01,月読物語
正統派主人公では断じてないですが、ダークヒロインというわけでもない?と思いたいです。
04まで主人公の過去回想が続きます。
私は生まれつき皇女にとって致命的な欠陥を有していた。人の顔を顔として認識できなかったのだ。四六時中顔に薄くて濃いモヤが掛かっていて、他人が当たり前にできる分別が私には出来なかった。
同じ制服、同じ所作、似たような体系と髪型をしている使用人たちは特に見分けがつかず、名前はしょっちゅう間違えていた。
メローニは漆黒の髪をしている。
「メローニ?」
「はあ、皇女殿下、私はキャサリンです」
「きゃ、キャサリン。ごめん。間違えちゃって」
キャサリンの心無いため息が私の心臓を貫く。目も合わせられずに謝った。
「ね、ねぇ……」
「皇女殿下、私の名前は『ねぇ』ではありませんわ。リンネイです」
「リンネイ……ごめん、また間違えちゃった」
年月が経つにつれ皇女としてのプライドと尊厳が崩されていき、だんだん失敗を恐れるようになった。何度も同じ名前を聞いて、何度も間違えて、心苦しくて、淋しくて、どうしようもなく悲しくて。声の違いは分かるから、第一声で気づいたときは尚更つらかった。
何か粗相があってはいけないから、相手の身分を知るまで、貴族の恰好をした人は目下の人間でも敬語で話しかけるようにしていた。
どうして、他の人は正確に見分けることが出来るのだろう。同じ模様をした100、いや1000人の違いが、どうして分かるのだろう。
「ご誕生されたばかりの頃からお仕えしているのに、皇女殿下はいつ私共を覚えてくださるのかしら」
「稀に当たる時もあるけど、年に1度あるかないかよね」
「悪気がないのは分かるけど、これでは、お仕えする気にもなれないわ」
度重なる指摘、度々目にする使用人たちの寂しげな陰口、そしてそれを盗み聞く私。
全て私が悪いのだから、罰する気にもなれない。
申し訳なく思うことはあれど、私なんかにこんなことで傷ついてもいいのだろうか。
他人と違う私の眼。理解してくれたのは、お父様だけだった。お父様は9歳の頃に私の眼の異常に気付き、私の為に使用人たち1人1人に異なるデザインの新しい制服を与えた。
雇われたデザイナーたちが半年以上もかけて丁寧に仕上げていった。ただ違うのではなく、その人に1番似合うデザインになるように。
「キャサリン……?」
「お見事です! 皇女殿下!」
「リンネイ!」
「当たりです! 皇女殿下!」
私が名前を当てるたびに拍手をする。くどいとは感じつつも悪い気はしなかった。
そうしてようやく、私は何千もの使用人の判別ができるようになった。あの子たちの喜ぶ様子は、いつになっても忘れられない。
でも、まだ淋しさが拭えなくて、本当はみんなにも気づいてもらいたい。だから、私の病気はお父様と2人だけの秘密にした。お母様でさえ、この事実を知らない。
制服が新調されてから1年が経過したころ、私の妹にあたる新たな皇女が生まれた。その子は生まれつき体が弱かったが、第2子の誕生をとても喜んだお母様は「少しでも長生きしてたくさんの幸せを享受できますように」という願いを込めて末娘に『ハピネス』と名付けた。
皇宮では各国の要人と国の全貴族を集めた壮大な誕生パーティーを開き、街では過去最大級のお祭りを催した。連日激務だった使用人たちには平常の倍額の給金を渡したそうで、分厚い封筒を片手に飛び跳ねる侍女をちらほら見かけた。
国中がお祭り騒ぎの中、ハピネスが病に侵され薨去した。生後ひと月も経たないころのことだった。宴の最中に訃報が伝えられ、足早にハピネスの葬儀が執り行われた。
ハピネスの長寿を願っていたお母様はひどく悲しみ、数日後に後を追うように自殺してしまった。
お母様の死後、キャサリンとリンネイを含む私に仕えていた使用人の大半が紹介状を片手に皇宮から離れて行った。残ったのは、お母様が入内する前から皇宮で働いていた古株と僅かな使用人だけだった。
結局、あの子たちが仕えていた相手は私ではなく、私の背後にいるお母様ただ1人だけだった。
皇宮の隅にある大きな木、私のお気に入りで、私が吊るされたお母様を発見した場所だ。
太い枝には、今でも縄で縛られた形跡が残っている。不吉だから、もうじき撤去されるらしい。今日は大木と最期のお別れをしに来た。
心の中では、私もハピネスとお母様の後を追って死んでしまおうか。と、うっすら考えていた。実行する勇気もないくせに、口だけは達者なことで。
自分に呆れていると荒れた生垣から足音が近づいてきた。驚いて肩をビクンと上げる。
「だ、誰!」
ボロボロの服を着たあざだらけの少年が転んだ拍子に顔を見せた。携帯していた短剣を突き付けると、彼は両手を上げて降参の意を表した。彼の手のひらには、奴隷の焼き印が施されていた。
明日の12:10に第2話更新します。よろしくお願いいたします。




