間 オオカミ
クーヘン・レープは酷く不機嫌だった。
彼は自他共に認める程温厚で平和的であるが、今回ばかりは大人しくはしていられない。
愛娘の危機だ。
しかも娘は砂漠に居る。狼たちは砂漠では殆ど行動できないので彼が自ら動くしかなかった。
「俺は殺しってのは趣味じゃないんだけどなぁ」
クーヘンは呟く。
「クーヘン様、あまりそのようなことを言われては我々の評価に影響が出ますので」
「わかってるって、シュトレン。けど、知ってるだろう? 俺は血生臭い話が大嫌いだよ」
「アクラブが心配だったのでは?」
「そうなんだよなぁ。俺の可愛いアクラブがさぁ。あんな蛇に捕まったとなったら厄介だからセシルに依頼したんだけど……セシルに断られたよ」
クーヘンは溜息を吐く。
「セシリオ・アゲロ、でしょう? 暗殺者が同業者に依頼してどうするんですか」
「だって、身内ごとってのは自分でやることじゃないよ。他人に依頼した方が安心だし、彼の腕は一流だ。同期の俺が認めるんだ。事実だよ」
暗殺者が同期の人間にめぐり合うことは珍しい。
その多くは命を落とすからだ。
手軽に稼げる人気職だが実力あってのもの。
「クーヘン様、アインが戻ってきました」
「ああ」
アインと呼ばれたハトの足には薄い紙が巻きつけられている。
「セシルからだね。なんだって?」
「王族の暗殺は別料金だと極めて業務的な内容です。が、アクラブから賄賂を受け取ったのでこの依頼は断ると……賄賂?」
「……アクラブ……セシルの性癖を見抜いたんだね」
クーヘンは再び溜息を吐く。
「性癖?」
「彼、毒薬が大好きなんだ。毒薬で自分の体を痛めつけるのが。なんだっけ。ああ、そう。自分を殺せる毒を発見したいとか変な野望を持っているんだよ」
今度はシュトレンが溜息を吐く番だった。
赤い死神と恐れられる伝説の暗殺者が変態だとは。
いや、暗殺者というものはやはり人と違った感性を持っていて何かしらの変態であることには間違いないのだが。
「で? どうします?」
「俺が直接行くよ。アクラブの為だ」
蛇には渡さないよ。
俺の可愛い娘は。
クーヘンは笑う。
彼は毒と解毒の専門家だった。




