19 膠着した戦況は全部チェンジで
コルベット《かすが》でテンシャン山脈を越える。
飛行高度は10000m。
テンシャン山脈の最高峰の標高は9237m。
山越えも楽勝。
「テンシャン山脈の帝国側は叔父派の貴族の領地だったわね?」
「エルラッハ子爵領だよ」
「ふ~ん」
山越えした先、麓に城塞が見えた。
「連中、どういう状況なの?」
「スパイを警戒して領民は全て南部に移送。子爵領軍と帝国軍の応援部隊が城塞内外に布陣している。子爵領軍3500。帝国軍12000。ボクのように王国に向かおうとする者の阻止、王国側からやって来ると思われる皇女の捕縛、そして王国に繋がる避難通路の捜索が目的だ」
「なるほどね」
おそらく一番の目的は王国に繋がる通路を見つけることだろう。
通路が見付けられれば王国侵攻への突破口が開けるからだ。
だが、残念だったわね。
通路は既に破壊済み。
行きがけの駄賃に、通路があると思われる山腹に上空から爆弾を投下したから、2kmから先の通路も崩落して使いものにならないはずだ。
王国への侵攻はもうできないはずよ。
「じゃあ、第一皇女の初陣を派手に演出するとしようか」
《かすが》の前方格納パネルをオープン。
艦体からレールガンをリフトアップ。
50mmのミスリル弾をセット。
艦橋の艦長席のコンソールにターゲットスコープがせり上がって来た。
飛行高度を500mまで下げ、艦首を前下がりにする。
艦橋のコントロールルーム前面モニターに子爵領軍と帝国軍が《かすが》を見つけて蜂の巣をつついたように慌てふためいているのが見える。
おっ!
数十台の投石器が大きな石を次々と打ち上げてきたぞ。
馬鹿め。
こっちは高度500mだ。
届く訳ないだろう?
それに超軽量ミスリル合金鋼製の艦体に石が当たってもダメージは皆無なんだよ。
ターゲットスコープで照準を城塞の尖塔に合わせる。
「ファイエル!」
レールガンから打ち出されたミスリル弾。
撃ち出された次の瞬間には城塞の尖塔を撃ち抜いていた。
マッハ8だもんね。
一瞬だよ。
撃ち抜かれた部分からガラガラと崩壊していく尖塔。
おそらく尖塔の下に、子爵他軍首脳の司令部があったのだろう。
指揮する者が居なくなったであろう子爵領軍は大混乱に陥っていた。
それでも反撃して来る部隊はあった。
帝国軍だ。
城塞前の広場に密集隊形を取った弓兵が統制射撃よろしく一斉に火矢を放ってきた。
航空機が無い時代のヨーロッパの軍隊みたいだな。
でもね。
騎馬軍団相手ならそれでもいいけど、上空の敵には意味ないんだよ。
そもそも、届いてないじゃん。
「どうする、アリシア?」
「そうねえ?」
これは帝国第一皇女の初陣だ。
派手に名乗りをあげてやるか。
コンソールのハンドマイクを手に取る。
「我こそは帝国第一皇女アリシア・ミュルシュタットである。クロスハウゼン大公の求めに応じて逆賊フェルディナット・ミュルシュタットを撃ち滅ぼすべく立ち上がった。逆賊どもよ、我に従え。さすれば、罪一等減じてやろう。従わぬと言うのであれば――――」
自分の声が城塞上空から響き渡る。
「ここで死ね」
暫く様子を見ていると、城塞内に白旗が上がった。
子爵領軍は主を失って戦意喪失したようだ。
「コンスタンス。自由ミュルシュタット同盟軍は近くに居る?」
艦橋のサイドモニターに地図を表示する。
ついでに高高度偵察ドローンからの画像も表示する。
「ここから4km東、ここだね。ここに布陣しているね」
コンスタンスが画像の一点を指差した。
「じゃあ、飛行プレートで向かってくれる? 子爵領軍が恭順したって伝えて」
「飛行プレート…………」
コンスタンスが一瞬嫌そうな顔をした。
「800mまで高度を保てる改良版よ。使い方は教えた通りだから」
「しかし、ボクは高所恐――――」
「時間はお金より希少なのよ。さっさと行く!」
「わかったよ。でも、後でご褒美は貰うからね。その身体で」
「バカ! さっさと行け!」
苦笑いするコンスタンスが艦橋のコントールルームから出て行った。
さて。
残るは城塞の外の帝国軍か。
子爵領軍と違ってまだ戦意を喪失していないみたい。
まあ、傭兵部隊だしね。
契約は守るってか?
「この廃嫡皇女め!」
「ちんちくりんのメスガキが偉そうに!」
「王国に尻尾撒いて逃げ込んでいた臆病者が何を今更!」
収音機から罵詈雑言が聴こえる。
モニター越しだが、わたしに向かって尻を剝き出しにして叩いて見せるヤツも居るね。
そうかい。
そういう態度を採るんだ?
じゃあ、容赦する必要は無いよね?
艦橋左右の格納パネルをオープン。
2基の30mm多銃身ガトリング砲をリフトアップさせる。
「さあ、その態度のツケを払って貰おうか?」
コンソールにリフトアップしてきたトリガを引いた。
ブ―――――――ン!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
ブ―――――――ン!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
6本の銃身を回転させて毎分6000発の速さでミスリル銀砲弾を最大威力で撃ち出す。あまりの速さに発射音がモーター駆動音のようだ。
ブ―――――――ン!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
ブ―――――――ン!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
投石器が粉砕され、城塞前の帝国軍の兵士が次々と肉片に代わっていく。
もうこれは戦闘なんかじゃない。
一方的な虐殺だ。
5分間の機関砲掃射で撃ち出された30000発の砲弾が帝国軍12000を溶かした。
ガトリングの掃射が終わった時、城塞内の子爵領軍が白旗を千切れんばかりに振っているのが見えた。
安心しなよ。
恭順したあんたらを殺しはしないよ。
《かすが》を高度300まで下げて滞空させていると、やがてコンスタンス率いる自由ミュルシュタット同盟軍がやって来た。
《かすが》を着陸させ、タラップから姿を見せると、馬に乗ったコンスタンスがやってきた。
「アリシア!」
馬から飛び降りて駆け寄って来るコンスタンスの抱擁をススッと躱して見せる。
「酷い…………」
躱されたコンスタンスが恨めしそうにわたしを見た。
何が酷いって言うんだ?
ここは戦場だぞ。
あんたのエロい下心に付き合ってる暇は無いんだよ。
■
「「「「お初にお目に掛かります、皇女殿下」」」」
自由ミュルシュタット同盟軍の指揮官達が臣下の礼を採る。
「戦況を教えて」
彼等に指示を出して臨時の軍議を始める。
「現在の我が方の勢力圏と帝国軍側の勢力圏はこのようになります」
軍参謀のアデルファイド伯爵がテーブルに広げられた地図に赤と青で色分けしていく。
青が味方で赤が敵。
東と北が味方、西と南が敵。
地図上の色分けは明確に二分されていた。
敵勢力の詳細についてもレクチャーを受ける。
なるほどね。
テンシャン山脈に沿った西側と南側が敵陣営って訳だ。
西側は叔父に与する諸侯の支配地域。
南側が叔父の帝国が直轄支配する地域かあ。
「あなた達は東からの遠征軍ってこと?」
「はい。クロスハウゼン大公殿下の救出が目的でした」
なかなか戻らないコンスタンスが敵の捕虜になったんじゃないかと考えて救出部隊を組織してここまでやって来たって訳か。
それで、敵よりも多い47000の軍勢。
城塞攻略戦は守る側に対して攻め落とす側は3倍必要。
15500に対して47000。
セオリー通りね。
でも、わたしが城塞を破壊して敵を無力化してしまった。
従って救出部隊は無傷。
どうしようかな?
「自由ミュルシュタット同盟軍はミュルシュタット解放戦線とは連携が取れてるの?」
「ミュルシュタット解放戦線には南部攻略を担当して貰っています」
「つまり、自由ミュルシュタット同盟軍は西側担当な訳だ?」
「仰せの通りです。しかし――――」
「しかし、何?」
「ミュルシュタット解放戦線は元々パルチザン。彼等は120~150人規模の中隊戦術群が多く、師団や軍団規模での攻勢には出られず、帝国軍に押されている状況です」
アデルファイド伯爵が言葉を飾らず簡潔に答えてくれたことで状況は呑み込めた。
現状、帝国軍正面をパルチザンあがりの部隊に任せて、正規軍に近い方が帝国に与力する諸侯を一つ一つ潰していくのは効率がいいとは言えない。
だが、帝国軍正面に精鋭のほとんどを投入すれば、側背を諸侯軍に突かれる危険性は高まる。
安全マージンを取ろうと思えば、どうしても後顧の憂いを断つことを優先したくなる気持ちは解る。
だが、それもここまでだ。
《かすが》は明らかなオーバーテクノロジー。
中世の軍隊に宇宙軍が殴り込んでくるようなものだ。
単艦ではあるが、面倒くさい諸侯はわたしが一方的に蹂躙する。
膠着した戦況は全部チェンジよ。
そのためにも自由ミュルシュタット同盟軍には帝国軍正面に向かって貰おう。
「西側の抵抗する諸侯はわたしが殲滅します。あなた達は直ちにミュルシュタット解放戦線と合流し、南部の帝国軍を押し返しなさい。わたしも西部平定後にそちらに向かいます」
「しかし、殿下単騎では――――」
「さっきの戦いは見たわよね?」
「…………はい」
「それでもあなたはわたしを止めるのかしら?」
アデルファイド伯爵が黙り込んだ。
「アリシア、彼はキミを心配しているんだ」
「それは解っているわ」
「なら――――」
食い下がるつもりなら、ここは勅命で黙らせるしかないようだ。
わたしは表情を消してコンスタンスを始めとする司令部の面々に向き直る。
「皇女命令です。全軍、ミュルシュタット解放戦線と共に逆賊を討伐せよ」
「皇女殿下の仰せのままに!」
アデルファイド伯爵だけでなく、周りの部隊長達までもが最敬礼する。
「アリシア…………」
「大丈夫よ。コンスタンスはこのまま自由ミュルシュタット同盟軍を率いるのでしょう?」
「『ボクも一緒に行く』と言っても許してはくれないんだろう?」
「当然よ。悪鬼羅刹のような姿をあんたに見せたくないからね。でも――――」
わたしはコンスタンスにカメラ付きヘッドセットを投げ渡す。
「これでいつでも会話できるわ」
ヘッドセットを受け取ったコンスタンスが『仕方無いなあ』って顔になった。
「これでいつでもキミに愛を囁くことができるね」
「戦闘中にふざけたことをほざいたら縊り殺すわよ」
わたしは《かすが》のタラップに足を掛ける。
「じゃあ、状況開始と行きましょうか」
「|Aye,ma'am!」
今度は将兵も含めて全員が最敬礼した。
「王都で会いましょう、コンスタンス」
わたしは《かすが》を発艦させた。
高度を上げていく《かすが》のメインモニターに眼下の将兵達が映っている。
誰もが期待に満ちた表情で手や部隊旗を振っている。
さあ、期待に応えて西側の逆臣どもを地獄に落としてくるとしましょうか。




