39.
カインが回復すると、行程は一気に進めることができた。
三の小屋を出発して13日目。
「多分、こっちです」
シゲルは誰かに呼ばれたような気がして、アーノン達を先導した。
まるでそれが当然かのように、迷いのない足運びに、アーノン達も黙ってついて行った。
道中あれだけいた魔獣は、気配はするものの襲ってくる様子を見せないのも異様だった。
3時間ほど休みなく歩くと、砦の跡らしき石垣が現れた。
「ここが――?」
カインが呟いた。
「アスラン帝国の都があった場所……」
答えるわけでもなく、シゲルは呟く。
懐かしさや憎しみといった感情は一切なく、ただ確信だけが胸にあった。
「あと少しだな」
パージがシゲルの肩に手をかけると、アーノンもシゲルの頭を軽く叩いた。
カインも微笑んでシゲルを見ている。
あの声が言った通り、ここまでやってきた。
だが、あれがアベル王子の声である確証なんてどこにもない。
もしかしたら、最初からあのアンジェロの罠だったかもしれない――
急に言いしれない不安がシゲルを襲った。
「心配かい?」
カインが尋ねた。
「大丈夫だ。俺達はお前を守る。そう約束ただろう?」
アーノンの声が頭上から聞こえる。
「お前はすぐに考えてることが顔に出るからな――大丈夫だ。もしこれで違っても、俺達はお前を責めたりなんかしないさ」
パージの声が耳元で優しく響く。
「ありがとう――僕……」
シゲルが声を詰まらせたその時だった。
「素晴らしい友情だ。涙が出そうだ」
アンジェロの声が背後に響いた。
一体こいつはどういうつもりなんだ。
シゲルは振り返りざまにナイフを構えた。
カイン達も既に剣を抜いている。
距離は10メートルほど。一気に詰められる距離ではない。
「怖いねぇ」
アンジェロはそう言うと、手を振る。
数十本の氷の槍がアーノン達に襲い掛かるが、3人はそのほとんどを剣で斬り落とした。
だが、そのうちの何本かは彼らの腹や肩を直撃した。
「パージ!」
シゲルは、腹を押さえて膝をついたパージに駆け寄るが、パージは「大丈夫だ」と答えた。
「お前の鎖帷子ほんといい感じだぜ」
見ると衝撃を受けただけで、体は貫いていない。
よかったと安堵するも、シゲルはアンジェロを睨んだ。
「さあ、少年。私と行こう。君と私の目的地はもうすぐそこだ」
「何を言ってるんだ」
アンジェロの言葉に、シゲルは怒りが湧き上がってくるのがわかった。
理不尽につけ狙い、パージ達を傷つけるこの男が許せないと、シゲルは心の底から思った。
「君の魔力は素晴らしい。アベル王子の魔力そのものだ。だが、まだ完全じゃない。私の宿願のためにも、君を完全なものにしたい」
「ふざけるな」
アンジェロの言葉を遮るように、パージの雷撃が光ったが、アンジェロはそれよりも素早く動いていた。
「お前達の攻撃は承知している」
アンジェロは身体強化を行っているパージよりも素早く、パージの背中に回り込むと、背中に手を当て魔力を吸収した。
「な――」
アーノンが咄嗟に斬りかかろうとしたが、アンジェロは力の抜けたパージの体をアーノンに向けて蹴り飛ばした。
パージの体は力なくアーノンの足元に転がった。
「命までは奪っていない」
どこまでも余裕を見せる笑みが、何よりも腹立たしく思えた。
「お前――よくもパージを!」
シゲルがナイフを手に飛びかかるが、アンジェロの手にはいつの間にか氷の剣が握られていた。
ナイフを剣で受け止めるが、剣は砕け散り、シゲルのナイフはアンジェロの左肩から胸にかけて切り裂いた。
切っ先の感触で服と皮を割いただけだというのはわかった。
「君は、殺せるのかい?私を」
アンジェロの言葉に、シゲルの手が止まった。
殺す――僕が?
その瞬間、シゲルの脳裏に浮かんだのはみちるだった。
人を殺した手で僕は彼女に触れることができるのか?
「シゲル!手を止めるな」
シゲルの意識を我に返したのはカインの声だった。
だが、それは遅かった。
アンジェロが再び出した剣が、シゲルの左腿を貫いていた。
熱い――刺さっているのは確かに氷の剣なのに、冷たさを感じない。
「人に刃を向けたなら殺さなきゃだめだよ。じゃないと――ほら」
アンジェロはシゲルの右腿にも剣を突き立てると、更なる激痛がシゲルを襲い、その場に倒れ込んだ。
アーノンとカインが飛びかかるのが見えたが、アンジェロは遊ぶように二人の攻撃をいなすと、シニストロで見せたように魔力をぶつけた。
カインとアーノンは同時に吹き飛ばされ、後方の木にぶつかって崩れ落ちた。
治癒の魔法陣を――だめだ、間に合わない……
急速に失われていく血液で意識が朦朧として、魔力を練ることができない。
この感覚――以前にも覚えがある――いや、そんな場合じゃない。
「君を死なすのは忍びない。だけど、私は少し怒ってるからね。出血だけは止めてやる。あとは自分で治すんだ」
アンジェロは地面に倒れたままのシゲルを覗き込んで、両足に刺さったままの剣を引き抜いた。
血が噴き出る感覚がわかるが、すぐにアンジェロの魔力が出血を止めた。
「シゲル、知っているかい?この世界はね、観測と認知によって決定されるんだ」




