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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」
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69話 それでも日々は続いてる

 空色の頭を揺らしながら、近衛先生が教科書のページをぱらぱらと捲っている。

 それを見つめる生徒たちの反応はまちまちで、最前列で眠っている陽樹の姿はまさに勇者だった。


「――つまり、大陸における魔法生物の進化速度は、通常生物と比較して格段に早く成長し――」


 近衛先生の声とチョークがリズミカルに黒板を叩く音を聴きながら、俺は板書そっちのけで窓の外を見ていた。


 校庭では他学年が体育の授業を行っているらしく、準備体操とランニングの掛け声が大きく響いている。


「……」


 ぼーっと外を眺めたままでいると、突如隣からちょんちょんと手を触られる。


 月城……か……いや、あいつまだ病院じゃね?

 俺がばっと横を向くと、真横にはモノクルを光らせる近衛先生がいた。


「天野、うわの空だが大丈夫か?」

「あ……えーっと、大丈夫っす…………すいません」

「よろしい。稲垣のようになりたくなかったら授業に集中することだ」


 そう言って先生がチョークを指した先を見ると、陽樹が非常に姿勢よく座ってノートをとっていた。

 魔力で作られた腕で全身を固定されながら。


「レイジ……! こうはなるなよ……!」

「お前が言うのか……?」


 やけに熱の篭った演技をする陽樹にガレスがやれやれといった様子でため息をつく。


 それを見て真鶴(まなづる)さんも笑っている。


 先生はさっと教壇へ戻り、再び黒板にチョークを突き立てた。


「……今は無意味に思えるかもしれないが、知識は君たちが生きるうえでの大切な資産となる。教師の立場であまりこういうことを言うべきではないだろうが、多少でいい。耳だけでも傾けたほうが得だぞ」


 背中を向けたまま、近衛先生がモノクルを押し上げる。


 ……集中集中。


「では、続きから……魔法生物の成長速度には大陸中における魔力の――」


 俺はシャーペンを持つと、教科書を開き、ページの折り目をぐっと腕で押す。

 そのまま開いたページに筆箱を置くと、前を向いて先生の授業に耳を傾けた。





「――今日はここまで。この後の魔歴だが、朝連絡した通り来夜先生の代わりにしばらくクーリア校長が代理を務める。くれぐれも失礼の無いように」


 授業終わり。チャイムの音に合わせて近衛先生が教材をまとめながら言った。

 少しザワつくみんなの雰囲気は朝のホームルームと同じものだった。


 先生がそのまま教室を出ていくのを見ながら教科書類をしまっていると、陽樹とガレスが机に集まってきた。


「朝聞いた時は驚いたが、来夜先生が辞職するとは……月城さんの休みと合わせて今日は厄日なのだろうか」

「ゆらのやつはすぐ退院するって言ったろガレス! ……まぁ来夜先生が辞めるってのはどうしようもないけどな……」


 陽樹が頭をかきながら煮え切らない返事を返す。

 ガレスもまた月城不足で唸っている。


 ……先生、行動が早いな。

 それが、正しい結果だったのか分からない。でも、こんなにも呆気ないものなのか。


 でも、あの人が決めたことに俺が何か言うことはできない。


「もう……俺、廊下走っても怒られないのか……」

「他の先生方も怒るだろう……」

「見知った先生が居なくなるとな……」


 許すことはできないにしても、残っていては欲しかった。


「どうしたの男子たち、そんなにどんよりした空気出して。あー、ガレスくんはゆらちゃんがいないからか」


 会話に割り込んできたのは真鶴さんだ。

 真鶴さんは俺たち全員の顔を見渡すと深いため息をつき、額を手で押さえた。


「なんのため息だよ……」

「あー、いやいや、ごめんごめん。天野くんたちに追い討ちをかけるようなんだけどね。ほら、みんなって便利部を作るって言ってたでしょ」

「それに関してその……部員が足りないから部活として認められないって話が……」


 真鶴さんはそう言うと申し訳なさそうにプリントを机に置いた。

 俺たち全員それに顔を近づける。


「申請却下……マジかよ!」

「俺、天野、稲垣、綾崎……四人だな」

「……便利部は活動を始めるまでもなく無くなるってことか?」


 真鶴さんを見ると、苦笑いしながら目を逸らした。


「うーん……生徒会としては部員数さえ集めればいいんじゃない? って感じだから……特に期限がある訳でもないし、部員をもう一人探してきたら? あ……顧問もか」

「うーん…………」


 生徒はまだしも、顧問か……そう簡単に見つかるか?


「そうだな! あ、由香は便利部どうだ?」

「……あ、うち?」


 陽樹が思い出したように言うと、真鶴さんは自らの顔を指さして首を傾げた。


「稲垣、いくらなんでも急すぎるだろう」

「そうだよ陽樹、だいたい、真鶴さんは生徒会にも入ってるんだろ?」

「いいよー、じゃあ入部届書いとくねー」


 ほら、真鶴さんだって……


 ん?なんて言った?


「お! マジか! ダメ元だったのにワンチャンが当たった! 言ってみるもんだな!」

「え、真鶴さんいいの? 生徒会とも両立になっちゃうし」


 ガッツポーズする陽樹を横目に真鶴さんを見ると、真鶴さんは少し恥ずかしそうに頬をかきながら、にへらと笑っている。


「いやね、興味はあったんだけど……自分から言うのが恥ずかしくて……生徒会も大丈夫。なんか割と余裕あるから」

「真鶴は案外恥ずかしがり屋なのか」

「う、うるさいなぁガレスくん!」


 真剣な顔で言うガレスの背中をぽこぽこと叩く真鶴さん。


 それを見ていると、一層事件から日常へと戻ってきた感覚が強くなった。


「部員はなんとかなったってことだし、あとは顧問だな!」

「それならば、僕が担当しよう」

「おー、助かるぜ先……生!?」


 今度は近衛先生が……って流れが早い!


「先生! なんでいるんですか!」

「出席簿を忘れて戻ってきた。それよりも顧問の件だが、君たちが嫌でないのならば僕がやろう」

「先生がいいって言うのならば是非お願いしたいですけど……どうしてこんなあっさり……?」


「初めに、便利部が興味深かったからだな。これは天野の発案なのだろう。天草さんの仕事を学校の部活でもやろうというその気概が良い」


 俺が質問すると、先生は淀みなく答えた。


「次に……ここには前を向くべき生徒がいる。教師として、僕は君たちの道を照らさなければ。君たちは学生。学んで生きる子供。新たな試みへの自主性は最大限尊重しよう」


「最後に……これは僕の個人的な考えだが、楽しく生きることこそが、死者へのはなむけになると思うからね」

「……ありがとうございます。先生」


 よし…………少しでも先輩が楽しめる部活にしてやろう…………!


「それじゃあお願いします。俺らもいい部活にするため頑張ります」

「そうだね、楽しみだよ。とても」


 先生が優しく微笑む。


「まこ先あざます!」

「稲垣、まこ先はやめろ。せめて誠先生にしてくれ」


 陽樹と先生のいつも通りのやりとりに思わず笑う。


 そうだ。学校にいる間くらい、便利屋の不安は忘れよう。


 所長もその方がいいって言ってくれるはずだ。


 ……今は、守りきった日常を謳歌するんだ!

 




 学生が学校生活に精を出している一方、便利屋の所長室では天草がお茶をすすりながらスマホを耳に押し当てていた。


「――そうか。レイジ君の……なるほど。ああ、ありがとうね誠君」

『いえ、天草さんの頼みなので。天野君にもしもがあれば、僕がなんとかしましょう』


 便利屋事務所所長室、ここには所長の机の他に事務所の応接室とは別の応接スペースが存在する。

 机には事務所の応接室と違って所長のおやつ類が置かれていた。


「ああ、引き続き頼むよ……顧問に関しても本当に助かる。それじゃあ」


 ソファに座り、その菓子たちを対面にすっと勧めると、天草は電話を切った。


「すまないね……緊急かもしれないから、このところ電話にはすぐに出るようにしてるんだ」


 天草が見つめた先にはソファに座った青髪の女性。

 女性はティーカップを両手で持って傾ける。


 ほっと息を吐くとカップを机に置き天草のスマホをちらりと見た。


「別にいいですよー、天草先輩が自由人なのは昔からですし……まぁ、いくらなんでも過保護だとは思いますけど」

「放任主義かと思えばそれですし……そのレイジ君って近衛先輩の弟に頼む程の重要人物なんですか?」

「それとも……最近お好きな血の繋がらない子供への投資ですか?」


 つらつらと愚痴を並べ立てる彼女の名は金森みなせ。天草のリエンド時代の後輩であり……


「彼には前を向いてもらう必要がある。レイジ君の復讐を放置したのは悪手だったかもしれないが、彼自身の意思が重要なんだよ…………って、その話は今度にしないかい? 今日の用事は前にも言った通り、シャスティ君についてだ」


 シャスティの身分を隠して便利屋へ送り込んだ本人だ。


「……ナンノハナシデスカー?」

「とぼけ方が雑すぎるというか、もう嘘だったのがバレてるって知ってるよね!」

「あ、バレました? でも先輩、わたしが頼まれたら断れない性格なの分かってますよね? 文句はアルトに言ってください」

「いつも思ってたけど、その図太さで頼まれごとを断れないのはなんでなのかな?」


 さっと菓子に手を伸ばす金森に天草は笑うも、すぐに真剣な顔で机に肘をつく。


「……シャスティ君について話すつもりがないことは分かった。それでも今日来たのには理由がある……ということかな」

「例えば……リエンドからうちへの話……とかね」


 金森の耳が僅かに震える。

 金森は煎餅を全て平らげると、口の端に付いた欠片を指ですくいとった。


「まぁ、はい。そうです。木寺さんからやっと決定がおりたらしくて、アルトの野郎がわたしに伝達を丸投げしたんですよ」

「木寺さんか……懐かしいね。それで、内容は」

「えーっと実の所……リエンドも仲介みたいなもので……内容は本人から詳しく聞いて欲しいんですけど……」

「歯切れ悪いな。じゃあ一体便利屋はどこから依頼を受けるんだ」


 金森は口笛を吹きながら目を逸らすと、部屋の外を指した。


「その、来てます。ここに」

「…………はい?」


 天草が目を向けるより先に事務所の玄関口から豪快な音が鳴る。

 ドスドスと足音が部屋に近づき、遠くから聞こえていた豪快な音が今度はすぐ横から響いた。


「もう入ってきてしまったのでわたしから紹介しま――」

「結構! 名乗りは自分で行う!」


 まさに豪傑といった筋骨隆々な男が、橙色の前髪をかきあげる。


「オレはガルマ・ヴォートレイ。リエンドからは第三の界域者の名を頂戴しているが、どうぞ固くならずヨロシク頼む!」

「………………はは、よろしく」


 巨大な手と握手しながら、天草は乾いた笑みを浮かべた。

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