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2157【アマテラスの家畜たち】  作者: ひろひさ
Episode.067

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067(ゼロ ロク ナナ)

 2157年11月24日、木曜日。午前7時56分。『セクター22』。天気、快晴。降水確率、0パーセント。


 黒い髪。短髪。その端正な顔立ちをはっきりと強調させる為の刈り上げ。識別番号、S22-P144-067は、ゆっくりと目を開ける。


 ――――ゼロ、ロク、ナナ。


 優しさと力強さ。表裏一体の力を宿す、その黒い瞳に映るのは、染み一つない、よくある白い天井だ。


 彼は女物の白いパンツは好きだが、白の絵具は好きではなかった。あの他の色を薄く染めることしかできない不出来な色。思い出される、白の世界。あの世界を赤く染めた男はシステムから愛されたのだ。


 今……何時だ?


 一度仰向けになり、筋肉の盛り上がった左腕で探る旧時代の遺物。黒の携帯端末を手に取った。


 もう8時か…………。


 トイレ――――は後だ。尿意を感じられない。昨日から深夜に掛けてあれだけ酷使したというのに彼の息子はとても元気だ。


「んんっ…………」


 おっと。


 隣で右の頬を下にしてうつ伏せになって眠る女性、白神優子しらかみ ゆうこ、22歳。彼女の規則正しい呼吸で掛布団が僅かに上下する。


 小さな顔。薄い唇。透き通る白さと、ハリのある柔らかな肌。少し長い前髪がその瞼に垂れ掛かっている。


 可愛いなぁ…………。


 寝顔まで可愛い。そんなことをしみじみと考える。しかし、そこでふと思い出す。


 あれ? 何時から仕事って言ってたっけ……?


 067は額に向かって両目を動かすも思い出すことができない。


 9時————ではなかったはず…………。


 考えていてもしょうがない。先に起きて朝食の準備を始めることにした。


 起こさないようにっと……。


「っ…………」


 うぅっ…………。さみぃー…………。

 

 筋肉を動かし、強制的に熱を起こしたい衝動に駆られながらも枕を抱え、スヤスヤと眠る彼女に気を使い、ゆっくりと、そして静かにベッドから抜け出す。彼の筋肉はとてもしなやかだ。それから僅かに顔を出す、華奢な両肩に布団と毛布、それらをそっと掛け直した。


「フッ……」


 かわいっ。


 その愛くるしい寝顔をじっと静かに見守りたいところではあるが、吐く息が煙草の煙だ。綿100パーセント。ボクサーパンツ1枚の間抜けは情け容赦なく体温を奪われていく。


 急げ、急げ!!

 

 服はどこだ!! しかし、騒ぐほどのことでもない。冷たい鎖はすぐに見つかる。これらは全て、47のセクターを管理する人工知能、『アマテラス』からの支給品だ。


 まずは吸水性と速乾性に優れた黒い長袖のベースレイヤー。素材はカーボンナノファイバー。防刃、防弾、耐火性能。さらに左胸のパッチと共にアマテラスへ体温、脈拍、血圧、呼吸などの基本的な数値に加え、現在地をリアルタイムで送信。これがチップを埋め込まれていない男の首輪だ。


 次に着たのが、伸縮性の高いハーフジッパーのコンバットシャツ。


 メインカラーは黒に近いダークネイビー。ジッパーは顎に当たらないよう斜めに配置されており、その色はオレンジ。しかし、首を覆われることを嫌い、完全には上げ切ってはおらず、わざと途中で止めている。


 こちらも見た目はただのコンバットウェアだが、素材は同じくカーボンナノファイバー製。厚みがある分、防刃、防弾、耐火性能に優れている。


 最後に履いたコンバットパンツも膝にプロテクターを内蔵。上着と同色、同素材、同性能。多くのポケットがついた、殺し屋としての一品だ。


 後は靴下か…………。


 こちらはただの安物。コットン100パーセント。色は濃いグレー。


 服は徐々に熱を帯び、皮膚と同化。新たな表皮を手に入れた067は体のコリをほぐし、軽く伸びをする。


「ふぅー…………」


 その身長、180センチ弱。骨格は非常に整っており、服の上からでも解る無駄のない、彫刻のような筋肉。胸板は厚く、アマテラスによる設計。そして自ら鍛え上げた逆三角形の肉体をコンバットウェアが惜しげもなく映し出している。


「…………」


 コキリ、コキリと首や肩を鳴らす。


 背筋は真っ直ぐ上に伸び、静かな闘気が隠れ潜む。呼吸は穏やか。しかし、無意識の内に視線が動く。ドア。窓。ベッド。どこに潜んでいようと瞬時に対応できる自信がそこにはある。


「ふあー……、ぁー……」


 番犬としての存在感と暴力的なまでの色気。これが18からの6年間、アマテラスの指示の下、狂った歯車の烙印を押された『バグ』たちを狩り続けてきた男の姿だ。


 ねみー…………。


 あくびをしながら刈り上げた後頭部と首筋をさすり、ドアへ向かい、停止。先に彼女の服を畳んで枕元に置いておこうと思い直す。急ぎ、着ていた服を探し始めた。


 スウェットにー、Tシャツ。モコモコのパーカーにー、靴下。あとはー……。えーっと…………。


 そこで布団の上のブラに目が留まる。


 ――――あれ? パンツ、履いてるよな?


 確認するのも無粋だと思い、それらを綺麗に畳み、一番上にピンクの可愛らしいブラをそっと乗せた。


 可愛いって言ったら、喜んでたなぁー……。


 細やかなデザインが視覚的にも美しく、素直な感想を述べただけであったのだが、彼女は甚く喜び、しばらくそのまま抱き合い、互いに体を撫で回していた。あの温もり。あの滑らかさ。あの感情の昂り。思い出しただけでも股間がゆっくりと膨らんでくる。この興奮というデータをどう咀嚼したのか。あるいは、どんな味がするのか。気になるところではある。


 新しく買ったとは言ってなかったよな……。


 なぜ女性の下着はこうも煩悩を刺激してくるのか。067は、ぼんやりと考える。だが、壁に掛けた時計はすでに8時を回っていた。


 やばい、やばいっ。


 067は端末と、充電中の無骨なゴーグル。一昔前の軍用タクティカルギアを手に取り、トイレへと向かう。


 これは目の保護に加え、さまざまな情報をリアルタイムで検索、共有、連絡、位置情報の発信機能がある。さらに携帯端末やパソコン、サーバーへの接続コードも付いている死にぞこないだ。このロートルこそがアマテラスとのやり取りを円滑に進める潤滑油でもある。


 ————ううっ……。おっと…………。


 ようやくの尿意を前に、彼は音もなくそっと、寝室を後にした。






 同日、午前7時16分。セクター22。管理区域の中と外とを分け隔てる高さ3メートルの壁近く。その安い賃貸マンション。アマテラスの適性診断により『保育補助員』として働く七瀬美紀ななせ みき、20歳は脳に埋め込まれたマイクロチップを通し、網膜に映し出されたニュースを見ながら指定された栄養を摂取できるイチゴ味のペーストを食べ終え、ゆっくりと温かいお茶を飲んでいた。


 降水確率、0パーセント。常に折り畳み傘が鞄の中に入っているが、雨が降らないというだけで心が少し、軽くなる。その時ふと、自身の精神状態を告げるカラーが目に留まった。色はブルー。今日も問題なく業務に専念できる。


 彼女は生まれてから今日こんにちまでこの色以外を知らない。設定で非表示にはできるが、推奨されているからという理由で自分の色を常に右の端に表示させ続けてきた。残りの色は黄色と赤。この世界で赤は、死を意味する。


「はぁ……。おはよう……」


 夫、雅之。20歳。セクター内で出たゴミを分別する『廃棄物リサイクルセンター』勤務。18歳、高校卒業と同時にアマテラスによって導かれた女性、美紀と結婚。2年間、喧嘩もせず互いを尊重し合い、愛を深めながらとても穏やかな毎日を過ごしている。


「おはよう……って、寝癖酷いよ? 軽くシャワーでも浴びてきたら?」


「え!? ああ、ホントだ……。そうするよ……」


 やれやれと雅之は176センチ。仕事で鍛えた体を揺らしながら浴室へと向かって行く。


 今日も綺麗だ……。


 昨日も抱いた。彼女を抱いた。夫として、生涯を共にするパートナーとして抱いた。高校時代、憧れながらも遠くから眺めることしかできなかった彼女を抱いている。これが雅之の活力でもあり、抜くことのできない棘でもあった。


「さてと……」


 私も支度しなくちゃ……。


 業務開始時間は午前8時。職場までは徒歩での移動。彼女の仕事は常に清潔感を求められている。艶のある黒髪をきっちりとお団子にまとめ、メイクはアマテラスが推奨する乳幼児に安心感を与えるナチュラルな配色を厳守しなくてはならない。


 彼女はトレーをシンクへと持っていくため、立ち上がる。


 身長、158センチ。姿勢が良く、立ち仕事と子供を抱くことで鍛えられた、しなやかな体つきの持ち主。顔は小さく色白で、肌は滑らか。目は常に少し伏し目がち。服の上からでも解る豊満な胸が柔らかな曲線を描き、まるで母なる大地を想起させる。だが、彼女が自分の子供を抱きかかえるのは当分先の話と決められていた。だからこそそれが、口惜しい。


 こんな彼女である。いくら管理社会とはいえ、男どもが放っておく訳がない。小学生の時からモテ、アマテラスの診断でも良好だった男子生徒と中学で初めて付き合い、結ばれる。しかし、その男子生徒とは別々の高校へ進学。これが引き金となり、破局。網膜に現れたアマテラスからの助言も別れる要因の1つではあった。


〈相性減退。20パーセント〉


 それから程なくして、もう1人の新しい恋人ができる。彼とも体を混じり合わせた。学校に設けられた秘密の部屋での情事。そんなことまでしたのだ。彼女はてっきり、彼と結婚するものだとばかり思っていた。だが、アマテラスが最終的に選んだのは同じクラスの雅之だ。喋ったことはないが、別に不満ではなかった。嘘の付けない、純朴な顔立ち。献身的な愛を注ぎながらも時折見せる獣の如き執着心。それに抗うことのできない。抗おうとしない。受け入れようとするのだが、それでもなんとか飼い慣らそうとする彼の精神性を心の底から愛している。


 だからこそ、早く子供が欲しかった。他人の子供を抱き上げる度にそう思う。雅之も同じ考えだった。早く彼女との愛の結晶が欲しかったのだ。彼女の初めてを奪われた……。その情念は螺旋となり、彼の心の奥底に住み着いている。だが、システムが出した結論は30歳。あと10年。2人は子供を持つことを許されてはいない。


 避妊チップさえなければ……。そう思わなかった日はない。しかし、システムを疑い、システムに反抗の意思を示せばバグとして処理されてしまう。


 あと10年……。あと、10年…………。


 そう自分たちに言い聞かせ、納得させるしか道はない。右端の青は健康な証。私の色。私の血の色。破瓜の痛みは全くと言っていいほどなかった。あの赤は気のせいだ。でもあの赤は、私の中の何かを変えた—―—―。


 あの人じゃなければ、もっと早く…………。


 30歳という年齢設定は一般的であることを誰よりも理解する美紀は静かにトレーを洗い終えた。彼女は水切りかごにトレーを入れる。

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