不誠実な朝の光
同日、午前9時6分。壁の時計に目を向ける。優子がなかなか起きてこない。067としてはいつまで居て貰っても一向に構わないのだが、優子には勤勉な労働が求められている。
どっかに書いときゃあ良かったなぁ……。
失敗したーと反省しつつ、とりあえず優子を起こすことにした。
「おはよー。優子ー?」
ドアを開けながら声を掛けるも掛布団の規則正しい上下が確認できただけだ。
「おーい。今日の仕事って何時からー?」
近づき、声を掛けるも反応がない。
「おーい。優子さーん。もしもーし」
可哀想だが布団の上から軽く揺さぶる。
「んんー…………。なあにぃー…………」
お、ちょっと起きたな。
「今日の仕事、何時からか聞いてなかったからさ。大丈夫かなーと思って」
「えー…………」
「うん」
「————————すぅ」
「寝るな、寝るな」
急ぎ再び、肩を揺らす。
「えーもう寝かせてよー……」
優子は枕に顔をうずめ、離さない。
「いや、俺はいいよ? 好きなだけ寝ててもらって構わないけどさ。だけど仕事は大丈夫なの? それだけだよ」
別に困るのは俺じゃないけどさ…………。
もうどっちでもいいか……。そう思い始めていると、
「うー…………。眠いー…………」
ようやく彼女の覚醒が始まる。
「おはよー…………」
うつ伏せのまま顔を右側に動かし、眠たげな眼を067へと向けた。
「おはよ。よく眠れた?」
「うん…………。まだ眠い…………」
「水でも持ってこよっか?」
「ううん……。大丈夫…………」
「そっか」
「うん…………」
「…………」
「…………」
互いの瞳に顔が映る。067は彼女の柔らかな唇に軽く口づけをした。リップ音が2人の世界に響き渡る。
「…………えっち」
「えっちだよ」
その指通りの良い髪と右側の頬を撫で、そっと左手を添えると、再び唇を重ねた。今度は先程よりも少し長い。
「…………口、臭くない?」
「別に? 臭くないよ?」
「ホントに?」
彼女は掛布団を持ち上げる。
「ホントだよ」
嘘ではなかった。すると彼女はくるりと体を窓側へと向ける。
「なんで朝は来るんだろ…………」
「急にそんな哲学的なことを言われても…………」
地球が回っているからとしか思いつかなかった。
「…………働きたくない」
「どうした急に」
彼女は芸能関係の仕事に就いていると聞いていた067は優しく声を掛ける。
「昨日の夜に戻りたい…………」
「そっか…………」
どうしたもんかな……。067は少し頭を悩ませた。
「そう言って貰えると、俺も嬉しいよ」
掛布団を少しめくり、その巨体を潜り込ませる。そして彼女をそっと後ろから抱きしめた。滑らかな肌の感触が無骨な腕を通して067の脳を刺激する。彼女もまた彼の温もりを感じていた。安心感。絶対的な私の守護者。情報がアマテラスへと流れていく。
「——今日もまた……、来てもいい…………?」
「もちろん」
当たり前だろ? そんな思いを込めて彼女の左肩にキスをした。
「——もう、9時半か…………」
「そろそろヤバい?」
彼がそう問いかけると、
「うん…………。だけど、もう少し……。もう少しだけ、このままで…………」
「解った―—」
そう言って彼女の体を自身の方に引き寄せる。優子の身長は156センチ。その小さな体が彼の巨体にすっぽりと収まった。
「…………」
やっぱりなんか安心する…………。
優子の胸の辺りがポカポカと温かくなる。
なんだろう…………。この感じ…………。
幼い日のことを思い出すようだった。
「…………」
なんかムラムラしてきたな…………。
怒られないかなと内心思いつつもその欲望には逆らえず、様子見に左足で彼女の足を絡め取ってみる。
「…………」
彼女は完全に体を預けていた。
これはいける!!
そう確信した067は人差し指で円を描くように鎖骨の辺りから彼女の乳房の上部分を撫で回す。
「なに? 触りたいの?」
優子はもうすっかり起きていた。だが、嫌がる素振りを見せない。むしろその逆で嬉しいようだ。
「そりゃあ、もちろん! 触りたいよぉー」
何を当たり前なことを!! 逸る気持ちを抑えつつ、あくまで余裕たっぷりとがっつかず、体を密着させることで得られる幸福感を互いに噛み締めていた。
「もうほんと、好きだよねぇー」
そう言って彼女は組んでいた腕を僅かに開く。
「ほんと、なんでだろうねぇー」
笑いながらも下からそっと、重力によって形を変えた柔らかな乳房を手の平の上ですくい上げる。ふよふよとした感触が彼の心を躍らせた。
おっぱい…………。
もう全てがどうでもよくなり始める。
彼女は特別巨乳という訳ではない。かと言って、小ぶりという訳でもなかった。あえて言葉にするのであれば手の平に余る、丁度いい大きさだ。
「ふふっ……」
くすぐったいのか、それともただの脂肪に対する彼の執着が面白かったのか、彼女は子を愛でる母のような笑みを浮かべた。
おっぱい!! おっぱい!!
彼のその大きな手で包み込めば、指の間からむにゅりと白く滑らかな肌が溢れ出し、指先には確かな弾力と、彼女の熱、命の鼓動が伝わってくる。互いに心拍数が上がり、体温がゆっくりと上昇していく。
「…………」
乳首も触りてー!!
しかし、時計の長針は非情にも6の数字を過ぎている。さすがにこれ以上は…………。そう乳輪をなぞりながらも名残惜しそうにその手を止める。そして、彼女の首筋にキスをした。
「……もう起きれる?」
「うん…………。ありがと…………」
彼女にもう一度、自身の愛を伝えるようにそっと抱き寄せ、2人は再び唇を交わした。互いの愛がより一層強固なものへと変化していく。それが手に取るように解れば解るほど、離れがたい衝動に駆られた。
「——————チュ……。今日、夕方辺りにまた……、来てもいいかな……?」
「————もちろん。また、詳しい時間解ったら教えてよ。もしあれならさ、迎えに行くから」
「うん。ありがと…………」
2人は額を合わせ、再度、口づけを交わした。
その時————————、けたたましい呼び出し音が鳴り響く。
「何!?」
「大丈夫。ただの仕事の呼び出しだ……」
「…………」
067は彼女を安心させるため、左肩に手を置く。しかし、彼女は思い出していた。初めて出会った、あの日の夜の出来事を。自分の目の前でアマテラスに干渉されないはずの特権階級の男を撃ち殺した、もう1つのシステムの顔。色のない仮面を被り、澄んだ瞳で引き金を引いたあの姿を。
「ごめん!! ちょっと行ってくる!!」
彼は呆ける優子の唇に挨拶代わりのキスをし、部屋を後にする。
「——いってらっしゃい!!」
自分でも驚くほどの大きさで、彼の背中を追い掛けた見送りの言葉。
「おう!! いってきます!!」
一瞬、顔の紐が解けるも、犬の顔は外れない。牙を剥き出し、リビングへと走る。
そこで待つのは手によく馴染んだ戦友たち。それらを身に着け、己の牙を研いでいく。
右腰後方。折り畳み式カーボンホルスター。装弾数18発。生体認証式自動拳銃。
左腰後方。刃渡り20センチ。ナノカーボン製。電磁加速式高周波ナイフ。
左上腕。カーボンケース。愛すべき、傷だらけの老兵。第3の眼。コンバットゴーグル。
そして外で待つのは天空の覇者、『ブラック・バード』。巨大な羽を回転させ、荷物の到着を待ち続けている。
待たせたな!!
足を守るのは靴の役目。自動靴紐収縮装置。衝撃消散機構内蔵。コンバットブーツ。
「よっと!!」
柵を越え、操縦席へと飲み込まれていく。鏡面のように磨き抜かれた体はよく滑る。
「はい!! 新きろーく!!」
落下時の衝撃はシートが吸収。ファーストクラスの乗り心地だ。
『それでは発進致します』
羽の大型ファンは向きを変え、大空へと舞い上がる。事件現場までは一直線だ。
優雅な空の旅—―って訳にもいかねぇーか。
鳥は重力に逆らい、そのまま前に突き進んでいく。




