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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」
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68話 一度ついた傷は

「久我がマンイーター……」


 やっぱりといった感情ではある。

 ただ、結局マンイーターなら、なんであいつはあんなに人間生活に溶け込んでいたんだ……?理性的すぎないか?


「アニキ、マンイーターの話はここにいる人らは知ってるんっすよね? 言っといてなんですけど」

「ああ、だから基本じゃなくて、重要なことだけ話してくれ」


 所長がそう言うと、鬼崎は頭を掻きながら資料を広げる。


「そっすね。えー、つまり、久我は進化の魔石による人類の進化……その成功例であると言えるとの結論が出た」


 鬼崎が文字と睨みながら読み上げると、陽樹が勢いよく手を挙げ、誰も反応する前に言葉を発した。


「成功例? どういうことだ!?」


 気になるけどさ、なんで手挙げたんだよ。


 でも、なんか重かった空気が晴れた気がする。ナイス陽樹。


「……質問いいかしら。鬼崎さん、アルトさん」

「あ! 俺が質問中だぞ美玲!」


 今度は美玲がすっと手を挙げた。

 陽樹はばっと立ち上がり美玲に抗議するが、手で払われている。


「いいんじゃない? 多分その質問の答えが陽樹君への答えにもなるだろうし」

「それならいいや!」


 陽樹着席。


 アルトがニマニマと笑いながら背もたれに寄りかかると、鬼崎はどうぞどうぞといったように、アルトを手のひらで指した。


 アルトは椅子を揺らしながら俺たちを見渡す。


「んー、じゃあさ、なんで『進化の魔石』って名前なのかっていうのを考えてみてよ。それが答えなんだよね」


 なんで「進化の魔石」と呼ぶのか……?


「文字通り進化させるからじゃないのか……?」

「ピンポーン、レイジ君正解! プラス5ポイント!」

「なんのポイント?」


 無駄にうるさい拍手をするアルトに、シャスティがキレ気味に反応する。

 陽樹は頭を揺らして唸っているが、美玲は納得したように「もしかして」と呟いた。


「進化っていうものは、本来環境に適応した個体が生き残っていくことでだんだんと種の全体が変化していくことだけれど、それを強制させるのが進化の魔石ということかしら」


 美玲が推測すると、アルトは更に大袈裟に身振りする。


「ざっつらーい! 大正解だよぉ。ただ少し足りない! プラス5ポイント」

「大正解でも点数は変わらないのね」


 冷たく言い渡すと、美玲は考え込むように顎に手を置いて小さく呟き始めた。


 すると、静かに話を聞いていたシャスティが自身の手のひらを見つめてから、アルトを見た。


「……環境に適応する……つまり、久我は魔石の力で、自分に都合のいいように体が組み替わってたってこと?」

「そうだねぇ。例えば、『自身の秘密を隠すための圧倒的魔術の天才性』『自身の幸福な生活を邪魔するものにも耐えうる体』これらが必要になったら……」


 アルトが指を立てて説明する。

 それってつまり……


「宿主の求める環境に合わせて無理やり適応――進化させる魔石ってことか」

「んー、完璧! SSR正解! 100ポイント! レイジ君の勝ちだねぇ!」


 それなら、久我は進化の石さえ無ければ何もしなかったのか……?これまで人を殺してきたのか分からないが、もしかしたら、あいつも被害者なんじゃ――


 いや、そんな訳……ない。


「……何に勝ったんだよ俺は」

「これがリエンド側で持ってた情報だねぇ」


 うわ、こいつガン無視しやがった。


 場の空気がさらに和らぐ。なんというか、ちょっと会議というにはゆるすぎないか……


 ん?なんか鬼崎さんがピクって動いた……?


「…………おい、三鷹」

「どうしたのかなぁ? 士道君」


 空気がまた重くなった。

 鬼崎さんはどすんと椅子に座ったままなのに、俺たちとはまるで違う場所……高いところから見下ろしているみたいな威圧だ。


「進化の魔石の話、魔対に隠してたところがあったのか? 貰った資料にない話があるぞ?」


 サングラス越しに鬼崎さんの瞳が見えた。

 アルトを睨みつける黄金と赤に光が宿っていない。


「あれぇ、しっかり読んでるんだぁ? え、じゃあ分かっていながらボクに丸投げしたのぉ?」


 煽る。この人本当に……!


 ああ、胃が痛くなりそう。てかなってきた気がする。


「お前、いやお前たちリエンドってのは、どこまでもナメたマネしてくれるよな? なんだ所詮後処理、お掃除組織だってか?」

「やだなぁ、そんなこと言ってないよぉ。てか、それ自認してるの? いいんじゃなぁい? お掃除大切だし、ボクはルンバとか好きだよぉ?」

「……あ゙?」


 やめてくれそのガン飛ばし!とても警察には見えない!

 アルトはなんであんな目で見られて笑ってるんだよ!


「てめぇよぉ? アニキの後輩だって言うから許してやってるだけだって分かってんのか?」

「あは! 許す側なんだぁ? 許すのに指示は要らないのぉ?」


 ヒートアップする口論が室温を上げているみたいだ。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……」

「美玲ちゃんごめんねぇ、このルンバ犬がぁ」

「んだとゴラ」


 美玲が慌てて仲介しようとするも止まる素振りがない。

 陽樹があれどうすんだ!とでも言いそうな顔で俺を見る。


 いや、俺を見てもさ!


「はぁ……」


 ため息だ。こんな状況で誰がしたのか。

 一瞬背筋が凍るようだったが、すぐに気がついた。


 こんな状況を止められる人がいたじゃないか。


「……おふたりさん? どうしたんだい?」


 ため息の主の一瞥がアルトと鬼崎さんの体を銅像のように固めた。


「………………なんでもないっす。すいませんアニキ」

「………………はい、なんにも。ごめんなさい先輩」


 二人は先程までの圧力が嘘のように縮こまると、叱られた子犬のようにしゅんとなった。

 アルトも謝れるんだ……


「……え、うっそ、あんなになるの……! 私が何しても笑顔なのに……!」


 シャスティはそんなアルトを見てご満悦のようだ。


「……ハーブティーでも入れてこよう」


 グラムさんがそう言って部屋を出ていった。

 てか、これまで一切の気配がなかった……寡黙だとは思ってたけど、料理以外興味ないんかな。

 いや、単純に空気読むのが上手いんだな。


「……それにしてもよ。あのパン好きなお兄さんが殺人鬼だったなんて、何があるか分かんねぇよな」


 珍しくしんみりした様子の陽樹が言った。


「まあな……」


 思えば初めて会ったそのときから、おかしい感じはあった。

 でも、まさかあんな笑顔の下に、異常な幸福観があるなんて全く想像もつかなかった。


「人間なんて見た目通りだとかそうじゃないとかでまとめるにはバラッバラなんだから、あんまり気にしない方がいいんじゃない?」


 シャスティが言うと、美玲が口を押さえて笑った。


「え、なんで笑うの」

「いや、あなたは見た目通りじゃない典型すぎると思って」

「ん、なにー? 私お淑やかな王女そのままでしょー?」


 女子同士の仲良い会話……が始まりそうだ……!


 話題を会議に戻さないと!


「えーっと、それで、進化の魔石があったってことは、魔石案件と繋がる何かが新しく見つかったりしたんですか!」

「いや、さっぱり」


 アルトが手を上げ、とぼけたように言った。


「……即答ですか?」

「まぁねぇ……いやぁ、ここにいる人らは何かしら関係してるからぶっちゃけるとさぁ、進化の魔石の埋め込まれ方とかから見ても、ゼダに関係してるのは確かなんだけどぉ」

「どうしてもしっぽまでは掴めなかったんだよねぇ……」


 マンイーターに理性的な個体が生まれる可能性がある、ということ以上は分からなかったのか。


 おじいさんの正体も、分からずじまいか……。


 所長の方を見ると、所長は目を瞑って首を横に振った。

 どうやら本当に何も見つからなかったらしく、ため息をついている。


「だから……とりあえず久我とかゼダに関する話はここまでなんだよねぇ。それでこっからの話なんだけどぉ」


 アルトが急にいつも以上のうざったらしい笑顔になる。


「便利屋の今後について、話そっか――」





 日付は変わり、俺は何事も無かったかのように学校へと登校していた。

 しかし、やけに早く教室に着いてしまい、一人の教室で突っ伏している。


 あれだけの事があっても、登校する時は馴染んだ道に足が勝手に動くし、朝の教室の静けさは教室が独り占めにできたようで特別に感じる。


 少し早めな、いつも通りの朝だ。


「……あ、いねぇと思ったらやっぱ早めに来てたんか! 走ってきた甲斐があった!」


 教室のドアをがらりと勢いよく開き、これまたいつも通りの陽気な声が室内に響く。


「陽樹か、どうしたんだよ。お前いつもならランニング終わりくらいじゃねぇの?」

「今日は軽くだ。まぁ色々あったし、ちょっと考えることもあったしな」


 陽樹が鞄を投げ捨て、机に飛び乗る。

 色々考えること、と言えばいくつも思い浮かぶが、少し予想外だったあの件のことだろう。


「便利屋にお咎めなしってのは良かったけど……まさかあんな事になるなんてな……」

「ああ! 正直ワクワクしてるけど、やっぱ重大っぽいしな!」


 陽樹が水筒を傾けながら何かに気づいたように教室の扉の外を見つめた。


 俺もつられて見つめると、何やらタッタッと軽快な音が聞こえてくる。


 その影は扉の前で立ち止まると、少しの隙間を開けた。


 ひょっこりと顔を覗かせたのは銀髪の便利屋メンバーだった。


「あれ、なんでもういるの?」

「いや、シャスティも」

「今日はみんな早いなー!」


 シャスティは静かに扉を開閉すると、俺の隣の机に鞄を置き、椅子に座った。


「ここ誰だっけ……あ、ゆらか。ならいいや。で、なんの話?」

「便利屋の未来の話」

「あー……」


 シャスティは納得したようで、体を仰け反って息を吐いた。


「あれね、リエンドからの依頼ね。」

「そうそう……って言ってもなぁ……」

「内容がまだ分かんねぇもんな!」


 そう、便利屋の今後について切り出したアルトから提示された内容は、便利屋の処罰などの一切を無くす代わりにリエンドからの依頼を受けてもらうとのことだった。


 アルトは「あーでもぉ、まだその内容は話す許可が降りてないっていうかぁ、いやね? 条件提示するにはあまりに不平等とは言ったんだよぉ?」

 などと言って内容を話さなかった。


「明らかめんどくさいじゃん……まぁ、私は文句言えないけど……」

「それは俺もだよ……」

「まぁまぁ! なんとかなる! 多分な!」


 根拠のない自信的中率九割担当がそう言うんだ。多分なんとかなる。

 そう思いたい。


「にしても、一応でっかい事件は解決したんだし、みんなで遊び行きたくない?」

「おー! いいな!」


 シャスティの提案に陽樹がノリノリで両人差し指を指す。

 確かに、夏休みもこれといってイベント無かったしな。


 祭りとか、行けたら良かったんだけど。


 シャスティはスマホを取りだしてレジャースポットを検索し始めた。仕事早。


「そうそう、夏祭りくらいしか行ってないし!」

「………………え?」


 夏祭り…………?


「……? どうしたのレイジ」

「あ、いや、なんでもない」

「…………まぁ、とにかくゆらが治ってからだな! 俺的にはボウリングがしてぇ!」


 陽樹が机から飛び降り、教室の後ろでボウリングの動作を行う。


 やけに綺麗なフォームだな。滑らかで無駄がない……!


「え、もしかして……プロ?」

「まぁな、こう見えて昔はプロボウラーを目指して……」

「嘘でしょ。この前はサッカー選手を志してたって言ってたし」


 他愛の無い会話が続く教室。

 少しだけ、いつもと違うにおいがした気がした。

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