67話 清算
午後3時より少し前。ホワイトボードにマーカーが目立つ、長机が並べられた一部屋。この便利屋事務所の会議室として扱われるこの部屋は、会議室と言うにはあまりにもポップな内装をしていた。
壁のいたるところに貼られたポスターの種類はバラバラ、緊急会議と書かれたホワイトボードとの差で風邪をひきそうだ。
俺が部屋のドアを開けると、何か準備をしていた様子の美玲が一人長袖をまくり、腰に手を当てていた。
美玲はドアの音に振り向き俺の顔を見ると、いつもと変わらない顔で軽く微笑んだ。
「来たわね」
「……なんかの準備か。手伝いは?」
「いらないわ。それより、早く来たなら少し二人で話さない?」
美玲は椅子に座るとまとめていたお団子をほどき、まとめなおし始めた。
俺も何個か離れた椅子に座る。椅子の足が床に擦れてぎーぎーと音を鳴らした。
……何を話せばいいんだ。
どうしても机を見続けてしまう。
「みんなで話をする前に少し話しておきたかったの。ほら、時間も合わなかったでしょう」
「……ああ」
「個人的な話だから、会議の時にするのもおかしいし、引きずり続けるわけにもいかないでしょう? だから、どうしても聞いておきたいことがあって」
「……早く聞きたかったのもあるけれど」
美玲が机をかたかたと指で鳴らす音が聞こえる。
やっぱり、怒っているんだろう。
だが、なかなか声が聞こえてこない。
静かな時間が過ぎ、体から熱が奪われたようだった。
空気に耐えられなくなり、俺は髪の隙間から美玲の顔を覗いた。
「……」
普段からは想像もつかない。滅多に見ない顔だった。
眉が下がり、ただただ弱弱しい。
俺は顔を上げていた。下げていてはダメだった。
「……レイジ。じゃあ、一つ。たった一つだけ聞きたいの」
「……なにを聞きたいんだ」
俺が答えると、美玲は右手で左腕を握りしめていた。
ぎゅっと、痛いくらいに。
「あなたは、便利屋をどう思っているの?」
「どうって……」
美玲は怯えるような目をしていた。
「……もしかして私たちは頼りなかったのかしら」
「な……そんなこと……」
「背中を預けるには実力が足りなかったのかしら」
「信頼するには時間が足りなかったのかしら」
美玲は次から次へと、止まることがなかった。
「事件の捜査を表立って出来ないと言われたからかしら」
「私たちにはあなたや内田先輩の抱えるような過去がないからかしら」
「ゆらを頼ったのは彼女が強いからかしら」
「――私を頼ってくれなかったのは、私が弱いから……? 前に病院で言ってくれたことは嘘だったの?」
「弱いから心配になったの?」
細く小さな声が頭に反響した。
美玲の言葉ひとつひとつが鋭利な刃物のように心に突き刺さった。
『美玲が強いのは見たらなんとなく分かった、けど、やっぱり心配だったんだよ』
ラーメン屋のマンイーターに襲われた後、俺が病院で言った言葉だ。
この言葉に嘘はない。少なくとも、その当時はそうだったはずだ。
でも、今回の俺はどうだ。
素直に話して信用されるかなんて、言い訳だったんじゃないか。
心の底では俺は特別で、みんなは違うと線を引いていたんじゃないのか。
理解できないものは遠ざけられるとでも思っていたんじゃないか。
素性の知れない俺を拾ったのは紛れもない便利屋なのに。
「美玲も、みんなも弱いなんて思ってない。俺はみんなに心配をかけたくなかった。けど、もしかしたらどこかに信じきれない部分もあったのかもしれない」
俺の気持ちなんて、俺自身全部わかるわけじゃないし、うまく取り繕うような器用さなんて持っていない。
だからこそ、嘘偽りない本心を伝えたい。そう思った時、自然と前を向いていた。
「でも、それでも、俺は便利屋が大切だから、こうしたんだ」
「全部、俺の身勝手のせいだ。ごめん」
美玲はまぶたをゆっくりと閉じ、両手をだらんとおろした。
そして頭を振ると、椅子から立ち上がった。
「そう。そうね。前と同じね。信用していても不安は消えないし、誰も彼もが完璧に自分の思いに沿った行動ができるわけではないもの」
「聞きたかったことは聞けたわ。覚悟、しっかり持ってたみたいでよかった」
そう言って小さく息を吐くと、美玲はいつも通りの気丈な振る舞いへと戻った。
……どこが弱いんだか。
「これで覚悟が必要なことは終わりか?」
「私からは、ね。そろそろみんなも来るでしょうし…………よし、このぷろじぇくたーを準備しないと」
美玲は袖をまくり直すと、険しい表情で機械と対峙した。
「手伝うよ。まだまだ機械には弱いだろ」
「……そんなことないわ。パソコンだってかなりできるようになったし」
ありえない量のケーブルと睨めっこをする美玲を見て、俺も椅子から立ち上がった。
まさか、事務所の片っ端から持ってきたんじゃないだろうな。
◆
美玲の手腕はそれは見事で、ケーブルをひっちゃかめっちゃかに絡み合わせる奇跡の御業だった。
俺がなんとかして全てを整えた時、すでに今回の事件に関わった便利屋のメンバーが揃っていた。
病院組はさすがにいないが、俺、美玲、陽樹、シャスティ、所長、グラムさんがそれぞれ椅子に座っている。
グラムさんの入れたコーヒーなどが各々の目の前に置かれる。
だが、一つカップが多い。
「終わったか! いやぁ、途中からケーブルが蛇みたいだったな!」
「ね。レイジってば、蛇使いになれるんじゃない?」
こいつら手伝いもしねぇで……!誰が蛇使いだこの野郎!
「準備が終わったようでなによりだ」
所長もニコニコしながら肘をついて観察していた。
そして俺がなんとか整えたプロジェクターを見ると、所長はスマホを手に取り画面を確認した。
「うん。あっちももう着くみたいだ」
「あっちって、アルトさんとかですか? それとも――」
その瞬間会議室のドアが爆音を鳴らしながら開かれた。
勢いのままに開いたドアが壁にガンとぶつかった。
どこか緩やかだった空気が一気にひりついた。
そして部屋の入口に立っていたのは二人の男だった。
「……もう少し静かに開けられないのかい? 鬼崎君」
「あー、さーせんアニキ」
一人は革ジャケットにサングラスをかけた男。鬼崎だ。
もう一人は……
「はぁーい。みんなも分かってたんじゃなぁい?」
「……お前は仕事じゃなかったのか、アルト」
「え、なんか嫌そうな顔してますね先輩。ボクに聞きたいことたくさんあるくせにぃ」
金髪ゆるふわ特務班。三鷹アルトだった。
アルトはわざとらしく頬に指を当てながら入ってくると、まるで自分の部屋のようにだらけて椅子に腰かけた。
そして鬼崎のコーヒーを奪い取って一気に飲み干した。
……シャスティと美玲が舌打ちした。
鬼崎も椅子を広めに引くと、どんと構えるように座った。
いや、そんなことよりも鬼崎……警察が来たんだ。
簡単な話で終わることはおそらく、いや絶対にない。美玲に言われた通り覚悟を決める必要があるだろう。
俺は強く手を握ると、シャスティを見た。
俺と同じことを考えていたようで、体がこわばっているみたいだ。
「じゃあ、揃ったみたいだし、今回の連続殺人事件に関する報告とそれに伴う便利屋の今後の活動についての会議を始めよう」
所長がきりっとした目つきで宣言すると、その場の全員が背筋を正した。
「鬼崎君」
「おーっす。えー、まずはー、そうだな。天野レイジとシャスティ・ルディアス」
鬼崎が右手の人差し指と中指で俺とシャスティを指す。
その瞬間息苦しくなった。
俺たちはいったいどうなるんだ。
「前にも言った通り、お前らは大丈夫だ。久我為幸殺害に関して、お前らが裁かれることはない」
「……え」
「な、なんで? 私たち、ひ、人を……!」
シャスティが机に乗り出すと、鬼崎は両手を上げて舌を出した。
「俺に聞くなー。所詮俺ら魔対は後始末、掃除専門な訳。上様の決定に異を唱えたりなんかしたら首ポーンだっつーの」
上っていうのは警察が?
シャスティが身を乗り出したまま固まっていると、アルトが手を挙げた。
「はぁい。そこはボクも詳しく言えないけどぉ、うちが噛んでるってことでーす」
……!そうだ。便利屋が内田先輩の捜査に乗り出せなかったのもリエンドのせいだった。
「だから、これ以上の詮索はしないでねぇ。大体なんでかはわかるだろうけど」
「まぁそれに繋がる話はこの鬼崎くんの話が終わってから、ということでねぇ」
アルトはそう言ってニマニマとシャスティを見つめた。
シャスティはゆっくりと椅子に座ると、下を向いてしまった。
俺たちは人を殺した。それなりの覚悟を持ってしたことだ。
罰を受けるつもりでいた。むしろ罰を受けないとおかしくなるとまで思っていた。
そんな複雑な感情を見抜いて観察されているようだった。
――気持ち悪い。
俺とシャスティが何も言えず黙っていると、所長が厳しい顔つきで口を開いた。
「鬼崎君の言った通り、レイジ君とシャスティ君に今回社会的罰則はない。だから、便利屋として私から罰を与える」
「罰、ですか」
言葉をそのまま返すと所長が首を縦に振った。
「内容はやむを得ない場合を除いてしばらくの魔法使用禁止だ。勉学含めて積極的に魔術に取り組むこと」
「それって、罰なんですか……?」
「そうだよ所長!」
正直、罰というには軽い気がする。
それに、見方を変えればこれは俺に王核の魔法を使うなって言っているみたいだ。
「納得できなくても理解すること。ごめんね鬼崎君、続きどうぞ」
「……もういいんすか? じゃあ遠慮なく次の話。久我為幸の遺体を解剖した結果、心臓に進化の魔石が確認された」
「つまり、マンイーターであることが確定した」
胸がざわつく中、予想が当たっていたことを知る。
歪んだ空気がさらにひずみ、重くのしかかった。
それはアルトの言った通り、ゼダが関わる案件に俺たちは巻き込まれていたことの証拠だった。
乱高下する感情の置き場が見当たらない中、鬼崎は語り続けたのだった。




