51 エピローグ - わたしの大好きな…………
「舞花――――っ! 早く起きなさい! 遅刻するわよ!」
ベッドの上掛けを剥がされたわたしはコガネムシの幼虫のように丸くなる。
真冬の朝にこの仕打ち。
お母さんめ。
凍死したらどうする!
わたしは朝の身支度を終えるとキッチンに顔を出す。
「はやく食べてしまいなさい。あんたが遅いと私も会社に着くのが遅くなるのよ」
お母さんがテキパキと家事を済ませて出勤の準備をしている。
「へ~い」
「こら、だらしがない。しゃんとしなさい。あんた、素材はいいんだから。まさか、学校でもそんなんじゃないでしょうね?」
学校でのわたしがどうなのか思い出せないが、それなりなんだろうね。
顔洗う時に鏡見たら、超絶美少女だったし。
「あれ、虹花は?」
「虹花? 誰、それ?」
「だから、妹の虹花よ」
「私、あなた以外を生んだ覚えはないわよ」
お母さんが怪訝な顔をしている。
「ほら、わたしに似た妹よ。違いは、腰まで伸びた髪をポニーテールに纏めてるところかな」
お母さんの表情が次第に険しいものに変わる。
「まさか、あの人の隠し子? 隠し子なのね? あなた、その子に会ったの? あの人が会わせたの?」
あ、ヤバッ。
お父さんの浮気を疑ってるよ、この人。
お父さんは中性的な魅力を放つ童顔で、アラフォーになったお母さんより5つくらい若い。
お父さんが高一の時に、大学在学中にスタートアップ企業を起業したばかりのお母さんが街で引っ掛け、そのままゴールイン。
すぐにわたしができた。
お父さんが高二の時にだよ。
犯罪だよ、犯罪。
高校卒業と共に学生結婚したお父さんの大学の学費は全てお母さんが工面した。
だが、大学時代のお父さんには様々な女が群がってきたそうで、お母さんは悪い虫を追い払うのに相当苦労したみたい。
まあ、お父さんはお母さんにぞっこんだったから要らぬ心配ではあったんだけどね。
「これは、今晩、家族会議ね。あの人にもRINEしなくっちゃ!」
拳を握り締めるお母さん。
ああ、だんだん思い出してきた。
今のわたしは鈴白舞花であって、鈴白舞花じゃない。
自宅も都内だし、私自身も一人っ子。
この世界に似た世界だったが、あの時のわたしとは違って、今のわたしはお猫様達との友誼を結んではいない。
「ああ、そうそう、妹のこと、夢の中の話だった」
「紛らわしいわね。でも、家族会議の開催に変更は無いわ」
S工大建築学科の自分の研究室に寝泊まりして研究に没頭している准教授のお父さん。
家に呼び戻す理由にするつもりだな。
どうせ、家族会議の後、トロトロになっちゃうくせに。
少しは年頃の娘のことも考えて欲しいものだ。
娘の情操教育によくないんだよ。
このままだと、本当にリアル妹が出来るんじゃないか?
「なによ。あんた、今晩用事でもあるの?」
わたしのジト目からきまり悪そうに目を逸らすお母さん。
「なんでもないわ。じゃあ、行ってくるね」
まだ何か言いたそうなお母さんを尻目にわたしは家を出るのだった。
■
「おはよう、舞花さん」
「おう、鈴白。はよ~すっ」
「はよはよ、舞花ちゃん」
「今日も冷えるわね、舞花」
教室に入るとクラスメイトから声が掛かる。
「おはよう、皆さん」
本来なら一人一人の名前を口にして挨拶すべきなんだが、記憶が混線してクラスメイトの名前がまだ全部思い出せていないんだよね。
でも、そんな状況でもわたしは焦ったりはしないのだ。
何度も何度も転生を繰り返してきた経験豊富なわたしだよ。
『皆さん』で纏めてみました。
便利だよね、日本語って。
そう言えば、英語でもeveryoneがあったな。
まもなく朝のホームルームが始まる。
ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…
――――にしては、教室内が妙にざわついてるわね。
闘牌伝説じゃないけど。
「ねえねえ、舞花ちゃん」
「ん? 何ですか?」
前に座る涼ちゃんが振り返って話し掛けてくる。
陸上部に所属する橋爪涼。
日に焼けてスラッとしたボーイッシュな少女。
今のわたしとは割と話が合うクラスメイトだ。
今、思い出した。
「今日、うちのクラスに編入生がやってくるんだって」
「編入生ですか?」
「編入試験、全問正解だったんだって。うちの学校、結構レベル高いのにね」
「それ、どこ情報ですか?」
「うちの部の顧問」
個人情報~~~~っ!
いいのか、それ!?
「で、すっごい美人さんなんだよ! 日本人のお父さんとイギリス人のお母さんとのハーフなんだよ!」
「会ったんですか?」
「これも顧問情報」
おいおい、大丈夫か?
情報、駄々洩れだぞ?
美人ねえ。
ふっ。
わたしと比べて?
いや、あの娘よりも?
まあ、どうでもいいか。
「席に就きなさい」
担任の亜弥ちゃんが教室に入って来た。
身長145cmの童顔美少女の皇亜弥ちゃん。
これでアラサーなんだから人は見かけによらない。
現在、恋人募集中なんだそうだ。
いい出会いがあるといいね、亜弥ちゃん。
わたしは亜弥ちゃんに生暖かい視線を送る。
「鈴白さん、ボクをバカにしていないかい?」
亜弥ちゃんはボクっ子だ。
「イイエソンナコトハゴザイマセン」
亜弥ちゃんのジト目から逃れるように視線を窓に向ける。
「ふん! 自分が綺麗だからってボクをバカにしてればいいさ。でも、キミが余裕で居られるのもここまでのようだね。入ってきたまえ」
亜弥ちゃんが廊下に向かって声を掛けた。
「失礼します」
編入生か。
まあ、わたしには関係ないね。
それにしても教室内が妙に静かになり過ぎていないか?
「自己紹介を頼むよ」
「はい」
ん?
「はじめまして、仙道虹花です。皆さん、よろしくお願いします」
何だ?
「ひょおおおおおおお! 金髪美女だ!」
「男装の麗人よ!」
「スパダリ! スパダリ来た――――っ!!」
クラスメイトが騒ぎ始める。
今時、外人なんか珍しくもなかろう。
インバウンドで一杯見掛けるし。
「今迄イギリスで暮らしていましたが、両親の仕事の都合で日本に拠点を移しました。言葉の壁はありません。これでも日本語は得意なんですよ」
「本当に! 凄く日本語が上手! お父さんから習ったんですか?」
「父からも少しは習いましたが、先生は別に居ます」
「家庭教師?」
「フフフッ。それはですね――――」
質問コーナーに移行したらしい。
早く授業を始めて欲しいもんだね。
あ、雪が舞い始めたぞ。
うわ~っ。帰り、寒くなりそう。
私の横に誰かが歩いてきた気配がした。
窓の外ばかり見ているわたしを咎めに来たのか、亜弥ちゃん?
「ここに居る舞花に教えて貰ったんですよ」
突然、頬杖を突いていた右手を取られた。
おおっと。
体幹鍛えてるから、ガクッと姿勢を崩すことは無かったが、不意打ちはいかんなあ。
文句を言うべく、顔を向けるとそこに亜弥ちゃんの顔は無かった。
Fカップくらいありそうな胸が鎮座ましましているよ。
少しずつ視線を上げて行った先。
そこで私の高性能(?)CPUは、あろうことかフリーズしてしまったのだった。
それからが大変だった。
授業内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
休憩時間の度に編入生の周りに人が群がる。
情報の整理が追いつかないわたしには救いの時間のように思えた。
■
昼休み。
わたしは屋上に上がった。
屋上は基本的に進入禁止。
でも、私はその鍵を持っている。
超絶優等生の特権なのだよ。
わたしは屋上の手摺にもたれ掛かって情報整理を進める。
あれは間違いない!
見間違えるはずがない!
でも、『虹花』って何だよ!?
今のわたしには居ないはずの妹の名前だぞ!?
「ここに居たんだ?」
わたしの横に新しいクラスメイトが歩み寄って来た。
「何で虹花なのよ?」
髪の色も髪型も違う。
外見も容貌も違う。
でも、さっき、わたしに向けてきた悪戯っぽい笑みは――――
忘れやしない。
「あんた、ネフィーでしょ?」
見上げた先。
やはり前世で見慣れた悪戯っぽい笑み。
「驚いたかい?」
「心臓がまろび出るかと思ったわよ!」
「じゃあ、ドッキリ成功だね」
わたしは黙って彼女の胸にパンチを入れた。
なんだよ、その弾力性はよ!?
前は洗濯板だったじゃないか!?
鷲掴みしてやろうかしら。
「何か失礼な事を考えていないかい?」
それには答えず、話題を変える。
「わたし達、あれからどうなったの?」
「ああ、それはね――――」
――――――――――――――――――――――――――
魔王と共に光の粒になったわたし達の魂を神様が真っ青になって必死でかき集めてくれた。
「少しは後のことも考えて下さいよ、先輩」
神様はネフィーに文句タラタラだったそうだ。
魔王だった呪いは光の粒のまま何処へと霧散した。
もう、人の形を採ることはないそうだ。
かき集められたわたし達の魂は、神様の手によってこの世界に転生された。
同じ時間に生きられるようにしてくれたのは創造神様の配慮によるものだ。
一番平和に暮らせるだろうとこの世界を選んでくれだのも創造神様だ。
ありがとう、創造神様。
――――――――――――――――――――――――――
「それで、わたしはあんたのことをどう呼べばいいのかな?」
「ダーリンでも、ハニーでもお好みで」
パシッ!
頭を張りつけてやった。
「虹花、いや、やっぱり『ネフィー』よね」
わたしが最期に口付けを交わし、未来を誓ったのはネフィーだ。
だから、それだけは譲れない。
「じゃあ、わたしも君のことは『リア』でいいかな?」
改めて虹花ことネフィーを見る。
ここはわたしが告げるべきだろう。
だからわたしは正面からネフィーの両手と恋人繋ぎする。
「ネフィー、愛してる。あなたの人生をわたしに下さい」
ネフィーが輝くような笑顔になった。
わたしの大好きな笑顔だ。
「もちろんだよ、リア。限りある人の命の時間、共に歩もう」
もう、おしまいだと思っていたはずのわたしの来世。
再び刻み始めたそこに最愛の人がいる幸せ。
わたしはこの幸せを未来永劫手放したくなかった。
だから、わたしは少し強欲になる。
「今生だけ?」
「もちろん、来世もそのまた来世も。永遠を紡ごう」
「安心したわ」
互いに穏やかな笑みを交わす。
やがて、お互いの顔が近づいていき、ゼロ距離になる。
暫くそのままになり、そして再び距離が離れる。
「どうしよう。病みつきになりそうだわ。それに…………この先も欲しくなっちゃった」
わたし、いつからこんなみだらな女になったんだ?
「フフッ。いいんだよ、リア。私は大歓迎だ」
心を読むなよ。
恥ずかしい。
顔が見れなくなっちゃうだろう?
「ただ残念ながら前世のような魔法は使えないんだ」
そう。
現代日本には魔法は無い。
「魔法が使えれば、リアを満足させてあげられたのにね?」
ドロテア侯爵邸での夜。
ネフィーが行使した魔法。
あの魔法はヤバい。
あんなものを使われ捲ったら、わたし、もうアレのことしか考えられなくなってしまう。
「いやあ、残念だわあ。ほ~んと、残念だわあ」
尊厳が失われずに済んだわたしは、心にもないことを言って誤魔化してみる。
「でもね。他の方法は色々と考えてあるんだよ」
ネフィーが目をギラギラと輝かせて舌嘗めずりした。
マズいな。
わたしは前世同様、ネフィーに美味しく頂かれちゃうんじゃないだろうか?
想像したらドキドキが止まらなくなった。
もう既に、わたし、ネフィーのオンナじゃん。
私は内心を悟られないように生真面目な顔を作る。
「そういう訳にもいかないのよ」
「私は気にしないけど?」
「ばかっ!」
今度は肩をペチッと叩く。
「日本はね。何でもありの異世界とは違うのよ!」
「そんなものなのかい?」
「そんなものなの!」
わたしと彼女は今生で再会し、共に歩むことを誓い合った。
大団円だと言ってもいい。
でもなあ。
今夜の家族会議、どうしよう。
ネフィーは飛び入り参加する気満々だけど。
「キミを嫁に迎えるんだ。ぜひご両親にご挨拶差し上げなければね」
おい、ネフィー?
わたしが嫁なのか?
あんたじゃなくって、か?
まあ、それならそれでいいんだけどね。
ただ、心配事もあるんだよ。
お母さんだよ、お母さん。
ネフィーの『嫁に迎える』を聞いて、ぶっ倒れなければいいんだけどなあ。
いや、ぶっ倒れる。
間違いないよ、絶対。
でも、反対はされないだろうなあ。
ネフィーはとてもいい子だからね。
これまでに返し切れない程の恩義もあるし、どの世界でも彼女はわたしの理想の彼女のど真ん中なのだ。
だから、わたしは彼女のこと、自信を持って家族に紹介できるんだよ。
それだけは、間違いないんだからね。
本当だよ。
これでお話は終わりです。
最後まで読んで下さった読者様、ありがとうございます。
30~40話くらいの短編のつもりで始めたお話でしたが、50話を越えてしまった。
しかも章立てしないはずだったのに…………
これでも結構端折ったんですよ。
色々入れ込んだら100話なんて優に超えてしまいそうだったから。
でも、初めて終わりまで書き切ることができました。
最初にタイトルだけ思いついて、書き切ることだけを目的に始めたのですが、終わってみれば達成感半端ないです。
さて、明日から『異世界に勇者として――――』再開です。
これも終わりまで書き切るつもりです。
エピローグだけ先に作っちゃったし。
そこに繋がるまでの道のりはまだまだ長いです。
こちらの方も最後までお付き合い頂ければ幸いです。
ではでは。




