66話 少しずつ
「とっておきってなんだったんだ?」
「お前は俺の魔法を止めたが、それは代償があるからって言ったよな」
「大いなる力に代償があるなら、あの状態の久我を作り出したお前の魔法もそうなんじゃないのか?」
どこまでもいつも通りを貫こうとする月城に対して、俺は直接問いただしていた。
「……なるほどー。確かにそれはあり得るなー。そうだなー、うーん……」
月城は笑顔を絶やさずに言い淀むと、窓の外を見つめた。
やがて決心したかのように息をつくと、俺の目を見た。
「代償はある。けど、言いたくない」
「なんでだ?」
「そうだよ。なんで? 私、みんなに背負わせちゃったものを知りたい」
シャスティも月城の手を握りしめ、必死に訴えかけた。
「うちは別にいい」
「私は教師として月城さんの身に起こったことを知りたいわ」
紫と先生の言葉にも、月城は笑顔のままで何も答えない。
「そうは言ってもねー、アタシのはみんなほど重くないから」
「嘘つけ。あんな魔法が楽に使えるわけない」
「まーまー、そこはアタシの技量が勝ったってことでさ」
月城は意地でも話すつもりがないのか、あれがどういった魔法なのかも語ろうとはしなかった。
「分かった。じゃあ美玲にでも聞いてみ――」
こいつ本人からは何も聞けないだろう。
そう考え、病室から出ようとした時だった。
俺はベッドから飛び出してきた月城に思いっきり手をつかまれていた。
「それはだめ!」
思わず俺は手を振り払ってしまい、月城が倒れそうになる。ギリギリで手を掴みなおし、ゆっくりと座らせると、月城は顔をそらした。
出会ってから、ここまで焦る月城は見たことがない。一体なんでこんなに……
「……レイちゃんに、シャスたん。紫ちゃんに来夜先生。魔法も代償についても話すから、お願い」
「みれにだけは、話さないで……」
初めて見る月城の弱った姿が、やけに痛々しく見えた。
「なぜ美玲に話したらだめなんだ」
月城は目を伏せながら体育座りになった。
「心配、させたくない」
そういうことか。たしかに、コイツ美玲に抱き着いたりしてるし、幼馴染らしいし。
心配させたくないっていうのは分かる。
「分かった。美玲には話さない。契約したっていい」
俺がそう言うと、月城が顔を上げた。
そこには親に秘密を隠す小さな子供のような、恐れを抱いた月城がいた。
「ありがとう。でも、契約はそう安く請け負っちゃだめだよ。アタシはみんなを信じるから大丈夫」
月城はゆっくりとベッドに座ると魔法を使った時のように真剣な、それでいて前と違って温かい目をした。
「アタシの魔法は、普通の魔法じゃない。世界そのものに干渉する。狂気と正気の反転。それがあの時の魔法」
「よーするに、あの男が自分の人生で当然の行為だと思ってたことを、アタシたちの普通とすり替えたってこと。聞く限り少し思ってた反応とは違ったけど上手くいってよかった」
明らかに異質な魔法だ。もしかして王核とかそういう……
「概念干渉魔法じゃない! そんなものどこで!」
「せんせー落ち着いてよ。入手までの過程なんて、今はいいでしょ」
口を押え驚いた様子の先生に月城はそう言うと、重たい口をゆっくりと開く。
概念干渉魔法と先生が言っていた。そんなものがあるのか。っていうかそれを先生が知ってるってことは王核は無関係なのか?
どっちにしろ、強力な魔法だ。どんな代償があるんだ。
月城は目元に触れながら、ベッド横に置いたメガネをかけるフリをした。
「代償は視力、魔力の認識能力の永久低下。簡単に言えば目は視力が元の半分になって、目に見える魔力も前より薄くぼやけて見えるってこと」
月城が語った代償は決して軽いなんてものではなかった。
じゃあ、俺の代償はいったいなんなんだ。その疑問が一層強くなっていった。
◆
月城から話を聞いた俺たちは、程なくして病院の階段を降りていた。
「このあと15時かー」
「そうだった。俺、覚悟決めなきゃいけないんだった」
「覚悟ねぇ、私も怒られるかな」
少しぎこちない空気の中、一階まで降りると病院の白い廊下を歩いていると、廊下の角から見慣れた医師が見えた。
「あ、布瀬先生。こんにちは」
「おや、レイジ君か。こんにちは。今日はお見舞いする側なんだね」
「あはは。ま、まぁそうですね」
灰色の頭にくたびれた目をした中年の医師。彼の名前は布瀬正嗣。
俺が入院した際も担当した医師で、所長の知り合いらしい。
「そちらはルディアス君ですね。こんにちは」
「こんにちは」
「二人とも元気そうでなにより……っておっと、そうだそうだ」
布瀬先生はシャスティに軽く微笑みかけると、思い出したかのようになにやら手紙を取りだし、俺に渡した。
「これは?」
「これはさっき君宛に何故か病院に届いたんだ。三鷹君からね」
「アルトさんから?」
「そうそう、なんで病院に届いたのか分からないけど、勝己君の後輩だし疑問には思わなかったよ。それじゃあ僕はこれで」
そう言って布瀬先生は去っていった。てか、先生がアルトに対して疑問に思わなかったことに俺も納得してしまった。
それにしてもなんなんだろう?
「うっわ、アルトから? どうせろくでもないこと書いてあるって」
「お前も大概だな。俺は今回あの人に世話になったし、胡散臭いこと以外はやっぱすごいって」
「えー……」
名前を聞くだけで嫌そうにするシャスティと共に手紙の表面を見ると、そこには「親愛なるレイジ君へ」と書いてある。
「今読んでいいかな」
「んー、まぁいいんじゃない」
シャスティからの許可もおりたので手紙を開いた。
紙には短い文章が書いてあり、広すぎる余白が余計にその内容を強調していた。
『久我で終わりじゃない。裏に白黒頭がいるよ。あ、所長にも伝えといたから安心してね』
久我は終わりじゃない。白黒頭がいる……ゼダのことだ。
「シャスティ」
「ん?」
俺がシャスティに手紙を見せると、シャスティは目を見開き、手紙にくしゃりとシワをつけた。
「……なるほどね」
「とにかく、俺たちはまだ安心しきれないってことなのか」
「……うん」
ゼダ・カルプス。あの異常者が裏で糸を引いていた。久我の言っていたおじいさんの正体は分からないが、ゼダが関わっていると分かっただけで前進している。
「なんだか事件の規模がどんどん広くなってる気がするな」
このままいけば、日常に戻れなくなるのではないか。そんな杞憂が頭をよぎった。
◇
時はレイジたちが事務所を掃除している最中に遡る。
トントンと病室のドアがノックされてからゆっくりと開いた。
「ゆら、来たわ。紫と先生も」
「あー! みれ!」
美玲は病室にお見舞いに来ていた。林檎を机に置き、月城のベッドの横の椅子に座ると、手早く林檎をカットしながらベッドに眠る三人を順に見つめた。
「布瀬先生が同じ病室にしてくれたのね。気が利くわ」
「うん。うちが起きた時に『一応みんな一緒にしといたよ』って言ってた」
「それで私たち同じ病室だったのね」
紫が美玲の切った林檎を食べながら言うと、来夜先生が知らなかったと驚いている。
月城はその横で美玲をじっと見つめていた。
「……良かった。元気っぽくて」
「なにかしら」
「なんでもなーい」
月城はそう言うとベッドから立ち上がり、皿の上から美玲の切った林檎を取ろうとした。
「あたしもフルーツいただきーってうわっと!」
「……! ゆら!」
その瞬間月城がフラつき、転びそうになった。
まるで距離を測り間違えたようだ。
「おっとー!あっぶなー」
月城は机の角にぶつかりそうになるのを直前で回避すると、手で汗を拭うような仕草をした。
「……ゆら、また目が悪くなったの?」
美玲は飛び出して受け止めようとした腕を引っ込めると、ゆらに近づき目を見つめた。
「あー、バレた?いやー、スマホ見すぎちゃってー」
「全く、ちゃんと目を休めなさいっていったでしょう。マッサージしましょうか」
「え、するするー!」
「退院してからね」
美玲はゆっくりと月城をベッドに返し、林檎を渡す。
「うん! いやー楽しみー! みれの人力ホットアイマスク的なー!」
「あと、あなたも退院してから説教があるわ」
「えー!」
美玲は淡々と言い放ったと思えば、月城のオーバーリアクションに笑った。紫も先生もその様子を微笑ましく見守っていたのだった。




