表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事故物件 - すかばら荘の歌垣 -  作者: 雪染衛門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第6話 すかばら荘の歌垣

 朧気(おぼろげ)ながら、俺はノーパソの前に突っ伏してることに気付いた。身体が泥のように重い。関節を曲げようとしても(わら)うだけ。

 

(……それにしても)

 

 お隣さんはいつにも増して、()()()だ。給料入ったからってはしゃぎすぎ。次、顔合わせるのえぐいて――

 

(……いや。そもそも俺、隣人見たことなくね?)

 

 急に胸がつかえる。どエロかった嬢のドカ()きがいまや、ドカ()きに聴こえる。ドンッと下から突き上げる音――微睡(まどろ)みから一瞬で叩き起こされる。地震だ。震度三以上はある。それなのにやまない、ドカ哭き。

 

(……怪奇現象ってやつ?)

 

 俺はいつから、オカルト脳になったんだ。思わず、ちゃぶ台に頭を打ち付ける。痛みに気を取られてるうちに、すべて静まり返ってた。

 

 息を整えようとする俺を、近所の三毛猫みたいな音が遮る。ドアの音だった。地震で鍵が開いたのか。再び静まり返るなか、半開きのドアの誘いに乗って畳を這う。布の擦れる音がやけに高音質だ――いや、俺のじゃない。ドアの外側にもなんか這い寄ってきてる奴がいる。

 

(ヤバい……急げ)

 

 ドカ哭き女との遭遇(エンカ)を想像して、チキった足に気合い入れる。

 

(はやく……っ)

 

 気力を振り絞って立ち上がると、そのまま倒れ込むようにドアノブへ手を伸ばす。静電気が俺を拒絶する。わかっているのに手を離してしまう。そんな些細な生存本能すらいまは愛おしい。間髪入れずにもう一度――

 

「さ、沙漠……?」

 

 何が起こったかわからない。気付いたときには全方位、砂だった。吹きすさぶ砂嵐で、星も見えない。後ろを振り返っても、ズタボロ荘の(はり)ひとつない。

 

(ここはどこだ……?)

 

 重かった身体は、嘘のように軽い。でも、歩く気にはなれない。その場で仰向けになった。

 

 いつまで経っても、砂の流れと風の音――鼻歌でも刻んでやろうかってくらい単調だ。

 

「……同じこと考える奴がいるな」

 

 耳が慣れてきたのか、逆に麻痺ったのか。明らかに人為的な音が混ざり込んでる。耳を澄ませた方角に、ぼんやりと灯りが浮かんだ。俺は夜をかき分けるように、光を目指す――

 

 砂の山に何度も足を取られながら、やっと近づく。

 

 何かを探す青年の影が光に沿って伸びてる。その隣には、大破した大型バイク。俺が目指した光は、そのハイビームだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 絶対大丈夫じゃない。けど、俺はそれ以外の言葉が思いつかない。キレられてもおかしくない。

 

「ありがとう。僕は大丈夫」

 

 優しい声――でも、砂を探る手は止めない。

 

「……あ、あったあった」

 

 あどけなさの残る抑揚。俺より少し、若い感じがする。

 

「はやく拾って、行かないと……」

 

 大破したバイクの部品(パーツ)を集めてるみたいだ。急ぐ理由があるのか。ひとつ見つけた喜びも束の間、手を砂へ潜らせてく。

 

「……まだ、泣いてるはずだから」

 

「誰が?」

 

 返事がない。なんかまずいこと聞いたかと、俺も黙ってしまう。砂を掻く音が三回続いたあと、青年がぽつりと言った。

 

「また走りだせば、道も思い出せるから」

 

 まさかバイクを直す気でいるのか。ぜんぶ集めたところで、とても直せるレベルじゃないが……。それに積み重なる砂のせいでせっかく見つけた部品(パーツ)をもすぐ、砂へ還ってく。一生、拾い続ける気かよ――三拍子の低い旋律(バラッド)が、風に混じって聴こえてくる。

 

「手伝ってくれるの?」

 

 その音を振り払うようにしゃがむと、青年は嬉しそうに言った。

 

「ダイヤモンドの雨が降るから困ってたんだ。……目がチカチカ、痛くてさ」

 

 ダイヤモンドの雨って? 天王星の話でもしてる?

 

「助かるよ」

 

 ここで初めて青年と目が合う――はずだった。青年の目元から、無数の硝子片(がらすへん)が飛び出してる。チカチカってそういう……。

 

 俺はのけ反り、派手にコケる。起き上がろうにも、地面に着いた部分から砂に呑まれてく。踏ん張りがきかない。起き上がれない。声も出ない――

 

 そんな俺を、青年は初めからいなかったように、部品(パーツ)探しに戻ってる。

 

「今日は、何曜日だったかなあ……」

 

 そのつぶやきだけが、俺の心に()み込んだ。



◆◆◆


 ()()()()()()()()()()()――不思議なさえずりで目を覚ます。

 

 目を開けると、薄桃色の空が広がってる。さっきの沙漠が嘘みたいに、チルい空気が流れてる。見覚えのない山の(ふもと)、そこに位置する泉の(ほとり)で女の子がひとり、黙々と洗濯してた。

 

(彼女だ……)

 

 ネットが当たり前になった世界で、はじめて心を(くだ)いた女性。なのに、呼びかけることができない。俺は、彼女の名前を知らない。親しく想ってるのに、生身で出会ったことすらない。

 

 ただただ、遠巻きに彼女を眺めることしかできない。彼女は俺に――気付かない。赤と黒(バイカラー)のセーターを一心不乱に洗い続けてる。

 

 月、日、星、ほいほいほい――ずっと変わらない空。月も星も、太陽すらない。ここはきっと、雨すら降らない。

 

「今日は、何曜日だ?」

 

 別に本気で知りたかったわけじゃない。何気なくつぶやいた、遊びのような問い。

 

 それを皮切りに、思考が目まぐるしく(まわ)りだす。……いまは、昼なのか夜なのか。寒いのか暑いのか。俺は、何してる? 何しようとしてたんだ? そもそも、俺は、私は――

 

「誰だ……?」

 

 すべてがこの薄桃色に溶けて、曖昧になる。いままで当然だったことが、欠落してく。

 

 月、日、星、本意本意本意(ほいほいほい)――三光鳥(さんこうちょう)と言ったか。空を探るように、失くした光を願うように鳴く。

 

「月……沙漠……」

 

 不意に浮かんだ像をぼんやり口にした時だった。耳の奥で、それは唐突に鳴り響く。物悲しいオルゴールの音色に、似つかわしくない爆音。音が割れて、不協和音にすら聴こえる。

 

 今日は、今年最後の灯油巡回の日なんだろう――

 

「……金曜、か」

 

 そうだ。女のドカ哭きだって、週末だけだった。今日は、金曜日。理由なんてなくたって、心躍る金曜の朝――私は、俺は。


 「生きてる……」

 

 逆再生を体験してるみたいだった。全身が巻き戻ってく。(まぶた)に温を感じる。夢に驚いて目が覚める感覚によく似てる。

 

(いや、このまま目醒(めざ)めちゃまずい。彼女が――)

 

 彼女はまだそこにいる。距離は変わってないのに、遠くに感じる。世界がほどけてく。瞼の裏に必死にしがみついてみたりもした。無駄だった。

 

「いっしょに、行こう!」

 

 思わず、声を張り上げた。でも、彼女にはまるで届かない。手を止めない。それで、わかってしまう。

 

 彼女は、そのセーターを白く元通りにするまで、どこにも行けないんだ、と――

 

 耳の奥に押し込めてた鼻歌がいよいよ(にじ)む。穏やかな曲調の割に実現不可な難題ふっかけてくる、三拍子のバラッド。

 

「……そんなの無理だ。無理だよな」

 

 白く元通りなんて、できるはずがない。だって――

 

 その泉は()れきってるんだから。

 

 両手を広げてみる。俺の指が、凶器に見えて仕方ない。こうなったのは、俺のせいなんじゃないか。俺が()()()()()ばかりに、彼女はより傷付いた――震える手から金属音が響く気がしてならない。それでも、諦めることができない。彼女を見捨てる事実に耐えられそうにない。手を伸ばし続けることが正しいのか、手放すことが優しさなのか。正解が、わからない。

 

(……恐いんだ)


――その時だった。

 

 不変だと思い込んでいた世界。奇跡って風のことだったんだ――そう思わせる吐息のような変化が頬をなでる。

 

“死んだら、終わり”

 

 曇りひとつない表情で言い放った彼女が思い浮かぶ。――俺は、手を……。

 

 死んだら()――生きてる者の記憶だけが、死者を天国か地獄へ導く。

 

 これが最後だった。彼女と会うことはない。もう二度と。これっきり――

 

「……俺は」

 

 俺は覚えてるから。君を憶えて生きてくから。事故物件の地縛霊じゃなくて、健気(けなげ)で、生きることを諦めなかった女の子として……。

 

 視界がふいに開ける。

 

 蒼い月の下、()いだ沙漠。らくだの影が伸びてる。それぞれの背に、男女がひとりずつ乗ってる。静かに、ゆっくり歩んでる。目的地はわからない。ただ、できるだけ遠くへ行きたいんだろう。寂しいけど、幸せそうだった。俺は、そのうちのひとりが彼女であることを願った――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ