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二十 感覚

 

 アクラブは呆れて目の前の国王を見た。

 色仕掛けするまでもなく、簡単に毒殺できそうな王。

 しかし、この足りない頭を補うが如くしぶとい生命力をもっている。


「ほんっとに護衛なんて必要ないのね、ハイヤ様」

「……解毒、してくれぬか? 流石に動けない。体験したことのない種類だ」

「蛇毒です。ちょっと、いじりましたけど」

 アクラブはハイヤトゥンの体を眺める。

 筋肉質な体は外出の時には気にならなかったが、部屋着だとよくわかる。

 これが刃も通さない体なのだろうか。

「寝れば治るんじゃないですか。その生命力だと」

「お前は……平気なのか?」

「はい。免疫っていうか、抗体っていうかそういうものがあるみたいなので。それより……本当に、丈夫なのね、ハイヤ様って」

 これは新しい毒を試しても平気そうだと期待する。

 いや、いや、いけない。この方はこのハウルの国王なのだから。

「ハイヤ様が国王でなければ惚れていたところでした」

「……お前の感覚が理解できん」

 ハイヤトゥンはそう言って起き上がる。

「まだ痺れるな」

「あら、予想よりかなり早い回復」

「護衛になりたいと言ったかと思うと今度は私を毒殺する気か?」

「ご安心ください。動けなくなるだけで死にませんから。この毒は。動けなくしてゆっくりいたぶる為の毒です」

「尚悪い。お前は私が憎いのか?」

 彼はまっすぐアクラブを見る。

「まさか。ただ、たくさん毒に慣れていただいたほうが毒殺される危険が減ると思いまして」

「いたぶって楽しみたいだけだろう」

「心外です」

 アクラブは涙を浮かべて見せる。

 もちろんそれは芝居であるのだが、ハイヤトゥンには効果があったようだ。

「すまない。別にお前を責めるつもりは無い」

「いえ、私の異常な嗜好がハイヤトゥン様にご迷惑をお掛けすることになるとは分かっていたはずなのに……」

 しくしくと泣き真似を続ければ、ハイヤトゥンの腕がアクラブを包んだ。

「ハイヤトゥン様、こんな安い芝居に騙されないでください。とても心配になりました」

「やっぱり芝居だったのですね。アクラブ様、一体どのようなおつもりですの?」

 ターシャの怒りに満ちた声が響く。

「不安、でしたの。家族を捨てて、ハイヤトゥン様に尽くす覚悟はあります。しかし、王妃になるというのはまた別の話です。ハイヤ様が私を愛してくださるとは限らないでしょう? 他の人にも同じことを言っているのかもしれない。他の誰かに私を重ねていらっしゃるだけかもしれないと不安で……」

 ハイヤトゥンは「姫さん」とよく口にする。それが何を意味するのか、アクラブには理解できない。

「私にこんなにも堂々と毒を盛るのはお前くらいだ。それでも、私はお前を愛おしいと思う。それでは不満か」

「ハイヤトゥン様が王でなければどんなに素晴らしいかと、そんなことを考えてしまいました」

 アクラブは顔を伏せる。

 自分でも自分の本心が分からなくなっていた。


 部屋から眺めた王宮。

 憧れの象徴だった。


 集めた肖像。

 懐かしさと愛おしさが溢れた。


 並べられた小瓶。

 不思議な魔力があるのではないかというほど惹きつけられた。


 けれど、それは本当に自分なのだろうか。

 ネロという名を口にした時、確かに違和感があった。

「ハイヤトゥン様が求めていらっしゃるのは私ではないと、そう、確信しています」

 なぜ、私は王の護衛にそこまで拘っているのだろうか。

 ただ、幼いころから、王の護衛を目指していた。

 なぜ、護衛に拘るのか。

 なぜ、王を守りたいと、脅迫概念のような思いに支配されているのか。

「おそらく、私はあなたでなくても、他の王でも、ハウルの国王を護りたいと考える。それが何故かはわかりません。ただ、王を護りたいと」

「ターシャ、席を外せ。アクラブと二人で話したい」

 ハイヤトゥンがターシャに命じる。

 ターシャは彼の深刻そうな声色を汲み取ったのだろう。何一つ言わずに部屋を出た。

「少し、話をしよう。信じられないかもしれないが、昔話に付き合ってくれ」

「昔話?」

 アクラブはハイヤトゥンを見上げる。

「お前と初めて会ったレーベン、そして、十年前のハウルの祭り。いや、それだけじゃない。繰り返される夢の話もしよう。すべては繋がっているのだから」

 ハイヤトゥンは笑う。

 しかし、それはどこかさびしい笑みだった。

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