十八 父母
強く、美しく、賢く。
毒。
それはなによりも美しく、賢い強さだとアクラブは思った。
「私は、ハウル69代国王ハイヤトゥン・ハウル陛下に一目お会いした瞬間から、この方に忠誠を誓うハウルの民です」
触れた手のぬくもりを忘れてない。
「強く美しく賢い子にとハイヤトゥン様のお言葉を信じて今まで生きてきたのですから。母がだれであろうと、父がだれであろうと私には関係ない。私の両親は今、ここに居るこのお二人。それでいでしょう?」
アクラブは育ての両親を見る。
二人が随分と小さく見える。
母は涙を流す。
「そうね、あなたは私の娘よ」
「ルフトが聞いたら怒るだろうけど」
クーヘンが言う。
アクラブは溜息を吐く。
「会ったことも無い人をいきなり母親だと言われたって私は困るわ。私、残酷なの。実の母でも迷わず殺せるほどに。ハイヤトゥン様が命じるなら、この世のすべてに病を蔓延させることだってする。けど、ハイヤトゥン様はそれを望まれない。だから、私はこの人に仕えたいの」
「私はお前に仕えてほしいとは言っていない」
「どうしてかしら、この世に王の護衛ほど魅力的な仕事は無いと思うの」
「……お前が私の側に居てくれるなら……だが、無茶はするなよ?」
彼は困惑した様子を見せた。
「私が無茶をするなら、あなたがそうさせるのです。無断で城下に出たりしなければ無茶もしませんよ」
「城下に出るときはお前も同行させる」
「ええ、是非。王宮は息が詰まりそうで」
アクラブが言えばハイヤトゥンは笑う。
「そんなにここは過ごしやすいのか?」
「とても。寝台に沈む心配もないし、ターシャに小言を貰うこともないわ」
「ターシャの小言がないとは随分と魅力的だな」
「でしょう?」
「今夜はここに泊まろうか」
ハイヤトゥンが笑う。
「え? いけません。ハイヤトゥン様。皆が心配しますよ」
「別に無断外泊はいつものことだ。まぁ、アクラブも同行させたから駆け落ちだとかいろいろ噂は立ちそうだが……ハウルにはよくある話だ」
「……帰りますよ。ハイヤ様。私がターシャに殺されます」
「ターシャに? では、あれは解雇しよう」
「え?」
「お前に害があるなら全て排除する」
彼は真面目腐った顔で言う。
「あなたがあの子に心配を掛けなければ良い話です」
困った人だ、とアクラブは思う。
しかし、そんな彼を悪いとは思わない。
「民の暮らしも気になる。それに、アクラブの部屋は中々面白い。下手をすれば王宮よりたくさんの王の肖像画があるかもしれん」
「ハイヤトゥン様、からかいにいらしたのでしたらお帰りになってくださいませ」
「その時は、お前も一緒だ」
ハイヤトゥンはアクラブを抱き寄せる。
「俺は、ハウルの王なんかにアクラブを渡す気はないよ」
クーヘンが口を開いた。
「アクラブはレーベンの正当な後継者だ。もっとも優先して王位を継承できる」
「知らないわ。そんな国。私は、ハウルの民よ。誰よりも、ハウルを愛して、ハイヤトゥン様にすべてを捧げる覚悟だってできている」
「アクラブが私の妻になることは決定事項だ」
ハイヤトゥンはクーヘンを見据える。
「アクラブ・ギフトはルフト・レーベンの娘だ。レーベンに戻るべきだ。俺は、この子に暗殺の危険があったからここに連れてきた。王宮は泥沼だったからね。特に、この子の叔母夫婦が自分の息子を王にしたがって居た」
「私は一度レーベンでアクラブに会ったことがある。普通の子供だった」
「あれ、覚えてたんだ。計算外だ。ハウルに連れてきたのは、この子を守るためってのもあるけど、それ以上に、強く育てたかった。砂漠は鍛えるのに最適だからね」
レーベンはそう言って笛を吹いた。
「ハイヤトゥン様、狼が来ます。命令くだされば始末しますが」
「放っておけ。噛まれてもすぐに再生する」
「けど、彼は陛下の命を狙っています。とらえて処刑すべきでは?」
「お前の父親だ。殺すわけにはいかん」
アクラブは慌ててハイヤトゥンに振り向く。
「どういうこと?」
「気付かなかったのか? 砂漠の狼とレーベン女王の話はかなり有名だ。いや、お前の世代なら知らなくてもおかしくはないか。一時期、ルフト・ギフトが失踪したという話があってな。当時はギフトだった。国の名を名乗れるのは国王だけだからな。それで、彼女は狼とともに国に戻った。赤子を抱いて。それからすぐに即位だ。先王が毒殺されたとも聞いている」
ハイヤトゥンは淡々と語った。アクラブには別世界の話にしか感じられない。
「お前の母親は、毒と薬の専門家だ」
「私は、毒の知識をクーヘンから授かったわ。けど、すぐに彼を抜いた。独自研究と、精製技術によって」
アクラブは小瓶を弄ぶ。
「壜に魅せられた。硝子の壜には様々な毒が入っていることを知っていた。毒が好きなの。小さいとき、壜に囲まれた部屋に居たのは覚えているわ」
様々な形の、様々な色の壜の並ぶ部屋。
そこにゆりかごがあった。
そこには一人の女性以外は狼しか入ってこなかった。
「ルフトの部屋だ。彼女もなかなかの収集家だった」
「どうでもいいわ。私の親はそこにいる二人だけ。それに、邪魔するものは親でも殺す。ハイヤトゥン様はハウルの国王よ。私は全力で護るだけ」
いくつかの壜を構える。
中には毒。
混ぜることでさらに効果を増すもの、混ぜることで効果が変わるもの。
その配合はアクラブしか知らない。アクラブが体内で生成した毒なのだから。
「ハイヤトゥン様、王宮に戻りましょう。クーヘンは私が息の根を止めます」
「駄目だ。お前に親殺しはさせられん」
ハイヤトゥンは後ろからアクラブを捕えた。
「邪魔をしたな。また来るかもしれぬが、その時はよろしく頼む」
ハイヤトゥンはアクラブの両親に笑い、アクラブを抱きかかえて彼女の家を出た。
「親殺しは大罪だぞ」
「構わないわ。親だとは思っていないもの」
「なぜ」
「恨みはたくさんあるのよ。暗殺者の教育なんてそんなものだもの」
アクラブが答えれば、ハイヤトゥンは黙り込んでしまった。




