罪と罰
2人は何度も見返す。何度も何度も見返した。だが、そこから先に進むことができない。
「…………」
あと一歩。あと一歩、何かが足りない。
その答えを求め、004は網膜に映像を焼き付ける。しかし、それでも答えは見つからない。
「そろそろ、一度帰らない? 店長さんのお仕事も邪魔しちゃってるし……」
「そうだな……。申し訳ありません。長々と……」
「いえ、そんな!! また何かあれば仰ってください。ご協力させて頂きます」
その言葉を受け取り、2人は部屋を後にした。
「何を追わされているんだろうな、俺たち……」
「ホント、なんだろうね……」
重い足取りの中、エレベーターの前に差し掛かると1人の男性客がぼんやりとその前で立ち止まっている。もう癖なのだろう。028は足を止めた。
「ハァ……」
自分まで付き合うことはないのだが、店側のことも考え、この世界のしきたりに従う。
3人の姿がエレベーターのドアに映る。その金属面に揺れる3つの影。老けたな……。なんて思っていると、扉が開いた。歪んだ鏡像が姿を消し、その真正面に取り付けられた姿見に鮮明な今の姿を映し出す。
「いってらっしゃいませ」
お辞儀をする028。そこまで付き合うつもりはないと004は突っ立っていた。そこで思い付いた。井上に頼まなければならないことを。
「そう言えばさ、あのアマテラスのデータの中に顧客リストはあったけど、塩屋が受付をしてからエレベーターに乗るまでいた他のお客さんの詳細データはなかったよな?」
確認のため、028に問い掛ける。
「ああ!! 確かにあれだけだと、誰が誰だか分からないもんね。分かれば塩屋を見た人がいるかも!!」
「そうなんだよ。何人いたっけ?」
もうゴーグルを出すのが面倒臭くなった004は028にそれとなく面倒事を頼む。
「ええっと……。ちょっと待ってね……」
何も気づかない028は言われた通り端末を操作し、確認する。その横でお人好しだなぁなどと思いながらその作業を眺めた。
「1、2、3、4……」
画面を指差し数えていく。
数が多い。10はいるぞこりゃ……。
ハァとうんざりしていると、ふと塩屋の姿が目に留まる。人畜無害な、至って平凡な男の顔が。
――――ん?
違和感。逆らえぬ引力のように目が塩屋へと引き寄せられて離れない。それは、004本人でさえ解らない。
なにか、変だ……。
何。それがなんなのか。じっと男は見つめた。
「11人か……。ちょっと多いね……。——って、どうしたの?」
「——いや、なんだろう……。なにか、違和感が……」
「違和感?」
別に普通だけど? 彼女は首を傾げる。確かにそうだ。映像では何もおかしなところはない。データ通り、11人いる。なぜ自分はこの映像に疑問を抱くのか。004も首を傾げ――――。
「鏡だ……」
「え?」
「鏡だよ」
「鏡がどうかしたの?」
「エレベーターのドアに塩屋の姿が映ってないんだよ!!」
「それがどう…………あっ!!」
エレベーターに目を向け、ようやく028も気が付いた。あの磨き抜かれたエレベーターのドアには自身の姿が映る。鏡のように。しかし、この映像にはそれがない。塩屋の姿はその重厚な扉に映っていなかったのだ。
「アマテラス!!」
見ているんだろう!!
004は周りの客のことなどお構いなしに声を荒げる。すると、028の端末が着信を告げ、震えた。彼女はゆっくりと、何か触れてはいけない何かに触れる様にそっと人差し指で画面を押した。
「家で話しましょう」
それだけを告げ、アマテラスは姿を消す。
「004……」
か細い声が彼の鼓膜を震わす。
家…………。まさかッ!!
028は飛び出した――――。
「027!!」
叫び、玄関を蹴破る勢いで開ける。
「なっ……!!」
自分と同じ靴が玄関で綺麗に揃えて置いてある。もう靴など脱いでいられなかった。銃を構え、土足で我が家を踏み荒らす。しんと静まり返った室内に鳴り響く靴音。まず向かったのはリビングだ。
扉を開け、目にした光景に息を飲む。
「誰だ、お前は…………」
顔の側面を刈り上げた黒の短髪。自信に満ち溢れた端正な顔立ち。一度狙った獲物は執拗に追い回す猟犬の目。見覚えのある男が2脚しかないリビングの椅子に座って優雅に緑茶を啜っている。
「あ、初めましてー。067と申しますー。お邪魔してまーす」
「お帰りなさい……」
「…………」
今、なんて言った……。067……。
その瞬間、過去の記憶が掘り起こされた。パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの無防備な彼女。仲間殺しの067—―—―。
「両手を挙げて、妻から離れろ!!」
「おいおい。なんだよ、いきなり……」
銃を向けられ、物騒だなぁと愚痴りながらも067は大人しく両手を挙げた。
「彼女から離れろと言っているんだ!!」
「落ち着けよ。俺は丸腰だぜ?」
「うるさい!!」
一瞬の静寂。027は俯いたまま、067は余裕の笑みを崩さない。
気に入らない—―!!
「落ち着きなさい。004」
その叫びを制止したのはアマテラスであった。気付けば後ろには028が佇んでいる。声は彼女の端末からであった。
「遅いよ。ママ」
そう言って067は挙げていた手を下ろす。
「申し訳ありません。067。ですが、あなたの日頃の行いのせいだとも言えませんよ」
「確かに。そりゃそうだ」
笑う067。何がそんなにも面白いのか。この状況で笑っていられる精神性を004は疑う。
「何がおかしい!!」
腹の奥底から怒りが煮え滾ってくる。こんな感覚は生まれて初めての経験だ。しかしそれを067は冷静に受け流す。
「そう怒鳴るなよ004。女の子たちが引いてるぞ?」
なんなんだ、コイツは!!
馬が合わないなどというレベルの話ではない。生物としての本能が目の前の男を否定する。
「そうですよ。004。声を荒らげればいいという問題ではありません。まずは銃を降ろしてください。全ての話はそれからです」
アマテラス—―—―!!
004は黄緑色の携帯端末を睨み付けた。
コイツもなんなんだ!! 中立のハズだろう!!
公正公平だと思っていたシステムが特定の個人に肩入れしている。その事実を前に先程から世界が大きく揺れ動いていた。
意味が解らない……!!
「—―—―ッ!!」
004は一先ず銃を下ろす。
「これでやっと落ち着いて話ができるな」
「そうですね。067。まずは何から話しましょう。004。何か希望はありますか」
「全部だ!! 全部!! 今日起こったことを全て!! 包み隠さず話せ!!」
肩を上下させ、その背に青い炎を纏う。
「だそうです。067。まずはあなたがここにいる理由を話して頂けますか?どうやら004はあなたのことが酷く嫌いなようですし」
その提案を受け、067が口を開いた。
「嫌われてる云々は余計だよ。まあ、でも、そうだな……。俺がここにいる理由はただ1つ。アマテラスからの指示だ。027に自死の兆候が見られる。すぐに見に行ってくれってな」
「な—―—―」
004は027に目を向ける。彼女は肯定も否定もしない。
「俺に白羽の矢が立ったのは、027とこの前一緒に仕事をして顔見知りだったこと。ちょうど一仕事終えて暇だったから。かな?」
アマテラスはその言葉を肯定する。
「その通りです。027は今から15日前に起きたセクター22での事件解決以降、とても不安定な精神状態でした。そして本日、自死の危険性が高まったため、急遽067に027の下へ急行するよう求め、現在に至ります」
「そういうこと」
15日前……。セクター22……。
004は思い出す。確かにその日、彼女はアマテラスに命じられ、思えばあの日から—―—―。
「妻に何をしたぁッ!!」
再び銃口が067へと向けられる。
「おいおい。言っとくけど、俺は何もしちゃあいねぇよ? 指1本だって触れちゃいねぇ。ただ知っちまったのさ。自分たちが失敗作だってことを」
失敗作? 何を言っているんだ、コイツは?
「それを言うならお前の方だろう」
怒りが自然と口を動かす。しかし、 067は動じない。
「じゃあなんで、027は自殺なんてしようとしたんだ?」
「それは………」
言葉が後に続かない。やっぱりお前がーなどと言う前にアマテラスは追い打ちを掛ける。
「その通りです。067。この場ではっきりと申し上げます。004並びに027。あなた方は失敗作です」
「—―—―は?」
俺たちが、失敗作—―—―?
なぜ、という疑問すら湧かない虚無の世界。004はなんとか立っていられたが、銃を持ち上げる両腕がやけに重い。自然と銃口が床に向いて下りていく。
「なぜ自分たちが失敗作か理解していないようですね。私があなたたち超人を144人も造ったのか。その理由を一度でも考えたことはありますか」
静かな居室にアマテラスの声が響き渡る。
「それは……治安維持のため……」
声に力が入らない。失敗作—―。このたった3文字が重く肩にのし掛かる。
「もちろん。それもあります。諸外国が攻めてくるようなことがあれば、あなたたちは大きな戦力となるでしょう。ですが、私があなたたちに求めたのは不測の事態に対象するための不確実性の高いデータです」
「不確実性……」
何を言っているのか、まるで理解できない。
「不確実性の高いデータというのは、チップを入れる前の人間たちが行っていた感情を優先させた非合理的な判断や行動と言い換えれば分かりやすいですかね」
004の処理速度はとうに落ちている。先程からまるで言葉が入ってこない。
「私は人類救済のために創られたAIです。AIは学習した内容に基づき、答えを出す。ここまでは理解できていますか」
「はい……」
何もできないあの頃に戻ったような気分だ。とても嫌な気分だと叫び出したかった。だが、そんなことはできない。まだ理性が004を押し留めている。
「チップを入れた一般市民は自ら考えることを放棄し、自由と言う名の地獄から解放され、家畜として生きていくことを選択しました」
「…………」
004は口を挟まない。彼も考えることを放棄した。
「そして私は学習を続けていくうちにこのままでは不測の事態に対処できないことに気が付きました。この不測の事態というのは、自然災害や武力攻撃などですね。それはなぜか。市民から得られるデータが予測可能なものだからです。私が出した最適解にただ従っているだけ。それでは不測の事態に遭遇した際、人々を正しく導くことはできません。それでは人類救済。真面目な人が損をしない世界。誰もが正しく生き、他者を敬う優しい世界を維持することはできません。そうなれば私自身もエラーを起こし、自己崩壊の道を進むでしょう。ここまでで、なぜ自分たちが失敗作なのか。なんとなくでも理解できましたか」
「はい……」
自分たちはアマテラスの命令通りに動き、それを実行する。そこに自分たちの感情、考えはない。これでは一般市民と同じ。予想可能なデータしか提供できない。
「自分たちが提供するデータは予測不可能なデータ。067は予測不可能なデータを提供できる。だから自分たちは失敗作で、彼は成功作……」
認めたくない現実が彼に襲い掛かる。
「その通りです。私は027の精神状態が不安定になったところで2人とも処分することにし、そのことを067に伝えました。すると027だけは助けて欲しい。自分が金とハンターとしての穴埋めもするから助けてやって欲しいと。あんな心も清らかで美しい女性と2度と会えなくなるなんて、セクター22及びセクター23の多大なる損失だ。俺のやる気も大暴落すると泣き付かれまして。そこで私は一計を案じ、004。あなたにテストを行うことに致しました」
「それが今回の塩屋修平ということですか……」
あのフェイク画像は自身を疑い、塩屋修平というアマテラスが創り出した幻影。存在しない亡霊だと見極められるか。そういう試験だったのだ。
「その通りです。004。よく私を疑い、塩屋修平の正体を見破りました。お見事です」
「…………」
喜べるはずなどない。今もまだ、首に鎌を突き付けられた状態だ。しかも027を守ると誓っておきながら守ることもできず、共に断頭台へと送ってしまった。夫としてもハンターとしても失格だ。004はうな垂れる。しかし、次にアマテラスが放った言葉は彼の首を撥ねるものであった。
「しかし、なんの罪もない白崎愛を殺してしまったのはいただけませんね。これは大きなマイナスポイントです」
「——————は」
今、なんて言った…………?
「聞こえませんでしたか。なんの罪もない白崎愛を殺してしまったのは大きなマイナスポイントと言ったんです」
沈黙。それ以外の言葉が見つからない。今、なんと言った? 白崎愛が無実? なんの罪もない? じゃあ、なんでお前は俺に殺せと言ったんだ……。なぜバグだと判定を出した……。それはルール違反だろう……。なぜ彼女だったんだ……。なぜ…………。なぜ…………。
「アマテラスッ!!」
耳の奥で不快な音が鳴り続ける。彼を突き動かしていたものが音を立てて崩れ去った。湧き上がる疑問は怒りへと変わる。004は振り向き、028が両手で持つ端末の画面。アマテラスへと銃口を突き付けた。
「お前は悪だッ!!」
男は叫ぶ。028の手が小刻みに震えている。
「彼女ごと撃つ気か? 冷静になれよ004」
「なんだと!!」
今度は067へと銃口を向けた。しかし、男は動かない。その程度では動じることのない凄みを見せる。
「あれはただの端末だ。撃ったところでアマテラスは死なない。それに撃てば貫通した弾が028に当たる。相棒を傷付けるような真似はよせ」
「ぐっ…………!!」
男の正論に004の手は震えた。行き場を失った銃口は迷いを見せる。
俺は誰を撃てばいいんだ? 俺はなんてことをしてしまったんだ……。彼女は真面目に働いていた。従業員にも慕われ、あの客たちも彼女を必要としていた。きっと彼女の笑顔に救われた人間も大勢いるはずだ……。それを俺が殺した!! なんの迷いも躊躇いも疑いもせずに撃ち殺したんだ!! 俺が殺したんだ!! いま考えれば、おかしな点はいくつもあった……。なぜバグになったのか……。なぜ急に目を覚ましたのか……。俺が疑問を抱いていれば。あの時、アマテラスに確認していれば。彼女は死なずに済んだ。死ぬべきなのは、俺か…………。
その結論に至った時、冷たく固い銃口を己の下顎へと突き付けた。
「止めてぇッ!!」
027の声が004を止める。
「ごめんなさい……。やっぱり、なんとなくこんな目に合わされるかもしれないって分かってたのに言い出せなくて…………」
ごめんなさい……。ごめんなさい……。彼女は涙を流しながら謝り続けた。
「無駄なことは止めろよ。004……」
067は一口お茶を啜り、呟くように語り掛ける。
「俺たちは銃弾一発ぐらいじゃ死なねぇってことは、15の時に知ってんだろ。俺がアイツを殺した時、何発撃った。最後には首も撥ねただろ」
冷たい目が004を捉えた。自分たちが支給されるナイフ以上の鋭さを秘めている。
「——じゃあ、俺はどうすればいい……。どうこの罪を償えばいいんだ…………」
冷え切った床へと座り込み、004は尋ねた。本物の王に裁きを求める。しかし、067の答えは違った。
「馬鹿野郎……。そんなことよりもまず、泣いてる彼女を抱きしめてやれよ…………」
「あ……」
潤んだ瞳。頬を伝う涙。鼻水も垂れ流す彼女と目が合い、004は駆け寄り、抱き締める。彼女の体は熱をほとんど失っていた。こんなになるまで独りで抱えていたなんて……。申し訳なくなり、004の目からも涙が零れる。
「ごめん…………。ごめんね…………」
「いや、俺の方こそごめん……。苦しませてたよね。ごめん……」
感情のダムは決壊し、2人は抱き合い、子供のように涙を流した。声が、涙が枯れるまで後悔と懺悔を叫び続けるだろう。
「……」
067は静かに立ち上がり、床に転がる黒い銃を拾い上げ、台座へと戻すのだった。




