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第3章

ホーホケキョ。ケキョケキョ。

ウグイスが上手に鳴けるようになると、山が淡い緑におおわれる。

ちらほらとヤマツツジが濃いピンクで色を添えている。

まだ朝晩こそ冷えるが、日中動くと汗ばむこともあった。


「ほな行ってくるな」

菜摘が町に出るという。

片道1時間ちょっと。銀行と、ホームセンター、スーパー。

さすがにちょっと綺麗めの服だ。ジーパンだけど。

お昼用にと大きなだし巻きを作ってくれた。


サスケと散歩に出た。リードをつけている。菜摘は呼べば戻ってくると言うけれど、自信がない。

……だって僕が1番下やん。

女の子なのにサスケと名付けられたのは、見た目が男前だったからという、よくわからない理由だった。

……犬の男前ってどんなんよ。

それでもサスケはよく布団に潜ってくる。

そしてなんとなくホッとする。


1時間程山を歩いた。ワラビポイントから蕗ポイントへ。蕗を採るか迷ったが、こないだ佃煮作ったし、今日はやめとこう。サスケの足を洗って、オヤツのジャーキーをやると、サスケは部屋の隅のワンコベッドで丸くなった。



薪割りでもしようかと外に出た。

納屋は、軽トラがないからガランとしている。発電用の自転車の奥に、テツヤのマウンテンバイクがある。

……あれ?

近づいてみると、泥だらけだったフレームが、ツヤっと光っていた。

納屋の1番奥には、おじさんの道具がたくさん置いてある。

……いつの間に……

……自分でもできたのに……

情けなかった。


……風呂の用意しとこ。

薪割りを始めた。




「てっちゃん、ただいまー。荷物手伝ってー」

はーい。

夏野菜の種や苗。肥料。

僕の新しい長ぐつ。下着やジャージ。

「ついでやから」

……ええのに。おっちゃんので。ブカブカやけど。

「へへー。お土産」

……なんでケンタやねん。

「実はジャンク好きやねん」

……はぁ?

「たまにはええやん」

……僕も好きやけど。なんでバーレル?


その日は珍しく、菜摘がビールを開け、テツヤには缶コーラがあてがわれた。

春キャベツを刻んだコールスローサラダが、せめてもの抵抗だった。




菜摘は、食べ物を捨てるのを嫌う。

もちろん残り物も翌日また食べるのだが、リフォームされることも多い。

チキンバーレルは、翌日チキンサラダになった。刻んだ春キャベツの上に、骨を取って焼き直したチキンが乗って、新玉ネギのドレッシングがタップリかけられた。

おでんが残った時は、3日目にはお好み焼きの具材になり、肉じゃがはカレーコロッケになった。

「いただきますって、そういうことやん」

口に入るものに、ありがたいと感謝する。

無駄にせずに、美味しくいただく。

「でも苦手なもんは無理せんといて。うちも食べれんもんがいっぱいあるし」

残すなら、手はつけないで。他の人が食べられるように残すんよ。

でもテツヤは、菜摘の作るものは何でも食べられた。

よくわからなかった山菜の味も、今は美味しいと思う。畑の採りたてのスナップエンドウは、塩茹でだけで十分甘い。

苦手だった野菜が、美味しくなった。

チキンを久しぶりに食べて、ハッキリ分かった。

……旨い。でもたまでいい。

多分もう、コンビニおにぎりは美味しくない。

……違うんよな。ぜーんぜん。

お釜の白飯最強や。




珍しく菜摘のスマホが鳴った。

「はい、あーありがとう。すぐ行きます。うん、そのままでいいですー」

……どうしたん?

「てっちゃん、納屋にデカ鍋あるから、外でお湯沸かして。たけのこ貰ってくるー」

……めっちゃ嬉しそう......

言うが早いか、すっ飛んで行った。


「ほーれ、こんないっぱい」

薪で火を起こして大鍋に湯を沸かして待っていると、菜摘がたけのこを持って帰ってきた。

先端を落として皮に切り目を入れ、ポンポン放り込む。最後に米ぬかを入れた。

「裏の竹藪でも取れるけど、手入れしてないからなぁ。じいちゃんとこのは手入れしてるから、でっかくて美味しいよぉー」

1時間程茹でたら火を落としてそのまま置いておく。

菜摘は、その間に一緒にもらってきたトマトの苗を植えていた。


夕飯はたけのこづくしだ。

昨日採ってきて、テツヤが筋取りしたフキと一緒に煮物。

たけのこご飯。若竹汁。

穂先を縦にスライスして、酢味噌をかけただけのサラダが、驚くほど美味しかった。

毎日たけのこが続く。

新玉ネギと一緒にステーキにしたり、天ぷらにしたり。

テツヤが1番気に入ったのは、ベーコンやニンニクとオリーブオイルで炒めたもの。新玉ネギやエンドウも入って、黒コショウと塩、少しお酢も入れていた。たくさん作って、翌日の昼にはパスタに絡めて食べた。

……マジすごい。おばちゃんのレシピ無限大〜

料理を手伝うのも楽しかった。

同じ素材が、切り方、加熱方法や調味料で、変わっていくのが面白い。

「料理は化学だよ」

……なるほど。

……おばちゃん、時々言うことが深い。


翌週は裏の竹藪に入ってタケノコ探し。

小さな先っぽを見つけたらスコップでぐるりを掘って根元をザクッと一撃。

持って帰ってすぐ茹でて、半分は薄切りにして干した。

前に干したワラビはとっくにカラッカラになっていた。

冷凍にして保存する時もあるが、好天が続きそうなときは干すらしい。

佃煮や漬物も保存が効く。小さくパックして冷凍している。

日付を書いて、時々冷凍庫を漁って整理しながら料理に使う。

本人は無意識らしいが、かなりマメだ。

「いや、生き物って、食べるために生きてるようなもんやん」

……やっぱり深いわ、おばちゃん。


……でも、僕ずっとおってもええん?

分かってる。

いいわけがない。

だけど聞けない。

このまま暮らしていたかった。




     *



畑の夏野菜の苗がしゃんと伸びてきた。鳥のさえずりも賑やかになり、山の緑が一段と深くなる。

フジの紫が山に色を添え、さわやかな晴天が続いている。


家から30分程山を登ってきた。道と呼べる程のものではない、ほぼ藪と、わずかなけもの道。木に目印の赤い紐が巻いてある。足元の草を鎌で払いながら行くと、水源があった。

木漏れ日が、濃い緑の中に幾筋もの光の帯を引き、水の流れる音と冷たい湿り気が顔を撫でる。

だが、長靴にカッパを羽織り、ほおかむり。内側はむっと汗がにじむ。

「梅雨が来る前に掃除しとかな登るんきついやろ」

枯れ葉や枝を全部取る。

当たり前のように蛇口から出ていた水が、ここから来ていた。

「ありがたいやろ。水道代タダやで」

でもこれ大変じゃん。

ほおかむりを取って、小さく開いた空を見上げた。

水は冷たく澄んで、口に運ぶとすぅと腹に染み渡る。

……本物の天然水。

ペットボトルよりずっと美味しいのは、なんでだろう。

「そら、口にペットボトルつくより、まんまの方がおいしいんちゃう?」

そういうものなん?

「そらビールかて、缶のままよりグラスのほうが美味しいやん」

でもこないだ、缶まま呑んでたよね。

「面倒くさかったー。へへっ」

……自分のことには手を抜く。そんな人なんだ。おばちゃんは。




縁側で、山椒の実を掃除するミッション。

ザルに山盛り。チマチマチマチマ。

「◯◯Payやって」

菜摘が封筒をヒラヒラさせて来た。

地域振興券みたいなものらしい。

ポイっと封筒をほおると、横に座って山椒に手を伸ばす。

「まあここでは全く意味ないけど」

お得なんやろ?

「使える店までのガソリン代が損やろ」

確かに。

「おじいにスマホ教えるんが、めんどいだけや」

……田舎は置き去りか。

「ほとんどの制度は、町の人が便利に暮らすためにあるんよ」

そうかも。

「田舎暮らしなんて、憧れだけじゃ出来んよ。覚悟いる」

覚悟?

「うん。取り残される覚悟。病院もスーパーもない。話し相手もない。困ったことは、自分で何とかせなあかん。あと......1人で死ぬ覚悟かな」

……

「そのかわり自由があるで。大声出そうが何しようが。じ、ゆ、う、だぁー。ハッハー」

大声で笑う菜摘は、強がりには見えなかった。

で、これ何になるの?

「ちりめん山椒。またご飯すすむやつ」



梅雨になる前にもう一つ。草刈りである。

菜摘はブンブン草刈機を振っている。テツヤは鎌と軍手で畑の中。

「ウギャー!」

たまに菜摘が叫ぶ。蛇でもいたのだろう。

菜摘は虫が苦手だ。

畑を耕す時も、ミミズが出る度に大声を出す。

「足が無いのと多いのはあかん」

なのだそうで、家にムカデが出ると決死の顔で挑んでいる。

その上、虫に刺されると異常に腫れる体質らしく、何日も腫れたところを冷やしている。

それでもここに来た。

「慣れるかと思ったけど無理みたい」

野菜に虫がついている。

菜摘は殺虫剤をシューとやる。

農薬じゃないのと聞くと、無農薬なんて無理と笑われた。

「素人やもん。使用法は守ってるし、ええやん。でも普通の農家はもっと使うで」

ーー要は使い方や。なんでもそうや。オーガニックは素敵な響きやけどな。都会の人の憧れかもな。

それに自給自足もな。買わな手に入らんもんいっぱいあるで。肉も魚も、あと調味料とかさ。野菜位よ、それなりに作れるのは。動物飼うのも大変よ。うちには無理や。

何もかんも頑張ってたら、しんどいやん。程々がええ。

そんでも、家の野菜、美味しいと思わん?スーパーと違う、今の時期のもんしかないからな。自然やろ。それで十分やと思うんよ。



きゅうりに花がついていた。

雌花と雄花があるのを初めて知った。

理科で勉強したかもしれないけれど、気にしたこともなかった。

実になるのが待ち遠しくて、毎日見に行った。小さな雌花が膨らんで、1日1日伸びていく。

初めてちぎったきゅうりは、少し青臭かった。




今日は籠を2つ持って山へ。

ワラビ採りがてら、本命は野イチゴだ。

春に白い花をみつけていたのが、今は赤い実がびっしりとなっている。

小さなツブツブの集まった実を口に含むと、思いの外甘くて驚いた。

時々つまみ食いしながら籠にそっと入れていく。


「もうワラビも終わりやわ」

長くなったワラビも柔らかい先の方しか摘めない。だいぶ硬くなってきた。

でも季節が変われば、またこうやって別の恵みが待っている。

「それぐらいでいいよ。また来年や」


家に戻ると早速ジャムにした。

熱湯消毒した瓶に詰めて、逆さまに置いて冷ます。

菜摘はネットでパンをポチった。

久しぶりのパン。

たっぷりジャムを乗っけると、ゴロゴロとした野イチゴの実が、凄く贅沢な気分にさせてくれる。甘みのなかにさわやかな酸味が混じるのは、多分菜摘が砂糖を控えていたからだろう。

「まあ次のはもうちょい砂糖入れるよ。日持ちするように」

……なるほど。じゃあせっせと食べようっと。





毎日きゅうりとズッキーニ。

サニーレタスもよくできている。

納屋には玉ねぎも干してあるし、じゃがいもも箱にどっさり。

冷凍や干して保存している野菜もある。

菜摘は余り凝った料理はしないが、毎日違った料理を作ってくれた。

台所には一緒に立つようにした。何の変哲もない野菜が、魔法のように変わっていくのが面白かった。



菜摘はあまり種からは育てない。どれも3本もあれば事足りる。

種を蒔いていたのは、トウモロコシとインゲンと、オクラくらいだったと思う。

苗は下のおじいさん達が分けてくれるらしい。変わった野菜はホームセンターで買ってくる。

だから種類は多い。

「まあ育て方はよく分からん」

と言いながら、ちょくちょくネットで調べている。

植えっぱなしのアスパラ。勝手に生えてくるミツバやシソ。

実に20種類以上の野菜が、チマチマと植えられていた。

「失敗しても、おじいが分けてくれるから平気やしな」

菜摘は実にのんきに笑う。

いやいやそれでも、凄いと思うよ。僕こんなに野菜見るの初めてやし。



雨の日が増えてくる。

晴れ間をぬって、畑の手入れをする。支柱を立てたり脇芽を摘んだり。

雑草は?と言うと、追いつかんでしょ。しばらく放置や。と笑う。

適当にむしっておいた。

きっと虫が嫌なんだろう。いや、足のないやつかな?


それでも成るときは成る。

きゅうりが溜まってきた。

「ふむ。ピーちゃんにしよ」

冷蔵庫から出した10数本のきゅうりを小口に切って塩をする。

鍋に醤油、砂糖、お酢。輪切り唐辛子と細切りの生姜を入れて煮立たせて、ざっと塩を洗い流したきゅうりを入れてしばらく置く。

別鍋にざるを置いて、そこにざっと開ける。

鍋の汁を煮立たせて煮詰めたら、又きゅうりをドサッと入れてしばらく置く。

数回繰り返して、最後は汁を濃いめに煮詰めて、瓶に入れたきゅうりにかける。

「つまんでみ」

これ◯ちゃん漬?

「Pちゃん」

どう違う?

「うちが作ったからPちゃん」

なるほど。いける。ポリポリやん〜。

「まあ冷蔵庫なら結構持つから当分食べるな」

承知致しました。




     *




雨が続いている。

2人で相談して、毎日1人1時間の自転車発電をすることにした。

納屋で1人で自転車を漕いでいると、どうしても考えてしまう。

……

……このままでいいわけない。

……だけど

……

菜摘は相変わらず何も聞かない。

菜摘も自分のことは、聞けばポロっと話すけれど、あまり自分からは言わない。

下のじいちゃん達には、親戚の子が来ていると言っているようだ。

以前のように、夜中にワァッと騒ぐこともほとんどなくなった。

ゆっくり流れる一日。畑仕事とちょこっと山歩き。風呂焚や薪割りにも慣れた。

静かで穏やかな暮らしだけれど、不思議と退屈だとは思わなかった。

ずっと当たり前にあったものが、なくても困らない事を知った。

……

……でも。

……

家に来た人を見たのは、プロパンの人ぐらい。

……

……怖い。

……

チラリと、立てかけてあるマウンテンバイクを見る。

……

……おばちゃん、僕は……

……どうしたらいいの

……

僕は、逃げてきたんだ。

……

……何から?

……

僕が逃げたものは、何だったんだろう。

納屋のトタン屋根を、雨粒が強く音を立てて叩いていた。





「てっちゃん、ゲームしてもええで」

菜摘がパソコンを開けていた。

「そやなー。1時間でチャリ30分。どう?」

なんか小学生みたい。

……長いこと触ってない。

……ちょっと調べるか。

ほなちょっとだけ。後払いで。


地図を探した。

ここが何処なのか知りたかった。

段ボールにあった住所を打ち込む。

……マジで。

……どこ通ってきたん、僕。

画面の地図を、ズンズン引いていく。

……遠っ。

何も考えられなくなって、何も持たずに飛び出した。

飲まず食わずで自転車を漕いだ。

道も景色も、何も覚えていない。

気がつくと、ここにいた。

……

……おばちゃんが拾ってくれた、僕。

……





じっとりと暑い日が続いた。

額や首筋に髪の毛が張り付く。

「なぁてっちゃん、切ったろか、髪の毛」

菜摘が右手にハサミをチョキチョキさせて、ニヤニヤしている。

……それ普通の文房具のハサミやん。確かに伸びて気持ち悪いけど......

返事できずにいると、

「バリカンもあるでー」

左手に持っていた。

……なんである。バリカン。……

「お父ちゃんの頭は私が刈ってたん。任せなさーい」

写真のお父ちゃんは丸坊主。

いつも庭の花が飾ってあって、丸刈りのおじちゃんが不器用な笑みを浮かべていた。

当然僕は、丸刈りなんてしたことはないし、せめてツーブロックになんて言っても、おばちゃんにそれを期待するのは酷だと思う。

……どうする。案外サッパリするかな?

……えーい!やっちゃうか。

お願いします。

「いやー、やりがいあるわー」

庭先に椅子を出し、風呂敷を巻かれて、ガンガン刈られる。

長く伸びた髪が、バッサバッサと落ちる。

「お父ちゃんハゲとったしー」

……聞いてないし。

あっという間に丸坊主。

「頭の形きれいやな。似合ってるよ」

……スースーする……

ありがとう。

頭を触るとザラザラして、指にかからないのが不思議な感じ。でもなんだかスッキリした。

そして、髪と一緒に何かが落ちた気がした。





梅雨が終わるとガンガン夏の日差し。

坊主頭には強制的に黒と黄色の帽子が載せられた。

……阪神やん。

菜摘がファンであることは、ちょくちょくナイターを観ているのでわかっていた。

……僕はオリックス......

「JAのんと、どっちがええ?」

こっちにします。

虎になります。はい。

「よろしい」



梅雨の間に伸びた草を刈る。

畑仕事の合間にちょこちょこと手分けして鎌で刈って、野菜の根本にかけておく。暑くて長時間はしんどいから、毎日ちょっとづつだ。先週刈ったところがもう伸びてる気がするが.......気のせいと言うことにするらしい。

おばちゃんは自然体。

ーー無理なもんは無理でええやん。

出来ることやればええねん。誰かに迷惑かけるわけやないしなー。

うちは完璧は目指してないもーん。テキトー田舎暮らしやしー。

と、ヘラヘラ笑う笑顔は、ヒマワリのように明るくて、だけど僕より高いところで笑っているんだ。

ーーうち、頑張れってキライ。自分には言ってもいいけど、人に言うのは違うやろ。

人それぞれに頑張ってるから、他人に言われてもなぁ。うちも一応自分では頑張ってるつもりやで。へへへ。

……そうだね。いつだって、みんなもっと頑張れって言うんだ。無理なのに、そう言うんだよ。

でも僕は今、自分に言う。

頑張れ。



畑のトマトが赤くなってきた。

外の水で冷やしておいて、オヤツにガブリとやるのがたまらないー。

あ、トウモロコシ、採ってもいい?

「んー。どうやろ、先っぽが一番茶色いの1本だけな」

ムギュッと折って、皮を細く剥いてみた。

いけそう!

「ほなもう1本、お昼に食べよ」

採れたてのトウモロコシを、菜摘は皮ごと蒸した。

アッツアツの皮を剥くと、まっ黄色に光っている。

パラパラと塩を振ってかぶりつくと、プリッとした粒からジュワッと甘みが広がった。

……うそ、まじ。

めっちゃ甘い。こんなん初めて。

「そやろ。まあ売り物みたいに立派やないけどな」

……やばい。こんなに違うの?

僕、何食べてたんやろ。

全部全然違うねん。

みんなちゃんと匂いがあって。

もう1本食べたいなー。

「明日な」


夏とは言え、山の空気は爽やかで、もちろん家にはエアコンすらなく、たまに扇風機を回す程度。夜も窓を開けていれば、山から吹き下ろす風で、気持ちよく眠れる。

網戸にして、どこもかしこも開け放す。

畑仕事は涼しい朝のうちに済ませ、昼間はのんびりと過ごす。

「カブトおるかもよ、裏山」

菜摘にそそのかされて、畑が済んでから裏山に入ると、いた。メスだったけど。一応取ってポケットに入れて帰ってきたが、結局飼い方が分からないので放した。

それから1週間毎日探した。だんだんいそうな木もわかってきた。クワガタもオスのカブトも見つけた。服にくっつけてるだけで嬉しかった。

……小学生やな。マジで。



テツヤは、菜摘が洗濯や掃除をしている間にサスケの散歩に行き、その後畑に出る。

夏野菜は成長も早い。水やりと収穫はテツヤの担当だ。前日にメドをつけてある。が、うっかりすると、きゅうりが瓜になっていたりする。

「てっちゃん、枝豆2本抜いといて」

かぼちゃまだ?

「もうちょいやな。お昼そうめんにしよか。ミョウガと大葉採ってきてよ」


自分が収穫した野菜たちが、食卓に並ぶ。

瓜になったきゅうりも、皮を向いて種を取って、豚肉と一緒に炒め物になっている。

テツヤが手伝って作ったのは和風ラタトゥイユ。ちょっとダブって来た野菜達を、菜摘がトントン切ってはテツヤの待つ鍋に放り込む。ごま油で炒め、かつおだしと塩を入れ、ざく切りのトマトを入れて煮る。最後に醤油一回し。仕上げに刻んだ大葉を散らす。


めっちゃうまっ。

「残りは明日冷製パスタやな」

僕作る。

「パスタ茹でるだけや」

いいじゃん。

「へへっ。お任せします」

……ミョウガとおかか乗せよかな。



午後はのんびりだ。

外で水浴びして、シャツとパンツで座敷にごろんと寝転んで、サスケとダラダラするのも気持ちいい。

時々、菜摘のパソコンを借りる。

ゲームもSNSも見ない。メールさえ開かない。

画面の向こうで探していたのは、これからの自分の道だった。



ギーコギーコギーコギーコ

納屋で自転車を漕いでいる。

パソコン1時間で自転車30分ルールは健在だ。

チラッとマウンテンバイクを見る。

……ちょっと乗ろっかな。

タイヤに空気を入れて、またがってみる。

ちょっと曲がってる?

でも乗れる。ちょっと走ってみよう。



「どこまで行ってたん?」

下の村あたりまで。

「スイカ冷えてるでー。食べよ」

やったぁー。

大きな櫛形に切ったスイカを、縁側でかぶりつく。

汗をかいた体にスイカが染み込んでいく。

菜摘がプッと種を飛ばした。

「どや」

……んー。小癪な。

ぶっ!勝った!

「JAの帽子のじいちゃんおったら、お礼言うんやで」

わかった。

「ついでに下のポスト見てきてくれたら嬉しいな」

了解!

……次はちゃんと言う。

……おばちゃんありがとう。





      *





うわっ。やばいんちゃう?

「てっちゃん、ちょい外片付けよ」

台風の予報円がかかっている。

雨よりも風が出ていた。

畑の野菜の支柱を補強する。

外に出したままの物を納屋の中に入れてシャッターを閉める。

薪も片付けて焚口は閉じた。

山が轟々と鳴りだすと、雨戸も全部閉めた。

「まあ電気は持つと思うけど、テレビ控えよっかな」

チャリンコ漕いどく?

「ええよ。ひと晩くらい大丈夫やわ」

今のうちにサスケの散歩してこよか。

「んー。10分でいい。出したら多分気が済むと思うから」

リードをつけて走る。近場をぐるっと回って戻ってくると、雨が降り出した。

「お風呂のお湯残ってるから体流しておいで」

サスケを抱えて風呂場に行って、足を洗ってやる。

ザバーっと頭から浴槽のぬるいお湯をかぶる。

サスケを真似て、ブルブルしてみたが、うまくいかなかった。

……あ、台風行ったら水源見に行かな。


山の暮らしは一見快適だ。でも地味に手間がかかっている。

温かい風呂も、蛇口から出る水さえも。

締め切った家の中で、サスケにボールを放る。

……おばちゃんって、1人でも平気なん?

心細くはないのだろうか。

……僕がおらんでも、大丈夫?

轟々と風が鳴る。

菜摘はのんびりと台所でご飯を作っている。

……そういうのって超越できるもんなの?

僕は今、おばちゃんがいないとちょっと怖い。


案の定翌日は、山からの贈り物がどっさりあった。

朝から2人で家の周りを片付ける。畑の方は、おばちゃんが倒れかけの支柱やネットを直すって言うから、僕は水源に上がって掃除してきた。

案の定ぬかるんでいて、足元が滑って泥だらけになったが、木々の間から覗く空が青くて、差し込む光が眩しくて、なんだか気持ちいい。

「てっちゃんがおって助かったわ」

……そうでしょ。

……

……だけど......

……

……僕は......

……

……このままではいられない。



毎日自転車に乗って下まで降りて、郵便受けをチェックする。

菜摘がお墓参りに行った日、待っていたものが入った。

封を切り中身を確認して、布団の間に挟んだ。



「てっちゃん、お肉買ってきたよー」

え。肉!!

「焼肉しよー。納屋に網あるから」

わかったー!

おじさんのいた頃にはやっていんだろう、ちょっと錆びた網があった。たわしでごしごし洗って、庭の焚き火台に乗せた。


菜摘が台所から野菜カゴを持ってきた。テツヤが今朝もいだ野菜。うえにはトングや皿、デジカメまで乗っている。

菜摘が野菜を丸ごと網に乗せる。

ギョッとしていると、

「任せんしゃい。これがええんよ」

……マジで。

「肉乗せて、肉」

はーい。肉係。

ビールとコーラで乾杯して、ガンガン食べる。

丸焼きのピーマンがめちゃくちゃ旨い。

焼いたミニトマトもめっちゃ甘い。

「肉食べ、肉」

食べてるって。そんなにいっぱい乗せたらあかんー。

菜摘のテンションは、終始高かった。

「昔は肉食獣と呼ばれてた」

……どっちの意味やろ.......

さすがに聞けなかった。





お盆が過ぎると少し風が涼しくなった。

お昼過ぎ、菜摘が下に宅配を取りに行くと言う。

うん。行ってらっしゃい。



僕は出る。


おばちゃんのいない今じゃないと、行けそうにない。

顔を見て言い出す勇気はない。

だって。

ここは気持ち良すぎる。


……おばちゃん、ありがとう.......

……ごめんね。


軽トラの音が遠ざかる。

テツヤはジーパンに履き替えた。

……おっちゃんごめん。

手を合わせて、写真の下の小引き出しを漁る。

布団の隙間の封筒を取り、折って尻のポケットに突っ込んだ。

……サスケ、おばちゃん頼むな。

ゆっくりと頭を撫でると、サスケは首をかしげた。



   

      *




納屋に軽トラを入れて、荷物を取ろうと後ろに回る。

あれ?自転車ない。

どこ行ったんやろ。

段ボールを抱えて台所に行くと、テーブルの上に銀行の封筒があった。


ーごめんなさい 必ず返します 哲也ー


封筒の中を見る。

数える。

……もー。1枚だけ抜くか。

お父ちゃん、行ったみたいよ。と、封筒を小引き出しに戻すと、写真の顔が笑ったように見えた。


サスケがじゃれつく。

「散歩行くん?ちょっと待っとって。片付けるから。お肉冷凍入れんとヤバい」













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