第58話 「ギャル魂」
大正。
神田の大川邸。
星児、坂崎、大川の三人は地震発生時に中庭に飛び出した。
「すげえ揺れだな。こいつあでけえぞ。おい、伏せて頭を隠せ」
四つん這いになり、主要動をやり過ごす。
屋敷の障子や窓が割れて落ちる。
柱も傾き始めている。
「なんか、船に乗ってるような揺れ方っすね」
中庭にあった蔵が崩れ始めた。
轟音を立てて、屋根と壁が倒壊した。
数分後、揺れは収まった。
大川が立ち上がって、屋敷の状況を確認する。
「自慢じゃねえが、俺の家は頑丈に造らせてある。それでもこの壊れ方だ。街の中はえれえことになってるかもしれねえな」
(街の中…確か、凛音は新富町の病院に入院していたはずだ)
居ても立っても居られない。
「あ、おい。天童。どこへ行く気だ!?」
星児が屋敷から飛び出した。
令和では、神降ろしの儀式が始まっている。
美和が巫女舞を舞う。
ただ足元がふらついている。
「おい、千鳥足じゃねえか」
「だから、アル中なのよ」
「ホントに降りんの?あんなんで」
撫子たちが眉をひそめる。
「かしこみ、かしこみ曰す。神よ。我が許に…うげ…あ、吐きそう…我が許に下りて、この大和撫子の願いを叶えたまえ。かけまくもかしこき~~降りられよ!」
美和がその場に崩れ落ちる。
その身体からエクトプラズム。
そして、神様の影。
―神、ですけど何か?
今回は茶髪のウィッグを着けルーズソックスにガン黑、80年代ギャルのファッションだ。
―あ、令和ギャル。おひさ~。今日はギャル男やってみたんだけど、どう?イケてね?
「神様さあ。ギャル男ってギャルに女装した男、じゃないよ」
―え?そうなの?…てか、知ってたもんね。全知全能の神、なんだもんねえ。フン。
ごまかしながらウィッグや衣装をチェンジする。
白い袈裟を着て杖をつく、一般的な神の偶像になった。
―で、何?オレ忙しいんだけど。おまえとはもう…終わったはずだぜ。
「あーしは元カレに電話した女か!」
―どうせ、元鞘に戻して、とか言うんだろ?ふ。バカな女。
「だから…あ、元鞘、は近いか。あーしをまた、凛音に憑依させてほしいんだけど」
―ダーメ。あんた、また命を粗末にしたじゃん。わし、激おこプンプン丸だもんね。
美和の仮説は当たっていた。
凛音の命を危険にさらしたことを怒っているようだ。
―別に推しだからってわけじゃないよ。命に優劣なんかないの。誰の命だって大事にしなきゃ、なの。わし、けっこう頑張って作ったのよ。みんなの命。
「だからじゃん。大事だから、助けたいんじゃん。よっちゃんはあーしの親友なの。だから、命がけで命を守ろうとしたの。それが、あーしのカルマよ」
―…。
「それに今のまんまじゃ、推しの凛音の心臓はもたないんじゃないの?ものすごい大地震が起きてんでしょ?」
―まあ。歴史は変えらんないしね。
「凛音だけじゃない。小梅ちゃんも。霧子さんも。みつえちゃん、栄子ちゃん、久美ちゃん、花と蝶子、雅叔母様。ゆきは、自分の思い通りに体を動かせないのよ。あーしに、助けさせてよ!!」
―…あんたに、できんの?
「できるできない、なんか関係ない。やるの。助けんの!」
神様がギャルに圧倒されている。
―ふうん。でも口だけかもしんないよねえ。
「違う。マジのガチだ!」
―前の憑依の時は、崖の上から落ちたんだよね?もう一度、やってくれる?
「…はあ?」
―ここ、崖の上に建てられた神社みたいなんだよね。ほら。
立ち上がって見ると、 神社の裏手には三浦半島ほどではないが断崖絶壁があった。
渓谷である。
高さは十階建てのビルくらいだろうか。
(ここから飛び降りろ、っての?)
下には川が流れている。
だがあちこちに岩が突出している。
岩場に落ちたらひとたまりもないだろう。
覚悟を決める。
「やって、やるわよ!」
本殿の端で、ふたりのやり取りを聞いていた小百合が立ち上がる。
「おい。大和撫子。バカな真似はよせ」
「崖がなんぼのもんじゃい。あーしのギャル魂、見してやんよ」
―よし。じゃあ、位置について。
クラウチングポーズ。
―憑依……ドン!
スタートを切る。
「よせ。バカギャル!」
撫子が、崖の端を踏み切る。
「おおりゃあああ!」
宙に浮いたその手首を、小百合がつかむ。
(あのときと同じだ)
ふたりの身体が頭から落ちていく。
眼前に水面が近づく。
「「わあああああ!」」
迫りくる死にふたりは恐怖し、視界がブラックアウトした。
「んぐぐ。んんん」
田中小梅がその怪力を生かして、落ちてきた屋根を支えている。
新富町にある病院は、古い造りだった。
俯瞰で見ている撫子の魂は、小梅の必死の姿を見留める。
(小梅ちゃん!)
「ひい様。起きて…起きてくだせえ」
屋根の下にはベッドがあり、寝たきりとなった清流院凛音が眠っている。
(凛音!)
いったいどれほどの時間、この状態が続いているのだろうか。
小梅の額からは脂汗が滴っている。
力士並みの踏ん張りも、限界が近づいているように見える。
「も、もうダメですだ。ひ、ひいさ…ま」
小梅の眼が裏返り、白目になる。
その瞬間、撫子の魂が小梅の肉体に吸い込まれていった。
(え、なに?今度は小梅ちゃんの方なの?)
だが、贅沢は言ってられない。
とにもかくにも凛音に会えたのだ。
「凛音、起きて!小梅ちゃんがつぶれちゃう!凛音!!」
祈りに似た叫びが通じたのか、凛音の瞼がゆっくりと開いていく。
「…こ、うめ?」
目の前に、金剛力士像のような表情の小梅。
「凛音。ベッドを出て!飛び降りろ!」
天の声のようなものに凛音が反応する。
力をふり絞る。
「も、もう…ダメ!」
小梅の筋肉が悲鳴を上げる。
最後の力。
「うおおお!」
両手で支えていた屋根を放り出す。
凛音が転げ落ちるようにベッドから這い出る。
そして小梅の身体もまた、ごろごろと床に転がる。
ズドーン!
屋根がベッドの上に崩れ落ちる。
塵煙が舞った。
「凛音!」
いない。
屋根に押しつぶされたのか?
悲観の眼であたりを見回す。
「…こ、うめ。おまえ、は…だい、じょうぶ?」
ベッドの下から声がした。
「凛音~~!」
つづく




