間 ツイセキ
セシリオ・アゲロは酷く不機嫌に魔術師の家の戸を叩いた。
「スペード、仕事です。呼んだらさっさと来なさい」
「朝は……入ってくるなと言ったはずだ……」
戸を蹴飛ばし、家主の寝室に入り込んだ彼を家主は睨んだが、彼には全く効果が無いようだった。
家主、スペード・J・Aの寝起きの悪さは酷いものだった。
血圧云々以前に、賭け事と酒のせいだとセシリオは思う。
「負けたんですか?」
「まさか」
「では、カルメンに追い返されたんですね。彼女には、結構本気なんじゃ無いんですか? まだ幼いですが」
「あんな小娘はどうでもいい。要件を言え。要件を」
まだ、目が覚めていないのか口が悪い。
セシリオはため息を吐く。
「僕が何で昼間からあなたを訪ねたか理解していないようですね。この僕を、騙して働かせようとした愚かな同業者が居るんです。逃げ足の速いやつでね。捕まえて懲らしめなくては気が済みません」
「……人探しなら魔女に」
スペードは再び寝台に倒れこんだ。
「起きなさい。ハウルまで追跡できるのはあなただから頼んでいます。ほら、ハウルの踊り子は綺麗ですよ。サラスには負けますが」
「興味ない」
「あー、そこそこ腕の立つ仕立て屋がいるのですが……手伝ってくれるのでしたら紹介してあげましょう」
面倒な男だとセシリオは思う。
寝起き以外ならそこそこ面白い男なのだが、一度眠ると中々目覚めない。
いや、ちょっとした音で目は覚めるのだろうか、使い物にならない。
神経質なくせに困ったものだ。
これでもしっかり防衛本能は働いているのようで、ナイフを投げてみればすべて避けている。
身体能力も問題なし。これはハウルまで引きずっていっても問題なさそうだ。
「僕はあの男が昔から大嫌いなんです。あのクーヘン・レープという男が」
「……水」
不機嫌な男がようやく動く意思を見せたようだ。
セシリオは用意しておいた水筒を渡す。
「付き合いが無駄に長いので、朔夜に用意させておきました」
「……要件は?」
「ハウルであの馬鹿な同業者を捕まえる手伝いをしてください」
「同業者?」
「クーヘン・レープ、殺しのできない暗殺者です」
「は?」
覚醒したらしいスペードが訊き返す。
「血が苦手で、血を見るとすぐに混乱しましてね。それで、殺しは狼たちの仕事です」
「狼使い?」
「まぁ、そんなものですね。あの狼が厄介で、殺しても構わないのですが、娘が悲しむかもしれないので加減していたら……僕の匂いを察知して逃げ回っているようです」
次こそは狼ごと殲滅しようと思うのだが、なかなか狼さえ見つからない。
「追跡と、こちらの匂いを隠す術ですね。居間の薬棚の上から三段目左から四つ目の薬を塗りなさい。匂い消しというか、痕跡隠しですね。潜入などでよくつかわれる中級魔法薬です。追跡は……ハウルに辿りついてからの方が魔力の消耗が少なくて助かります」
スペードはゆっくりと立ち上がり、何やら術を使ったらしく一瞬で身支度を整えた。
「報酬はそれなりにあるのでしょうね」
「仕立て屋を紹介します。それと、クーヘンの娘はなかなかの美人ですよ」
「興味ありません。ハウルの女は何を考えているのかわからない」
「でも、美人です」
セシリオがもう一度言えば、スペードは深い溜息を吐いた。




