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第2章

あー、もうちょい寝たいけど.......

菜摘は寝返りを打ち、横で眠る少年を見る。

スゥスゥとした息にホッとして、重い体を起こした。

布団を半分折りにして、ズルズルと奥の部屋に引きずって行く。

ーー寒っ。

ストーブをつけて水を入れたやかんを乗せる。

台所で、小鍋で湯を沸かしてコーヒーを入れた。

ーーまいったな。

湯気の立つマグカップを両手で包んで、少年を眺めていた。

昨夜目を覚ました時に、お粥を食べさせた。茶碗半分ほどの緩い粥をなんとか口にすると、またすぐに眠りに落ちてしまった。

ーー起きるまでほっとくか。

顔色は赤みがさしているものの、お世辞にも健康そうには見えなかった。

高校生位かな?中学生やないよな......

息子の子供時代を思い出す。やんちゃだった息子とは全く違う、青白い顔と華奢な体。

ーーなんでこんなとこに......

犬が少年の布団から這い出てきて伸びをする。

「サスケ、どうしよ?」

足元で、菜摘を見上げて尻尾を振っている。

「んー。しゃあない、湯たんぽ係に任命する」

サスケは首をかしげた。



……

……

……





ーーサスケ、ちょい待て。足洗おな。


……

……あ。ここは......

……

……犬……

……

……どうしよ......

……

……寝たふり.....

……

……お腹空いた......

……


薄く目を開けると、また犬の顔。

「ワン!」

ーーあ、目ぇ覚めた?




「あ、目ぇ覚めた?」

菜摘が、手を拭きながら布団の方を見ると、少年がサスケの頭を撫でていた。

「お茶飲む?」

熱いほうじ茶に冷蔵庫の氷を2つ程入れて持っていく。

「ここ置いとくで」

枕元に置くと少年が小さく頷いた。

菜摘は台所に戻って、粥を火にかけた。

煮立った所に卵を溶き入れて火をとめる。

丼に卵がゆを入れて、匙で混ぜながらうちわであおぐ。小皿には叩き梅とふきのとう味噌を乗せた。

布団のところに持っていくと、少年はノロノロと起き上がった。

「座椅子いる?」

少年は、首をほんの少し横に振った。

「そう。自分で食べられる?」

今度は小さく頷いた。

「熱いから。ふぅふぅして食べや」

菜摘は台所に戻ると、ふっとため息をついた。

ーーどうしたもんやろ。

お茶を飲みながら、チラチラと様子を伺う。

お盆を膝において、ふぅふぅ吹きながら食べている様子に、少し安堵して椅子を立つ。

奥のタンスから、男物のスウェットと下着を出す。

タンスの横のチェストにある旦那の写真を見て、貸したってな、と心で手を合わすと、ええで、と笑った気がした。

湯を沸かして桶に溜め、タオルを2本放り込んだ。

「食べた?ほなこれで体拭いて。出来る?」

頷く少年。

「これに着替えてな。あ、パンツさらやからな」

お盆を引いてくる。

粥も小皿も湯呑みも全部空になっていた。

ピチャピチャとタオルを絞る音を背中で聞きながら、洗い物をする。

ーーお父ちゃんのパンツ、デカいかな。




……ふぅー。ふぅー。

……

……ふぅー。

……あちっ。ふぅー。

……はふっ。

……

……はふっ。

……

……これ......苦。けど......

……おいしい......

……はふっ。



……あ、いたっ。しみる。

……

……うわっ。きったねー。

……

……おばちゃん見てないな。

……良かったトランクスで。

……ガバガバやん......

……

……ヤバ......「トイレ」

ーーあ、あっちやで

……ふぅ。

……しんどい……

……

……

……サスケ?

……え?メスやん。




菜摘は、少年が着替えたパジャマを洗濯機に放り込む。

少年はトイレから戻ってくると、また布団に潜り込んで眠ったようだ。横でサスケが丸くなっていた。

ーーほっとくか。

サスケを連れて、昨日少年を見つけた辺りを見てきたが、自転車以外持ち物は見つからなかった。怪我は大したこと無さそうだが......

ーー弱ってるんよな。なーんか。



畑に出た。

大根を抜き、庭先で洗う。傷んだ葉を引きちぎる。

ーー煮物やったら食べるかなぁ。

台所に戻ってもう一度大根を洗う。

厚い輪切りにして、皮も厚く剥く。

半月に割って下茹でしている間に、皮を細く千切りにして、葉も軸ごと細かく刻んでおく。

鍋にごま油を一回し、千切りの皮を入れて混ぜながら、冷凍庫からじゃこを出して、一つかみほど入れる。刻んだ葉も入れて、しっかり炒めて、砂糖と醤油とみりんを入れ、汁気がなくなるまで炒りつけて、ごまを加えた。

下茹でした大根の方は、昆布を入れたたっぷりの湯でひと煮立ちさせ、豚肉と塩を加えてアクを取り、ストーブの上に置く。

しばらくすると、コトコトと蓋がなる。

菜摘はそっと蓋をずらした。




うつらうつらしていた。

もう薄暗くなっている。

ストーブの上の鍋から湯気が出て、ほんのり甘い匂いが鼻を刺す。

……

……なんでここに?

……どうしよ.......

……

……なんて言ったらいいんやろ

……

……黙ってよか.....

……

……あぁ、しんどい.......

……

……




「どない?傷見せてみ」

どんよりとした目を見ながら、額の絆創膏を外す。

「消毒しとくけど、触ったらあかんよ。腫れてるし」

絆創膏を貼り直して、布団の足元をめくる。

「素足にサンダルでマウンテンバイクって、何考えてんねん」

くるぶしの包帯を外して消毒。軟膏を伸ばしてガーゼを当てて包帯。

「シップも変えとこ」

あちこちに貼ったシップを貼り替えた。

ぼんやりと目は開けているけれど、されるがままに、体を任せる少年。

ーーやっぱ高校生位かなぁ。ほんまにもう。なすがママ、きゅうりはパパかいな。

「晩ごはん、こっちで食べる?」

コクっと頷く少年。

ーーんー。口聞きたくないんかなぁ。難しいお年頃やし......様子見か......


台所に戻っておくどさんの火を落とす。ご飯はいつも羽釜でまとめて炊いている。炊きたてを食べられる日は、それだけでご馳走だ。

コンロにかけた鍋の煮干しを取り出して、小松菜の花芽と薄揚げを刻んで入れて味噌を溶く。

2つお盆を出して......

豚大根の塩煮と大根のじゃこ炒め。蕗味噌。作り置きの人参のラペ。味噌汁とご飯をよそって、乗せる。

ーーうわー。めっちゃええ。写真や。

デジカメでパチリと撮ると、菜摘はお盆の1つにお茶を置いて、隣の部屋に持っていく。

「できたよ。座椅子入れたろ。まだキツイんやろ」

起きた少年を座椅子に座らせて、横にお盆を置いた。

「どう?自分で食べられる?」

頷く少年。

「ゆっくり食べや」

菜摘は立ち上がり台所の椅子に座った。

「サスケもご飯にしよか」





ホカホカと湯気を立てている。

手に取った茶碗には、つややかに光る白いご飯が香ばしい香りを放つ。

一口。

……ハフッ。

……うまっ。

……コンビニのんと全然ちゃう。甘い……

……

……大根なんか......うまっ。

……え?

……

……こっちは......わ。ご飯ご飯。

……

……あ、おかわり.......

ーーおかわりするか?

コクコク。

……メシうまっ。





菜摘はいつもと変わらず過ごす事にした。

ただちょっと、風変わりな少年が増えただけ。

ご飯はしっかり食べるけれど、トイレ以外は布団から出ようともせず、横になっている。

時折苦しげなうわ言が聞こえる他は、声すら出さなかった。



だがそれも、5日ほどすると......


んー。どうする......

ええ天気やし……

起こすか.......

もう動けるやろ......

「なぁ」

少年を見下ろすと、薄く目を開けた。

「起きて。布団干したい。シーツも洗いたいし」

ーー臭いんよ。あんた。

モゾモゾと布団から出る少年。

「台所に朝ごはん置いてるよ」

布団からシーツを引っ剥がし、洗濯機に放り込む。いつもより洗剤を少し増やして、洗濯時間も長くした。

布団と毛布は縁側へ放り出す。

「ご飯食べたらお風呂に入って。よう洗ってから浸かるんやで。着替えは置いてるからな」

台所のテーブルで、うなずきながら、おにぎりをほうばっている。

ーーどうしたもんやろ。

庭に出て布団を干して、戻ってくると、少年は風呂に行ったようだった。

ーーいつまでも布団に籠もっててもなぁ。




……あー。気持ちいい。

……ちょいしみるけど.......

……めっちゃ汚れとった.......

……

……

……

……ええんかな。

……ここにおって。

……

……

……あ、このジャージ。短い。



「ハハッやっぱり短いか。まあ辛抱し」

菜摘は手を留めて、少年の足元を見る。にゅっと細い足首が見えていた。

少年の目が手元を見ている。

「これ今日の晩ごはんな」

ホリホリと、つくしのはかまをむしっていく。出はなのつくしは短くて、はかま取りも面倒だ。

少年は少し首を傾げて部屋に戻った。布団もない部屋にちょこんと座ってサスケを撫でている。

「あんた、名前は?」

「テツヤ」小さな声だった。


「テツヤ君。うちちょっと荷物取ってくるから。留守番な」

頷くのを確認して、家を出た。

軽トラに乗って下の集落へ。

20分程山を下ったころに、年寄りばかりの世帯が3件。そこにネットで注文したものが届いている。

「いつもすんませんー」

声をかけるとおじいさんが出てくる。

「おぉ。ええよー」

「あ、これどうぞ」

包みの中からビールを出す。350ml6本入り。ただし第3のビールである。

「いつもすまんなー。これ持って行けや」

袋には里芋とさつまいも。

「もう無い言うとったやろ」

「ありがとう。助かるわぁ」


ゴミ置き場に不燃物を置いて、荷物を荷台に積み込んで帰る。

バタバタと荷物を運び入れていても、テツヤは部屋から動かなかった。



ふきのとうを天ぷらにした。ガクを開いて花を出し、薄い衣でさっと揚げる。塩をパラパラ振りかける。

つくしは水洗いしてさっと茹でてざくっと切る。小鍋に出しと塩、醤油、みりん。つくしを入れてひと煮立ちさせて、卵をとじ入れ火をとめる。

皿に盛ったら刻みネギをちらした。

後は、今日貰った里芋と、畑の大根やネギを使って豚汁。たっぷり作った。明日も食べよう。



……つくしって......

……食べれるんや

……え。苦。

……ふきのとう......

……あ。苦。

ーーその苦味が春の味やで。

……へぇー

……

……春の味?

……

……わかんねー

……

……けど……

……あったかい。

……あったかい……





「布団ぐらい自分でたたみ」

「いただきますくらい言いなさい」

菜摘から言われたことはそれくらいだった。

名前以外、何も聞かれたことはない。

……ええんかな

……ここにおっても

……

自分からは聞けなかった。

犬とボール遊びして、テレビ見て。

体がだるくて頭がぼーっとする。

動く気にはなれなかった。

ゴロンと寝転んでウトウトすると、いつの間にか毛布がかかっていた。


……

縁側に座ってぼんやりしていると、菜摘が長靴を出してきた。

「これ入るやろ。あげる」

……外に出ろってこと?

足元にポンと置くとスタスタ去っていく。くるりと振り返った。

「履く時はひっくり返して、中何もないか見てな。たまーにムカデ入ってるで」

……マジで。

コクコク頷いた。



菜摘は、晴れた日は、畑仕事、山菜取り。時々薪割り。

テツヤも時々庭に出る。たまにサスケがついてくる。

庭の隅に小さな花が咲いていた。

「それ水仙。まあ今からやなー」

と言うと、菜摘は蕾を3本程切った。

「お父ちゃんに見せたろ」


納屋には菜摘の軽トラと自転車があった。

隅っこにテツヤの自転車が立てかけてある。

菜摘が軽トラに積んで持ってきたが、どう見ても修理が要りそうだ。

でもテツヤは触る気にもならなかった。


朝から雨が降った。

テレビを見ていると、菜摘が何処かに出ていった。

1時間程で戻ってくると、テツヤの前にしゃがみこんだ。

「テツヤ君。納屋の自転車漕いで来て。うちソーラーやねん。ちょっと蓄電したいんよ」

……自転車……

……蓄電?

……あれ、発電用?

「はい?」

「ごめんな。うち1時間頑張ったから」

……僕も1時間?……

「安心してテレビ見れるで」

……なるほど。

黙って立ち上がった。


雨音に混じって、納屋からギィッと古い自転車の音が聞こえた。




      *



静かだ。

風に揺れる木のざわめきと、鳥の声しかしない。

器械的な音は冷蔵庫位か。

おばちゃんが、朝ごはんを作る音。

静かなのに温かい音。


ケキョ、ケケケ、ケキョ.....

ーーハハッ。ウグイスやで。練習中や。

……ホーホケキョとちゃうんや……

昨夜は山の方から、鳥の鳴き声かと思っていたら、

ーーあれ、鹿やで。

驚いた。鹿って鳴くんや。ピーピー。


畑にも入ってみた。

ーー今日はネギ焼きにしよか。

おばちゃんがネギをざっくり根元で切って、僕にポンと渡した。

ーーそこで洗って。傷んだとこ綺麗にむしっといてな。


山盛りの刻んだネギがぺったんこになる。生地にすりおろしたじゃがいもを入れたとかで、もっちりしていて、上に乗せた豚肉がカリカリで。醤油を垂らすとめちゃくちゃ旨い。

ただのネギなのに。



少しづつ体が軽くなってきた。

おばちゃんは、9時には寝てしまう。

ーー電気もったいない。

そう言われると確かにそうだ。夜はテレビ見るだけだし。

その分朝は早い。

外が明るくなり始めると、もう起きてきて動き出す。

まだ肌寒い朝、おばちゃんは灯油ストーブに火をつけて、コーヒーを飲んでいる。

僕もその頃には目が覚める。


朝起きた時にはお腹が空いていて、おばちゃんの作るお粥が、腹に染みるように旨い。

前の晩の残りのおかず。ふきのとう味噌はお気に入りだ。あの苦み、癖になる。


……ええんかな。

……

……おってもええんかな。

……

……おりたいな。

……

……おばちゃんのご飯、おいしい。

……肉少ないのに、おいしい。

……



おばちゃんの薪割りを見ていたら、手招きされて、斧を持たされた。

そのままおばちゃんは畑に行ってしまう。

……

……あれ?割れへん。

……

……イメージと違うー

……

……おばちゃんは、こんな感じで……

……あれ?

ーーハハッ。練習や。

……

……ウグイス並みやん。


お風呂とご飯は薪だった。

ストーブは真冬は薪だけど、今の時期は灯油ストーブなんだって。

「お風呂沸かすけど、炊いてみる?」

コクコク。

クシャクシャと丸めた紙の上に杉の枯れ枝を乗せて、細い薪を乗せて、その上に太い薪を置く。

紙に火をつけると杉の枝がぼっと燃えてやがて火が回っていく。

パチパチと鳴る火を見ていると、また何処かしら暖かくなってきた。

……何やろ......

……

ぼんやりと眺めてしまう。

……

……あ……アッチー





おばちゃんがまた宅配を取りに行った。

近くにはスーパーもコンビニもないらしい。

夜、台所のテーブルで、ノートパソコンを開いているのは買い物の為だと思っていたら、どうやらSNSにご飯の写真をアップしているようだ。

後ろから覗いていたら、

ーー生存確認や。

と笑った。

フォローもフォローワーも10数人。アイコンはサスケ。

その割に、ブラインドタッチ。

サクサク文章を打ち込む姿は、昼間の素朴イメージと全然違って見える。

……はや!びっくりや。

ーーまあネットのトモダチなんてネットだけよ。うち、もうどうでもええんよ、トモダチは。

……いや、めっちゃ慣れてるよね。

ーーま、卒業よ。てか今は自分で手一杯や。人様の暮らしは気にならん。

……

ーーパソコン使う?

……

首を横に振った。

……

ーーパソコンもスマホも、便利やけど、加減が難しいよな。

……?

ーー付き合い方は自分で決めんとな。

……

……そう……だね。



翌日、おばちゃんは畑に残った大根を全部引いてきた。

「おでん炊こか」

コクコク。

「手伝う?」

おばちゃんがニカッと笑った。

「ほな大根洗って」


大根2本。分厚く切って厚く皮を向いて下茹で。

大鍋に半分湯を沸かして昆布とスジ肉を入れた。

「沸いたらアク取りしてな」

ボールとお玉を持たされた。

大根をザルにあげたらまた湯を沸かしてこんにゃくを下茹で。

アク取りしたら、

「ストーブに乗せといて」

空いたコンロでゆで卵。

「これ入れて」

大根とこんにゃく。

次々と下茹でして、具材を足して行く。

厚揚げ、ごぼう天、平天、串天。卵。

……全部いっぺん茹でるんや。

菜摘が鍋に塩を入れた。

「グラグラ煮たら、出しが濁るんよ」

蓋を半分くらいずらした。


残りの大根は、葉っぱと刻んで漬物、それと人参と一緒にナマスになった。


1時間程でストーブを消した。

夕方、コンロでもう一度温める。ちくわやはんぺんが入った。

もう鍋はてんこ盛り。



塩だけのおでん。

小皿におろし生姜。

……うっわ。めっちゃうまっ。

……コンビニのんと全然ちゃう。

……なんで?

……

……そう言うと……コンビニのしか知らんかった。

……

ーーやっぱりいっぱい炊いた方がおいしいな

……

……おばちゃん、それは多分違う。

……

ご飯に澄んだおでんの出しをかけた。

ガシガシかき込むと、目が潤んだ。



その夜、おばちゃんのSNSには、鍋ごとどーんとおでんが載った。

……もうちょい映えとか......

……撮り方教えたほうがええんかな?

……めっちゃ旨いのに伝わらんやん......

……もったいないなぁ

……






尾根の向こうでは、山桜がぽつりぽつりと咲き始めていた。淡い桃色が、まだ茶色の山肌に滲むように浮かんでいる。



「出とる出とる」

枝の先の新芽をナイフでサクッと切る。

5つ切って良しとした。

離れたところでワラビを探しているテツヤのところに戻る。

「てっちゃん、これタラの芽。天ぷらにしよ」

チラっと見ただけで、またワラビ探しに戻るテツヤ。

まだ出始めのワラビは短くて、見つけにくい。でも柔らかくておいしい。

菜摘はこの時期のものが好きだ。

目が慣れるとわりとすぐ見つかるのだが、慣れないテツヤの手にはまだ数本。

「ここあるで」

テツヤが寄ってくる。

「周りよく見てみ」

場所を移して菜摘も探し始めた。



家に戻ってお湯を沸かす。

ワラビを洗ってバットに入れ、おくどさんから灰を取って振りかける。

熱いお湯を上からかけて浸す。

「アク抜きや。これは明日な」

そーっとテーブルの端に動かした。

「今日は天ぷらや。あ、玉ねぎ抜いてみよ」

菜摘は畑に出て行った。


……へぇー。アク抜きかぁ。

テツヤは菜摘が山に行くというと、ついて行く。

ちょっとブカブカの長ぐつをカポカポさせながら。

毎年同じ場所で採っているらしい。あまり山の奥には行かないけれど、必ずサスケを連れて行く。

ーー季節が来たら、ちゃんと出てくるんよ。ありがたいねぇ。

でも食べる分だけ採るんよ。根こそぎはあかん。

野菜は畑から。ただこの時期少し畑は寂しくなって、菜摘は夏野菜に向けて畑の準備をしていた。

でも、この時期は野草が採れる。

ーー今だけのもんや。

初めて見るものばかりだ。

昨日はセリを採ってきた。

菜摘はこんにゃくや人参と白和えにした。

少し甘い豆腐の衣をまとったセリは、不思議な香りだった。



「まだこまかったぁ」

笑いながら戻って来た菜摘の手には、葉っぱのついた小さな玉ねぎとエンドウ。

……なんかほんまにメシだけが楽しみ。

自分で採ったものが食卓に並ぶ。食べたことのないものも多いのに。

テツヤは苦笑する。

……けど、ほんま楽しみ〜



……おばちゃん。

……

……ずっとおってもええん?

……

やっぱり聞けない。

でも、薄々気が付いていた。

多分食費も増えている。

ネットで買った肉も魚も、ほとんど僕の皿に乗る。

でも菜摘は何も言わない。

笑っているだけだった。




「てっちゃん見て見て」

パソコンを開いて、菜摘が手招きする。

「フォロワー増えた」

パソコンの画面には、今日の晩ごはんの写真が映っていた。

写真の撮り方とタグは、この前僕が教えた。

タラの芽の天ぷらと新玉ネギとセリのかき揚げ。エンドウの卵とじ。玉ねぎの葉と揚げの味噌汁。大根の漬物とナマスが小鉢にちょこんと盛ってある。

白いご飯が光っていた。

「ほれ」

いいねも増えていた。


ーーけどな。うち、このいいねって、意味わからん。

だってさ、お父ちゃん死んだ時にちょこっと書いてん。

なぁ、いいねされても嬉しくないやろ。

でもいいねやねんなー。

そんでな、自分ではせんの、いいね。

見るだけ。

なんかな、ネットって変よな。

知らん人にいいねされて、嬉しいんかな?

ほんでなんで、よう知らん人と、あーだこーだ言えるんやろ。

うちには出来んわ。


……僕は何も答えられなかった。




時々、眠れないことがある。

頭の中がワーっとなって、思わず声を上げた時、おばちゃんは僕の布団の横に転がって、トントンしながら話をしてくれた。


おばちゃんはこの家に8年程前に来たそうだ。

旦那さんと一緒に少しづつ家を綺麗にした。

ーー落ち着いたころに、ぽっくり逝きよった。ほんま運のない人やったわ。

ボロクソに言いながら、ちょっと寂しそうに笑っていた。

なんで来たん?

ーーまあ、うちらコミュ障やから。

……何処がやねん。

ーー人に合わすのしんどいんよ。

……合わす?

ーーついな、人の顔見てまう。どない思てるんかなーとか。

……

ーーもうさ、余生くらい好きにせな。

……

ーーあとな、ちょっとだけ丁寧に暮らしたかったんよ。

……丁寧?

ーー不便が楽しい。分からんかな。

……

ちょっとだけわかる気がした。




ワラビが少し長くなって来た。

「根元つまんで、すっーっと上に上げて、ポキっと折れるとこで採るんやで」

……了解!

親指を出すと、菜摘も真似て親指を出した。

籠に半分くらいになった。

「次行くでー」

カンゾウというらしい。

プチプチ採っていると、

「なあ、自撮り教えて」

普段テーブルに置きっぱなしのスマホは、外に出るときだけは持っているようだ。

たまに花とか撮っている。サスケも時々撮られていた。

「ほれ、景色ええやろ」

青空と草っぱら。気持ちいい景色だね、確かに。

スマホをかざす。

これを押すんです、こうやって......

菜摘が顔を寄せる。

「撮って、撮って」

パシャリ。

「へへっ。ええやん。今度出た時に、コンビニで印刷してこよ」

……撮られたん?

怪訝な顔が出た。

「あー。こういうのはアップせんから。うち顔出すの嫌いやし」

……ならいいや。


晩ごはんはカンゾウの胡麻和え。

豆ご飯とエンドウの卵とじ。

僕には鮭の照焼き。

鮭を半分こしようとしたら、

「ええよ」

……いつもすみません。

あ、明日はワラビと豚の炒め物が食べたいです。

絶対あれがいい。







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