殺しのライセンス
004の足取りに迷いはなかった。
「お待たせしました」
短い言葉。027と交わしたような温かさは感じられない。
「おはようございます。004。お邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いいえ。004。あなた方の行動1つ1つが私に学びを与え、そしてそれは無辜の民へと還元されております。それもまた、あなたの役目の1つです」
「心得ております。—―それで、今回はどのような事件で?」
004は話を前に進めた。
「白崎愛、18歳。公認風俗店勤務。当該個体を現時刻を以てバグと認定。004。あなたに排除を命じます」
その言葉を聞き、体が瞬時に強張る。18歳。社会人なりたての少女の命を奪う。その事実に彼の心は僅かに欠ける。
「白崎は今、どちらに……」
「自宅にて就寝中です。殺害方法は銃でお願い致します」
「承知致しました」
銃ということは周囲へバグの排除を知らせる意図がある。そうすることでよりアマテラスによる統治を強固にするのだ。
「期待していますよ。004」
「ありがとうございます」
通話を終えた004の顔は白い仮面のようだ。口を縫い付けられた物言えぬ人形。彼は台座から生体認証式自動拳銃を引き抜き、右腰のホルスターへと収める。
「————行くの」
「ああ……。すぐに戻る」
行かないで欲しい。切り立った崖を思わせる背中にそう声を掛ける。しかし、彼は止まらない。004は裸足のままベランダのタクティカルブーツに足を通し、やって来たブラック・バードへと乗り込む。そこでワックスを見つけた彼は髪を手櫛で後ろへと固める。
目的地に着くまでの間、彼は考えることを止めた。
同日、午前7時24分。機体は目的地へと到着する。4階建ての賃貸マンション。セキュリティは防犯カメラと共同玄関のオートロック。そして各玄関の電子錠だ。
「…………」
しかし、004には関係ない。対象が住む406号室の前に機体をホバリングさせ、共同廊下に音もなく飛び移る。そして、電子錠が解錠された。アマテラスだ。004はホルスターから銃を引き抜き、音を立てないよう慎重にその薄いドアを開け、岩のような体を滑り込ませる。
部屋の間取りは1K8畳。短い廊下というよりも部屋から部屋への移動だ。まずはキッチンに侵入。この先にバグがいる。閉じられた扉を開けると甘い匂いが漂う中、小窓側の壁に付けられたベッドで眠る黒髪ボブの少女を発見。白崎だ。ゴーグルにも彼女の市民ID。その横に『RED』の文字が表示されている。間違いない。
彼の心はとても穏やかだった。簡単な仕事だ。殺しは慣れている。子供を殺したことだって、これまで何度もあった。狙いを定め、引き金を引く。ただそれだけ。何も難しいことなどないと言い聞かせるまでもない単純作業だ。
フゥー…………。
拳銃に左手を添え、引き金に人差し指を掛けた。狙うは頭。苦痛は感じさせない。それがプロとして。そして彼が掛けることができるせめてもの情けであった。
「スゥ…………」
少女は穏やかに胸を上下させている。まるで侵入者の存在に気付く様子などない。
いける…………。
狙いを定め、人差し指に掛かる重みを無視し、引き金を引こうとしたその瞬間、少女は突然、目を覚ました。
見開かれた丸い瞳に映る己の姿など気にならない。すでに004は引き金を引くだけの機械だ。この程度のことで動揺などすることもない。しかし体が動き、狙いがずれる。僅かに修正し、引き金を引いた。放たれた弾丸は螺旋を描き、音よりも早く世界を切り裂く。少女の眉間に穴を開けた。
「ありがとうございます。004。これでこのセクターの秩序は保たれました」
ゴーグルの下部に流れる『治安維持活動へのご協力まことにありがとうございます。該当個体の排除に成功致しました。エリアストレス値の改善を確認。皆様も心穏やかな日々をお過ごしください』の文字。
「いえ、アマテラス。この程度、造作もありません」
純白のシーツが赤く染まる。部屋に不快な鉄の臭いが立ち込め、少女は溜め込んでいた尿をベッドに浸み込ませた。火薬の爆ぜた香りが悪臭たちと交じり合う。先程までの心地良い香りが嘘のようだ。
「…………」
目を見開き事切れた少女を見下ろし、004は家で待つ027の姿を思い浮かべた。自分たちもいつ、バグとして処理をされるか判らない。
027……。俺は君を守る――――ッ!!
先程まで覚えていた027の感触は銃の反動と共にどこか遠くへ消え去っていた。
「それでは004。あなたに次の任務を与えます。028と合流し、白崎愛がバグに堕ちた原因を作った男、塩屋修平の処分を命じます」
「シオヤ、シュウヘイ…………」
聞き覚えのない男の名前。白い亡霊がその姿を静かに現す。




