65話 代償
陽樹と本気で喧嘩して散らかった事務所。
俺も陽樹も寝転がっていると、部屋のドアがきしむ音がした。
「はぁー疲れた。あれは所長が何とかしてくれるし、私は……って」
「なんでこんなに荒れ放題に!? 誰が!?」
この声は……
「美玲か」
慌ただしく事務所を見渡していたのは美玲だった。
そして俺の声に気が付くと、俺たちの寝転がる姿を見た。
「あ……」
美玲は何かを言おうとしたみたいだったが、口を結ぶと、深く息を吸った。
「それで、あなたたち、こんなにも事務所をぐちゃぐちゃにして、なにか申し開きはあるのかしら?」
「「ないです」」
腕を組み、どこか鬼のようにも見える美玲の圧に、俺も陽樹も、何の言い訳もできなかった。
「そう、とにかく今日はいいから、明日朝いちばんにでも片づけなさい。それと、レイジ」
美玲は顔を背けた。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「あと、明日覚悟しておくように」
「え」
そういって美玲は事務所のノートパソコンを持って部屋から出て行ってしまった。
◆
朝になって、日の光がカーテンから差し込む。そのまぶしさに俺が起き上がると、ちょうど陽樹も起きたようで、眠そうに眼をこすっているところだった。
「おはよう」
「おはようレイジ……とっとと片付けちまおうぜ……」
あくびをする陽樹を見ながら、カーテンを大きく開く。
久しぶりにゆっくり寝た気もするが、日にちとしては、あの日からそう時間は経っていないんだよな。
ふと、いやな感触がフラッシュバックした。その気持ち悪さを抑え込みながら、俺は陽樹に振り向いた。
「ああ。美玲に怒られるからな」
俺と陽樹はさっさと着替えると、部屋を後にした。
事務所へ向かうと、荒れ狂った状態の事務所がそのままだった。事務員さんは今日はいないのかって、こんな荒れ放題だから別の場所にいるのかもしれない。
「あら、ちゃんと起きてきたのね。おはよう」
昨日聞いた声が比較的荒れていない応接用のテーブルから聞こえた。
「おはよう美玲。まぁ、これを片付けないとだからな……」
「お、美玲! 俺も片付けのために起きてきたぜ!」
陽樹も大きな声で美玲に話しかけると、美玲はコーヒー片手にノートパソコンに何かを打ち込んでいた。
「あの、覚悟っていったいどんなものをしておけばいいんでしょうか」
「自分で考えなさい。ああ、あと、しばらく便利屋は休業だから片付けを焦らなくてもいいわ。ゆったりやっていいという意味ではないけれど」
「は? 休業?」
事務員さんがいないのはそのせいだったのか。
「ええ、そんなに長い期間にはならないはずだけれどね。少し厄介なことになったの」
美玲はコーヒーをすすると、俺と陽樹をちらりと見た。
「いいから片付けなさい。私は手伝わないわよ」
美玲の一声により始まった片付けは四時間ほどかかった。散らかった書類が一番面倒だった。
◆
片付けが終わった後、特にやることがなかった俺は、月城、紫、先生の様子を見に行くことにした。
シャスティも一緒に行かないかと部屋を訪ねると、すでに準備を終えたらしいシャスティがすぐに出てきた。
「病院でしょ? 行く」
「お前もそのつもりだったのか」
「当たり前でしょ」
シャスティはそう言って俺の前を歩きだした。
あまり深くは問い詰めなかったが、すこし疲れていたように見えた。
「そういえば、美玲が15時くらいには事務所にいてって言ってたけど聞いた?」
三人がいる病院までの道すがら、電車に揺られながらシャスティが質問してきた。
「ああ、言われたよ」
というのも、今朝の片付けの最中、美玲に今日の午後は事務所集合だとくぎを刺されたのだ。
その後美玲は事務所を出て行ったが、その際もう一度言われた。守らなかった場合何が起こるか分かったもんじゃない。
……てか十中八九、それが覚悟しとけってことだよな。
「胃が痛い」
「大丈夫? ついでに薬もらっとく?」
「いや、いいよ……」
「あっそ」
シャスティは窓の向こうを見ていた。なんとなく気になって俺は気づくとその顔を注意深く見ていた。
普段より目元が特に整っているようで、近くで見るとやはり違和感を感じた。
まぶたがなんだかいつもより白い。
まるで赤みを隠すかのように白い気が……いや、女の子の顔をまじまじと見つめるもんじゃないな。
「……ねぇ、レイジ」
「ん?」
俺からの視線に気づいたのかと思ったが、どうやら違うらしいことはその真剣な目を見ればすぐに分かった。
「レイジは、後悔してない?」
なんのことか、なんて聞き返すほど俺は馬鹿じゃない。
「……してないよ。そっちは」
俺が答えると、シャスティは目を瞑り、座席に深く寄り掛かった。
「後悔はないよ。言ったでしょ。『悪を許せないのに変わりはない』って」
「私はゼダのための予行練習に利用した共犯者。私たちがどうなるのか分からないけど、覚悟ならあるから心配しないで」
「……」
久我の死体は回収されたし、鬼崎とかいう警察の人はひとまず大丈夫とも言っていた。
しかし、ひとまずと言っていたこともある。俺たちは、普通の学生でいられるのかと聞かれたら、正直分からないんだ。
「あー、何で聞いたかったかって言うと、後ろばっか見てないかって確認したかったってだけ」
「後悔してないなら、いい」
そう言ってシャスティはまた、窓の外を見た。
俺はその横顔を見て、ありがとうと声に出さずに言った。
◆
「わーレイちゃん! アタシのお見舞い来てくれたのー?」
「お前単体のためじゃない」
「えー! 薄情者ー!」
病室につくと、予想よりもはるかに元気な様子の月城がいた。
手を振り上げて暴れだしそうな月城をシャスティが静止するのを横目に、同じ病室にいた二人の病人を見た。
「紫も、先生も大丈夫そうでよかった」
「うん。うちは大丈夫、先生の方が危なかった」
紫はなんてことないと言うが、右目には眼帯を巻いていた。強がりだろう。
「私も平気よ。少し代償で血を持っていかれただけ」
そんなことを言っているが、先生の顔は青白く、とても大丈夫そうには見えなかった。
「代償って、そういえば、先生が使っていたのって」
あの魔術はおそらく……
「――ええ、古代魔術よ」
先生はゆっくりと噛みしめるようにつぶやいた。
「綾崎さんや天野君と話したときのあの金髪の人の力を借りてなんとか最低限形にできたの」
美玲とアルトがやったのか。
「……私は贖罪しきったわけじゃない。退院したら、警察に出頭するわ」
「生きて、罪を償う」
「……そうですか」
先生自身も気づいていることだが、古代魔術のリークという手段をとるに至った先生の行動は、追い詰められていたとはいえとても冷静じゃない。
それでも、先輩のためだった。
「それに関して、俺からあなたに言うことはないです」
「でも、あの時戦いに来てくれてありがとうございました」
「……ええ」
俺と先生の話が終わると、ベッドに寝転んだ月城が文句を言いながら口を尖らせている。
そんな様子の月城に、俺は話しかけた。
「月城、聞きたいことがあるんだ」
「ん! なーにー?」
両手で来いとジェスチャーをする月城。
先生や俺自身ともつながる疑問、俺はそれを口にした。
「とっておきってなんだったんだ?」
「お前は俺の魔法を止めたが、それは代償があるからって言ったよな」
俺の魔法の代償に関しては、まだ俺自身よく分かっていない。だが、今回の戦闘において、力に代償が伴っていた先生の例もある。
「大いなる力に代償があるなら、あの状態の久我を作り出したお前の魔法もそうなんじゃないのか?」
俺は「いつも通り」すぎる月城に向かって、そう言った。




