奴隷と帝国の皇女、彼と私とでは身分の差があまりに大きすぎる。
恋が成就することはないのなら、せめてもう1度だけでいいからヘデラに逢いたい。生きていることを伝えたい。ヘデラは去り際に「いつかまた逢おう」と言ってくれた。きっと大丈夫。きっとまた会える。
ヘデラと再会する日が来ることを信じて、私はひたすら待ち続けた。
明日の12:10分に第3話投稿予定です。よろしくお願いします。




