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十六 教授

 アクラブは空中庭園でハイヤトゥンから渡された町娘の服に着替え、彼の後をついて王宮を抜け出した。


「いつもこんなことを?」

「いつもはもう少し堂々と警備員を気絶させて外に出ているが……騒ぎになると面倒だからな。今日は大人しく抜け出すことにした」

 彼は言うが、途中、アクラブが催眠薬を散布して警備員や洗濯婦を眠らせたのだ。全く大人しくないとアクラブは思う。

「それにしても、お前のその箱には何が入っているのだ? 不思議なものばかりに見える」

「毒です。私が精製したものもありますが、他所から仕入れたものもあります」

 アクラブが答えれば彼は呆れたように箱を見た。

「アクラブ、お前は随分私に隠し事をしているようだが……教えてくれる気はないのか?」

「ハイヤトゥン様が私に隠し事をなさらなくなったら、私もお話することにしますわ」

 アクラブは笑って見せる。彼は苦笑した。

「さて、今日は市場を見るつもりだったが……お前ならまずどこを見る?」

「夕食は何になさいますか?」

「は?」

「ですから、本日の夕食は? 食糧庫には何が残っていますか?」

「そう言うのは料理人の仕事だ。私は知らん」

「では、市場に何を求めて出かけられますか?」

「……お前に全て任せよう。どうやら私は本当に何も理解できないらしい」

「わかればよろしいのです。そうですね、私は基本的には果物を見ます。店で出すジュースの材料に。それと、お酒を。あとはそうですね……保存食を中心に買い物をしていました」

 アクラブは考える。

 食糧庫にあった干し肉は母が全て使いきってしまっただろうか?

 塩はまだ豊富にあったはず。茶葉がそろそろ無くなりそうだったかもしれないが、今月の収入はやや赤字だ。贅沢品は控えよう。

「アクラブ?」

「干し肉を買って、それから西瓜にしましょう。水分が豊富で価格の割に大きいのでお腹も膨れます」

「お前は価格を気にして買い物をする必要はないだろう」

「国王も人間、人間は食べなくては生きていけない。食べ物は出来る限り低価格に抑えましょう。贅沢は敵です」

「何故だ?」

「……仲介料が商品の倍掛かります」

「まさか、それは四代前の話だろう?」

「いいえ、現状です」

 アクラブはハイヤトゥンの手を引く。

「私の家に来てください。庶民の家計簿を見せてあげましょう」

 王の知らない世界。

 あってはならないそれ。

 けれども、そうであってもハイヤトゥン・ハウルは国民から愛されている。

 それはなぜか。

「ハイヤトゥン様は災害への対応はとても速い。それは国民にとても支持されています」

「それは嬉しい限りだな」

「あなたが街に病院を下さった」

「あれは祖母の計画だ」

「それでも、実現して下さったのはハイヤトゥン様です」

 この王は国の誇りだ。

 だからこそ支えたい。

「ハウルを栄えさせるのも滅ぼすのも王よ。私はこの国を一度壊したい」

「アクラブ?」

「この腐った国を壊して、平和な豊かな国にするの」

 口から勝手に言葉が零れる。

 なんと畏れ多い。

 けれども、アクラブはこれを知っている。

「……昔、こんな風に言っていた女王様が居たわ」

「ああ、ローザだ」

「私、彼女をとても尊敬しているの。そして、ハイヤトゥン様は誰よりも彼女の理想に近い」

 言い終わる前に、アクラブは彼の腕に閉じ込められた。

「……姫さん……あんたの理想は……あんたの夢は俺が叶える……」

「え?」

「……俺は……姫さんの夢見たハウルを作る……」

 また、別人だ。

 アクラブは驚く。

 時折ハイヤトゥンでは無い誰かが、自分を「姫さん」と呼ぶ。

 まさか。

「ネロ?」

 おそるおそる訊ねる。

 自分の口から勝手に零れた名前。

「姫さん……やっと……やっと呼んでくれた……」

 嬉しそうに笑う彼は、ハイヤトゥンのそれとは違う。

 どこか切ない、儚い笑みだった。

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