第62話 「復興祈念演芸会」
午後7時。
演芸会が始まった。
会場にはすでに照明が点されている。
舞台上手に、着物と袴姿の女性司会者が登壇する。
「皆様。長らくお待たせしました。これより『復興祈念演芸会』を開催いたします。わたくし司会を務めさせていただきます権俵よしこです。よろしくお願いいたします」
よしこは西恩寺との縁談を断ったあと、凛音にならって職業婦人になる決意を固めた。
その職業選択の候補に挙がったのが、この頃から募集を開始していた国営放送のアナウンサーだった。
今回はそのための稽古だ。
「それでは早速始めましょう。最初の出演者は、この方。女相撲の西の小結・小梅関です。皆さん、拍手でお迎えください!」
しかし拍手はまばら。
あちこちから「誰だ、それ?」「聞いたことないぞ」の声。
ステージが暗転する。
「ブル、ブルル。ヒヒ~ン!」
暗闇の中、馬のいななきがこだまする。
「スポットライト!」
小山内のキューで照らされた照明の中に、スカイキッドに乗った小梅が現れる。
「わあ。ホンモノの馬だ!」
子どもたちが歓声を上げる。
大人たちも何事かと身を乗り出す。
(ふふ。ツカミはオッケー)
馬上の小梅がにやりと笑う。
「やあやあやあ。我こそは、女相撲にこのオンナあり、と謳われし『がぶり寄りの小梅』なるぞ。相撲に覚えのある者がおれば、この小梅が相手するぞ。この土俵に上がって参れ。わだすが、成敗してつかわすなりい!」
馬を降りた小梅は肉襦袢に褌、大銀杏を結った力士姿だ。
またも歓声。
「あの女力士、馬と同じくれえでけえぞ」
「さあ。大変なことになりました。天下無双の小梅関が、皆様のどんな挑戦も受ける、と豪語しています。どなたか、土俵に上がる方はいらっしゃいませんか?」
突然の展開に客席は反応することができない。
だが、それは織り込み済みだ。
「はい!はい!はい!」
手を挙げたのは、厩務員の少年・六平。
もちろんサクラである。
「あら。元気な坊やが手を挙げていますね。それじゃあ、坊や。どうぞ、舞台の方に上がってきてください」
「あのお。友達も連れて行っていいですか?」
「どうぞどうぞ。みんなで束になって小梅関に挑戦しましょう!」
小学校の同級生数人を引き連れて、六平が舞台に上がる。
そこからはお約束通りだ。
まずはひとりひとりが小梅に向かって行って、軽くあしらわれる。
小梅は時折子どもたちをからかうジェスチャーで悪役を演じる。
「憎たらしいな。おい。小僧たち。負けるな!」
声援が飛び始める。
悔しがる子どもたちが、今度は全員で土俵に上がり小梅に向かっていく。
八方ふさがりとなった小梅があたふたする中、子どもたち全員で小梅を胴上げする。
「わっしょい。わっしょい」
「わあ。助けてくれえ!」
「わっしょい。わっしょい」
拙い芝居だが、そうとわかっていても子どもの一所懸命は微笑ましい。
観客は一緒になって「わっしょい、わっしょい」と声を上げた。
会場全体が一体となる。
「もう、勘弁してくれえ」
「どうだ。思い知ったか?そうれ!」
小梅が投げ飛ばされる。
大歓声。
今度は小梅が悔しがる。
「こいつら一人一人は弱っちいのに、みんなで力を合わせるとこんなに強いのかあ」
「ブヒヒ~~ン」
スカイキッドが雄たけびを上げる。
「ひが~し~、子どもたちい。決まり手は『みんなの力』です。みなさん。坊やたちに盛大な拍手をお願いします」
笑いと歓声。
そして、共感。
令和のヒーローショーを思い出しながら撫子が書いた台本だ。
初歩的な営業ネタだが、娯楽と一体感に飢えたひとびとは大喜びだった。
(ふん。まるで学芸会だな)
小山内が調整エリアで鼻を鳴らす。
「演劇の父」は不満だった。
だが意に反して、会場は大盛り上がりだ。
その後も観客を巻き込んだ催しが続いた。
マジックショーは、客を舞台に上げての「胴体斬り」でハラハラと安堵を誘う。
スカイキッドをフル活用した曲芸も目を引いた。
「曲乗り」や「火の輪くぐり」など、中身が人間なので何でも器用にこなしてくれる。
「すごいな。あのお馬さん、お利口さんだねえ」
観客は感心しきりだったが、小百合だけは忸怩たる気分だった。
(くそ。バカギャルめ。俺を便利使いしやがって)
そして、のど自慢が始まった。
小山内はまた仏頂面になる。
(まったく。あの大女め)
数日前。
雅は小山内薫と凛音、小梅を屋敷に呼んで演芸会の打ち合わせをした。
「石崎さん。かなりの大物がキャスティングできそうですよ。今をときめく田谷力三、三浦環、それにわが自由劇場の劇団員。みんな市民のためなら、と出演を快諾してくれました。彼らの名演奏と演技を目の前で鑑賞したら、市民たちはきっと…」
「小山内先生。その件なんですけど」
「ん?どうかしましたか?」
「薫くんさあ。あーしは、違うと思うんだよね」
口を開いたのは大きな女だった。
確か、清流院家の使用人だったはずだ。
「誰もが知ってる大スタアが歌って、めったに聴けない名演奏と演劇。そりゃあふだんならみんな喜ぶよ。でもさ。それは『日常の中の贅沢』なんだよ」
「……」
「今みんながいるこの東京は『非日常』なんだよ。今みんなが味わってんのは『日常のありがたみ』なんだよ。今求めてんのはスタアじゃなくって『どこにでもいる子が起こす奇跡』なんだと、あーしは思うんだよね」
ぐうの音も出なかった。
小山内自身引っかかっていた部分だったからだ。
「だからさあ。今回は『みんなが主役』じゃなきゃいけないんだよ」
みんながのど自慢に参加した。
飛び入りで主婦が民謡を熱唱すると拍手が沸いた。
この演芸場の舞台の背後には、小高い丘がある。
これが自然の反響板となって、歌声や生演奏を会場に響かせている。
(あ、この歌。毎年お正月になると、亡くなったおばあちゃんが歌ってたっけ)
子どもたちが児童唱歌を歌うと、観客も目を潤ませながら口ずさんだ。
(ああ。息子たちも一緒になって、歌ってるんだろうなあ)
涙ぐむ。
きっとプロの歌手たちでは、こんな気持ちにはならなかっただろう。
「さあ。この『のど自慢』もそろそろお時間です。最後は小学生の、この女の子」
泉ゆきがステージのセンターに立った。スポットライトが彼女を浮かび上がらせる。
メイド服だ。
小山内が舞台用のドレスを着せようとしたが、ゆきは「いつものお洋服がいいの。じゃなきゃ歌わない!」と駄々をこねた。
(あの子なりに。女給の制服にプライドを持ってんだね)
客席には凛音、出番の終わった小梅、スカイキッドが並んで聴いていた。
小梅は初めて学芸会に立つ娘を見るように、ゆきの晴れ姿を見守っている。
ゆきがマイクロフォンに向かって語りかける。
「あ、あ、あ、あ、あーしは…」
(あーし?やべ。あの天使に良からぬ影響を与えたかも)
「あーしは、こ、こ、今度の地震で、ひ、ひ、ひいちゃまの大好きな…れ、れ、レコードを…ま、守れなかったの。わ、割れてしまったの」
(そんなこと気にしてたん?レコードなんて無理だよ。あんな大地震なんだから)
「だ、だから、レコードのかわりに、あーしが歌うの。き、き、き、聴いて、くらさい。『星の界』れす」
ゆきが背筋を伸ばす。
息を大きく吸う。
小山内の集めた一流の音楽隊が、イントロを奏で始める。
ゆきの喉から流れたのは、星のきらめきのような美声だった。
つづく




