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十四 林檎


 とても豪華な夕食が目の前に並べられる。

 王族と言うものは、食事の空間も時間によって違うのかとアクラブは呆れるしかない。

 何より、砂漠とは思えないほど水が豊かな空間だ。

「魚が泳いでる……」

「珍しいか? それは新羅の金魚だ」

「金魚?」

「観賞用の魚だ。母が好きでな。それは母の飼っていたものの子孫だ」

 ハイヤトゥンは笑う。

 アクラブはただ、魚が泳ぐ壁を見た。

「これはどうなっているの?」

「硝子の檻の中に水と魚が入っているだけだ」

「じゃあ、この子はここから出られないのね。私と一緒だわ」

「……それは嫌味か?」

「でも、硝子の檻なんて少し羨ましいわ」

「ほぅ」

「硝子って好きよ。光が反射してとっても綺麗だもの。毒に魅せられる瞬間に似ているわ」

 ハイヤトゥンは溜息を吐いて、卓上の林檎を一つ手に取りそのまま齧り付いた。

「王様も林檎を食べるのね」

「嫌いではないな。齧る瞬間の音は心地いい」

「林檎は安くてお腹の膨れる庶民の味方よ。ハウル以外の殆どの国で沢山栽培されているの。ハイヤトゥン様は国境に行ったことはあるかしら? 凄いのよ。一面畑が広がっているの」

「ああ。この国には無いものだ」

 王都を出れば砂の海。

 砂漠を越えればいくつか街があるが、それもまた砂漠の中の景色だ。

 不思議なことに、国境を越えれば直ちに緑が溢れる。

 まるで地図の上の線が存在するように、一直線の切り替わりがあるのだ。

「肉も魚も好きなものを食え。果物も沢山ある。お前の好きなものを気のすむまで食べればいい」

「甘ったるいお菓子はいらないわ」

「甘いものは嫌いか?」

「大嫌い」

「それは……てっきりお前は甘ったるい菓子が好きかと思っていた」

「甘いものは嫌い。砂糖は高価だもの。ああいうのは雲の上の人が食べるものなのよ」

 そう答えて、アクラブは種なしのパンに手を伸ばした。

「これは何?」

「果物に砂糖を加えて煮詰めたものだ。パンや焼き菓子に乗せて食う。女子供が好む甘ったるいものだな」

 ハイヤトゥンは嫌そうに言う。

「嫌いなの?」

「どうも甘いものは苦手だ」

 心底嫌そうな顔をするのでアクラブは思わず笑う。

「王様も好き嫌いがあるなんて子供たちが知ったら思う存分食べ残しをするでしょうね」

「それは困るな」

「でも、最下層の子供たちは好き嫌いなんて無いわ。食べるものに困っているのだもの」

「……やはりこの国にも食べるに困る者が?」

「居ないと言えば嘘になるわ」

 アクラブはパンに蒸した魚を乗せて齧り付いた。

 香草の臭いがきつい。

「あら、これ美味しい」

 アクラブは驚く。

 魚はあまり好きではない。特に川魚は。

 けれども、この蒸した魚は絶妙な味付けだ。

「気に入ったならなによりだ」

「どなたが作ったの? これ」

「料理長だな。お前の食べるものはすべて彼が管理している」

「まぁ、是非とも一度ゆっくりお話したいわ。流石王室。クーヘンの言っていた通りね」

「なにがだ?」

「使う食材は一流品ばかりだって。この魚の味付け、ヒ素よね。とっても上質だわ」

 アクラブは再び魚に齧り付く。

「……ヒ素だと? アクラブ、一口寄こせ」

「まだ同じものがお皿にあります。そちらをどうぞ」

「ではお前が新しいものを食べればいい」  

 アクラブは抵抗したが、彼はあっさりとアクラブの手から魚を奪って齧りつく。

「……確かに毒、だな……」

 ハイヤトゥンは蹲る。

「すぐに再生するとはいえ……痛いものは痛い」

「え?」

「いや、致死量の数倍はある。よく平気だな」

「美味しいです」

 アクラブは彼の手から魚を取り戻し、食事を再開する。

「あの料理長は解雇しよう」

「どうして? こんなにも美味しい蒸し魚を作れるのに。私、魚は嫌いだけどこれは美味しいわ」

「……本来なら死罪なのだが……お前が喜ぶなら……話をしてこよう。食事を続けていてくれ。料理長と話してくる」

「陛下自らお話をするものなのですか?」

「いや、なんだ。昔から厨房にはよく潜り込んでいたからな。顔なじみだ」

「国王も人間、ですか?」

「ああ。すぐに戻る。食事を続けていてくれ」

 彼は部屋を出る。

 アクラブは仕方なく林檎に手を伸ばす。

 林檎を見ると、赤毛の女性を思いだす。

 小さい頃、まだクーヘン・レープの元で学んでいた頃、時折彼に苦情を言い、暇な時間にアクラブに毒薬の話をしてくれた赤毛の美しい女性。

 名前は覚えていない。

 けれども、彼女はいつも林檎を持っていた。

 退屈になると小さなナイフで林檎を切って齧っていた。

「どこの人だったんだろう……」

 ずっとクーヘンの恋人だと思っていたその人はある日ばったり来なくなった。

 クーヘンがあの性格だから嫌われたのだろうなど子供心に思っていたが、今ならはっきりとわかる。

 彼女は同業者だ。

 卓上のナイフを手に取り、林檎を切る。

 半分になった林檎を齧れば懐かしい感覚に襲われる。

「あ、しびれ薬だ……」

 彼女から貰った林檎にも入っていた。麻痺毒。

「私、歓迎されている?」

 どれを食べても美味しいなんて今までにない体験。

 いや、これだけ御馳走でもてなされるとは危機を感じる。

 きっと殺される。

 アクラブは溜息を吐く。

「殺されるほど悪いことをした覚えはないけどなぁ……」

 国王に向かって「寝言は寝て言え」とか口の悪さが原因かしらと考えながら林檎を齧る。

 入口のすぐ外で話し声が聞こえた。

 内容までは聞こえないが、ハイヤトゥンともう一人らしい。

「アクラブ」

「え? あ、はい」

「これが料理長のグラーブだ」

「はじめまして。アクラブです」

 アクラブが挨拶をするとグラーブは視線を逸らす。

「王妃になる女だ。そういう扱いを心得ておけ」

「はい……」

「俺と同じ特殊な体質でな。毒では死なん」

「え?」

「ヒ素は好物だそうだ」

 グラーブは目を見開く。そして、本当に人間かと疑う目でアクラブを見た。

「蛇毒も蝎毒も蜘蛛の毒も好きよ。あ、あのヒ素はどこで仕入れたの? 私の作るのよりずっと美味しかったわ。実家に送りたいのだけど、仕入先を教えていただけないかしら?」

「いえ、その……」

「あ、やっぱりそういうものって人に教えたくないかしら?」

「え? あ、まぁ……」

 彼は言葉を濁す。

「アクラブ、そのくらいにしてやってくれ」

「だって、あんなに上質な……ええ、そうね。ごめんなさい。でも、今日のお料理とっても美味しいわ」

「ありがとうございます……」

 グラーブが震えていることにアクラブは気付かなかった。

「陛下はとても丈夫な方ですが、アクラブ様は……その……毒がお好きで?」

「ええ。刺激的な味が好きなの。あ、お願いがあるの。いいかしら?」

「はい、なんでしょう」

「私、お菓子が嫌いなの。特に砂糖が入ったものは。出来れば私のところには持ってこないで下さる? 陛下が御所望の場合は仕方ありませんが、私の分は結構です」

「それは……失礼いたしました」

 彼は深々と頭を下げる。

「下がれ」

 ハイヤトゥンが彼に命じる。

「食事を再開しよう。それとも、アクラブはもう満腹か?」

「二人では、多すぎる量です」

「食べ残しは奴隷に渡る。そこまで気にすることは無い」

「……たくさん残した方がいいかしら?」

「妙なことを言うのだな」

 ハイヤトゥンは笑う。

「安心しろ。奴隷にも食事はしっかりと渡っている。ハウルはそこまで食料に困ってはいないぞ」

 彼の言葉にアクラブは哀しくなった。

 食料に困っていない国で餓死するものが居るのは何故だろう?

 餓える子供が居るのは何故だろう?

 この王が知らないところで、人は飢えている。

 王が思うよりずっと、この国の格差は大きい。

「ハイヤトゥン様」

「ん?」

「私をあなた様のお傍に置いてください」

「勿論だ」

「あなた様のお傍であなた様の目に、耳になります。私が、この国を……あなた様が見ることの無い部分を見ます」

「……私にまだ見えていないものがあると?」

「だって、国王陛下は庶民の家計簿など見たことがないでしょう?」

 アクラブは笑って見せる。

 ハウルの為に。

 この国は私が護らなくてはいけない。

 アクラブは強い覚悟を抱いた。

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