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2157【アマテラスの家畜たち】  作者: ひろひさ
Episode.067

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6/13

母子の行方

 時は遡り、同日、午後6時53分。夕食を終えた067が板状の携帯端末で漫画を読んでいると、無骨な相棒が本日2度目の着信を告げる。急いで手に取りボタンを押すと、アマテラスとの通話が始まった。


「067。これは急ぎの仕事ではありません。少し落ち着いて、仕事の打ち合わせを始めませんか?」


「ああ、そうなんだ。じゃあ、ちょっと座らせてもらうよ」


 そう断りを入れ、067はソファに腰を下ろす。


「で、どんな事件なの?」


「本日、午後5時5分。七瀬美紀、20歳が管理区域外で乳児を発見。遺伝子異常が見つかったのにも関わらず、廃棄処分を拒否。自宅へと連れ帰ったというものです」


 映し出される美紀の顔写真。そして事件現場の映像。それらを目にした067は感想を漏らす。


「うわ、エッロ…………。なんてエッチなんだ…………」


 こんな美人がまだこのセクターにいただなんて…………。067は驚きを隠せない。


「あなたならそう言うと思いました。そんなあなたに私が七瀬美紀の処分を命じたとしたら、あなたはどうしますか?」


 アマテラスからの問いに067は即座に答える。


「そんなの決まってんじゃん!! 拒否だよ、拒否!! いつも通り、金を払うからこの子のバク判定を取り消してくれよ」


 何を当たり前のことを……。067は眉をひそめた。


「あなたならそう言うと思っておりました。私も七瀬美紀の高い感受性、献身さ、共感能力、美しい見た目はこのセクターにとって必要不可欠だと判断致します」


「それなら、いいじゃん。なんの問題もありゃしない。早く————。いや、ちょっと待ってよ……」


 067はアマテラスからもたらされた情報を読み込んでいく。


「なるほど……。美紀ちゃんの仕事は、保育補助員か。つまり、今回の事件はその高すぎる能力がゆえに起きた事件ってことか」


「その通りです」


 アマテラスは肯定する。


「なるほどね。つまり、アマテラスとしては、この美紀ちゃんを殺したくない。継続的にデータが欲しい。でも、状況的にはレッドの判定を下さざるを得ない。ってことはだ。俺が判定をイエローまで下げればいいのかな?」


「その通りです。067。話が早くて助かります」


 機械のお世辞など嬉しくともなんともない。鼻で笑い、話を進める。


「そりゃどーも。じゃあ俺がテキトーなこと言って、安心させてイエローに持っていく。そのキーワードは子供。だから、子供は助かりますよー的な感じでいいのかな?」


「問題ありません」


「じゃ、さっそく行きますか」


 ソファから立ち上がり、ベランダへと向かう。


「ああ、それともう1つ。彼女の夫、雅之の殺害方法は射殺でお願い致します」


「夫いんの!! あ、ホントだ……。かあー羨ましい……。こんなのほほんとした奴が美紀ちゃんと2年間もくんずほぐれつしたかと思うと、ぶち殺してやりたくなるよ……」


 067の嫉妬を無視し、アマテラスは雅之の評価を口にした。


「彼の精神性は評価に値しますが、ただそれだけです。変わりはいます。見せしめという観点からも必要な処置です」


「りょーかい。いい嘘を考えるから、ゆっくりめに飛ばしてよ。——ああ、あとそれと。どうする? こんな感じで行くっていう報告は必要?」


 もうすでにブラック・バードは待機している。戦友たちを身に着け、ベランダへと向かっていた。


「必要ありません。あなたがどんな嘘をつくのか。私は非常に興味があります」


 人間だけが嘘をつく。なぜ人は嘘をつくのか。それは保身。見栄。他者と友好的な関係を築くため。合理的に判断すれば真実を述べた方が損失は少ない場面でも感情を優先し、人は平気で嘘をつき、虚構で真実を塗り固める。学習データからしか最適解を導き出せない自分にはできない芸当。人を救うためにも必要な情報を求め、アマテラスは人を作り、彼はその期待に応えた。


「さいですか。どーせ俺のつく嘘なんて、もう予想が付いてるくせに……」


 あんたには勝てませんよ。067は白旗を上げた。


「そんなことはありません。あなたの嘘で、2人の感情がどう変化するのか。そのデータは、大変貴重な物です。期待していますよ?」


「りょーかい。俺もテストされてんのね」


 嫌になっちゃう……。そう思いながらも頭の中ではもうすでに嘘の構築が始まっている。絶対条件は妻、美紀の精神状態改善。夫、雅之の銃殺。どんな嘘であれば彼女は改善するのか。さらにどうすれば2人を穏便に引き離すことができるのか。


 銃で殺すとなれば、確実なのは背後からか?


 うーんと腕を組み、頭を悩まし、首を傾げる。あまりゆっくりと考えている暇はない。時間が経てば経つほど精神状態の改善が難しくなっていく。


「あ」


「どうしましたか」


 そこで067はあることを思い付く。


「あのさ、確認なんだけど男の方もイエローにしちゃうと拙い?」


 アマテラスは瞬時に答える。


「問題ありません。七瀬雅之の死は確定事項です。どのような精神状態であろうとこの世界にはもう必要ありません」


 予想通りの答えに067は笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心した。なんとなくの流れは決まったよ。あとは出たとこ勝負かな?」


「かしこまりました。それでは参りましょう」


 こうして067は眼下に広がる眠る街を黒鳥に乗って飛んで行く。


 待っててよー。美紀ちゃん!!


 腕を組んで目的地へと向かう姿はまるで冥界の王であった。






 時は戻り、現在。067はシートに体を深く預けている。外に目を向けるも広がるのはただの暗闇。面白味も何もない。


 やっぱり俺は、空を飛んでる方が好きだなぁ……。あの全能感……。たまんねぇー。


 人類初の有人飛行を成功させた兄弟に心の中で敬意を表していると、ふと、あることを思い出す。


「あ。そうじゃん。となると、今回俺別に金を払わなくてもいいんだよね?」


 大事なことを聞き忘れたとアマテラスに急ぎ確認する。


「いいえ。067。あなたの堅実性は高く評価致しますが、もう少し経済という観点から物事を考えては頂けませんか?」


 内部留保というヤツか……。


 仕方がないと舌を打ち、腕を組んだ。


「チッ……。あーはい、はい!! 解りました!! 払いますよ!! 払えばいいんでしょ!!」


 まったく……。金の使い方にまでケチを付けやがって……。


 まるで本物の母親だな……。


 鬱陶しい……。母親というものがどういう存在なのか漠然とした知識としてしか知らない067であったが、きっとこんな感じだと忌々しげに思う。


 しかしすぐに切り替え、仕事の出来を確認した。


「そー言えば。どーでしたか。俺の嘘は」


 百点満点でしょ? 自信たっぷりに答えを求める。


「もちろんお見事です。067。彼女の精神状態はイエロー。記憶の1部を消去し、明日から問題なく業務を行わせることができます」


 アマテラスの答えに067は上機嫌だ。


「そいつは良かった。あとは俺がどうにかして、彼女に近づければ万事解決ってところだね」


 冗談であったが、アマテラスは本気だと捉える。


「セッティングしましょうか?」


 その提案に067は即座にノーを突き付けた。


「いや、いいよ。記憶消すってことは脳にダメージを負うってことだし。俺と会ってフラッシュバックなんてことになったら大変だよ。しばらくは会わないよう俺の方でも気を付けるよ」


 また1つ、アマテラスは学習する。067という人間のことを。


「そうして頂けると助かります」


 さて、もう話は終わった。通信を終えようと右耳に手を伸ばしたところ、アマテラスが「乳児の件ですが」。そう話を切り出してくる。


「乳児? 別に俺は興味はないよ。そっちが都合のいいように処理すればいいじゃん」


 何を当たり前のことを……。つまらない話は止めてくれと、067は辟易とした様子を見せた。


「今からあなたに処理を命じた場合、あなたはどう判断を下しますか?」


「はあ?」


 今から!? だったら先に言えや……。そう思いはしたものの、ああ、これもデータ収集か……。すぐさまそう思い直し、自身の考えをありのままに話し始める。


「殺してくれって言うんだったら、別に殺すよ。もちろん、金は貰う。でも、今更そんな指示をもう下さない。なぜなら赤ん坊1人殺すのに俺を使うなんて、効率が悪すぎる」


 これでどうよ? 067は採点を求めた。 


「良い答えです。では、もう1つ」


「今日はやけにおしゃべりだね」


 嫌味のつもりであったが、システムには通用しない。


「親子のコミュニケーションというものです。母親というものは、こうして子供と長く話をしていたいものですよ」


「そーですか。そいつは勉強になります」


 心なしかいつもより穏やかに聞こえたが、何が子供だと067は鼻を鳴らす。


「それでは乳児について、再度判断を求めます。今回のこの乳児。処分すべきですか? それとも治療し、労働力として活用すべきですか? あなたの考えをお聞かせください」


 なんだそれ?


「そんなの決まってんじゃん」


 考えるまでもないと即答した。


「どっちの方が損か得か。それだけの話でしょ? 得なら生かす。損なら殺す。そして今回、赤ん坊は生かすことにした。それはなぜか。その方が得だと判断したから。これでよろしいでしょうか。 お母様?」


 ご期待には添えましたか? 067にとってはなんの面白味もない、退屈なやり取りだ。


「流石です。067。あなたはやはり、優秀です」


「嬉しいねェ……。ご褒美を貰わないと」


「もちろん。考えておりますよ」


「なんだろー? ……女の子かな?」


 ニヤリと下卑た、白い歯を見せる。こういう答えを望まれているのか。067にも判らない。


「お見事。正解です」


「マジで!? やったね!! サイコ―だよ、ママ!! これからもお互い、手と手を取り合い、仲良くやって行こうよ!!」


 俺は金と女の子さえあれば、満足だよ? マーマ……。


「そうですね。067。あなたとはこれからもより良い関係を築いていけることを願っております」


「そうしましょう、そうしましょう!! ああ!! なんと素晴らしきかな、親子愛!!」


 どんな子に会えるんだろ。楽しみだなぁ……。


 そうは思いながらも口から出たのは溜息であった。


「はぁ……」


 今日は疲れた……。


 外したインカムを手の中で転がし、力強く握り締める。


 赤い満月が空へと昇った。男は意味もなく車を降り、ただ独り、夜の街へと消えて行く。

「Episode 067、これにて完結。次は004――別の『バグ』の物語へ」

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