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十 国王


 西の死神が去った後、ハイヤトゥンは酷く不機嫌だったが、だからと言ってアクラブに何かを言うことは無かった。

 ただ、彼はアクラブには聞こえないようにターシャに何かと指示を出す。

 少し部屋の外で使用人の男と話した後、より一層不機嫌になって戻ってきた彼を見て、アクラブは深いため息を吐いた。

「なにかありましたか?」

「いや……すまない。少し苛立ってるだけだ。仕事が多くてお前と過ごす時間が少ない」

「寝言は寝て言え。国王に休暇なんてあるわけねーだろ」

 アクラブは暴言を吐いた。その途端、ハイヤトゥンは驚いたように目を見開く。

「アクラブ?」

「ごめんなさい。つい、本音が。ですが、国の頂点に立つお方が何を甘ったれたことをおっしゃるのですか。国王と言うものは国民全員の命を預かる立場なんですよ」

 アクラブの中でまた、ハイヤトゥン・ハウルの評価が下がったことは言うまでもない。

「……相変わらず手厳しいな」

「え?」

 相変わらず、という言葉に違和感を感じる。

 けれども彼はそれを気にした様子もなく、再び何やら書類に視線を戻した。

 彼はアクラブが読み書きを出来ないと思い部屋に仕事を持ち込みだしたのだ。

「……何かお手伝いしましょうか?」

「いや、お前はただ、側にいてくれればそれでいい」

 彼はそう言ってアクラブを抱き寄せる。

 書類には【予算案】だとか【水不足に対する対策案】など書かれている。

 アクラブは欠伸をした。

 確かに退屈そうだ。

 アクラブは毒と薬にしか興味がない。それ以外のことは人生のおまけ程度にしか考えていなかった。

「それは面白いのですか?」

 試しに訊ねてみる。

 彼はアクラブが文字を読めるとは思っていない。

「いや、酷く退屈だ」

「まぁ。殿方って大変ですのね」

「なら、癒してくれるか?」

 ハイヤトゥンがアクラブの耳元で囁く。

「……寝言は寝て言え」

「手厳しい」

「早く仕事を終わらせたら少しくらいは相手して差し上げます。国王陛下」

「それが王に対する態度か?」

「自分の御都合で身分を使うなんて本当に……最低」

 アクラブは溜息を吐く。

 けれど、国王としては尊敬できる。

 敬愛する国王陛下。

 この方が国王になってからこの国は一層栄えた。それに、他国から攻め入られそうになったことは一度もないし、魔力の枯渇に悩んだこともない。

 何より。雨が降る。

 適度な恵みの雨が。

「ハウルは女王の国だと他国からは評価されています」

「ああ」

「女王が即位すれば栄えると。男は国を傾けるとも」

「それで?」

「ハイヤトゥン様は女王以上に国を栄えさせました」

「お前にはそう見えるか?」

「私だけではありません。国民のだれもが、現国王陛下を褒め称えております」

 だからこそアクラブはこの王の為に命を捧げる覚悟さえ持っているのだ。

「お前は王と言うものを理解していない。民もだ。国王とて人間だ。私の祖母は国の英雄ともいえる女王だったが、彼女は母親としても優れていた。良い女王と言うものは良い母であると同意義であり、国民とは我が子だというのが祖母の話だ。王は王である前に人間だ。普通に喜びも悲しみも愉しみも持っている。その方向によって民を苦しめることもあると言うだけの話だ。国とは家庭と同じなんだよ」

 ハイヤトゥンは笑う。

「つまり、王が賭けに嵌り国庫を傾けるということは、父親が賭けごとで借金を作り子供を困らせるのと同じことだ。ただ、規模が変わる。それだけのこと。国づくりとは家庭を作ることに似ている」

「ハイヤトゥン様は何をおっしゃりたいのですか?」

「つまりだな。私が言いたいのは……お前と善き過程を作りたい」

 アクラブはまた、溜息を吐く。

「……私の言葉はあなたさまには届かなかったようで哀しく思います」

「アクラブ、私は純粋にお前を愛している。だから……お前には私の隣でこの国の行く末を見ていてほしい」

「……それは妻で無くてもよろしいのでは?」

「男とは女が居なくては生きられぬ生き物だ。母に妻に褒められることを喜びとして生きるものだよ。アクラブ」

「私は褒めるということが苦手です」

「なら一層、私はお前に褒められることを目標に頑張れるだろう」

 彼はただ笑う。

 アクラブにはそれが理解できない。

「王には王の責がある。それはお前の言うとおりだ。だが、王の妻となるお前にも役割がある」

「役割?」

 アクラブは驚く。

 そして、何もしなくてよいと、だた、そこに居ろとそればかり言うハイヤトゥンの口から零れる言葉の続きを待つ。

「私のそばで私の働きを見て評価するのはお前だ。お前は、誰よりも民に近く、誰よりも私に近い。お前が望む国を作ろう」

 ハイヤトゥンは笑っている。

 いつもと同じように、豪快な笑みのはずだ。

 なのに、今の彼は神々しささえも纏っているようだ。

 これが王族と言うものか。

 これが王気とでもいうものだろうか。 

 どうやら王と言うものは人を惹きつける素質があるらしい。

 アクラブは目の前の王から目を逸らせなくなった。

「もう一度言おう。アクラブ、私の妻となり、この国の行く末を見ていてくれぬか?」

「……ハイヤトゥン様……私は……」

 王の護衛になりたかった。 

 王の妻ではなく。

「……そんなにも護衛職とは魅力的なものなのか? 民が思うほど賃金は高くないぞ」

 呆れたようにハイヤトゥンが言う。

「陛下のお傍で消費されると言うのが最大の魅力です。王の為に、国の為に命を使えるのですから」

「私は、民の命を犠牲にしてまで生きながらえようとは思わん。だが……お前が望むのなら、私はお前に護られることにしよう」

「え?」

「妻に護られる男と言うのはなんとも情けないが……結婚というのは妥協が付き物なのだろう? 私はこれ以上護衛を雇うつもりもないし、そもそも護衛を必要だとは思わない。だが、お前が望むなら、私はお前に護られよう」

 ずるい。

 アクラブは思う。

 王と言うのはおそらく、国で一番ずるい人間を言うのだ。


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