最終話 はちみつの香り。
橘くんは、大きな身体を屈めて、わたしの部屋に入ってきた。
わたしは部屋着で、髪も崩れたポニーテールで、何にも様にならないけど、しかたない。
「ごめんね、今日。みんなに迷惑掛けちゃった」
「迷惑とか、言わなくていいから」
橘くんは、ぎこちなく、わたしのすすめる勉強机の椅子に座った。
わたしはベッドの上に座る。
「それより、大丈夫なの?」
「うん、熱は、朝よりちょっと下がった」
わたしは、橘くんが持ってきてくれたタッパーと、保冷ボトルを開けた。
タッパーには切ったスイカ。
ボトルの中身は……。
「はちみつレモン、作ってきた。急いで作ったから、配分とか微妙かもしれないけど。風邪の時は、ビタミン採った方がいいから」
保冷ボトルの蓋を開けて、口を付ける。
はちみつレモンは、ほどよく冷たくて、するすると身体に染み込んでいく感じだった。
鼻に抜けるはちみつの香り。
ほんのりとした甘さと、レモンの酸っぱさが、高熱で火照った身体にさっぱりと心地良い。
「美味しい……」
橘くんは、何でも手作りしちゃうんだな。
そしてそのすべてが、魔法みたいに美味しい。
「ありがとう。橘くん。いつも、本当に、ありがとう」
橘くんに出会って、わたしの毎日は、大きく変わった。
橘くんのまっすぐな優しさに触れて、わたし、変われた気がする。
「橘くん。わたしね、今日、夏祭りが上手くいったら、橘くんに、伝えたいことがあったの」
「待って……」
橘くんは身を乗り出して、その大きな腕で、わたしの身体を包み込んだ。
言葉を紡ごうとしていたわたしの口が、わたしを抱き締める橘くんの身体で塞がれる。
「言わないで。俺が言う」
抱き締められたまま、わたしの耳の後ろで、橘くんの声が響いた。
今まで聞いたことがないぐらい、甘くて優しい声だった。
「……好き。好きです、西嶋さんのことが」
うん……。
うん。
堪えていた涙が、流れて橘くんの浴衣に滲んだ。
「わたしも。かんじくんが好き。かんじくんが、大好き」
強面なのに、ピュアで真っ直ぐで、優しくて、格好いいかんじくんが、大好きだよ。
「みんなのとこに、行かなきゃだね。かんじくんいないと、家庭科研究部は始まらないもん」
「もうちょっと居たいな」
「風邪、染っちゃうよ」
「もう遅いっしょ。……それより、西嶋さんの、『かんじくん』って、最高です」
「じゃあ、わたしのことも、『ひさめ』って呼んでよ」
「呼び棄てでいいの?」
「うん。呼び棄てがいいな」
「ひさめ」
「うん」
「ひさめ。大好き」
(『強面たちばなくんのスイーツが美味しすぎる!』――了)
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