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2157【アマテラスの家畜たち】  作者: ひろひさ
Episode.004

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004(ゼロ ゼロ ヨン)

 2157年11月24日、木曜日。午前7時05分。『セクター23』。天気、快晴。降水確率、0パーセント。各セクター間を繋ぐリニアの主要な停車駅。識別番号、S22-P144-004は枕元に置いた薄い板状の端末から発せられるアラーム音を耳にした。


 黒い髪。目元が隠れるほどの長髪。その端正な顔立ちをはっきりと強調させるだけでなく、アマテラスが下す法の執行者であるという自負と模範的な一般市民であろうともする気概を感じさせるサイドの刈り上げ。


 マズイッ!!


 即座に体を柔らかいベッドから引き剥がす。いつもの彼であれば6時55分には目を覚まし、アラームをすでに止めていた。にも拘わらず、今日に限っては妙なことに10分も遅い起床である。


 クソッ…………。


 まずはアラームを止め、両手で顔を覆った。何が起こったのか自分でも理解できない。夕食の時間。入浴、就寝はいつも通り。なのになぜ、寝坊してしまったのか。


 いつ、いかなる状況でもすぐに戦闘体勢に入れるよう油断は禁物だ。さらに人々を律する監督者として規律を乱すようなこともあってはならない。常日頃からの心掛けが重要なのだ。にも拘わらず寝坊とは、弛んでいる証拠ではないか。


 自分の不甲斐なさに呆然としていると、息を潜めていた右側の住人がベッドを軋ませ、クスクスと笑い、衣擦れ。呼吸。体温。心拍数と徐々に己の存在を漂わせてくる。


「——ねぇ。そんなにも驚くこと?」


「027……」


 雌猫が右腕の肘を支えに横を向き、絶望し切った顔の004を見て笑っている。彼はその猛禽類のような目を識別番号、S22-P144-027に向けた。真っ先に飛び込んで来たのはその三白眼。鋭くも柔和で愛らしい。そして変わらぬ白磁の肌。小さめの鼻もツンと上を向き、口角も常に穏やかな笑みを浮かべているようだ。


 027は長い、気品すら感じさせる黒髪を撫で、その小さな耳を露わにする。


 超人として生まれ、厳しい訓練に耐え抜いてきた004であってもその動きを思わず目で追ってしまう。ゲスで下劣な動物的習性と頭では理解していてもその脳が露わになった小さな耳。小さな顔。顎のライン。白いうなじを海馬へ焼き付けようと視覚野の主導権を渡さない。気を緩めると鼻と唇を押さえ付けてしまいそうだ。彼女もそれを解ってやっているのか。それともただの灰色の毛並みを撫でるかのような毛づくろいでしかないのか004には理解できない。


 18歳。セクター22での訓練を終え、アマテラスによってセクター23の守護者に選ばれた。そこで初めて外の世界というものを五感で掴む。


 人々の声。熱。車。風。水。魚。鳥。太陽。塀の向こう側の世界が目の前にある。その感動をアマテラスが選んだ女性と共に共有した。たった6人の狭い世界からいきなり巨大な人の渦の中へと放り込まれたのだ。


 戸惑いはあった。移動はリニアであった。訓練施設では顔を会わせたことのない彼女と2人、セクター23の西側に建てられた広すぎる一軒家は中々帰るべき家にはならなかった。そのわだかまりが消えたのはいつの頃からだったか。システムが決めたことだからと納得したのか。それとも自然と惹かれ合って行ったのか。2人はもう覚えていない。気付けば抱き合い、唇を重ね、ぎこちないながらも交わった。そういった意味であれば彼女の方が経験者であり、そこから対等な関係を築いていこうという互いの誓いは早くも崩れ、気付けば彼女の滑らかな曲線を描く臀部の下が定位置となってしまったのである。


 だからという訳ではないが、起こしてくれなかったことに対し、004は別に怒ってなどいない。笑われるのも自分の責任と受け入れている。しかし、怒りはしないが正直、面白くはなかった。だが、彼女を見ていると胸が苦しくなってくる。だからこそ余計に004の唇は富士の山のような形へと変化していく。最初から勝ち目のない戦いなのだ。


 027の見た目、性格、身体能力を雑に大きくその特徴を上げるとするならば、彼女は猫だ。アマテラスにさえ飼い慣らせていないのか。あるいは従順に膝の上で喉を鳴らしているのかは判らないが、猫は猫でも血統書付きの由緒正しい猫であることは間違いなかった。 


 身長は172センチ。184センチの004と並んだ際、彼の鼻先あたりにちょうど彼女の額が来る。女性の平均身長が158センチ前後であることを考えるとかなり背が高い。だが、彼女は別に自身の背の高さについて悩んだりしたことは1度もなく、便利だとすら思っていた。


「起きていたんなら、起こしてくれても良かったんじゃあないのかな?」


 004の言葉に027は微笑みを絶やさない。


「結婚して約6年。4番くんの子供のような寝顔。やっぱりいつ見ても面白くってつい……」


「ぐっ…………」


 当初、004はこの『4番くん』という呼ばれ方が嫌いだった。子供扱いされているようで面白くない。だが、たかが呼び方1つで険悪な雰囲気になるのも合理的ではないと判断し、スルーしていたのだが、引き金を引く度に人を突き刺す鉛筆の芯のように尖っていく自分の精神に痛みを感じめ、いつの間にかこう呼ばれることが彼の精神安定剤となっていた。


 今度は俺がその寝顔を写真に撮ってやる……。


 そんなことを考えながら端末に目を向けると、当然時刻は午前7時5分を回り、どんどんと10分へと近付いていく。


「次は起こしてくれるとありがたい…………」


 期待はしていないが。心の中でそう付け加える。


「はーい。覚えてたらねぇー」


――フッ。


 予想通りの答えに少しばかりの優越感を抱きながら004はベッドから出て、冷たいアマテラスからの支給品に袖を通していく。まずは黒のベースレイヤー。左胸のパッチとともにバイタルデータと現在地が誤差なくアマテラスへと送られる。


 次に着たのが、伸縮性の高いハーフジッパーのコンバットシャツ。メインカラーは黒に近いダークネイビー。ジッパーは顎に当たらないよう斜めに配置されており、その色はオレンジ。これを完全に上げ切らないと落ち着かない。ジッパーは音を立て、最後に指で軽く弾く。これがいつものルーティーン。


 最後に履いたコンバットパンツも膝にプロテクターを内蔵。上着と同色、同素材、同性能。多くのポケットがついた、執行者としての一級品だ。


 後は靴下か…………。


 コットン100パーセントの靴下をクローゼットの中から出そうとすると、未だベッドから出ようとしない彼女が甘い誘惑を囁いてくる。


「もう少しゆっくりしたら?」


「どうして?」


 何を言っているんだ。004はあり得ないと首を振った。


「今日はそういう日なの。朝起きれなかったのもそう。神様が怠惰に過ごしなさいって言ってるんだよ」


「神って? アマテラスのことか? それとも超自然的存在としての神様なのか? 僕は神なんてものは信じないし。神なんてこの世に存在しない」


 科学の結晶ともいえる存在が何を言っているんだと思いながら見ると、彼女はどこか震えていた。


「どうしたんだ、今日は。何か変だぞ……」


 横になったまま夫を見つめる妻の姿に004は酷く心を乱される。鼓動の速さはいつも通りだ。だが、胸に締め付けられるような痛みが走った。


「今日は私も、そういう日なの……」


 027は右腕も枕にし、深くベッドに体を沈める。まるで覇気がない。病人のようだ。


 004は見つけた靴下をフローリングの床へと落とし、ベッドに腰掛ける。


「なにか悩みごとでも?」


 病気にはならない造りである自分たちにとって最大の天敵は心の病だ。こればかりはチップを脳に埋め込まない限りどうすることもできない。004はその角ばった手で労わるように彼女の頭を上から下へ、そっと優しく撫でる。


「ありがと……」


 彼女は目を瞑り、その心地よさに身を委ねた。


「どうしたんだ? 本当に…………」


 朝から全てが狂っている。悪い夢でも見ているようだ。


「なんでもない。ただ、今日はそういう気分なだけ…………」


 彼女は両腕を伸ばし、抱き締めるよう無言で求めてくる。重力によって形を変えた柔らかな乳房がパジャマの隙間から見えた。


 ああっ!! クソッ!!


 後頭部を撫でる027の手付きが妙に艶めかしい。柔らかな感触を胸で味わいながら004は煩悩と戦いつつも弱々しい彼女を守るように、愛を囁くように抱き締める。


「おい、おい!!」


 彼女の指が背中を伝い、着たばかりの服の間に手を入れられた。冷たい手と相まっていつも以上にこそばゆく、その身をよじってしまう。


「駄目?」


「当たり前だろ? もう朝だぞ?」


 仕事の時間だ。004は彼女の目を見て訴えた。だが、それが逆に理性の崩壊を助長しているようだ。


「でも、別に予定なんてないでしょ?」


 彼女の問いに004は即座に否定した。


「予定はないが、本来であればシャワーを浴び、体をほぐし、朝食を食べている時間だ。今、僕たちは一滴の水さえも飲んでいない。血液の流れが悪い状態だ。これでは仕事に影響が出る」


 喉も乾いたしな。早くリビングへ行きたい。そう思っていると、027の口から驚くべき指摘が入る。


「不安なの……。あなたが壊れてしまいそうで…………」


「僕が壊れる? なぜ? 誰に?」


 彼女の右手が頬にそっと触れた。


「あなたは強い。とても頑丈。でも、柔軟性がない。ただ堅牢なだけでは衝撃には弱い……。だからもう少し柔軟性を持って欲しくて……」


「027…………」


 それは確かに理解はできる。自分はただのコンクリートの壁だ。柔軟性がない。だが、それが性分でもある。彼女の瞳は澄んでいた。見ているとその水面にそっと優しく波紋を広げて見たくなってくる。


 互いの視線が絡み合う。しかし、同時にアマテラスの気配も感じた。サイドテーブルに置かれたゴーグルを通し、この状況を観察している。悪趣味な奴め!! そう心の中で罵った。だが、これほどまでに弱っている彼女を見たのは初めてだ。004は強く突き放せない。ただの戯れにしては湿度が違う。


 求められている――――。その事実が雄としての本能を呼び覚ました。


 そこへ、アマテラスからの緊急コールが鳴り響く。瞬時に004の肉体がコンバットウェアと一体になっていく。対する彼女もその体を硬直させた。


 仕事だ。


 彼は体を起こし、ゴーグルの下へと歩みを向ける。

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