64話 越えた先で
夜の河川敷。弱々しい風が吹いて肌寒いのも、今の俺にはほとんど感じられない。
座り込んだ俺とシャスティの目の前にはかつて人間だった肉塊が転がっている。
――耳鳴りがする。手が震えている。肉を貫く感触が忘れられない。
断頭台に無理やり表に引きずり出されるような、体の重み。
冷えた体が、まるで俺自身も死体になったかのように思わせ、生きているのか死んでいるのか、曖昧になる。
周囲に散乱したパンの袋やスーツがこちらを見ているようだ。
重く冷たい感覚に完全に沈む前に、遠くから足音が聞こえた。
「――みんな!」
聞き覚えのある元気いっぱいの声に、俺は現実へと引き戻される。
シャスティも、はっとしたように、声に振り向いた。
そこには息を切らした陽樹がいた。
二人で久我を刺し殺してから、ナイフから手を放して固まっていたらしい。
時間にしてどれ位かは分からない。でも、無限に感じた。
後悔はない。復讐は果たした。その実感はあまり湧かなかった。
「……大丈夫だ。この辺は人払いが済んでる。ゆっくりしてろよ!」
「グラムさん! けが人なんとかしよう!」
陽樹は久我の死体を見た。でも、そこには触れずに俺とシャスティの背中を軽くたたくと、一緒にいたグラムさんと一緒に月城たちのほうへと駆け寄った。
「ああ、待ってろ陽樹。綾崎にも連絡をいれる」
グラムさんは静かにそう言うと、俺とシャスティの目の前にしゃがみ、何か個包装されたものを手に握らせた。
「俺特性の栄養満点バーだ。食え」
「あ……」
ありがとう。そう返すこともできず、グラムさんが去っていく。
「――ふう」
手元のバーを見ていると、シャスティが深く息を吐いた。
「思ったより、きついね」
ぽつりと呟く銀色の髪越しには、小さく開いた口しか見えなかった。
「……そう、だな」
俺はただ、頷いた。
「あー、なるほど、そうなっちまったか」
また新しい声だ。今度は知らない声。しかも、陽樹は人払いを済ませたと言っていた。じゃあ一体……
「これ、お前らがやったんだよな?」
気づけば久我の死体のそばに人がいた。いつ近づいたのか分からない。
黒い髪に黒いサングラスをかけた革ジャケットの男だ。
サングラスの隙間から黄金の右目と赤い左目が俺たちを見定める。
「あー、そうだ。オレは鬼崎。まぁ、勝己のアニキの知り合いのケーサツ」
警察……魔道対策課か。
「ほんで、お前らがこいつ、殺ったんだよな?」
淡々と、感情なんかどうでもいいというように、ただ事実を求めているようだ。
「はい」
口に出すことへのためらいはなかった。
シャスティも続いて小さく返事をすると、鬼崎はその場にしゃがみ、ふーんと鼻を鳴らし電話をかけはじめた。
「おっけー。安心しなよ。お前らはひとまず大丈夫だ。『あー、キセ? 処理頼むわ。おう、柊にでも手伝ってもらえ。あ? 文句言うな。早くやれよ。じゃあな』」
「ともかく話は後日ってことで、死体はこっちで預かるわ……おいしょー」
鬼崎は有無を言わせずに、久我の死体を大きなバックパックに詰めて回収すると、そのまま立ち去って行った。
◆
あの後、俺たちは全員便利屋の事務所へと帰った。美玲や所長はやることがあるらしく、姿はなかった。
月城、来夜先生、紫はグラムさんによって病院へと連れていかれた。シャスティもその付き添いだ。
みんな命に別状はないらしい。
聞けば紫は、病院にいたところから抜け出したらしい。褒められたことじゃないかもしれないが、危険を冒してまで俺を鼓舞してくれた。
それは嬉しかった。
対して陽樹と俺は事務所でそれぞれ椅子に座っていた。
「レイジ」
会話のなかった空間、それを破ったのは陽樹だった。
「お前、内田先輩の事件を追ってたのか」
「……ああ」
「そっか、あの日からずっとか」
内田先輩と出会ってすぐ、朝のニュースでその死を知った。
そのニュースを見せたのは陽樹だった。
「変なのは分かってたけどさ、お前絶対相談しないし」
「まさか、ああなってるとは思わなかったけどな」
「……ごめん」
陽樹がいつもと違う。でも、そこを突っ込むような状況でも立場でもない。全部俺が悪いから。
「話はかつきと美玲が全部終わらせてからでいいけどさ、ひとついいか」
陽樹はおもむろに立ち上がり、パイプ椅子に座った俺の前に立ち、俺の胸ぐらを掴んだ。
「もう少し、俺らを信用してもいいんじゃねぇかな……!」
「なんでそうなったのかとか、そこに難しいことがあんのは分かるけどよ! 俺らはダチだろ!」
「俺は、俺は! 辛いことがあったら! 一緒に背負ってやれるくらいの力はあるぞ!」
全力の言葉。俺はこんなに熱い友人を持っていたんだ。それなのに、中途半端にいろんな人を巻き込んだのに、大事な友人には隠し事を続けていた。
でも……!
「――ッ! そんなの、わかってたよ! でも、俺なんかのせいで危ない目にあってほしいわけねぇだろ!」
ただの逆ギレだ。わかっても、抑えきれない。俺は気づけば陽樹の胸ぐらを掴み返してた。
「俺みたいなやつを受け入れてくれたのに、そのせいで不幸になったらどうする!? 俺のおかしなところが、過去が関わってるだろうに!?」
「そんなの耐えられるわけねぇだろうが!」
――その後は酷いものだった。互いにキレて軽く殴りあって、事務所が荒れた。
でも、互いに疲れていたせいか長くは続かなかった。
「――認めろよ! 俺らに相談してくれりゃもっと上手くやれたってよ!」
「そんなの分かんねぇよ! もっと危ない目にあってたかもしれねぇだろ!」
書類やらなんやらが散らかった部屋の中で、俺も陽樹も仰向けになっていた。
息が荒く、アザも出来ているだろう。
「……なあ、レイジ」
「……なんだよ、陽樹」
沈黙が流れ、俺たちは同時に口を開いた。
「「ごめん」」
「……は? なんでお前が謝るんだよ」
「陽樹こそ、完全に俺の逆ギレだろ」
本気で言い合って、考えた。
久我と戦ってる時に気づいてた。仲間という力が何よりも強いってこと。俺はそれを遠ざけてしまったこと。
そんな、薄情者の俺のためにここまで怒ってくれる友達はそういない。
「お前とのガチの喧嘩なんて初めてだけど、ちょっと嬉しかったんだよ」
陽樹は天井を見ながら言った。
「お前ってどこか壁を作って深くは踏み込まない感じがしてたからさ、あ、もちろん友達として本当に接してくれてんのは分かるぜ?」
「でも、どこか他人事にも近いみてぇな。そんな感じだったんだよ」
「だから、本気で言い合えたって思うと嬉しかった。でも先に掴んだのは俺だったからごめんってことだ」
陽樹はいつもみたいに陽気に笑った。
「……なんだよ、それ」
だめだ。胸が熱い。目もぼやける。
「俺の方こそ悪かったよ。陽樹を、便利屋をもっと頼るべきだった」
「だから、ごめん。それと、こんな俺の友達でいてくれて、ありがとう」
「ははっ! おうよ!」
陽樹が拳を突き出す。
俺もそれに合わせる。
心のつかえが少しなくなった。そんな気がした。




